表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある少女の戦争記〜16歳のあの夏の思い出〜

作者: みどり

 おばあちゃんがしてくれた戦争の話を

少し長めの物語にさせていただきました。

良かったら見てね。

ただ残酷な描写があるのでご注意ください。

※本来の方言だと読みにくいかと思われるので変更しております。ご容赦ください。


──語り:原田 依子(はらだ よりこ)(96歳)


 あの夏の午後の事は、今でもよう覚えとるんよ。

なんて事ない日常のはずやったけど、空気がちょっと、違っとった。

重いっていうか……息が詰まるような、そんな感じ。


 昭和二十年、七月三日。

私は十六歳。女学校の三年生やった。

終戦まで、まだひと月以上あった──

けど、その時はもちろん誰も、そんな未来の事なんか知る訳ない。


 その日は朝から蝉がよう鳴いとった。

日陰におるだけで汗が噴き出すような暑さで、台所では母が梅干しを干しながら、

「ほんまに今年の夏は暑いなあ」って、ぼやいとったわ。


 学校はもうろくに授業もなくて、先生も「空襲の心配は東京や大阪ばっかりやけん、大丈夫や」と笑うだけ。


 けど、近所の年寄りらは口を揃えて言うとったんよ。「最近、B29が見えとるらしいぞ」って。

それ聞いた時、私は何か、胸がザワッとした。

胸の奥を氷みたいな指で撫でられたような、嫌な感じやった。


 午後になって、風も止んでしもうた。

蝉の声しかせん。町はいつもより静かでな……

あの静けさが、今思えばいちばん怖かったんよ。

まるで何かが「来る」前の、呼吸を止めたみたいな空やった。


 午後四時二十三分。

ずっと遠い南の島、マリアナ諸島から、五百機以上のB29が飛び立った。

うちら高松を目指して飛んできよった百十六機が、その中に混じっとったらしいけど、

そんなん、誰も知る由もなかった。


 うちらはただ、晩の支度をしとった。

「今夜も芋だけやな」なんて話してただけや。


 家の裏の防空壕は、じいちゃんが毎日土を掘り返して深うしとった。

「焼夷弾がきたら、水じゃどうにもならんけんな」って。

でも私は、そんなもんほんまに使う日が来るんやろか、って、半分は疑っとった。


 晩ごはんを食べ終えた頃、空は薄曇りになっとった。

母が「洗濯物、取り込もか」と言うて外に出た時、遠くの空に、音がしとった気がする。

けれどそれがなんなのか、私はよう分からんかった。


 その夜、私は蚊帳の中に入って、畳の上で寝転びながら、父のいびきを聞いとった。

次の日もきっと暑いやろなぁ、って思いながら。


 ──まさか、その夜のうちに、うちの町が、地獄みたいに燃えるなんて。


 ──まさか、家族と、焼けた地面の上で、手を取り合って逃げまどうなんて。


 私はまだ知らんかった。

「普通」の日々が、どれほど脆いかなんて。


 ただ、あの静かな午後の空が、何かを黙って告げとった事だけは、忘れられへんのよ。


○○○○○


 あの夜の事を話す度に、今でも耳がキーンとする気がするんよ。

まるで、あの時の空の音が、今も耳の奥にこびりついとるみたいや。


 昭和二十年七月四日。

午前二時五十六分。


 私は蚊帳の中で寝とった。

でも、眠れてはいなかった。

空気がぬるいのとも違う、何か、嫌なもんが肌にまとわりつく感じがしてね。


 その時や。

「……ドォン……ドォン……」


 耳を疑った。

雷でもない。地響きみたいな低い音が、どこからか伝わってくる。


 父が跳ね起きた。母も、私も。

「依子!起きなさい!」


 窓の外、空が一瞬光った。

──そして、空が割れた。


 焼夷弾の雨やった。

それがほんまに「雨」みたいに、町じゅうに降ってきた。

音が鳴ったと思った瞬間、どこかの家が燃え出していた。

風に煽られて、火はすぐ隣にまで来る。


 高松の空襲は、空襲警報が出た後、いったん解除されとった。

「大丈夫や」って布団に戻った人もおったらしい。

でもそれが、不意打ちやったんよ。


 空からは、黒い大きな影が何機も何機も……B29。

その腹の下から焼夷弾がどんどん落ちてくる。

私の目には、まるで機械の神様が怒っとるみたいに見えた。


 この日とは別の日の話だがB29は、巨大な影の中に、ちっちゃい窓が並んどるんやけどな、誰かが中からこっちを見て、笑っとった──って、そう言う子もおった。


 それがほんまかどうかは、今となっては分からん。

けど、「遊び半分で撃ってきた」って、あの時言うてた男の子の声は、忘れられへんのよ。


 そんな奴らが今度は遊び半分ではなく、私らを殺しに来たんだ。


 私は母と手をつないで、父の後ろを走った。

背中から、何かが弾ける音が追いかけてくる。

目の端に、人影が倒れるのが見えた。

子供やった。白い浴衣に、赤い火が落ちた。

声が、出んかった。


「依子、こっちや!」


 父が叫んで、家の裏の防空壕へ私らを押し込んだ。

中は蒸し風呂みたいで、息苦しい。

でも外に出る勇気なんて、ある訳がなかった。


 外の音は、しばらく止まらんかった。

焼夷弾の破裂音。何かが倒れる音。誰かが泣く声。

けど、もっとも恐ろしかったのは──“音が消えた”瞬間やった。


 シン、として。何も聞こえんようになった。

その時私は思ったんよ。

「町が、無くなったんかも知れん……」って。


 夜が明け始める頃、父が「出よう」と言った。

私は母の手をぎゅっと握ったまま、震えながら地上へ出た。


 ──高松の町が、赤く染まっとった。

朝焼けの赤と、燃え残りの火の赤が混じって、

どこまでが空で、どこまでが地面か分からんかった。


 瓦礫の向こうで、女の人が叫んでいた。

「子どもが! 子どもが焼けとる!」って。


 その時の匂い、鼻から離れんのよ。

焦げた木と布と……人の皮膚の匂い。


 それが、「空襲」ってもんやった。

──十六の私は、初めて本当の意味で「戦争」を見た夜やった。


○○○○○


 空襲の夜、家を出てから、どれくらい走ったんやろ。

時間の感覚なんか、どっかに吹き飛んどった。


 高松の町は、もう町やなかった。

地面が燃えとった。風が火を運んどった。

目の前で家が、まるで紙細工みたいに崩れていく。

炎の中で、泣きながら手を伸ばしてくる人。

真っ黒な影になって倒れてる人。


「水……水は……」


 そう言いながら、服も焼けて素肌になった女の人が、道路を這うて進んどった。

皮膚が垂れ下がっとって、誰かも分からんかった。


 父は私と母を連れて、栗林公園の方へ走った。

あそこなら木が多い。水もある。まだ助かるかもしれん、そう思ったんやろ。


 けど、着いた時には──そこも、地獄やった。


 栗林公園の外堀。

普段は鯉が泳いどる穏やかな水の場所や。

そこに、沢山の人が飛び込んどった。

火に追われて、火傷して、水に逃げたんや。


 でも、水はぬるかった。

それどころか、熱を持って沸騰寸前やった。

やけどした皮膚のまま入った人は、逆に水の熱で……命を落としとった。


 目の前で、男の人がうめきながら堀に飛び込んだ。

すぐに、水面が赤う染まった。


 母が目を覆って、「見たらあかん!」と私を抱きしめたけど、私は見てしもうた。

水の中で、髪の長い女の人が──もう、動かんなった赤ん坊を抱いたまま、目を閉じとった。


「死体を……堀から上げてくれ!」


 誰かが叫んどった。

でも、その声もすぐに別の悲鳴にかき消された。


 火は、北から南へと町を焼いた。

まるで、誰かが火の筆で絵を塗りつぶすみたいに。

火のついた紙が風に乗って舞い、どこにいても、安心なんてできん。


 その時、栗林公園の中のとある場所で、

焼け死んだ人たちの遺体をまとめてって話がある。


 あまりにも、死体の数が多すぎて、誰が誰かも分からん。

それでも、衛生のため、苦渋の決断やったんやろ。


 私はそれを直接は見てへん。

けど、後から聞いた。

「焼けた人を焼く」て、どんな気持ちなんやろうなって、

十六の私は、それを想像するだけで、震えが止まらんかった。


 火の海の中、私は母の手を握っていた。

焼けて赤くなったその手が、今でも私の記憶の中で、いちばん強くて、あったかいんよ。


○○○○○


 空襲の夜が明けて、空が白うなったころ。

私ら家族は、どうにか公園の近くの空き地に避難しとった。

母の足には火傷があって、父の手も真っ赤やったけど──生きとった。

それだけで十分や、って思うようにしとった。


 けど、うちは焼けた。

うちだけやない。

町の八割が灰になっとったんやけん、燃えてへん家なんて、ほんのひと握り。


 その日はどこも焼け焦げとるし、煙とすすで真っ黒。

誰かが倒れとっても、それが死んどるんか寝とるんか、分からんような有様やった。


 数日して、疎開していた子供たちが町に戻ってきた。

田舎に預けられとった、近所の子や。

その中に、私の友たちの妹──由美ちゃんがおった。


 まだ十歳にもならんくらいの、小さい子やったけど、しっかりした子でな。

由美ちゃんは、疎開から戻って自分の家を見に行ったんよ。


 その時、家の中は黒こげやった。

でも風呂場だけが、なぜか焼け残っとった。

そこには──


 ──両親が、ふたり並んで倒れていたんや。


 息を引き取っとった。

やけどで、身体のあちこちがただれていて、もう顔も分からんくらいやったらしい。


「風呂に……入ったんやろな」って、由美ちゃんは呟いとった。

あの暑さや、あの火の中で、火傷の痛みがあまりにも辛うて、

せめて水で冷やそうとって、風呂に入ったんやろな。


 でもな、その後の話を聞いた時は、ほんまに胸が締めつけられたんや。


 その家の、由美ちゃんのおじいちゃん。

生きとったんよ。年はとっとったけど、しっかりした人やった。

でな、その人がこう言うたらしいんや。


「風呂場が……臭い。汚い。もう見とれん。鳥小屋に捨ててくれ。」


 風呂に倒れて亡くなった、息子夫婦の遺体を──鳥小屋へ運んだんやと。


 あまりの臭気と腐敗で、耐えられんかったんやろ。

けどな……その話を聞いて、私はしばらく口がきけんようになった。


 それは、戦争が「人の心」をどう壊していったかの、ほんまの姿やった。

命が軽うなった。

死が、どこにでも転がっとる毎日で、

人は生きとるだけで精一杯やった。


 けど、それでも。

私は思ったんや。

“あの風呂場で、手を握って並んで死ねた事が、せめてもの救いやったんやないか”って。


 例え誰にも見つけられんかったとしても、

誰にも看取られんかったとしても、

一緒におれたなら──。


 そう信じたいんよ、私は。


○○○○○


 戦争が終わった日、昭和二十年の八月十五日。

あの日、私はまだ十六歳やった。

街中は「終戦だ」と騒いどったけど、心のどこかで何かが終わってない気がしとった。


 それから数日後の事や。

近所で、誰かが大声で叫びだしたんや。


「空襲だ! 空襲が来たぞ!」


 その声を聞いて、みんな防空壕に飛び込んだ。

私も母と一緒に、暗い壕の中に隠れた。

外は昼間やったのに、みんな動揺しとって、パニックになっとった。


 でも、そこに郵便屋さんがやって来た。

「何しとるんや? もう戦争は終わっとるぞ」って、優しい顔で言うたんよ。

でも、空襲だ!と叫んだ男は、どうやら戦争が終わった事を信じられんかったんや。


 その男は、ずっと「まだ戦争は続いとる」と思い込んどった。

終わりの見えん戦争の恐怖と、心の傷が、彼を狂わせたんやろな。


 私も、その男の事を見て思ったんや。

戦争は終わっても、心の中にはまだ戦争があって、

その影が人を追い詰めてしまう事があるって。


 戦争は、人の身体だけじゃなく、心も深く壊す。

見た目は普通でも、中にはまだ爆弾が爆発しとるみたいに揺れとるんや。


 私も、そういう気持ちを抱えながら、日々を過ごしとったんやと思う。

終わったはずの戦争が、まだ私たちのそばにあった。


○○○○○


 空襲が終わって、焼け跡の町を歩くと、どこもかしこも瓦礫ばかりやった。

崩れた屋根、焼け焦げた柱、炭になった畳の匂い。

町の空気はまだ熱くて、胸の中まで焼けそうやった。


 そんな中で、私は見つけたんよ。

小さな赤ん坊やった。

一人で、瓦礫の間に座っとった。


 涙で顔がぐちゃぐちゃで、手も足も小さくて、でも目だけはしっかりこっちを見とった。

どこの子かは分からんかった。

母親も父親も、いなかった。


 その子はまるで、町の中にぽつんと咲いた花みたいで、この絶望の中で、ただ一つの希望のように思えたんや。


 私はそっとその子の手を握った。

「大丈夫やよ。ここから一緒に生きていこう」って、声にならん声で言うた。


 でも、心の奥では、私も分からんかった。

こんな世界で、本当に未来はあるんやろうかって。


 けど、その子を抱えて、私は前に進まなあかんかった。

焼け跡の中で、私たちは少しずつ生きる術を見つけていった。


 戦争は沢山の物を奪うた。

でも、希望だけは、失わんとこな──と、私は強く思うたんよ。


○○○○○


 焼け跡の町は、少しずつ動き始めた。

人々は瓦礫をかき分け、焼け焦げた家の中から、なんとか使えるものを探し出していた。

でも、町はまだ静かやった。以前のにぎやかさは、どこへ消えたんやろうか。


 みんな、声を潜めて歩いとった。

笑う事を忘れた人も多かった。

私たちも、そんな大人たちの顔を見て、なんとなく居心地が悪かった。


 戦争は目に見える傷だけじゃない。

心の奥に隠れた、深い影を残すんや。

怖いのは、誰もその影に気づかん事やった。


 ある日、友たちの家に遊びに行った。

お母さんが、じっと窓の外を見つめとった。

「また空襲が来るんじゃないかって、怖くて……」って、震える声で言うた。


 私は言葉がなかった。

もう終わったはずの戦争が、まだ人の心を縛っとる。

それがいちばん辛かったんよ。


 私は、そういう「見えん傷」も、これからずっと背負っていくんやろなと思いながら、

毎日を過ごしとった。


○○○○○


 焼け跡の町に、少しずつ新しい命が芽吹き始めた。

焦げた土の隙間から、小さな草が顔を出して、風に揺れていたんや。


 お寺の境内では、住職さんが毎日祈りを続けていた。

「一日も早く、平和な日々が戻りますように」と。

その祈りは、私たちの心の支えやった。


 子供たちも、笑顔を少しずつ取り戻し始めた。

けれど、大人たちの背中はまだ重くて、何かを背負い込んどった。


 私も、そんな大人たちの中で、未来を信じて歩く事を覚えた。

小さな祈りが集まって、やがて大きな希望の光になると信じて。


 あの戦争の痛みは、決して忘れてはいけない。

でも、それと同時に、私たちは再生の道も歩いていかなあかんのやと思う。


○○○○○


 今、こうして九十六歳になった私が話すのは、ただ昔の出来事を思い出す為だけやないんよ。

若い人たちに伝えたい。

戦争は、どれだけ多くの命を奪い、どれだけ心を壊すかを。


 私らの世代は、直接戦争を経験した最後の世代になっていく。

それでも、記憶を消してはいけない。

忘れたら、また同じ過ちを繰り返してしまう。


 若い人たちが、平和を願い、尊ぶ気持ちを持ち続けてほしい。

そして、誰もが他人の痛みに寄り添える世の中になってほしい。


 私の話が、ほんの少しでも何かの役に立つなら。

それが、私の生きてきた証なんやと思う。


 戦争は過去の話じゃない。

今もどこかで苦しむ人がいる。

だからこそ、語り継ぐ事が必要や。


 私はこれからも、声が続く限り、話し続けるつもりや。

誰かが耳を傾けてくれる限り。


○○○○○


 今、こうして96年の歳月を経て、あの戦争の日々を振り返ると、胸の奥から熱いものが込み上げてきます。

あの頃の悲しみは消える事はないけれど、同じくらい強く、私は希望の灯火を見つめています。


 戦争が奪ったものは、計り知れません。命も、夢も、未来も。

でも、それでも私たちは立ち上がり、傷ついた大地に新しい命を育みました。

痛みを背負いながらも、人は前を向く力を持っているのです。


 若い世代の皆さん、どうかこの小さな灯火を絶やさないでください。

例えどんなに小さな光でも、それが集まれば、暗闇を照らす大きな光になります。

平和の灯は、私たち一人ひとりの心の中でともされ、未来へと受け継がれていくのです。


 命の尊さを、愛する事の大切さを、戦争の悲劇を決して忘れず、

そして何よりも、優しい心を持ち続けてほしい。


 私はこれからも、自分の体験を語り続けます。

どこかで誰かがその声に耳を傾け、心を動かし、未来の平和の為に歩みを進めてくれるなら、

それこそが私の人生の意味であり、戦争を乗り越えた者の願いです。


どうか皆さん、共に平和の灯をともしましょう。

その灯が、時代を越えて希望の道しるべとなりますように──。


ーー終ーー

いつまでもこの平和が続きますように……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ