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面接

 着いたのは立派な門構えのお屋敷だった。門は私の身長のニ倍の高さはあり、威圧感がすごい。


 門の奥には植木や草花が綺麗に手入れされた庭と、その奥にお屋敷が僅かに見える。レインさんには貴族にしてはこぢんまりとした家、と聞いていたが十分に立派だ。


 坂の上食堂が何十軒も建ちそうな敷地面積はある。これでこぢんまり、ならリオナの生家はもっと立派ということなのだろうか。それってもはやお城では?


 レインさんが呼び鈴を鳴らしてくれてしばらく待つと建物の方から男性が歩いてきてくれた。男性は前世の私が想像するような執事服を身に纏っている。


 ただ私が想像していた執事よりもずっと若い。この国ではあまり見ない黒髪の短髪で、赤い瞳の組み合わせは何故だか猫を想起させる。


 猫のように見えるのは軽薄な笑顔のせいもあるだろう。執事というのは老齢でしっかりしていて存在感が薄いイメージがあったのだが、目の前の男性はどちらかというと執事喫茶にでも勤めていそうな、軽薄でモテそうな雰囲気だ。レインさんとは違うタイプのイケメンというか。


「お待ちしておりました、レイン様」


 執事はギーっと音を立てて門を開けるとレインさんに恭しく挨拶をした。ここまで私にまったく視線を向けないところも底知れない性格の悪さを感じ取る。こういう勘は経験上よく当たる。


「ビクトル様がお待ちです。ご案内させていただきます」


 私はレインさんに続いて敷地内に入った。再び大きな音を立てて門を閉じると、執事の先導で屋敷へと向かう。


 事前に聞いているところによると、リオナが暮らすこのニュリード邸の別邸に執事は常駐しないらしい。本家から時々執事が派遣されてくるものの、主人が邸宅にいる時間の短い別邸には常駐の必要がないとのことだ。ビクトル様がニュリード伯爵をまだ継いでいないから、というのも大きな理由らしい。


 本家にも主人はいないのだが、舞い込んでくる連絡への対応などで執事は基本的にそちらにいて、必要な時だけ別邸にくるのだとか。男性が苦手な私としてはありがたくもあるのだが、日中男手がないのも少し不安ではある。


 無言で歩を進めていると次第に屋敷が近づいてきた。庭はそれなりに手入れはされているが、花が咲き乱れるなどの豪華さはない。


 屋敷も大きく立派だが、どこか暗いように感じるのはそのせいだろうか。まだ人が住んでいないというのも大きな理由な気がする。


 両開きの入り口の扉を開けるとシンと静まり返ったエントランスが出迎えてくれた。入ってすぐ左側の扉を執事がコンコンと叩く。叩く音がエントランスに大きく響いた。


「ビクトル様、レイン様とお連れ様がいらっしゃいました」

「入れ」


 中からくぐもった声が返ってきて、執事が扉を開ける。促されてレインさんに続いて私も部屋に入った。


「砦以外で会うのは不思議な気分だな、レイン」


 奥側のソファのど真ん中に座っている男性がレインさんに気さくに声をかけてきた。こちらがリオナの夫になる男であり、私の主人となるかもしれない男、ビクトル様だろう。


 くすんだ金色の髪の毛は七三分けのような形できっちりと整えられている。薄い灰色の瞳が親しげに細められ、レインさんを捉えていた。


 レインさんに事前に聞いていたよりも尊大な雰囲気で、私にはしっかり偉そうな貴族に見える。


「それでそちらが噂の……」

「おい、ビクトル」


 値踏みするように私を見たビクトル様をレインさんが怖い声で牽制した。ビクトル様は楽しそうに肩を竦めて「どうぞ」と自分の前のソファを勧める。


 レインさんが左側に座ったので、私は「失礼します」と断りを入れて右側に腰を落ち着けた。それと同時に「失礼します」と女性の声がして、まずレインさんの前に、次に私の前にお茶が提供される。


 女性は先程の執事よりも年上で、おばさんと言って差し支えないような容姿をしていた。サイズの大きなメイド服を着ていて骨格も太め、グラマラスな体型をしている。


 金髪を短く切り、茶色い瞳もロジールの街でよく見る容姿だ。食器を音を立てずに置く所作を見ているとベテランのメイドさん、という雰囲気に見える。


 淡々と自分の仕事をする様は感情が読みにくく、どのような性格をしているのかちょっと見ただけではわからなかった。


「ミュオンとマリーもこちらに」


 ビクトル様の声で先程の執事とメイドが私達の向かいに立つ。座るように促され、二人はビクトル様からなるべく離れた端に座った。私の前にメイド、レインさんの前に執事だ。


「まずはこちらの自己紹介からしようか。私はニュリード家の嫡子、ビクトルだ」

「よろしくお願い致します」


 私は深々と頭を下げる。いよいよ面接本番、というわけだ。


「こちらが執事、ミュオン・オードルだ。本家の執事をしているが、こっちの別邸の執事も兼務してもらう。別邸に出入りする執事は主にこのミュオンになる」


 ビクトル様から紹介されてミュオンさんは軽く会釈をする。顔には笑顔が貼り付いているが、とても本心とは思えない胡散臭さが拭えない。


「こちらがこの別邸の侍女頭、マリー・ラパンだ。本家に長く勤めている侍女がこの度ここの侍女頭をすることになった」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願い致します」


 マリーさんからの挨拶を受けて私も丁寧に返す。愛想はないけれど、明らかに仕事ができる雰囲気のおばさんで、私は好感を持った。


「それではそちらの自己紹介をお願いしようか」

「はい。本日はお忙しい中お時間をいただきましてありがとうございます。私はロジールの中央区の食堂の娘でアイリス・アトランと申します。年齢は十六歳、実家の食堂には六年ほど勤めており、簡単な計算と炊事、掃除など一通りは身につけているつもりです。よろしくお願いします」


 簡単な自己紹介をして頭を下げる。顔を上げるとニヤニヤ私を見てくるビクトル様と目が合った。なんだか嫌な感じだ。


「君の話はレインから聞いているよ。レインが仕事の後でどこかに消えるな、と思っていたらまさか中央区まで食事に行っていたとはね」

「仕方ないだろ」

「レインの苦労はわかってるよ」


 ビクトル様はおかしそうに笑う。


「だけどまさか、レインの容姿に動じない女性がいるとはね。半信半疑だったのだけど……」


 ビクトル様は値踏みするように私を見る。私は負けじとビクトル様を見つめ続けた。


「レインを魅力的な男性だとは思わないのか?」

「思います。けれど、どうなりたいとかそういうのはないです」

「ははは、振られてるぞ、レイン」

「おい!」


 隣でレインさんがどこか焦ったような不機嫌そうな声を出す。女性が苦手なレインさんに女性のことで揶揄うのは可哀想というものだ。


(この男……)


 私はビクトル様を睨みつけたいのを必死に堪える。この男に雇われないと私はリオナに会えない。


 だけどリオナの夫としての初対面の印象は良くない。こんな男にリオナを幸せにできるのだろうか。母親目線で厳しく評価しているのかもしれないけれど。


「それでアイリスさんは男性が苦手だからうちで働きたい、ということだったかな?」

「……はい」


 声が固くならないように必死に堪えながら私は返答をする。


「私がいることで父に迷惑がかかってしまいます。レインさんにこちらの仕事なら女性に関わることが多いし、向いているだろうと勧めていただきました。私自身もビクトル様やリオナ様に快適に過ごしていただけるよう、心を配ることが苦ではなく、細やかな気遣いができるだろうと思い志望させていただきました」

「そうか。レインからも君の働きぶりは聞いている。人に応じた対応を臨機応変にできる気遣いの人だと」


 レインさんが私をそんな風に評価していてくれていたなんて。心がぽっと温かくなる。


「君達はどう思う?」


 ビクトル様は両脇に座るミュオンさんとマリーさんに話を振る。ミュオンがまた例の笑顔を貼り付けながら口を開く。


「私はビクトル様のご意向に従います」

「マリーは?」

「そうですね……」


 マリーさんが無表情のまま私を見る。


「ビクトル様はあまり大人数を雇う気はないんですよね?」

「そうだな。いずれは父が戻ってきたら本家の侍女達も戻ってくるだろうし」

「それならば一人で全業務をこなせそうなこの者は適任かと思います。この者の言葉を信じるなら、ですが」

「偽りはないだろう。アイリスは父と娘の二人暮らしで一通り家のことはできるはずだし、仕事の手際もいい。それに、坂の上食堂の食事は美味しい。その娘だから期待はできるだろう」


 レインさんが横から助太刀してくれた。なんていい人なんだろう。もし雇われて初任給をもらえたら絶対にレインさんにご馳走しようと心に決める。


「シェフはいますが常駐ではないですし……そうですね」


 マリーさんは私を見ながら思案に耽っている様子だ。採用に慎重なのも好感が持てる。


「身分は気になりますが、いいんではないでしょうか」

「そうか」


 マリーさんの許可が出た! 飛び上がりたくなるくらい嬉しいのを堪えて、私はビクトル様の言葉を待った。


「それではお願いしようかな。レインに貸しもできるし、レインが頻繁にこの屋敷に来てくれるようになれば嬉しいからな」

「……ありがとうございます!」


 レインさんが来るようになるかはわからないけれど、とにかく採用だ! リオナに会えるんだ!!

 胸がいっぱいで苦しいくらいだ。


「ではリオナが越してくる一週前に屋敷に越してきてくれるかい?」

「もちろんです! よろしくお願い致します!」


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