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幸せか不幸せか

「私が生まれたラインデル侯爵家は子爵家からのし上がってきた成り上がりの家でね。先代がようやく王都の高官になって、お父様もその後を継いで高官をやっているの。お父様は向上心が高くて、自分の代で公爵家に上がりたいって息巻いている。そんな家で私は生まれ育った」


 リオナは話しながら椅子に腰掛け、私を対面の椅子へと促した。


「私も物心ついた時には家庭教師がついていて、貴族社会のマナー、勉強などを教え込まれてた。それが当たり前の家だから疑問を持ってはなかったけど、前世を思い出すと相当窮屈な生活だね。友達、なんてものは親が決めて与えてくるだけで本当に仲がいいわけではないし、すべて家の利益に適う家庭だけ。唯一、女学校に通っていた時には学友と話せて楽しかったけど、卒業したら会うこともなくなっちゃったな」


 リオナの言葉の端々に寂しさが滲んでいてやるせない気持ちになる。


「私には兄と姉、妹がいるんだけど、姉は五年くらい前に王都に嫁いでいって、兄もその数年前には王都の学校に入ったからほとんど一緒に過ごしてない。妹はお父様の公爵家になるための一番重要な娘なの。何しろ第二王子がお生まれになってから作った娘だから。年齢を近くして嫁がせたいと考えているのよ」

「はあ……」


 坂の上食堂の常連さんであるコールさんから聞いた話と大差ない話を聞いているのだが、やはりリオナの口から聞くと異次元感がすごい。子供を自分の出世のための道具としてしか見ていないのが伝わってくる。


「それでリオナはなぜビクトル様に嫁いだの? 爵位が下なんでしょう?」

「お父様の弱点だからよ」

「弱点?」


 リオナは静かに頷く。


「王城に勤めて文官との接点は多いけれど、騎士との接点はほとんどないの。そもそも文官と騎士って対立しがちだし。隣国との戦争が近いって噂もあるし、騎士の家系と縁を結んでおきたかったのよ。ニュリード伯爵は騎士ではないけれど、ビクトル様は騎士になれるのではないかと期待の声も高い。そうでなくてもビクトル様のお姉様が嫁がれた方が騎士になれそうって話だし、遠縁でも構わないってところでしょうね。爵位を下げて嫁ぐくらいのことをしないと、文官と騎士の家系の縁を結ぶのは難しいのよ」

「はあ……そうなんだ」


 ラインデル侯爵の底知れない野心がうかがえる話に現実感がなくて、ただただ呆れるばかりだ。


「じゃあリオナは冷遇されていたわけじゃなくて、ちゃんとラインデル家の一員として役目を果たしてる、ということなのね?」

「冷遇、か……。周りにはそう見えるよね」


 リオナは達観したように言う。


「実際、妹に比べれば冷遇されていたんでしょうけど、王族に嫁がせたいと思っている妹と同じレベルの扱いが受けられると思っていなかったから、悲観してはなかったかな。姉と兄とは歳も離れているし」

「そう……」


 どこか他人事のように話すリオナからは悲壮感は見られないけれど、それが悲しく思える。私と父の間にあるような家族という温かさがまったく感じられないからだ。


「ビクトル様のことはどう思ってる? 政略結婚だけれど、仲良くやっていこうと思ってる?」

「前世とこの世界だと結婚の価値観が違いすぎるじゃない? 私の結婚は親が決めることで、お互いに好きとか幸せになりたいからするもんじゃない。私は妻として兵士の奥様方と親交を深めたり、ビクトル様のお世継ぎを産むことが使命。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「それで……」


 貴女は幸せなの? と尋ねようとして飲み込んだ。自分の幸せを追い求めることが許される人生を歩んできていないのだ。


「まぁでも家を出られただけ息苦しさは減って嬉しいかもね。ビクトル様は家を空けがちとのことだし、自由な時間も増えそう! ママもいるし」


 リオナは少し照れくさそうに最後の言葉を付け加えた。本心に聞こえたので私も笑顔になる。


「てか、ママって今何歳?」

「十六歳だよ」

「同い年じゃん!」


 リオナは興奮したように身を乗り出す。


「まさかママと同い年に生まれ変われるなんて! なんか変な感じ」


 ケラケラと笑うリオナは楽しそうだ。


「しかも私の侍女なんでしょ? 変な感じー」

「これからは私が側にいるからね。何かできることがあれば言って」

「うん」


 リオナは目を細めて笑う。


「頼りにしてる」


 リオナと共に生活する日々が始まった。リオナは多くを求めない主人であったので、侍女としてはやることが少ない。


 ただ、侍女の人数自体が少ないので仕事量自体は多かった。掃除、洗濯、料理の準備や配膳などなどやることは無限にある。


 それでもリオナと暮らせることを思えば不満はない。私は休む間もなく、せっせと働いた。時折リオナと二人になって会話を楽しめることが幸せでたまらない。


 リオナを幸せにしたいと思っていたのに、これでは私が幸せになっただけだ。


 そんなある日の夕食。私が料理人を手伝ってせっせと厨房で料理をお皿に盛り付けていると、マリーさんがやってきた。


「アイリス。ビクトル様がお呼びよ。ここは私が受け持つから食堂へ向かって」

「? わかりました」


 私は言われるがまま食堂へと向かう。

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