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一目見たら

 普段は寝つきのいい私だけど、流石に緊張してよく眠れなかった。リオナと会ったのは一ヶ月以上前、しかも一目見ただけだ。


 それ以来、久しぶりに会えることになった。しかも今度はリオナに私を認識される可能性がある。


 私は一目見て亜子だとわかったけれど、リオナはどうだろう。そもそも転生前の記憶が戻るかもわからない。


 リオナが私をわからなくてもいい。ただリオナの幸せを見守れればそれでいい。そう思うのに、やっぱりどこかリオナに私が母だとわかってほしい。前世の話をしたい、という欲が出てしまう。それが心の奥底の本心なのだろう。


 リオナが私をわからなかった時に傷つかないように、リオナの幸せを見守れればそれでいいと、自分に言い聞かせているだけなのだ。


 そんな葛藤もあって余計に緊張してしまう。リオナが到着するまで同じ場所を拭き続けたり、応接間に置くフルーツの位置を微妙に調整し続けたり、無駄なことばかりしていた。


 昼過ぎ。リオナが到着するより先にビクトル様とミュオンが屋敷にやってきた。


 ビクトル様もリオナと同日の今日からこの屋敷に住むことになる。私がビクトル様とミュオンに会うのはあの面接の日以来のことだった。


「今日からよろしく頼むよ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 尊大な挨拶に丁寧に返す。ビクトル様は私の雇い主で、雇い主に嫌われてはこの屋敷から追い出されてしまう。


 それに、よく考えたら貴族が平民に接する態度はこんなもんなんだろうな、とも思う。前世ではこんなに明確な身分差はなかったから、戸惑っているのかもしれない。


 そしてとうとうその時がやってきた。呼び鈴が鳴り、外へ出ると門の方から豪華な馬車がやってくる。


 それはあの日見た馬車そのもので、この中にリオナがいると思うと心臓が早鐘を打つ。


 馬車がゆっくりと止まり、御者が馬車の扉を開ける。私は屋敷の入り口の前のビクトル様の後ろで胸の前で両手を合わせてその様子を固唾を飲んで見守った。


 馬車の中からゆっくりと降りてきた女性。以前見た時と変わらぬ美しさと愛らしさ。今日は胸元に大きなリボンがついたAラインの涼しげなワンピースを身に纏っている。


 やっぱり、どれだけ見ても亜子にしか見えない。見た目はまったく違うのに、何故だか前世の私の娘だと確信できる。


 リオナはビクトル様の前までくると、恭しく礼をした。


「ビクトル様。本日よりよろしくお願い致します」

「リオナ嬢、お待ちしていました。さあ、中へ」


 ビクトル様がリオナの手を取ってエスコートする。リオナがビクトル様と共に屋敷へ入ろうと私の前を通り過ぎようとした、その時。


「え……?」


 リオナの瞳が私を捉えて、ゆっくりと見開かれる。金色の美しい瞳が私の身体を上へ下へと戸惑うように行き来した。


 そして薄い唇が震えながら動く。


「ママ」


 声こそ出なかったけれど、ちゃんと伝わった。「ママ」。何度も何度も私のことを呼んでくれた、その呼び名で。


「亜子」


 私も声は出さず口の形だけで伝える。大丈夫、私もちゃんとわかっているよ。


「ん?」


 立ち止まったリオナに気づいてビクトル様が振り返った。すかさず私がリオナに礼をする。


「はじめまして、リオナ様。これからリオナ様の身の回りのお世話をさせていただきます、アイリス・アトランと申します。お茶のご用意をしておりますので、まずは応接間へどうぞ」


 ビクトル様に余計な不信感を与えたくない。リオナも今は混乱していると思うけれど、ひとまずこの場は自分のやるべきことを思い出してほしかった。


 リオナも私の意図を理解したようで、口を引き結んで頷く。


 再び歩き出したリオナは応接間へ行ってビクトル様と共に歓談を楽しんだ。会話の内容は上辺だけの内容だったが、政略結婚だからこんなものだろうか。


 最後に使用人達の紹介と屋敷の説明があり、リオナは自室に戻ることになった。


「荷物を片付けたいからアイリスを部屋に連れていきます」


 リオナはマリーさんにそう伝える。堂々たる貴族の淑女っぷりになんだか感動を覚えた。


「かしこまりました。私とカメリアも一緒に片付けさせていただいた方が早く終わるかと思いますが」

「一人で結構よ。騒がしいのは嫌いなの。あとお茶も必要ないからしばらく静かにしていてちょうだい」

「かしこまりました」


 主人の命令には背けない。マリーさんはあっさりと引き下がり、私はリオナと共にリオナの自室に入った。


 扉を閉じてシンと静まり返った部屋で二人きりになると、リオナはくるっと振り返る。その瞳には涙を溜めていた。


「ママ……ママだよね!?」

「亜子……」


 私は駆け寄ってぎゅっとリオナを抱きしめる。私の瞳にも熱いものが込み上げてきた。


「ねえどういうことなの? 私達なんで……!?」

「まずは落ち着いて、亜子」


 幼い頃、泣きじゃくっていた時と同じように私はリオナの背中をゆっくりと撫でて落ち着かせる。


「亜子が前世のことを思い出したのはいつ?」

「さっきだよ! ママを見た瞬間、ママがいる! って……。ママの見た目は全然違うのに、意味わかんない……」

「わかるよ、私もそうだったの」


 そうして私はリオナを見て亜子のこと、前世のことを思い出したこと、この世界での私のこと、リオナに仕えるまでにあったことを簡単に説明した。


「そう……だったんだ」


 少し落ち着きを取り戻したリオナは床にへたり込んだまま、鼻をすする音を立てる。


「じゃあ前世の私は死んじゃったってこと?」

「そういうことになるのかな……。前世の最後の方のことは上手く思い出せないの」

「ママも? 私もだよ……。中学に入ったくらいまではなんとなく思い出せるけど……」

「亜子もそうなんだ」


 前世の私達の最期はどんな感じだったんだろうか。思い出せないだけでおばあちゃんになるまで生きられたのだろうか。それとも──


「それより亜子。亜子のリオナとしての今までのことを教えて? 貴族の生活ってどんな感じ?」

「ママが思うほどいいもんでもないよ」


 リオナはそう言って今までのことを話し始めた。

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