第007話 ただ、守りたくて
「待て!!」
私の心の中から飛び出したルーシーさんは魔族に取り憑かれた人たちの前に。
「こんな所に隠れてやがったのか、この裏切り者め!」
「へっ、あれだけ痛めつけてやったのに随分元気そうじゃねえか」
「今度は痛めつけるだけでは済まさん。確実に息の根を止めてやる」
ルーシーさんが三人の人間に取り囲まれている。だけど、今の私にはただ見守ることしかできない。
「……ここで戦えば人間界に被害が出る。戦うなら魔界へ戻ってからにしないか?」
こんな時でさえルーシーさんは人間界への被害を心配している。そんな彼女を、私はただ見守ることしかできないの……?
「フン。その必要はないぞ、ルシフェリア」
「お前がここで、大人しく殺されてくれさえすればなぁ!!」
元々強面な人たちに取り憑いていたけど、その表情はさらに迫力を増していた。彼らの表情からは敵意……ううん、殺意が溢れているようだった。
「フッ……舐められたものだな。いくら手負いとは言え、生身の人間の身体でこの私をどうにかできるとでも?」
追い詰められているはずなのに、ルーシーさんは余裕そうに見える。実のところはただの強がりかもしれないけど。
「何を言っている? まさか“漆罪魔”のくせに“デビライズ”も知らないのか?」
「なっ……! デビライズだと!?」
漆罪魔? デビライズ? またよくわからない言葉が飛び出してきた。漆罪魔はルーシーさんのこと? デビライズは彼女の反応を見る限り、彼女にとって都合の悪いものみたいだ。
「さすがに知っていたか。“傲慢”を司る漆罪魔・ルシフェリアさんよぉ!」
“傲慢”を司る漆罪魔・ルシフェリア。それがルーシーさんの正体……?
「……本音ではもう私を漆罪魔とは認めていないくせによく言うよ」
「この状況でまだ強がるのはさすが漆罪魔。大したものだが……俺たちのデビライズを見てもまだ強がっていられるかな?」
言い終えると同時に、三人の男性たちの身体から黒く禍々しいオーラが放たれた。人間の身体に入っている間、魔族の気配はかなり弱まるはずなのに、彼らの邪悪な気配は一気に強まっていく。そして――
激しい光と凄まじい衝撃波。土管の陰から覗いていたけど、衝撃波のあまりの威力に、私の身体は数メートル吹き飛ばされた。
「かはっ!?」
空き地を仕切る木の柵に背中から激突し、肺の中の空気が一気に押し出される。そんな感覚に襲われた。
呼吸が辛い。身体のあちこちが痛む。震えながらも身体を起こし、ルーシーさんや男性たちの方へ視線を向けるとそこにはもう人間の姿はなかった。
額の辺りから生えた鋭い角。尖った耳。巨大なコウモリのような翼。細く長い、先端の尖った尻尾。肌も赤黒く染まっている。男性たちは三人とも、まるで悪魔のような姿へと変貌を遂げていた。
「デビライズ……ソウルダイブした人間と合体し、魔族の姿へと変身させる力、か……」
「ただ変身させるだけじゃねえ。“瘴気”のない人間界で、魔族の力を本来以上に発揮できる代物だ!!」
人間と合体して魔族の姿へと変えてしまうデビライズ。しかも魔族の力が本来のもの以上になるなんて……! こんなの、たとえルーシーさんが万全の状態でもやられてしまうんじゃ……
「どうだ、この溢れる魔力の波動は!! 上級魔族様の漆罪魔だろうが生身じゃ止められねえだろ!!」
「くっ……! 噂には聞いていたが、まさかこれほどのものとは……!」
ルーシーさんの表情からは一切の余裕の色が見えなくなっていた。彼女とは今日再会したばかり。まだ彼女のことを理解できているなんて言えない。
だけど、短い間のやり取りでも彼女が自信家なのはよくわかったつもり。そんな彼女でさえ、今の表情には自信なんて微塵も滲み出ていない。それだけで彼女がどれだけ追い詰められているのかを物語っている気がした。
「裏切り者には死の制裁を!」
「行くぞ、ルシフェリア! 殺してやる!」
「まあそんなわけで大人しくくたばりやがれ!!」
ルーシーさんに一斉に襲いかかる三人の魔族たち。
「今度は腕の火傷程度では済まさんぞ」
「くっ! あの時森を焼いた炎か!」
魔族の一人の手から炎が現れ、そこから無数の火の玉がルーシーさん目掛けて放たれた。
「威力は段違いだがな!」
「周囲に被害は出るが、ここは避けるしかないか……!」
放たれた火の玉が着弾する度に爆発が起き、周囲を焼き尽くしていく。空き地に生えた木が、隣接する民家が焼かれていく。まさに地獄絵図。数時間前の霊山への落雷――あれが可愛く思えるほどの惨状が広がっていく。
「ほ、本当に……これが……現実……なの……?」
目の前の惨状に、思わず口に出してしまった。その声は震えていたと思う。夢であってほしい。ううん、たとえ夢でも1秒でも早く覚めてほしい。そう願うことしかできなかった。
「ちょこまかと動きやがって……。いい加減大人しくしやがれ!!」
別の魔族は苛立った様子で攻撃を放った。彼の攻撃は雷のような槍。一瞬、彼の手元が光ったかと思った次の瞬間にはルーシーさんの身体を捉えていた。
「ぐぁぁぁぁああああ――――ッッッッ!!!?」
木霊するルーシーさんの絶叫。雷の槍に貫かれた身体がビクンと跳ね上がる。彼女の苦しむ声が私の心を突き刺し、無力感が増幅していく。
「嫌……嫌だよ……。お願い……だから……夢なら覚めてよ……!」
だけど、そんな願いが届くはずもなく、魔族たちの容赦ない攻撃が続いた。その度に響く轟音。木霊するルーシーさんの絶叫。いくら彼女が魔族だといっても、こんな連撃にいつまでも耐えられるはずがない。
なのに彼女は何度攻撃を受けても立ち上がろうとしていた。もう死んでしまっても不思議じゃないはずなのに。それでも彼女の心も、身体も、まだ死んでいなかった。
「人間……界は……人間……は…………」
蚊の鳴くような、今にも消えそうな声で。
「私が……守る…………」
だけど、はっきりと私の耳にも届く。彼女の、決意と覚悟に満ちた声が。
どうしてここまで人間のため、人間界のために命を張ってくれるのか、私にはわからない。だけど、その想いに私も応えたい。いつしか私はそう思い始めていた。
辺りを焼き払う炎の玉。ルーシーさんの身体を貫いた雷の槍。どれも足が竦み、一歩も動けなくなるほど怖い攻撃。まだ恐怖心が身体を震え上がらせている。だけど私は歩みを進め始めた。ルーシーさんの想いに、応えるために。
魔族たちは一斉に攻撃を仕掛けるため、ルーシーさんの前に立ち、彼女の眼前に手をかざしていた。その手にはそれぞれ、炎、雷、氷のエネルギーが集まっているように見える。
「う、うご……け……! わた……しの……からだ…………!!」
ルーシーさんは必死に起き上がろうとしているみたいだった。だけど身体に力が入らないのか、一度身体を起こすも、すぐに地面に伏してしまう。
ルーシーさんの表情に悔しさが滲んでいるように見える。だけど、その表情は一変することになるだろう。――私の登場で。
「や、やめて……ください……!!」
まだ足がガクガクと震えている。だけど私はルーシーさんを守るため、彼女と魔族たちの間に立つ。
「なんだぁこの小娘は?」
「人間のガキが、俺たちの邪魔でもするつもりか?」
魔族たちの表情が少し緩む。私なんて相手にならないと侮っている、そんな表情だ。
「な、何を……している……!? ば、馬鹿な……真似は……!!」
背中越しでよく見えないけど、声から察するにきっとルーシーさんはかなり動揺しているはずだ。
「こ、これ以上……ルーシーさんを、傷つけないで……!!」
私のこの言葉で何か気付いた様子の魔族たち。
「まさかこの小娘、ルシフェリアの知り合いか?」
「もしそうならちょうどいいぜ! 人間と仲良くなんて馬鹿なことを考えたせいで、このガキが目の前で死ぬことになるんだからなぁ!!」
言い終えると同時に、魔族たちの手からそれぞれ炎の玉、雷の槍、氷の塊が放たれた。私を狙って。
(あ、終わった……)
私は彼らの攻撃を直視することができず、ギュッと目を瞑った。直後。
――ドォォォン!!
爆発音に私の耳は劈かれた――
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