第005話 舞桜とルーシー
“ルーシーさん”との再会。もしもそれが叶うのなら、きっと一人前の巫女になった私と魔王になって魔界を統一した彼女。そんな二人の、数十年ぶりの再会になると信じていた。
だけど、再会は私の予定よりずっと早く訪れた。私の思い描いていたものとはかけ離れた形で。
「ルーシーさん! ルーシーさん!!」
倒れた彼女に駆け寄り、名前を呼び続ける。だけど、やっぱり彼女の返事はない。
近くで彼女の容態を確認すると、身体中の皮膚が焼け焦げ、マントもところどころ焦げたり破けたりしていた。人間の感覚ならば瀕死の重体、もしくは――
ううん、そんなはずはない。そんなことは信じられない。信じたくない。そんな考えが頭の中を支配する。
私はうつ伏せに倒れている彼女の身体を仰向けにした。顔や胸、腹部など、前面の様子を確認するために。
顔を見ると私の想像よりかなり大人びている印象だった。とても同年代とは思えない大人の女性。でも、幼い日に見た彼女の面影が確かにある。“ルーシーさん”本人で間違いない。私にはそう確信できた。
彼女があの“ルーシーさん”だと確信した私は、次にケガの様子を確認するため、身体の方へと目を向けた。ボロボロのマントの下は金属鎧のような素材でできたビキニタイプの衣装。つまりかなり露出度が高く、ケガの確認は容易だった。身体の前面も腕や足と同様に無数の切り傷や火傷が。
どの部位を見ても痛々しい。胸がキリキリと痛む。見ているだけなのに、私まで身体の痛みを感じそうなほどに。
気付けば私の視界は滲んでいた。だけどすぐにその涙の理由が変わることになる。
「……だ……れ……だ…………?」
声が聞こえた。蚊の鳴くような、本当にか細い声。風の音が聞かせた幻かのような、弱々しい声。
だけど、聞き間違いなんかじゃない。
「ルーシーさん……? ルーシーさん!!」
彼女は生きていた。全身傷だらけの重傷。常人ならば死んでいてもおかしくないほどの。
彼女の容態を考えればそんな場合じゃないかもしれない。だけど私の涙は悲しみによるものから喜びによるものへと変わっていた。
「……わた……しを……その名で……呼ぶのは…………」
幼かった頃の可愛らしさは感じられない、カッコいい大人の女性の声。だけどあの日の彼女のようにどこか澄んだ印象を受ける声。そんな声で彼女は少しずつ言葉を紡いでいく。
「まさか……“まお”……? ……いや……そんな……はずは…………」
彼女はまだ理解が追いついていないのかもしれない。私があの日出会った“まお”だと確信を得られていないようだった。
「ううん、合っていますよ。“まお”ですよ……!」
私のその言葉を聞いた彼女は目を見開いた。もしかしたら再び私たちの世界にやってきたこと自体が彼女の想定外だったのかもしれない。それくらい彼女の表情は驚きに満ちているように感じられた。
「ば、馬鹿な……もう、100年も経っているのだぞ……?」
「えっ、100年!?」
彼女は何を言っているんだろう? 確かに私にとっては長い年月が過ぎたけれど、それでもまだ10年ほどだ。ひょっとしたら彼女はまだ混乱しているのかもしれない。
「よくわかりませんけど、とにかく今は手当てをしないと! 誰か人を呼んで――」
そこまで言ったところで気付く。彼女は魔族だ。普通の医者に見せてどうにかなるのか。そもそも魔族の彼女を軽々しく他の人間の目に触れさせても平気なのか、と。
「……どうした……?」
「えっと、あなたの手当てをしたいんですけど、私一人じゃ運べませんし、かと言って他の人の目に触れさせるのも良くないかと思いまして……」
「なるほど……」
一言だけ呟き、彼女は黙り込んだ。何か考えているようだけど、いい案なんてあるのかな?
「ならば……以前のように……また、お前の心の中に……お邪魔するとしよう……」
「えっ!?」
そう言うと彼女は私の目の前から姿を消した。それと同時に、胸の辺りに不思議な感覚が現れる。以前、彼女が私の心の中に入り込んだ、あの時と同じような感覚が。直後、彼女の声が頭の中に響く。
『ふぅ……』
「ま、またこれですか!?」
『これならば私を担ぐ必要はないし、人目につく心配も……ん?』
「ど、どうしたんです!? 今度は何ですか!?」
彼女の言動はいちいち私を驚かせる。今度は何を言い出すのかと思わず身構えてしまう。
『やはりお前の心の中は不思議だ。不思議な温もりがあり、心が安らぐ。それに……』
「そ、それに……?」
『よくわからないが、身体に力が戻ってくるような感覚がある。お前からは生命力とは違う、何か別の力を感じるのだ……』
生命力とは違う力? 何のことを言っているのか、私にはさっぱりだ。
『ふむ……お前自身にもわからないのか。まあいい。理由はよくわからないがお前の中にいれば私の力は戻り、傷も癒やせそうだ』
なんだろう、嫌な予感がする。
「え、えっと、もしかしてこのまま私の心の中に居座るつもりだったりします……?」
『うむ! 悪いが少しの間、厄介になるぞ!』
嫌な予感は的中した。彼女の助けになりたいとは思うけど、どうもこの「心の中に別の誰かがいる」感覚には慣れない。
(いやまあ、慣れなくて当然だと思うけどね!)
思わず自分で自分にツッコミを入れてしまった。だけど、彼女は本気でこのまま私の心の中に居座るつもりなのかな?
「あ、あのー……本気ですか? 本当にこのまま私の中にいるつもりなんですか……?」
『うむ! 力を取り戻すまでの間、よろしく頼む!』
念の為再度確認してみたけど、どうやら本気のようだ。そして残念ながら私に拒否権はないみたい。追い出そうにも追い出し方がわからないし、仕方がない。それに――
(よく考えたら私以外に頼れる人なんていないよね……)
正直不安だらけだけど、私を頼りにしてくれているのならその気持ちには応えたい。そう思った私は彼女との奇妙な同居生活を受け入れることにした。
『そう言えば改めて自己紹介をしておかねばな』
確かにまだ私が勝手に彼女を“ルーシーさん”だと思い込んでいるだけだった。
『私は魔王“ルシフェリア・ナイトパレード”だ!!』
「あ、やっぱりルーシーさんだったんですね」
『うむ!』
それにしても、ルーシーさんの名字ってナイトパレードだったんだ。随分愉快……もとい楽しそうな名前だ。
「え、えっと、じゃあ私も……。私は白峰舞桜です。まだ見習いですけど、巫女をやっています……」
『…………』
「ちょ、ちょっと! 何か言ってくださいよ!!」
せっかく自己紹介したのにノーリアクションだとさすがに堪える。ただでさえ私は自己紹介があまり得意じゃないのに……
『……ああ、すまない。本当にお前があの“まお”なのか、と思ってな』
「??」
どういう意味だろう? 思い出も間違いなく共有しているんだし、そこまで疑問に感じる必要はないと思うけど……
『舞桜よ、お前は今何歳だ?』
「14歳ですけど……。でもルーシーさんも同じなんじゃ……?」
『いいや、違う。私は104歳だ』
104歳!? 全然そうは見えなかったけど、魔族だから人間の感覚とはだいぶ違うんだろうね。そう考えれば外見のことはまだ納得ができた。
でも、私が一番驚いたのはそこじゃない。“104歳”――彼女は確かにそう言った。そう言えば先ほども100年経っているようなことを言っていたけど……
「あの、さっきから気になっていたんですけど、ルーシーさんと会うのって10年ぶりですよね?」
『……は? 何を言っているんだ? 10年などではない。100年だ』
「…………」
『…………』
二人の間に沈黙が流れる。どう考えても100年なんて経っているはずがないのに、ルーシーさんははっきりと100年だと言った。とても嘘をついているようには思えない。これは一体どういうことなんだろう?
『待て。今は何年だ?』
「えっと、西暦202……」
『西暦などと言われてもわからん! アザゼロス暦で頼む』
「それは私がわかりませんよ!」
アザゼロス暦なんて暦は初めて聞いた。わかるはずがない。ルーシーさん曰く魔界の暦で、昔の偉人か何かの名前から名付けられたものらしいけど……
『どういうことなのかはわからんが、どうやら私の中では100年、お前の中では10年の時が過ぎた。そういうことのようだな……』
「そ、そうですね……」
原因はわからないけど、今わかっていることを整理するとそうなってしまう。
『とにかく私の中では100年の時が過ぎていてな。だからお前はもう寿命が尽きて亡くなっているものだと思い込んでいたのだ』
「なるほど……それで私本人だとすぐには信じられなかったんですね」
『うむ』
100年。私には想像もつかないほど長い年月だけど、そんなに長い間ルーシーさんは私のことを覚えていてくれたんだ。そう考えるとさらに嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「ルーシーさんにとってはすごく長い時間だったでしょうに、ずっと私のことを覚えていてくれたんですね……」
『……まあな。あの日の約束は私の糧だからな』
ルーシーさんは今、きっとあの日交わした約束を思い出し、遠い目をしている。実際には心の中にいる彼女の姿は見えないけど、そんな姿が脳裏に浮かんだ。
それにしても、あの約束が糧……か。それほどまであの約束を大事に思ってくれていたと思うと、嬉しい反面少し恥ずかしくなってくる。
『……まあいい。魔界と人間界の時間の流れについては追々調べるとしよう』
私も気になるけど、今はルーシーさんのケガを癒すのが何よりも先決。この謎はルーシーさんの言う通りいずれ解き明かせたら、と思う。
『ところで舞桜、お前はどうしてこの場所に?』
「……あっ! なんだか不思議な感覚がしたから思わずやってきちゃいましたけど、トモちゃんたちのことをすっかり忘れていました!!」
まずい。トモちゃんもお祖父ちゃんお祖母ちゃんも、もしかしたら神社のみんなも、心配しているに違いない。
「は、早く帰らないと……!」
そう思い、駆け出そうとした。だけど、すぐに歩みを止めることになる。なぜなら。
――ゾワリ。
突如、ルーシーさんがやってきた時とはまた違う、妙な波動を感じた。今度の感覚は寒気に近く、まるで背筋に冷たい刃物を当てられているようで、はっきりと嫌なものだとわかる。そんな波動だ。
「な、なに? 今の感覚……」
『お前も感じたか』
「えっ、もしかしてルーシーさんも?」
『ああ……』
二人とも感じた寒気のような嫌な感覚。この感覚の正体をルーシーさんは知っていた。
『魔族の気配だ。それも邪悪な魔族の、な。奴らめ、人間界まで追ってきたか……』
嫌な胸の高鳴り。拭えない息苦しさ。流れる嫌な汗。これが“魔族”の放つ気配……!!
「い、一体どこにいるんですか……!?」
『はっきりとした場所までは特定できんな……。しかし方角なら大体わかる。あちらは……南西か』
「え……? あ、あっちって……!」
ルーシーさんが示した方角にはちょうどうちの神社がある。必ずしもうちの神社にいるとは限らないみたいだけど、嫌な予感しかしない。鼓動が、呼吸が、速まっていく。嫌な汗が背を伝うのを感じる。
正直怖かった。ルーシーさん以外の魔族がどんな存在なのかは知らない。だけどこの嫌な感覚が告げていた。危険な存在だと。
それでも恐怖心より神社のみんなへの心配の方が大きかった。気付けば私は神社へ戻る道を駆け出していた――
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