第004話 思い出のあの場所で
突如、空に立ち込めた紫色の暗雲。暗雲は渦を巻き、中心に黒い大穴を形成している。その大穴から突如放たれた黒い雷が、周囲一帯の日常を一瞬のうちに破壊した。
突如日常を破壊された戸惑い。未知の現象への恐怖。これらは私の足を竦ませるには十分すぎた。
まるで恐怖に全身が縛り付けられているような、そんな感覚に陥る。
だけど、私は巫女。見習いとは言え、この神社の巫女なんだ。だから怯えていては駄目。参拝に来てくれた人たちを、守らないと。
頬を、太ももを叩き、恐怖に震える身体をなんとか鼓舞する。そして参拝客の方へと歩き出す。本当はすごく怖くて今にも泣き出しそうだけど、堪えなくちゃいけない。
「み、みなさん、落ち着いて、落ち着いて避難、してください……!!」
声の震えはどうしようもなかった。それでも精一杯声を絞り出し、参拝客の避難誘導をする。そんな私の耳に、一人の女性の声が届いた。この声は巫女の先輩・“早乙女古都音”さんだ。
「ま、舞桜ちゃん! 危ないからあなたも早く避難しなさい! お祖父様とお祖母様も心配されてるわ!」
「……あっ! そ、そうだ、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは……!?」
古都音さんの言葉で気付く。恐怖心やそれに打ち勝つことに意識を奪われていて、祖父母のことを完全に失念してしまっていたことに。
「お二人はご無事よ! 先に避難してもらっているわ。だからあなたも、早く避難して顔を見せてあげて!」
「わ、わかりました! 古都音さんも、無理しないでください……!」
古都音さんと別れ、今度は祖父母を探すために走り回る。先に避難しているという話だったけど……
「おーい、マオー!」
祖父母を探す私の耳に、つい先ほどまで一緒にいた幼馴染の声が。その声は私の焦りや恐怖心を和らげてくれる。
「と、トモちゃん! 帰ったんじゃなかったの!?」
「いやいや、マオと別れた後、いきなりあんなことが起きたら心配になって戻ってくるっしょ?」
どうやらトモちゃんは私を心配してわざわざ戻ってきてくれたみたい。それに――
「舞桜! 無事じゃったか!」
「あまり年寄りを冷や冷やさせるものじゃありませんよ、舞桜」
「ご、ごめんなさい……! でも、お祖父ちゃんたちも無事で本当に良かった……!」
祖父母はトモちゃんと一緒にいた。三人と合流でき、ほっと一安心。だけど現実は安心している場合じゃなかった。一体何が起きているのか、まるでわかっていないのだから。
不安なまま参拝客の避難誘導が完了するのを待っていると、空に開いていた大穴に変化が。どんどん小さくなっていくのが見え、同時に立ち込めていた暗雲も散り、雷も治まった。
ほんの数分の出来事。だけど、このたった数分で私の日常はいとも容易く破壊されてしまった――
雷が治まり、現場の混乱も、私の気持ちも少し落ち着いてきた。冷静になると被害の状況が気になってくる。
もしかしたらまだ取り残されている人がいるかも知れない。それに境内の被害状況も確認したい。そんな考えが頭を巡り、居ても立ってもいられなくなった私は、境内へ向かおうとする。
だけど、そんな私を古都音さんたちは制した。
「駄目よ、舞桜ちゃん! まだどんな危険があるかわからないの。そんな場所にあなたを行かせるわけにはいかないわ」
「で、でも……! 私だって巫女なんです! だから神社の見回りに……!」
私は必死に訴えたが、先輩たちは首を横に振った。
「巫女と言ってもあなたはまだ見習いだし、それに中学生の子ども。だから今はお祖父様たちと避難しなさい。それが今のあなたがなすべきことよ」
優しくも毅然とした口調。古都音さんの言っていることは私だって正しいと思う。
だけど――悔しい。大切な日常が目の前で崩れてしまったというのに、私には何もできなかった。ただ避難するだけで、何の役にも立てない。結局、私はまだ半人前以下の役立たず。何もできないんだ……
「わかり……ました……」
悔しい気持ちを押し殺し、私は先輩たちに従うことに。迷惑はかけたくないから、今は仕方がない。そう自分に言い聞かせ、私は祖父母やトモちゃんのもとへすごすごと戻った。
「マオ、どうだった? 随分早かったけど……」
「私はまだ見習いだからみんなと一緒に避難していなさい、って言われちゃって……」
「そっか。まあ危ないかもだし、しょうがないって」
トモちゃんの声は優しかった。気落ちしている私の様子から気持ちを察してくれたんだと思う。彼女は本当に優しいんだ。
トモちゃんの優しさと神社のために役に立てない無力感に思わず涙が零れそうになるけど、ぐっと堪える。トモちゃんやお祖父ちゃんたちに心配はかけたくないし、頼りない姿も見せたくなかったから。
「とにかく今日のところは帰ろ? 明日以降、マオでもできそうなことを手伝えばいいっしょ」
「う、うん。そうだね……」
トモちゃんに促され、今日のところは帰路につこうとする。
だけど、その時だった。
――ドクン。
心臓が跳ねたように強く脈打った。それだけじゃない。全身がゾクゾクし、心が妙にざわつく。
「な、なに、この感じ……?」
突如、得体のしれない感覚が私を襲った。何か、力の波動のようなものを感じる。その感覚が、私の鼓動をどんどん速めていく。
「マオ、どしたの?」
「…………」
トモちゃんが声をかけてくれたけど、私は何も返すことができなかった。そして私の足が勝手に歩み始める。裏山の霊山に向けて。まるで何かに引き寄せられるように。
「ちょっ、マオ? どこに行く気?」
「ごめんね、トモちゃん。私、行かなきゃ……!」
「えっ? ま、マオ! 待ちなって……!!」
トモちゃんの制止を振り切り、私は霊山へ向けて走り始めた。この妙な感覚、力の波動のようなものは霊山の方から放たれている。そう感じたからだ。
(この方角って、まさか……!)
私の脳裏に幼い頃の記憶が過る。ある日出会った変わった格好の少女。魔族を自称する少女。人間の心に入り込むことのできる不思議な少女――“ルーシーさん”の記憶が。
そうだ。10年も経っていたから忘れかけていたけど、この感覚は間違いない。あの日感じた、“ルーシーさん”の不思議な力だ。
そう気付いた私はいつしか全力で駆けていた。あの日、彼女と出会ったあの場所へ。そして。
「ルーシーさん! ルーシーさんなんですよね!?」
思い出の場所に辿り着いた私は彼女の名前を呼んだ。そして黒い、悪魔のような角を生やした女性と、その身体を包む暗色のマントが視界に入る。彼女との再会の予感が確信へと変わる。
「ルーシーさ……」
けれど――
彼女からの返事は返ってこなかった。彼女らしき黒い影。その黒い影は力なく横たわっていた。クレーターのように窪んだ、穴の中央で。
「う、ウソ…………」
あの日再会を誓った魔族の少女。彼女との10年越しの再会は私の望む形とはかけ離れていたのだった――
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※第11話までは毎日更新予定、その後は週2回更新を予定しております。




