第003話 巫女見習い
私、白峰舞桜は中学生兼巫女見習い。昼間は学校で勉学に励み、放課後は巫女見習いとして神社を手伝っている。同級生は部活動やら恋愛やらで充実した青春を送っていたりするみたいだけど……
(……い、いやいや、私だって十分充実しているけどね! 一人前の巫女になって、行く行くはうちの神社を次ぐのが夢なんだから!)
中学生のうちから将来の夢に直結するような経験ができている。これは十分充実していると言って良いはず。
(友達と過ごす青春とは無縁だと言われたらそれはそうだけど……)
実を言うと部活仲間がいないばかりか、友達も多くはない。どうやら放課後の寄り道を断ってばかりいたせいか、付き合いが悪い子認定されているみたいなんだよね……
(友達が少ないのはやっぱりちょっと寂しい。本当にちょっとだけ、だけど……)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。余計に寂しくなるような気がするのはきっと気のせい。
僅かな寂しさを覚えながらも、現状は変えられない。今日も部活動へ向かう生徒たちを横目に一人寂しく下校する……はずだった。だけど、昇降口で靴を履き替えようとしているところで――
「なーに暗い顔してんだよっ!」
突如、私の耳に聞き慣れた明るい声が。その声と同時に、肩を組まれた。ちょっと驚いたけど、私にこんな風に接してくれるのはあの子しかいない。
「と、トモちゃん!」
「よっ、マオ♪」
彼女は“須藤友華”。ウェーブのかかった金髪の一部をシュシュで纏め、サイドテールにしている。瞳はまるでエメラルドのように綺麗な翠眼で、耳にはハート型のピアス。胸元にもシルバーのネックレスが光る。
自分で言うのもなんだけど、私とは対照的の派手な印象の女の子。一言で表すとギャルになるのかな?
「それで? なんで暗くなってたん?」
「いやぁ、みんな青春しているなぁって……」
「ぷっ、なんだよそれ」
トモちゃんは笑っている。別にそんなに面白いことを言ったつもりはないんだけど……
「けどマオも、夢に向かって頑張ってんじゃん。それも一つの青春っしょ? ……たぶん」
「途中まではいい感じだったのに、最後のたぶんで台無しだよトモちゃん」
「あり? そう?」
トモちゃんの軽い言葉に、思わず笑みが零れてしまう。こんな風に気を遣わずに話せるのは本当にトモちゃんくらいだ。単に幼馴染だから声をかけてくれているだけかもしれないけど、それでも私は嬉しかった。
「けど、もうちょいオシャレすべきだよなーマオは。あんま派手なのは巫女としてはNGなのかもしんないけどさー」
「でも私、オシャレとか全然わからなくて……」
事実、私はオシャレには疎い。だらしなく見えないように最低限の身だしなみは整えているけど、「かわいい」とか「似合っている」とかは正直よくわからない。
「ホントもったいない。マオは元がいいんだからさー」
「いやいや、そんなことないって! 巫女の修行ばかりで、見た目に気を遣う余裕もないし……」
「見た目に気を遣ってないのに可愛いから言ってんだけどね」
やれやれと言わんばかりの呆れ顔で話すトモちゃん。だけど私には彼女の言葉がイマイチ信じられなかった。それだけ私は自分の見た目に自信がないのだ。
「そ、そんなわけないでしょ! 私はただの地味な……」
「いやいや、地味でも可愛いって思われるのは天性の素質だから! 自覚した方がいいって!」
さらっと言い切るトモちゃんの言葉に、私はどんどん言い返せなくなる。なんだかすごく恥ずかしい……
「も、もうやめてよ! 変なこと言わないで!」
顔が熱を帯びていくのがわかる。これじゃあまるで、自分が本当に可愛いと思っているみたいだ。
「ほら、そんな風に慌ててる顔も可愛いんだってば」
「と、トモちゃん!」
私が思わず大声を上げると、トモちゃんは満足そうに笑った。
「やっぱマオはイジり甲斐あるわー。ま、オシャレのことは今度一緒に考えたげるからさ!」
「い、イジって楽しんでいたの!?」
まったく、トモちゃんには困ったものだ。すぐに私のことをイジってくるんだから……
それでも嫌な気持ちにならないのは、きっと私もトモちゃんとする取り留めのない話を楽しんでいるから……なのかもしれない。
「友華ー、カラオケ行こーぜー」
私とトモちゃんが話していると、トモちゃんのギャル仲間……と私が勝手に認識している女の子たちが。どうやらみんなでカラオケに行くみたい。
「ゴメン、今日はマオと帰るからさ。また今度ねー」
「ちぇー、ノリわるー」
だけどトモちゃんはあっさりと断ってしまった。もしかしたら私に気を遣ってくれて? もしそうなら悪いことをしてしまったかもしれない。
「えっ、断っちゃっていいの? 私のことは気にしなくていいから行ってきたら?」
「いいや、いいんだって。たまにはマオと話しながら帰りたかったしさ。それに今日はマオん家の神社に用があるし」
トモちゃんがうちの神社に用事だなんて珍しい。一体どうしたんだろう?
「ま、詳しいことは帰りながらってことで」
「アタシについて来な!」と言わんばかりのジェスチャーをして先導する彼女。彼女に置いていかれないよう、私は少し小走りで後を追いかけた。
トモちゃんと一緒に下校。昔はよくあることだったけど、最近は滅多になく、本当に久しぶりだ。中学校に入り、私が巫女の修行を始めたから。恐らくそれが一番の理由。
帰り道。トモちゃんがうちに寄りたがっていた件について訊いてみる。
「それで、うちの神社に用事って?」
「うん、実は御守り欲しくってさ」
「そうなんだ。でも何の御守り?」
トモちゃんが欲しがる御守りなんてちょっと想像がつかない。ギャルっぽい見た目で誤解されがちだけど、実は真面目に勉強しているから学業成就だったりするのかな?
私が予想を立てていると、トモちゃんの口から想定外の言葉が。
「うーん……恋愛成就?」
「ええっ!?」
思わず大声を出してしまった。別に好きな人がいても全然おかしくはないんだけど、今までそんな話は一度も聞いたことがなかったから……
「あははっ、冗談だって! 本当は安産祈願……」
「ええっ!?」
好きな人どころの話じゃなかった。トモちゃんのお腹の中にすでに赤ちゃんがいるなんて、今の今まで全く気が付かなかった。
「と、トモちゃん、いつの間に……?」
「え? ……ばっか、違うって! アタシじゃないから! お姉に買ってくの!」
「あ、ああ、お姉さんね! あー、ビックリしたぁ……」
お姉さんのために買うと聞き、私はほっと胸を撫で下ろした。
「あまり驚かせないでよぉ……」
「いやー、まさかそんな勘違いをされるなんて思わなくてさ。ホント、マオといると飽きないわー」
「もう、トモちゃんったら! やっぱり私のことをイジって楽しんでいるでしょ!?」
不満を訴えたけど、相変わらず笑って誤魔化されてしまった。本当にもう……
そうこうしているうちに神社に着いた。今日も境内は静かで、穏やかな風が木々を優しく揺らしている。手水舎の水が静かに流れる音が空気を清めているようで心地良い。
「いやー、いつ来てもここは静かで落ち着くねぇ」
「むぅ……。確かにお客さんは減っているけど……」
「ゴメン、雰囲気が好きって意味で言ったんだけどね……」
(は、恥ずかしい……!!)
顔がじわじわと熱を帯びていくのがわかる。トモちゃんは神社の雰囲気が好きで言ってくれたのに、私ったらとんだ勘違いを……
「まあまあ。それよりさ、早速御守り見せてよ」
トモちゃんの目的を果たすため、私たちは御守りを売っている授与所へ向かった。授与所には恋愛成就に安産祈願、交通安全、学業成就など、いろいろな御守りが売っているから、きっと見飽きることはないと思う。
「それじゃあトモちゃん、私は着替えてくるから、適当に見ていてね」
「おけー」
トモちゃんを授与所に残し、私は更衣室のある社務所へ向かった。
うちの神社は歴史が長いだけあり、社務所も中々古風な雰囲気。職員用の出入り口から中に入ると、木製の棚や机が並んでおり、さらに奥へ進むと更衣室や休憩室がある。
更衣室のロッカーも木製で、かなり年季が入っている。こういうのを趣がある、なんて言ったりするのかな? そういうのはまだちょっとピンとこないけど。
巫女見習いも2年目だから、さすがに巫女装束も着慣れてきたと思う。それでも袖を通すとやっぱり気が引き締まる。「今日も頑張らなきゃ!」という気持ちになってくる。
着替えを終え、授与所に戻ると、トモちゃんはウンウン唸りながらいくつかの御守りを眺めていた。
「うーん……やっぱ無難に無病息災? でも勉強面を考えて学業成就かー? いやでも千客万来も捨てがたい……」
(……千客万来? トモちゃんのご家族って誰か客商売とかしていたかな……?)
真剣な表情で御守りを眺めていたトモちゃんだったけど、どうやら私が声をかける前に気付いたみたいで、先に声を発した。
「おっ、来た来た。やっぱり似合ってんねー。しかも、前見た時より様になってる感じ」
「えへへ、ありがとう」
私も巫女装束は結構好きだから、似合っていると言われるとやっぱり嬉しい。それに、巫女姿が様になっているというのもね。
まだまだ一人前には程遠いけど、それでも少しは巫女らしさが出てきていると思っていいのかな?
「ところでトモちゃん、安産祈願の御守りを買うって言っていたのに、どうして学業成就や千客万来の御守りを見ていたの?」
「ああ、これね……。これは……」
トモちゃんは少し言葉に詰まっているみたい。そんなに言い難いことなのかな?
「えっと……アンタにあげたくてさ。アンタは無理しがちだから無病息災? それとも勉強も頑張るために学業成就? それか、さっき神社の参拝客が減ってるって言ってたから、もっと増えるように千客万来? どれがいいか悩んじゃってさぁ……」
「と、トモちゃん……!」
「わっ!? ちょっ、なに泣いてんの!?」
トモちゃんの優しさが心に沁み、思わず涙が溢れてしまった。
「だ、だって、嬉しくて……うぅ……」
「わかった! わかったから! お願いだから泣かないで。ねっ?」
確かに、神社で巫女が泣いている光景というのは傍から見たら只事ではなさそうだ。見方によってはギャルが巫女に絡んでいるようにも見えてしまうかもしれない。私は涙を拭い、嬉し涙をぐっと堪えた。
「てことで……はい、これ。無病息災。やっぱしマオは何かと無理しそうだし」
「そ、そんなことはないと思うけど……でも、ありがとうトモちゃん!」
トモちゃんは本当にいい人だと思う。派手な見た目で誤解されがちだけど、本当に優しい。
今は助けてもらってばかりだけど、いつかはトモちゃんの力になりたい。助けになりたい。心からそう思っている。
「それじゃアタシはそろそろ帰るよ。早くお姉に御守り渡したいしね」
「うん。お姉さんにもよろしくね。それじゃあまた明日!」
トモちゃんの背中が見えなくなるまで見送り、私は巫女のお仕事に戻る。こうしてまた、いつものように巫女見習いとして修行を積む。
積む……はずだった。
――ゴロゴロゴロ……
突然、雷鳴が轟いた。今日の天気は一日中晴れ予報だったはずだけど、外れたのかな?
最初はその程度にしか思わなかった。だけど、すぐに異変に気付くことになる。
「む、紫の雷雲……? そ、それに、何あれ……?」
ただの雷雲とは思えない、禍々しい色をした雲。さらにその中心には黒い、大きな穴が空いているように見えた。
空気もなんだか違和感がある。張り詰める感じ……だろうか。妙な感覚に胸が嫌にざわつく。
そして、次の瞬間。
――ドゴォォォンッッッ!!!!
黒い雷が神社の裏山、通称・白峰霊山に落ちた。雷が地面に到達すると同時に、轟音と衝撃波が発生。衝撃波は当然のごとく神社まで届き、窓ガラスが次々と砕けていく。手水舎の水は溢れ、授与所に並んだ御守りや御札なども吹き飛ばされてしまう。
突然の超常現象に私の日常は破壊され、どうしていいのかわからなかった。未知の現象への恐怖に、私はただ立ち竦むことしかできなかった――
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※第11話までは毎日更新予定、その後は週2回更新を予定しております。




