第013話 正義のヒロイン、倒れる
「ハァ……ハァ…………」
遅刻しないよう無理に走ったせいか、余計に身体が重くなった気がする。だけど一日はまだ始まったばかり。まだバテている場合じゃない。
「おはよーマオ! 昨日は……って、アンタどしたの?」
「あ、トモちゃん。おはよう……」
私ったら無意識のうちに机でぐったりしてしまっていたみたい。早速トモちゃんに心配されてしまった。
「ちょ、ちょっと寝不足で、なんとなく身体が怠くて……」
「あっ、もしかして寝付けなかった? まあ無理もないよね。昨日あんなことがあったんだし」
トモちゃんの口から「あんなこと」と言われ、思わず動揺してしまった。まさか昨日の出来事がバレている!? そう思ったから。
「あ、あんなことって?」
動揺した私は思わず訊き返してしまった。するとトモちゃんの眉が動いた。まるで私の言葉を怪しんでいるかのように。
「…………そりゃ、雷とか、神社の被害とかっしょ。他にある?」
「そ、そうだよね。昨日って言ったらそれしかないよね!」
ちょっと怪しすぎたかな? そう思いながらもトモちゃんの言葉に頷いた。
「……ま、何にしても、あんま無理しないよーに。アンタって普段から無理しがちだしさ」
「う、うん。ありがとうトモちゃん。気を付けるね……」
また胸がキュッと締めつけられるように痛んだ。トモちゃんに隠し事をするのは心苦しい。だけどこればっかりは話せないよ……
今日の1時間目は数学。正直数学は苦手だから、授業はしっかりと聞いておきたいところ。だけどなんだか頭がぼんやりして先生の話が頭に入ってこない。
「……峰! 白峰! 聞いているのか?」
『おい舞桜、呼ばれているぞ』
「へっ!?」
先生に何度も呼ばれていたのに、ルーシーさんに言われるまで全く気が付かなかった。
「お前がぼーっとしているなんて珍しいな」
「す、すみません……」
「まあいい。この問題、わかるか?」
「えーっと…………」
黒板に書かれた問題は……連立方程式だ。「どうして数学に英語が出てくるの!?」とまでは言わないけど、あまり得意な単元じゃない。計算だけならなんとかできるけど、文章問題にされると途端に混乱してしまう。
(1周が18キロメートルの池がある。……池にしては大きいなぁ)
今はそれどころじゃないけど、問題文が少し気になってしまう。
(真理さんとさおりさんが同時に同じところを出発して、反対の方向に回ると20分で出会い、同じ方向に回れば1時間後にさおりさんが真理さんに追いつく。二人の速さは、それぞれ時速何キロメートルか求めなさい……?)
問題文を読んでみたけど、頭が混乱してきた。何を何の文字で置き換え、どんな方程式を作ればいいのかちんぷんかんぷんだ。
「どうした白峰、わからないか?」
「す、すみません。わかりません……」
今は頭がぼんやりしていて考えられない、ということにしておきたい。でも後できちんと復習しておかないとテストが怖いよね……
私が答えられなかったので、すぐ後ろの席のトモちゃんが答えることに。
「……答えは真理さんが時速18キロメートル、さおりさんが時速36キロメートルです」
「おおっ、須藤はさすがだな」
トモちゃんは私よりずっと勉強ができる。それもあって、外見は完全に校則を破っているのにあまり注意されないみたい。
「ところでこれ、問題自体がおかしいっしょ。描いてある絵だとランニングしてるっぽいのに、明らかに自転車とか使ってる速さだし……」
問題文を読んだ時点で頭がパンクしそうだったから全然気が付かなかったけど、確かにトモちゃんの言うように物凄い速さだ。特に片方の子は世界新記録を余裕で更新できそうなほど速いんじゃないかな……
ツッコミどころ満載の問題もあったけど、その後も授業はいつも通り進められ、気付けば1時間目の終業を告げる鐘が。結局授業の内容が全然頭に入って来ないまま終わってしまった。
数学を乗り越えた先に待っていたのは体育。内容次第だけど、基本的に身体を動かすのは好きだから私にとってはご褒美だ。
私の通う私立“神楽女学院”はお金持ちのお嬢様が多い学校。だからかもしれないけど、体育が好きな子、得意な子はあまり見かけない。……そういうところでも私はちょっと浮いてしまっているのかも。
『今度は運動の授業か。人間たちの運動能力、どれほどのものか見せてもらおうか』
意外にもルーシーさんはみんなの運動能力に興味があるみたい。でもうちの学校の生徒じゃあまり参考にならない気がする。
「わたくし、バスケットボールのルールなんてわかりませんわ」
「わたくしもですの。そもそもこのような危険なスポーツ、お父様に禁止されておりますの」
こんなワガママが許される辺り、やっぱりうちはお嬢様学校なんだ。そう実感させられる。
もっとも私自身は全然そんなことはないけど。神楽女学院はただのお嬢様学校じゃなくて神道や陰陽道に関係の深い家の子も多く通う学校。だから入学したというだけだ。
「マオ、なんか顔色あんま良くないけど、体育なんてやって平気?」
「だ、大丈夫だよ。ほら、数学と違って体育は結構得意だし……」
またトモちゃんに心配されてしまった。確かに頭はまだぼーっとしているけど、たぶん大丈夫。好きな体育なら、きっと、なんとか……
準備運動とパスやシュートなどの軽い練習を挟んでから模擬戦に移る。チーム分けは先生が適当に決めてしまった。結果、残念ながらトモちゃんとは別のチームに。
1戦目、私のチームは見学で、トモちゃんたちのチームの出番だ。
トモちゃんは一見するとオシャレ命で体育なんてサボりそうな印象。だけどいつもちゃんと参加している。
「そんなにオシャレしているのに、汗とか気にならないの?」
以前気になって訊いてみたんだけど、その時はこんな答えが返ってきた。
「汗だくになるより、あれこれ理由つけてサボる方がカッコ悪いっしょ?」
さすがトモちゃん、カッコ良すぎるよ。その時も、そして今でもそう思っている。
「友華のやつ、よくやるよねー」
「ホントホント。体育のためにジェルネイルじゃなくてネイルチップにしてるとか言ってたし」
「マジ? あいつガチじゃん」
トモちゃんのギャル友達(?)の話し声が聞こえる。トモちゃんと違って彼女たちは見学みたい。オシャレに疎い私にはジェルネイルとネイルチップの違いはさっぱりだけど、体育をやっても問題がないネイルなのかな?
彼女たちの会話を聞きながらトモちゃんのプレーを目で追う。トモちゃんは素早い動きで相手のディフェンスを抜き去っていく。そして。
――ファサッ。
軽やかに跳んで華麗にシュートを決めた。でも何か違和感が。
(あ、あれ……? 今、トモちゃんが二、三人に分身していたような……? 気のせいかな……)
目をこすり、トモちゃんの姿をじっと見たけど、さすがに一人だ。やっぱりただの見間違い……?
「よっし!」
彼女は小さくガッツポーズを決めた。……うん。やっぱり一人だ。増えてなんかいない。
トモちゃんの試合が終わり、今度は私の番。立ち上がり、コートに入ろうとしたところ、ふらっと立ち眩みが。急に立ち上がったからかな……
「白峰さんがいれば百人力ですわ」
「みなさん、ボールを取ったら白峰さんに回しましょう!」
「あ、あははは…………」
思わず苦笑いしてしまった。頼りにされるのは嬉しいけど、本当にこれでいいのかな? 少し不安になってくる。
不安を抱きつつも、頼りにされている以上やるしかない。そう思いながらプレーしていたんだけど、やっぱりなんだか今日は身体が重い。思うように動けない。普段だったら簡単に止められそうなドリブルも、なぜか止められない。
「ハァ……ハァ……。お、おかしいなぁ……」
『……お、おい舞桜、その汗どうした?』
「汗? 動いているんだから汗くらい出ますよ……」
『そ、そうか。人間の身体はそういうものなのか……』
ルーシーさんの様子が少し気になったけど、今はバスケの試合に集中しないと。
――そう思った時だった。
「危ない、マオッ!!」
コート外からトモちゃんの叫ぶ声が。だけど、もう遅かった。
「へぶっ!?」
私は味方のパスを顔面で受け、その場に倒れ込んでしまった。
顔も身体も痛いはずなのに、痛みよりも床の冷たさを感じている。
(あ……。床、ひんやりして気持ちいいかも……)
本当は寝ている場合じゃない。すぐに起き上がって試合を続けなきゃいけないのに、身体に力が入らない。次第に意識がぼんやりしてきた。まるで霞がかかるように。
『舞桜!? どうした、舞桜!!』
「マオ! しっかりしなって! マオ――――ッ!!」
薄れゆく意識の中、ルーシーさんやトモちゃんの声が聞こえた。もう脳内に響く声なのか、耳に届く声なのかもわからない。
(ああ……。これは本当にまずいかも…………)
直後、私の意識は闇へと溶けていった――
お読みいただきありがとうございました。
続く第14話も投稿しております。よろしければお読みください。




