第011話 微笑む狂気
紫の空、漆黒の雲。鳴り響く雷鳴。淀む瘴気。この禍々しい雰囲気が漂っているのは魔界。魔族という、人間とは異なる種族が暮らす世界。
この魔界の中でも一際目を引く切り立った崖の上にそびえる城――“プライド城”。かつて“傲慢”を司る漆罪魔の居城だったこの城は、今は別の漆罪魔の手に落ちていた。
城の中の一室、玉座の間。本来ならば魔王・ルシフェリアが鎮座すべき玉座には青年の姿が。
彼の名はサタナス。彼は玉座に鎮座し、部下たちの報告に耳を傾けていた。
「申し訳ありません、サタナス様。裏切り者のルシフェリアを取り逃がしてしまいました」
「……お前たちが人間界へ向かう前の報告では奴に瀕死の重傷を負わせた、とのことだったが?」
サタナスの声色は落ち着いている。だがその静けさとは裏腹に、部下たちは萎縮しているようだった。サタナスから放たれる威圧感によって。
「そ、それが……どうやら霊力を持つ人間にソウルダイブし、傷や魔力を回復していたようなのです」
「霊力、だと?」
サタナスの表情が僅かに歪む。霊力――魔族たちの持つ魔力と対極の超常的な力。人間の中にその力の使い手がいるということは魔界でも知られており、当然サタナスも知っている。そのため、サタナスが引っかかったのは霊力そのものではない。
「さ、サタナス様……?」
「霊力は我ら魔族にとって脅威となる力。その霊力で回復を行うなど、通常では考えられん……」
魔族の常識では考えられない回復方法。サタナスは俄には信じられなかった。
だが実際に目の当たりにしてきた部下たちの報告に偽りはないだろう。それはサタナスもわかっていた。こんな荒唐無稽な話を嘘として報告する意味はないのだから。
「それで、回復したルシフェリアに返り討ちにあった、と」
「い、いえ、それだけではないのです」
部下たちの報告は続く。ルシフェリアが霊力で回復したというのは間違いなく重大な話だ。しかしそれ以上に重要な報告があるらしい。サタナスは眉をひそめつつ、耳を傾け続けた。
「なんとルシフェリアはその人間を依代にし、デビライズしたのです……!!」
「!!」
サタナスは思わず目を見開き、そして沈黙した。魔族が人間界で力を発揮するための力・デビライズ。ルシフェリアも魔族なのだから、彼女がデビライズすること自体に不思議はない。
だが問題なのは依代だ。霊力を持つ人間とのデビライズなど前代未聞。そんなことをすれば霊力の影響をダイレクトに受けてしまうだろう。いくら漆罪魔と言えど無事で済むはずがない。サタナスはそう考えた。
「……報告は以上か?」
「は、はい…………」
「そうか……。もういい、下がれ」
部下からの報告を聞き終えたサタナスは目を閉じ、その内容を脳内で反芻しようとした。
――だが、彼の思考は遮られた。
「ギャァァァ――――ッッッ!!!!」
「ぐわぁぁぁああああ――――ッッッ!!!!」
突如、耳を劈く声が。部下たちの断末魔の叫びが彼の思考の邪魔をする。
サタナスが顔を上げ、目を開けると――赤。一面、鮮血の地獄。そして床には彼の部下たちが転がっていた。上半身と下半身を分断された状態で。
衝撃的な光景が眼前に広がっていたはずだが、サタナスは少し眉を動かした程度で動揺などしない。
「さ、サタナス様、お助――」
辛うじてまだ息があった者もおり、サタナスへ助けを求めようとした。だがそれは叶わなかった。鮮血が玉座の間を赤く染めていく。
「ふむ……やはり不味い。力が下級なら肉も下級、か」
床に転がる魔族たちとは対照的に、その場に立つ一つの影――魔族の青年だ。青年は上品な仕草で口元の血を拭う。
「まあ、質より量を求めるのなら、悪くはないのだけどね」
「貴様は……“ベルゼ”か」
サタナスの三体の部下を一瞬のうちに殺害し、部屋を鮮血で染め上げた男。彼の名はベルゼ。サタナスと同じ、漆罪魔の一体だ。
「我の部下を喰らうとはいい度胸だな」
ベルゼを睨むサタナス。だがベルゼは全く意に介していないようだ。
「そんなこと言って、キミだって殺すつもりだったんだろう? 使えない部下を、さ」
「…………」
「それを代わりに始末してあげたんだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないね」
互いに威圧感を放つ二体の漆罪魔。部屋中に緊張感が漂う。
「……貴様は何をしに来たのだ?」
「キミをその椅子から引きずり降ろしに」
相変わらず飄々とした口調で話すベルゼ。表情も変わらず柔らかい笑みを浮かべたままだ。
だがサタナスは感じ取っていた。ベルゼの身体から放たれる、魔力の波動を。床にできた血溜まりが波を打つ様子を彼は見逃さない。
「我も殺すと?」
「フッ、そうだねぇ……。キミを直接引きずり降ろしてもいいけど……」
ベルゼは一息ついて続けた。
「ルシフェリアの首。そちらを取った方が良さそうだ。魔界の支配を見据えるなら……ね」
「貴様に取れるものなら取ってみろ。その時は素直に、貴様を真の魔王と認めてやろう」
余裕の笑みを浮かべるサタナス。この余裕はルシフェリアをよく知る彼だからこそだった。
「取れるさ。だけど……」
ベルゼも余裕そうな笑みを浮かべながら続けた。
「彼女はとても美味しそうだ。もし頭まで食べ尽くしてしまっても、ボクを魔王と認めてくれるよね?」
「…………」
爽やかに微笑むベルゼ。言葉と表情の乖離が、狂気を一層際立たせる。
「…………やってみろ」
しばしの沈黙の後、サタナスが返したのはこの一言だけ。対し、ベルゼは微笑みを崩さぬまま、玉座の間を後にした。
独りになり、サタナスは深く溜め息をつく。目を閉じ、脳裏に思い浮かべる。――あの女魔族の姿を。
「……ルシフェリアよ、そう簡単に死んでくれるなよ」
その言葉は彼女を心配して口にしたものではない。
「貴様を殺すのは我、いや……」
目を開け、右拳を強く握り締める。血が滲みそうなほど力強く。
「この俺なんだからな……!!」
玉座の間に低く響く声。その声には静かに燃える闘志が込められていた――
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