第001話 幼き日の記憶
2026/03/01 ルビを微調整しました。
「この世界には“魔族”がいる」
……なんて言っても、誰も信じてくれないと思う。御伽噺とか、漫画やアニメ、ゲームの世界じゃあるまいし、いるはずがない。私だってあの出会いがなければきっとそう思っていたに違いない。
だけど、私は知っている。すでに出会っているんだ。“魔族”という存在に。
“ルシフェリア”――将来“魔王”になると誓った、“魔族”の少女に。
私は“白峰舞桜”。見た目はごく普通の中学2年生だと思う。髪はシンプルな黒髪、長さは肩に少しかかるくらいで、そのまま下ろしているだけ。
友達からは「素朴なところが可愛い」なんて言われるけど、私は全然そんなことはないと思っている。単に地味なだけだし、オシャレも苦手だから素朴に見えるというだけで……
見た目は本当にパッとしないと思うけど、それ以外の部分はごく普通の中学生とはちょっと言い難いかもしれない。
というのも、私の家は代々“白峰神社”を管理している家系で、私自身もそこで巫女見習いとして修行中だからだ。
それだけじゃない。私は両親を10年前に亡くしている。理由は事故らしいけど、当時のことは詳しく覚えていない。私もまだ小さかったから。
でも、だからこそ私は立派な巫女になってこの白峰神社を守っていきたいと思っている。亡くなった両親のためにも。
――だけど、本当に普通じゃないのはここからだ。
私は“魔族”の少女と出会っている。お互いに小さい頃の話だから与太話と思われるかもしれない。でも、あの子は“人間”じゃなかった。それだけは紛れもない事実。
――10年前。私は当時4歳くらいで、まだ巫女の修行とは無縁。この頃から神社に遊びに行くのは日課になっていたけど。
ある日の出来事。その日はたまたま神社の裏山に迷い込んでしまった。迷い込んだと言っても、今の私にとってはそんなに大層な山じゃない。ちょっとしたハイキングでも登れるような山だ。
だけど神社の裏にあるという理由で勝手に“白峰霊山”なんて呼ばれたり、迷い込むと超常現象に巻き込まれるなんて言われたりしており、幼い私が怖がるには十分だった。
そんな白峰霊山に迷い込んだ時、私は出会ってしまったのだ。“魔族”を自称する少女に。
少女の頭には薄紫色の髪を掻き分けるように角がついていた。ヤギのように曲がった角が。そして背中には黒く、引きずるほど大きなマント。小さな身体には全く似合っていない、そんな印象を受けた。
改めて彼女の姿を振り返ってみると、まるで物語に出てくる悪魔……のコスプレみたいだった。
「あ、あなたは……? ここでなにをしているの……?」
思わず声をかけてしまった。霊山で迷子になり心細かった、というのもある。だけど一番の理由は違う。目の前にいる少女の格好があまりにもこの場に似つかわしくないものだったからだ。
「な、なんだオマエ!? きゅうにこえをかけるなよ! ビックリするじゃないか!」
「ご、ごめんなさい……。でも、あなたのカッコ、すごくヘンだし……」
我ながら失礼だったと思う。普段の私ならこんなことは絶対に言わなかったはず。だけどそんな私でさえ思わず口に出してしまうほど、彼女の格好は奇抜に感じたのだ。
「だれのカッコがヘンだって!? オマエ、みらいの“まおーさま”にたいしてぶれーだぞ!」
「ま、“まおーさま”?」
彼女のルビーのように赤く綺麗な瞳が幼い私を睨む。だけどそんな視線よりも、私は“まおーさま”という言葉の方が気になっていた。
“まおーさま”と言われた時、最初はまるで自分の名前を呼ばれているみたいでなんだか変な感覚があったから。
「なんだそのかお? さてはオマエ、しんじてないな?」
「そ、そんなことないよ。ただ、わたしのなまえ、“まお”だから……」
「なに!? オマエも“まおー”なのか!?」
違う! “まおー”じゃなくて“まお”! 当時もそうツッコんだし、今でも思い出す度に同じツッコミを入れてしまう。
「なんだ、まぎらわしいやつだな。でもオマエが“まおー”じゃなくてもしかたがないぞ! だってワタシこそが“まおー・ルシフェリア”さまなんだからな!!」
「“まおー・ルシフェリア”……?」
「おい、ちゃんとさまをつけろよな!」
そう言われても、これまでのやり取りでは気合の入ったごっこ遊びとしか思えなかったんだから仕方がない。
「オマエ、まだワタシがマゾクで、みらいのまおーさまだってしんじてないな?」
「えっ?」
「だったらみせてやるぞ! ワタシたちマゾクはな、ニンゲンのココロにはいってカラダをあやつれるんだ!!」
次の瞬間、彼女の今までの言動がただの与太話じゃないことがわかった。幼い私の視界から彼女の姿が忽然と消える。それと同時に、心がざわつく感覚を覚えた。
「ど、どこにいったの……!?」
すぐに目をこすり、辺りを見回したけど、やっぱり彼女の姿はない。
『おい、きこえるか?』
彼女の声は確かに届いた。だけど耳に、じゃない。胸の奥から湧き上がり、頭の中に声が響く。今まで経験したことのない感覚に不安を覚え、思わず両手で胸を押さえた。
だけど、未知の感覚に戸惑っていたのはどうやら私だけじゃなかったみたい。
『あ、あれれ? おっかしーなぁ、うまくあやつれないぞ? そ、それに……なんだ、これ? なんか、むねのおくがぽかぽかする……』
不思議な感覚だった。“魔族”と名乗る存在が自分の心の中に入り込んでいる。絶対に不安で、怖いはずなのに、同時にどこか安心感のようなものがあった。自分でもこの気持ちが何なのか、どうしてこんな気持ちになるのか、全然わからなかったけど……
『おいオマエ、たしか“まお”っていったな? オマエ、なんなんだ? ホントにただのニンゲンか?』
「そ、そうだとおもうけど……。それより、そろそろでてよ!」
『えっ? あ、ああ、そうだな……』
ようやく彼女は私の心の中から出ていった。その瞬間、私の心と身体がスッと軽くなった気がした。ホッとした解放感と少しの名残惜しさが共存した妙な感覚。そんな感覚を覚えた。
「はぁ……はぁ……。ヘンなやつだった……」
「えぇー……あなたのほうがかわっているとおもうけどなぁ……」
「なんだと!? このルシフェリアさまにむかって!」
どう考えても自称・未来の“魔王”で、他人の心の中に入り込める人の方が変わっていると思う。
「まお、オマエってヘンでちょっとしつれいだけど……なんかきにいったぞ!」
どうしてかはわからないけど、どうやらこの子に気に入られてしまったみたい。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
「きにいったからな。ワタシのことは“ルーシー”ってよんでいいぞ! オマエだけトクベツだからな!」
「る、ルーシー……」
「いや、やっぱりさまかさんはつけろ」
「ルーシー……さん」
私が名前を呼ぶと「うむ!」と元気な返事が返ってきた。気のせいか、彼女の声は一段と力強く感じた。
「……きめた!」
「な、なにを……?」
「ワタシがまおーになったらまたオマエにあいにくるぞ! ニンゲンにもっとキョーミがでてきたからな!」
“魔王”を目指す“魔族”の少女にキッカケを与えてしまったかもしれない。人間に興味を持つキッカケを。
「まあそのまえにマカイをトーイツして、ヘーワにしてからだけどな!」
「まおーなのにへいわにするんだ?」
「そうだぞ! マカイセーフクもおもしろそうだけど、なかよくしたほうがもっとおもしろそうだからな!!」
他の魔族がどんな存在なのかはわからない。だけど、仲良くした方が楽しそうだというのは同感だ。
すごく勝手で強引な“魔族”の女の子。でも不思議なことに私もまた会いたい、そう思い始めていた。
常識的に考えたらただのごっこ遊びとしか思えない。でも彼女の言葉からは本気を感じた。だからそう思ったのかもしれない。
「それじゃあな、まお! マカイをヘーワにしたらぜったいにあいにくるからな! ヤクソクだ!」
「う、うん。やくそく……」
約束。幼い日に交わした、“魔族”の少女との奇妙な約束。
彼女との出会い。そして約束が、後に私と彼女、さらには世界の命運を大きく左右することになるなんて、この時の私は夢にも思わなかった――
初投稿作品です。お読みいただきありがとうございました。
続く第2話も同時公開しておりますので、お読みいただけると幸いです。
※第11話までは毎日更新予定、その後は週2回更新を予定しております。




