1 サッカーができなくなって
「もう、本当は歩けるのよ。松葉杖なしでも」
幸一がトイレに行こうと、部屋のドアを開けたら、電話で話す母さんの声が聞こえた。
そんなこと言われても……。
幸一の脳裏に、サッカーの試合で、相手チームの全国レベルの選手のドリブルをカットしようとスライディングをしたが、相手の威力の方が数段上で、自分との違いをまざまざと見せつけられてしまった。
幸一のスライディングカットは、その威力に及ばず、はね除けられ、幸一の右足まで大ケガをした。その時の痛みと恐怖、それから、何度も、松葉杖なしで歩こうとリハビリをしたが、思うように歩けないもどかしさ。それに、同じ4年生なのに、自分は……?という焦燥感。
これでは、サッカーなんてとてもできないという絶望感がぐるぐるドス黒い渦のように回っている。大人ならば、気力で乗り越えられるかも知れないが、まだ、小学4年生の幸一には、思い出したら、ただただ、恐怖でしかなかった。
「幸一、おやつよ」
母さんの声で、幸一は我に返った。
「ほら、幸一が大好きなプリンよ」
幸一は、大好きなプリンが目の前にあっても、何だかむしゃくしゃした。
「いらない!」
「でも、幸一、プリン大好きでしょ?」
「いらないったら、いらない! 早く出て行ってよー! プリン持って出て行かないと、これ、投げつけるよー!」
と、幸一は、机の足下においていた、サッカーボールを指さした。その時、母さんの悲しいような困ったような顔を見て、幸一は、益々自分が嫌になった。
ー☆ー
こちらは、エンジェル界。
「荒れてるね」
「荒れてますね」
2人の天使たちが、幸一が映った大玉水晶の前で顔を見合わせている。
「あの子、サッカーしている時は、はつらつとして、とても元気だったのに……」
見習い天使が浮かない顔をした。
「大天使さま、あの子はまだ小さいのに、何であんなに無慈悲な目に遭わなければならなかったのですか?」
「試練だな」
「試練だけで済むことですか?」
と、見習い天使が怒り口調で言った。
「神の御心はとても深いので、人間よりは近い我々天使でも分からないことだよ」
「御心が深い? 本当にそうですか? あんなに元気だった子に、見るも耐えない想いをさせているのに!」
見習い天使の怒りがますますキツくなった。
「これ、神様のなすことに、我々天使風情がとやかく言えるものではない! 見習いよ、口を慎め!」
「……」
ー☆ー
こんなことでは、僕はダメになる……。
あれから、幸一は、勉強机でうつ伏せになってうたた寝していたが、目を覚まして気を取り直した。
そうだ、これを見よう。
幸一が机の抽斗から取り出したのは、タブレットとWi-Fiだった。幸一がふさぎ込まないようにと、母さんが渡してくれたものだ。
幸一はサッカーができなくなって、大好きだったキャプテン翼も見られなくなったが、母さんの名前で幸一のXのアカウントを作ってくれたので、4年生だが、ポストしたり、好きなワード検索をしていた。
今日は気を取り直して、久しぶりにキャプテン翼のワード検索をしてみた。少しでも前進するためだ。
Xのポスト
翼、人間じゃない。
キャプテン翼の日向小次郎のような奴は、敵にするべきではない。
キャプテン翼の淳さまは正に貴公子。病気でフルタイム試合に出られなんて、酷すぎ。(怒)(怒)
etc……
今日もいろいろポストが出ているが、幸一は、三杉淳について呟いているポストを見て、また、不快な気分になった。
自分が元気いっぱいサッカーができていた時は、三杉淳に対して、がんばれ!とエールを送っていたが、松葉杖をついて、サッカーすらできないと思い込んでいる今の幸一は、
フルタイムじゃなくても、三杉淳はサッカーできるだけまだいいんだよ。(怒)(怒)(怒)(怒)(怒)
と、末尾に怒っている顔文字を5つもつけて、ポストして、速攻に電源を切った。
見るんじゃなかった。余計に嫌な気持ちになったじゃんか。
どうにもならない幸一のイライラは募るばかりだった。
ー☆ー
またもやエンジェル界。
「あちゃー、これは重症ですよ。天使さま」
見習い天使が、もう見ていられないというように口を開いた。
「仕方ない。神の御子が地上に降り立った日が近いから、特別ヒントを与えよう」
「人間界でいうクリスマスが近いということですか? 何をするのですか?」
「まあ、見ておれ」
大天使は何やら呪文を唱え、右手を新体操のリボンを回すようにクルクル回した。