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分福茶釜に扮したスタッフからおしぼりを受け取った香織は、口元を拭きながら父親である善三を睨み付けた。
「おい親父! 冗談は、お前の人生とその頭だけしとけや!! なんで親子ほど年の離れた紗綾ちゃんを《《てごめ》》にしとんねん! ──ちょっと、《《ハゲ増し》》がたらんかったみたいやな! そこへ、もう一回、土下座せぇーや!」
「いやいや、それだけは勘弁してくれ。──香織、そんな怒らんでも…。これは自然な成り行きやったんやて」
「自然な訳ないやろ! ねぇ、紗綾ちゃん、ほんまのこと言うてや、このハゲ親父に無理矢理されたんやろ?」
「香織さん、それは誤解です。元々、私は早くに父親を亡くしてて…善三さんを父親のように慕うようになってたんです。善三さんは、今まで付き合ったどの男性よりも遥かに優しいですし、それに一緒にいると落ち着くっていうか、頼りがいがあるというか…、香織さんも知ってると思うけど、今回のこの計画がここまでこれたんも善三さんあってのことですし。善三さんが、いつも私に的確なアドバイスをくれたり、あいりん地区の人達をまとめあげて、ここで勤めるようにしてもらったりで…、他にも色々と知ってることが多いから、メッチャ助かってるんです。──だから、善三さんには、私から付き合って欲しいって頼んだんです」
香織は、その話を聞くなり般若のように吊り上げていた目尻をいったん下げた。
「なんや、そうやったんや。私は、てっきりこの親父が無理あくたに紗綾ちゃんを襲ったんやと思ってしまったわ」
「まあでも、なんの計画も無しに子供を作ったんは、ちょっと軽率でした。あの日は、2人共お酒を飲み過ぎてて、善三さんの理性のタガが緩んだというか…」
「やっぱり、このオッサンが悪いんやな、おいハゲ親父、いくら酒が入ってたからゆうて、若い娘を襲うってどういう了見や!?」
「いや、それはちゃうんやって。あのときは紗綾ちゃんがよっぱらった勢いで積極的に、わしに覆い被さってき…」
その言葉を聞いた瞬間、紗綾は素早い手さばきで善三に氷水をぶっかけた。
「うわぁー! 冷たっ! 紗綾ちゃん、それはないで~」
「はいこれ」と、冷淡に言った紗綾が善三におしぼりを渡す。善三も半分泣きそうな顔で、濡れたシャツを拭きだした。その善三の情けない表情を見た紗綾は多少の罪悪感を覚えたのか、善三の服を別のおしぼりで拭きだした。
がしかし、善三の胸に顔を近づけたとたん、善三の汗と親父臭を嗅ぎとり、またしてもつわりを起こす。
すかさず、おしぼりを口元にあてた紗綾は、そのままトイレへと駆け込んだ。
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