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「あぁ~~メッチャ、緊張したぁ~」
倒れこむように控え室へ戻ってきた紗綾に、善三と香織が駆けよった。
「よー頑張った、頑張った」
「うんうん、紗綾ちゃーん、すごい、すごい、スピーチすごく良かったわ」
「はぁ~、やっと肩の荷がおりたぁ~、って思ったら、なんかメッチャお腹すいきた~」
ちょうどそのとき、タイミングよく紗綾のお腹からギュルギュル~~と音が鳴りだした。
咄嗟にお腹を押さえた紗綾は善三と香織の顔を見て、はにかんだ笑顔を見せた。
「そうやな、紗綾ちゃん昨日の晩から、なんも食べてなかったもんな」
「うん、緊張し過ぎて、なにも喉が通らへんかっから…」
ほんとうは、つわりでものが食べれなかったのだ。けれど、自分の役割を終えたと思ったとたん急にお腹が空いてきたようだ。
香織に妊娠したことは昼食をとりながら話そう思っていた。人は食事しながらの方が、相手の話を好意的に受け取る心理効果が働くという。そう、何かの記事で書いてあったことを思い出してのことだった。
「じゃあ、ちょっと早いけどお昼にしましょうか? 確かお昼の会食は、クラブハウスで和洋中のビュッフェスタイルの食事だったわよね」
クラブハウスとは、ゴルフ場の跡地に元々建っていたクラブハウスのこと。名所をそのまま残し、元はゴルフ場だったとわざとアピールしている。
「でも香織さん、私はビュッフェより、ざる蕎麦がいいかな?」
紗綾がそう言ったのには理由があった。妊娠の話をするのは皆の前では憚れるのと、つわりがあるせいでビュッフェより、ざる蕎麦の方が食べれたからだ。
「でも、代表なんだから、席をまわってみんなに挨拶しないとダメよ」
「それは大丈夫。もう私の代わりにアンナさんにお願いしてるから」
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