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京都府と福井県の県境に位置する鶴ヶ峰村。寛太の故郷でもこの村に、紗綾達は計画通り総合温泉リゾート施設を建設をしていた。
アンナの独創的な感性を生かして作られたこの施設は、江戸から明治時代の町並みを色濃く残す宿場町『和み宿』として、宿ごとにバラエティーに富んだ温泉を提供する造りになっていた。もちろん様々な形のサウナも完備している。さらに、少し離れた場所には日帰りでも入浴できる温泉施設も完成していた。
江戸から明治期にかけての町屋がおよそ100軒も連なる風景は圧巻で、約1kmにも及ぶ石畳の通りにある宿場には、その時代にこれらの街道を往来する人々でにぎわっていた時代をリアルに再現している。いわゆる小京都だ。
入り口の大鳥居を潜ると、様々なデザインの宿場や土産物屋や和菓子屋、酒屋、飲食店などが軒を連ねている。江戸から明治に移り変わっていった時代背景にマッチした造りのようだ。それは、あたかもタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気を味わえる街並みに仕上がっていた。
この和み宿は高台に建設さている。見下ろすと山あいの集落が一望でき、ゆっくりとおだやかな時間が流れているかのよう。里山に暮らす人々の生活に溶け込み、美しい街並みを作り出している。
そのような街並みの少し外れた場所には、大阪のコンレットベルヴューホテルとを航路で結ぶヘリポートがある。それに、高槻ことゴリ男が代表を勤めるゴリラ交通もすでに運行していた。難波と梅田、新大阪、京都経由でシャトルバスがでており、最寄りの駅からもこの和み宿を往復するバスやタクシーが行き来している。それに、紗綾の同級生の大ちゃんの父親が経営するスーパーも少し外れた国道に建設されていた。当然、紗綾がお願いをしてのことだったが、こんな大規模な村おこしに加えてもらえるのは、スーパー側にとっても願ったり叶ったりの話だった。
そしてもうすでに、この施設の大広間では竣工式が始まっていた。大広間の裏では、ひどく緊張した面持ちの紗綾が善三の手を強く握りしめていた。
それもそのはず、会場には約百名もの関係者やその家族、友人らが勢揃いしている。その中には、およねやアンナ達はもちろんコンレットベルヴューホテルのCEOであるジョンソン夫妻の姿も。この地域の村役場の村長や南丹市長、京都市長に府知事、各省庁のお偉いさん方達までもが参加していた。さらにさらに、いくつものマスコミが取材にきていた。それに海外のテレビ局も。それもそのはず、過疎化が進み廃村になろうとしていた村がいきなり再生を果たそうとしているのだから、全国各地から注目を集めていたのだ。もうすでに12台のカメラが壇上に向けられている。
「ヤバい、めっちゃ緊張してきた。もう吐き気もしてきたし…どうしよう、この吐き気って、《《つわり》》でなんか、緊張でなんかわかれへんし…」
「まぁまぁ、紗綾ちゃん、と、とりあえず、お、落ち着いて、落ち着いて、れ、練習通りスピーチ書いた紙を読んだらええだけやから、お、落ち着いて、落ち着いて」
紗綾だけではなく善三もかなりそわそわして気持ちの余裕がなくなっているようだった。
しかしその会話を隣で聞いていた香織が疑問を投げかけた。
「ちょっとお父さん、あんたがそんなに緊張したら紗綾ちゃんがもっと緊張するでしょーに。それと、《《つわり》》ってどういうことなの?」
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