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 紗綾が歯磨き終え湿布を貼り変えてから、アンナに化粧直しをしてもらっているときだった。


──ピンポ~ン、ピンポ~ン──


 音まで上品そうに聞こえるベルが鳴った。アンナがドアを開けると、善三が涙を浮かべながら入って来て毛足の長い絨毯に手と膝をついた。


「うっ、ぅ……アンナちゃん、俺はもうあかん。このままやったら生きていけへんわ」


「あら、いつもダンディーな善三さんにしては珍しいわね。一体、どうしたのよ?」


「うっぅ……うっぅ、ひぃっ……ぅぅ……」


 泣いて嗚咽をあげているのか、酔っぱらってるのかよくわからない声をもらす善三。


「だから善三さん、何があったのよ? 言わなきゃわかんないでしょ。──あっ、もしかして娘さんに嫌われちゃった?」


「うぅんうぅん、ちゃう、ちゃうんねん。そんなんとちゃうねんって」


 (かぶり)を振った善三が、震えた声で話しだす。


「あんな、朝起きたら、ドアの隙間からこの手紙が入れられとってん」


 そう言うと、善三が腹巻きから手紙を取り出した。それを受けとったアンナは、手紙に目を通す。


──── 昨日は暴言をいっぱいいっぱい吐いてしまった……言い過ぎてごめんなさい。お父さんが、家族に迷惑をかけたくないと思って家を出たのは聞いていました。良ければ過去のこと、これからのことを話したいです。

PS 住所と保証人がないと、まともな仕事なんて()けないでしょ? だから、私の家に住所を移せばいいよ。近いうちにスマホも借りたあげるから。それとたまには、こっちに来てご飯でも食べていって。どうせ、栄養のある食事なんてとれてないでしょ。 香織より ────


 下の方には、香織の住所と電話番号が書かれてあった。

              

 およねが言う通り決して薄情な娘ではなかったようだ。約25年ぶりに再会を果たした父と娘。その娘が父を想っての手紙だった。よく見ると、ところどころ文字が滲んでおり紙全体が湿っている。たぶん善三が涙しながら幾度も読み返したのだろう。


「善三さん、良かったじゃない。いい娘さんをもったわね。ほんとうに良かった良かった」


 善三に寄り添ったアンナも涙しながら喜んだ。こんな、もらい泣きなら何度でも良いと思いながら。

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