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「そうか、ほなあかんな…」


 今はこれ以上、考えても仕方ないと思った善三は、ゆっくりと立ち上がり帰り際の言葉を残していこうとする。


「まあ、まだ時間もあるし、ゆっくりと考えようかの。アンナちゃん、そんな落ち込まんと、なるようにしかなれへんからな。──ほな、わしはそろそろ行くわ。多栄子さん、ごちそうさんやで。慎太郎にもよろしゅうゆうといてや」


 慎太郎とは、多栄子の夫、タクシードライバーの高槻のことだ。


「はいはい、よろしいおあがりで。もう外は暗いし気をつけてね」


「うぃ~す」


 久しぶりに腹が満たされ幸せな気分に浸れた善三が爪楊枝を咥えたまま玄関口へ向かおうとすると、突如 紗綾が皆に話しかけた。


「あの~、その寛太さんの田舎のお(うち)って、直すんならどれくらいかかるんですか?」


 皆の視線が紗綾に集まった。一文無しで、このあいりん地区に迷いこんできた子羊が、なぜそんなことを聞いてくるんだろう。と、皆が(いぶ)しげに紗綾を見つめる。


「なんで、紗綾ちゃんがそんなことを?」


 寛太が紗綾に不思議そうな顔を向けた。


「あっ、いやぁ~、え、えっと……そのですね……」


 またしても、意味のない言葉を並べ、なんと言おうかと考える時間を稼ごうとする。


「実は、知り合いに建築屋さんがいてるんで、安く頼めないかと思って…」


「なんや、そんなことを心配してくれとったんかいな。そんなん心配せんでもええんや。元々、わしらに金なんてないんやから、業者に頼めることなんかあらへんからな」

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