10.
なにも反応がないことに、しびれを切らしたバカップルは小首を傾げると、何気に女の方が洗面器に入っているお金に手を伸ばした。その時だった。およねが杖で女の手の甲を軽く叩いた。
「痛っ! ちょっと、なにすんのよ!」
「自分が入れたお金だけ持っていけ!」
およねの、梅干しのような口元が動いたかと思うと、迫力のある渋い声がする。
「ふんっ、乞食のくせして、えらそうに!」
およねが女を一瞥すると、女は百円玉だけをとって、捨て台詞と醜悪だけを残していった。
この若い女は、洗面器の中のすべての小銭を盗もうとしていたのだ。おぞましい。これほどまで、人の心が荒んでいるのかと紗綾は険しい顔をみせた。
その後も、ごく僅かな善人と様々な悪人が近づいてきた。どれもこれもが、良い意味でも悪い意味でも目を見張るものがあった。
もう、いつの間にか日が暮れだしている。とうに足の痺れに限界を感じていた紗綾は、おもむろに洗面器の中のお金を数えだす。すると、それに気づいたおよねが紗綾に問いかけた。
「梅子、全部でいくらになった?」
「はい、多分3655円です」
「そうか、大漁か。今日は、おまえのおかげやな」
およねの嬉しそうな声音に紗綾は小首を捻り、どういう意味か聞こうとする。
「どういうことですか?」
「欲どおしくない勝利やということや」
なるほど、おそらくビギナーズラックのことを言っているのだろう。
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