3.
およねの口から、『お乞食』という一種特有な響きが投げかけられると、紗綾はその場から逃げ出したくなった。
50億もの高額宝くじを当選した者が、こんな人通りの多い街中で、乞食など……。どれだけイカれた奴なんだ。どれだけ酔狂な奴なんだ。どれだけ恥を知らない奴なんだ。
だが、今はそんな悲観的なことを考えてはいられない。拒めるような立場でもないし、状況でもない。仕方がない。仕方がないという言葉が脳内に染みわたる。
どうせ、あと6日。それに万が一、知り合いが通っても、アンナに特殊メイクをしてもらったこの容姿では、誰にも気づかれないだろう。そう考えた紗綾は開き直るように、覚悟を決めた。
ぐっと一文字に結んだ紗綾の口許を見たおよねは、ついさっきに高槻から受け取った黄色い洗面器を紗綾に手渡した。
「ほれ、これを持ちな」
その古びた洗面器の底には『ケロヨン』というカタカナが書かれていた。昔、あちらこちらの銭湯に置いてあった洗面器。
お読みいただき、ありがとうございます。 少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。 評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。




