年下のタメ口にキレる拷問おじさん
「調子に乗るんじゃねぇぞ?」
極道二人がドブ池の中で立たされ岸にいる男にネチネチと説教をされていた。
「私達は住民の皆様の為にですね……」
若くて体格のいい強面の方の極道。織田が最後まで語る前に説教をしていた男は怒声でそれを遮った。
「俺ら警官が住民の役に立ってねぇって言いたいのか!?」
(……実際立ってねぇだろうよ)
織田とその兄貴分の金原は住民からの依頼で汚泥とゴミ袋だらけの池の掃除と不法投棄の見張りに来ていた。
織田と金原が杯を交わした梅木組の組長は『梅木の親父さん』として町の住人達に慕われている。
住人達は何か困ったことがあると自治体でも警察でもなく梅木に相談をする。
梅木は『素人さんには金は求めない。頂ける物は頂く』というポリシーを持っているのでタダ働きさせられる事も多々ある。
織田が(これだけ働かされてタダ働きだったら冗談じゃねぇな)とイラついている所に職質の警官が来た。
いつも『お上には絶対に逆らうな』と梅木にキツく言われているが、元々手のつけられない不良だった織田は見たところ年下である警官の男がタメ口でネチネチクドクドと言ってくるのが気に入らなかった。
「俺はお前達社会のゴミはこの池より汚いと思っている。この世にいらん」
(おまわり如きがうるせぇな。刑事ぐらいになってから口聞けよ。こっちに来てテメェもヘドロすくえや)
「おっしゃるとおりでございますぅ」
気弱そうな八の字眉の貧相な中年男。織田の兄貴分の金原は泣きそうな顔でペコペコ頭を下げている。
(……よく『この状況』で冷静でいられるなぁ)
織田はこの世で一番金原が恐ろしい。
この気弱そうな男が気弱そうな顔のまま恐ろしい拷問をしてきたのを何度も見せられた。
金原は梅木組組員の家族には何をされても怒らないが、他人には容赦がない。
靴の踵を誤って踏まれただけで静かにブチギレる。
しかもその恨みを10年も20年も忘れない。
つい昨晩も金原は竹串で顔の横から左の眼球を突き刺し、そのまま右目まで貫通させる拷問をしたばかりだ。
金原が竹串の両側を握って正面に引っ張ると見事な『眼球の串刺し』が出来上がった。
神は最も短気な男に拷問の才能を与えてしまった。
それが極道に悪魔と呼ばれる極道。金原である。
「お前らは市民に舐められて使われてるだけだ。本当に頼られてるのは我々警官なのだということを忘れるな。いずれ本家ごとぶっ潰してやるからな?てめぇらのゴキブリ組長にも言っとけよ」
「はいぃ。はいぃ」
金原はとうとう手をすり合わせて祈りながら頭を下げだした。
(……やっちまうかな?)
ここで織田が一歩踏み出すだけで二人は捕まる。しょっぴかれたら叩けばいくらでもホコリが出る自分たちは懲役を食らう。
そうすれば金原から解放されるかもしれない。
(無理だな)
金原は今やこの世界のキーマンである。
どこの組も金原を欲しがっている。
ありとあらゆる力で減刑。いや。無罪になるかも知れない。
犯人のでっち上げは極道の得意技だ。
それで組が解散させられても織田が梅木組から絶縁させられても金原は刑務所から出てきた織田を拷問して殺すだろう。
金原は家族(組員)以外には容赦がない。
「極道も落ちたもんだ。清水の次郎長みたいないい男はいないのか?」
(フィクションだろうがそれは。じゃあテメェもリョーさんみてぇになれよ。ギャグみてぇな不細工ヅラがぁ)
織田も金原も耐えた。
1時間半説教された所で近所のおばちゃんがこちらの味方をしてくれ、何とか解放された。
「ああいうのを税金泥棒っていうんだろうねぇ」
「助かりました」
「いいのよ!梅木の親父さんとあなた達にはいつもお世話になってるもの!負けないでよ!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございますぅ」
「じゃあ頑張って」
(じゃあ頑張ってって……)
もう夕暮れ時だ。
まだ頑張れというのか?
「もう一踏ん張りってことですね!しかし織田君は成長したなぁ。立派です。私。織田君の事大好きです」
「そ……そうですか?」
「若頭補佐が自らドブさらいだなんて他の組じゃ考えられません」
「それを言うなら兄貴は若頭です」
「あっ!そうか!あはははっ!」
(晋平と守がいればなぁ)
晋平と守は織田の子分だった。
織田に愛想を尽かし、悪魔と罵り、梅木に紹介してもらいカタギの仕事に付いた。
(あの二人は極道に向いていなかった。俺程度を悪魔呼ばわりしていたら金原の本性を見たら卒倒しちまう)
梅木組の組員は現在組長を含めたったの3人。
組長を働かせる訳にはいかないので若頭とその補佐が働くしか無い。
『ブビッ!ブビビビッ!』
「私じゃないですからね?」
「分かっています」
『ブビッ!ブスゥゥゥゥ!』
金原と織田が踏みつけて池底に押さえていた晋平と守の両目のえぐられた死体が浮かび上がって来た。
腹に溜まったガスによって浮かび上がたようだが、腹が破裂してガスが漏れるとまた沈んでいった。
「職質中に浮かび上がって来てたら私達終わってましたね〜。いやー。織田君は実に冷静だった。ちゃんと泥と石で沈めておきましょうね」
「はい」
晋平と守が出ていくと言った日、織田は二人を止めた。
金原に殺されるぞと言っても二人の信用を無くした織田の言葉は全く信じてもらえなかった。
二人にとって織田は悪魔で金原は優しくて気の弱いおじさんだ。
信じられなくても無理はない。
しかし織田は責任を感じていた。
「たまに線香はあげにくるからな」
「おーい!おっちゃんたち何やってんの〜!?」
「おや?地元の子供かな?」
小学生高学年か中学生ぐらいの少年が織田達がいる反対側の岸から声をかけてきた。
織田は仕事を続け、金原が笑顔で少年に近づいていく。
「疲れた。それにくせぇ。だりぃ。気持ち悪りぃ」
ボチャンっ!
「あんっ?」
金原が少年を池に突き落とし、口を押さえながら池の中心に戻ってきた。
少年の顔はボッコリと凹んでいた。
喧嘩慣れしている織田は金原が少年の頭を抱え込んで顔面に膝蹴りを入れたと分かった。
「兄貴。こりゃあ地元のお坊ちゃんじゃないので?」
織田は驚いていた。
金原が地元のカタギに手を出したのを初めて見た。
「いえ。よそ者です。部活の練習で来ていたんですって。お仕事続けて続けて」
「はい」
金原は少年をうつ伏せにして死ぬまで待った。
ヘドロ臭い水をガボガボ飲みながら死ぬのはゴメンだなと織田は思った。
「タメ口ってムカつきますよね」
「えっ……えぇ」
織田も金原と初めて会って一週間はタメ口だった。
一気に身体が冷たくなったのは池の水のせいではない。
織田は動揺しながらドブさらい用のスコップで少年を池の底に沈めたのだった。




