表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕の純文学作品集

崖から落ちた家族の手を掴む 片手に配偶者 片手に子供 両方は引き上げられない どちらを助ける?

作者: Q輔

 

 今夜の夕食は、子供たちのリクエストでハンバーグにした。長女も次女も、私のつくったハンバーグを夢中で食べてくれる。「ママのハンバーグは世界一美味しいね」二人は口を揃えてそう言う。世界一だなんて、大袈裟じゃない? でも、そう言われるとつくった甲斐がある。お世辞だとしても嬉しいわ。


 テーブルの向かいに座る夫は、ハンバーグをツマミにして、缶ビールをグラスに注いで吞んでいる。こやつは、いつも私の手料理をツマミに晩酌をし、食事のしめにお茶漬けをすする。まったくもう、せっかくつくったのだから炊きたてのご飯と一緒に食べてよね。まったくもう、長い晩酌は、うんざりよ。


「ねえ、パパ。ママと私、どちらが好き?」


 この時、口のまわりをケチャップで真っ赤にした小学一年生の次女が、夫に、他愛のない質問をした。


「どちらも好きはダメ。どちらか一人を選んで」


 すると、グラスのビールを呑み干した夫は、間髪を入れず、こう言った。


「ママだよ」


「えーーーーー!」


 予想していた答えと違ったのか、次女があたふたしている。


「じゃあ、ママとお姉ちゃん、どちらが好き?」


「ママ」


「じゃあ、じゃあ、ママと、私とお姉ちゃんのセット、どうちらが好き?」


「ママ」


「まじでーーーー! ショックーーーー!」


 次女は、ふくれてしまった。


 すると、次女と夫の会話を横で聞いていた小学五年生の長女が、眼鏡をキラリと光らせてこう切り出す。


「それでは、パパ。究極の選択です。あなたは、崖から転落した家族の手をとっさに掴みました。片手にママ。そして、もう片方の手には、私。しかも、妹が、私の足首を掴んで一緒にぶら下がっています。しかし、あなたの力では、両方を引き上げることが出来ません。さあ、あなたは、どちらを助ける?」


 この質問にも、夫は、間髪を入れなかった。


「ママ」


 間接的に「お前たちを見捨てる」と宣言された子供たちの顔がひきつった。


「君たちも、いずれは、そう答えてくれる人を愛し、そう答えてくれる人に愛されなさい」


 夫がそう言うと、食事を終えた子供たちは、釈然としない様子で自室に消えて行った。


「ちょっと、あんた。さっきの発言、あれってどうなの? 子供たちのトラウマになったらどうするつもり?」


 夫婦二人になった食卓で、さすがに夫をたしなめる。


「しゃーないだろう。どちらか一人、究極の選択、って言われちゃったのだから」


 夫が、素知らぬ顔で、また手酌でグラスにビールを注ぐ。


「ちなみに、君ならどうする? 片手に僕、もう片方の手に子供たち。さあ、どちらを助ける?」


「そんなの、子供たちに決まっているでしょう!」


「あははは。そう答えると思ったよ。だから僕は、これからも、子供のことを第一に守る君を、第一に守り続けるんだ。だって僕一人の力では無理でも、君がいれば家族全員を守ることが出来るからね」


 まったくもう。こやつは、いつもこのように訳の分からない理屈で、私たちを煙に巻こうとする。


「て言うか、その状況になったら、私、秒であんたの手を離しますからね」


「うん、いいよ。そうするべきだ」


「分かってるの? あんた、崖から落ちて死ぬのよ?」


「死ぬもんか」


「死ぬっつーの!」


「死なない。すぐに奈落の底から這いあがってみせる。君のため。家族のため」


 あーーー、まったくもう! こやつときたら、まったくもう!


「おお、珍しいね。どういう風の吹き回しだい? 美人のお酌で呑めるとは、こいつは贅沢だな」


 私としたことが、夫のグラスにビールを注いでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] にゃはは。 愛ですね!
2024/05/26 19:15 退会済み
管理
[良い点] 私の主人は間髪いれず、私を選んでくれるかな? 私ももちろん子供達を取るけど(笑) それでいいと言ってくれる、懐の広い人、落ちてませんかね。
[良い点] いい旦那さんだな~と感じました。 家族を守ってくれる、強い思いを持った人。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ