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新しい一歩  作者: クル
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新しい一歩

かなでと別れて1日で復縁する、傍から聞いたらおかしい話かもしれないが、俺たちにとっては大事な1日だった。かなでの父親が絶対的であったこと、かなでが父の存在が理由で怪我を怖がり死にたがってたこと、それでも俺といたいと言ってくれたこと。帰って来たあと、俺の知らないたくさんにことを話してくれた、素直に嬉しかった。そして、今まで全然かなでのことを知らなかったんだと、改めて思い知らされた。

かなでは昨夜にたくさん泣いていたためか、朝起きると瞼が腫れていたが、俺に色々と話したからかどこかスッキリした顔をしている。

「おはよう、かなで」

寝室から車椅子に乗って起きてきたかなでにお決まりのキスをする。

「おはよう、翼」

昨日帰ってきたときから少し嬉しそうな顔を見せてくれるのがすごく嬉しかった。

朝の支度が終わり、2人でいただきますをいい、朝食を食べる。ようやく日常が戻ってきた気がする。

しかし、そう思うのも束の間だった。

「翼、ごめんなさい。これ以上食べられない。」

かなでの食器を見ると2口しか、食事に手をつけていなかった。まじか……急に食が細くなった。退院直後に医師に言われていた通りにバランス良い食事とリハビリで体力を使うから、と入院して食が細くなっても最低限は食べてほしい量を指導され、それ通りに食事を作っていた。まだ家を出る前まで食べてほしい最低限の量を下回ってもほんの少しだったのに。

父親に言われたことのショックで、精神的にも身体的にもかなり弱っているようだった。昨日の今日でこんなに影響が出るなんて……

「かなで、せめてこの量は食べて。じゃないと身体弱っちゃうよ」

残された食事からかなり量を減らして、食器をかなでの前へ出す。

「ごめんなさい、本当にもう食べられないの。」

苦しそうに首を大きく横に振っていた。無理にでも食べさせないと、本当に身体に良くない。医師の診査に同行したとき、これ以上は体重落としてしまったら、命に関わってくると言われていた。

昨日、久しぶりにかなでとハグしてそれを実感していた、やせ細り骨が浮いて、力も弱くなっていた。

かなでの食器を受け取り、残った食事を口に入れる。これはしたくなかったけど、仕方ない。このままだと危ないんだ、ごめんよ、かなで。食べ物を咀嚼して、かなでへ口移しした。

「これだったら飲み込める?」

驚いた顔をしながら、顔を真っ赤にしていた。恥ずかしいよね……ごめん、かなで。喉の音が聞こえた、口移ししたものは飲み込んだらしい。

「残ったやつも口移ししてあげようか?」

意地悪な言い方をした。ごめん、本当。恥ずかしがり屋な君なら自分で食べてくれるようになる気がして、本当ごめん。内心でものすごく謝りながら、返事を待った。

「あの、…自分で食べるから、大丈夫……」

顔を真っ赤にして俯きながら返事していた。罪悪感。謝ろう。

「かなで、いきなりごめん。でも、この量は食べてくれないと身体に悪いよ。ゆっくり食べていいから」

ゆっくりと頷いて、食事を口に運んでゆっくり噛み、苦しそうに咀嚼している。ごめん、本当に申し訳ない、かなでのためなんだ…。この様子だと心配だ、しばらく騎士の方は休みをもらおう。

2時間かけて、朝食を食べきりかなでがリハビリに出掛けて行った。夜ご飯は食べやすいようにいつも以上に細かく食材切っておこう。お昼は病院で食べてくるけど、食べきれるだろうか。そろそろ出なきゃな。

さーて、怒られに騎士団へ登営するか!!


ーーーー


「おい!!アムル!!お前、ここ最近暴走気味だぞ、訓練を抜け出すなんてどういうことだ!!!」

登営早々、開口一番説教だった。無理もない、昨日の訓練は団長が見ていた合同訓練だった。

「申し訳ございません。」

頭を深々と下げる。

「だいたい、お前は支部上がりでただでさえ目立つんだ!!しっかりしてくれ!!上から怒られるのは私なんだぞ!!!!これだから支部上がりは嫌だったんだ。せっかく団長が来ていたというのに、私が降格になったらどう責任を取るつもりだ!!」

この小隊長はあまり好きではない、保身と自分がどう出世するかしか考えていない。団長が見ていたなら媚を売るチャンスだったもんな。とりあえず、謝っておけばこいつは満足するから、頭を下げておこう。

「はい、申し訳ございませんでした。」

「はーー、もういい!!次やったら承知しないからな」

いなくなるまで頭を下げ続ける、気配が遠ざかったのを確認して頭を上げた。

支部はみんながみんな協力していたのに、ここでは蹴落とし合いで出世しようとしてる。この雰囲気が苦手だ、でもここに来なかったら、かなでとは出会えていないんだよな。

そんな考えをしながら、持ち場へ行く。

「おーい、アムル!!!お前、小隊長に怒られたろ?めっちゃあいつ怒ってたぞ!団長が来ているのに!!だとさ。アムルの分も昨日謝ったんだ、今日飯奢れよーーw」

ライトは本部の先輩だが同い年で、俺が異動してきたときも気安く声をかけてくれたいいヤツだ。

「悪かったって、奢る奢る」

「まあーー急ぎの用があったんだろー、仕方ないよな。団長も前の得体のしれない化け物で1小隊が壊滅したことで気が立ってるから、ピリピリよー。あと、小隊関連だけどよ、アムル知ってるか?レムフォント小隊長が知らない間に除籍になって、名前消されてるんだ。風の噂じゃ命は助かったって聞いたんだが、最近だと死んだ云々あらぬ噂立ててるやつもいて、ひでえよな。」

急にかなでの話題が出て、肩をビクつかせてしまう。

除籍になったことはかなで本人から聞いた。かなでの父親は隊長クラスで簡単に除籍などができる。しかも、そのせいで死んだと噂されているとは。怒りが湧く。かなでは死んでいない、頑張って今だって騎士に復帰しようとリハビリだってしている。俺と生きるのを頑張ると言ってくれたんだ。知りもしないのに、彼女がどんなに苦しんでいるかも。

「おーい、アムルひでえ顔してるぞ」

どうやら、怒りが顔に出ていたようだ。急いで素に戻す。

「いや、ごめんごめん。」

「レムフォント小隊長なら、絶対生きてるって俺も信じてる。噂を流したやつ許せねえよな、怒るのも無理ねえよ。あの人、めちゃくちゃ良い人だから、また復帰してほしいな。」

ライトいいやつだな、本当。聞いてほしくないことは深入りしてこない。ライトにはしばらく休むことを伝えておかないとな。

「ライト、俺実家で用事できちゃってさ、明日からしばらく休みもらうことにしたから。」

「まじかーお前いないとつまんねえんだよなー、次会うときまで元気にしとけよー」

それからというもの、今日の持ち場は門の見張りで、やることはこれと言ってない。ずーっと雑談をして、昼飯を奢り、定時まで働き、隊長のところへ言って説教を食らいつつ、休みをもらった。


ーーーー


「ただいまー」

「おかえりなさい」

かなでが、リビングから車椅子を漕ぎながら玄関まで迎えに来てくれた。

「出迎えてくれて、ありがとう」

微笑んでお礼をいった。かなでも少しはにかんでいる。かわいい、やっぱり笑っていたほうが似合ってる。キスしようと思ったが、外出帰りだ、手洗いうがいしてからにしよう。

「かなで、リビングで待てって夜ご飯作るから」

洗面所へ行き、手洗いうがいをして、リビングへ行く。

「ただいま」

キスをした、唇が柔らかい。

「おかえり」

嬉しいそうな表情で返事が来る。ついつい、ハグをしてして、ハグを返される。

行動では元気そうなのにな………から元気かな…

ゆっくりかなでから離れて、夕食を作った。かなでのは少量にして具材も細かく作った。食事が苦痛にならないといいけど……朝と同様2口程度でお腹いっぱいのようだ、残りのものは苦痛そうにゆっくり咀嚼して、無理やり飲み込んでいた。辛そうだ。

「かなで、俺明日から長めの休みもらったから、一緒に居られるよ」

「そうなの?私のせいで、ごめんなさい」

「いーの、いーの俺が休み取ってかなでといたかったから」

そういえば、怪我をしてからのかなでの口癖はごめんなさいだな。悪いことしていないのに。

「ご飯も嫌そうに食べちゃって、ごめんなさい。昨日、合同訓練だったでしょう?怒られたよね、私のせいで本当にごめんなさい」

そういえば、合同訓練のための騎士団の正装で、かなでを助けたんだった。それで分かってしまったか。

「ご飯は仕方ないよ、無理に食べさせちゃってごめん。合同訓練だったけど、大丈夫だったよ。俺の騎士団のことは気にしなくていいから」

少し目に涙を浮かべてる。罪悪感を感じさせてしまった。かなでに近づいて抱擁をする。

「かなでは自分のことを大事にして、俺のことはいいから。かなで自身で自分を追い詰めないで。」

心が弱ってるとやはり感じた。父親にあってから、以前よりごめんなさいが圧倒的に増えた。でも、泣けるだけいいのかもしれない。前は一人で抱え込んで、父をきっかけに溢れてしまって、今は心がボロボロだ。

「ごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい…………」

1日そこらで良くなるとは思っていないかったけど、やはり昨日の出来事はかなでにとっては、人生を否定されたのと同等のことを言われたのだ。表面上では取り繕って笑顔を見せていても、こうしたとこで感情が表に出てくる。感情が表面に出てくるようになったこと、目を合わせてくれるようになったこと、甘えてくれるようになったことは進歩だ。ゆっくりでいい。

涙を流しているかなでを抱きしめながら背中をさすった。

涙が落ち着いて、夕食に戻る。かなでも頑張って出された量は食べきってくれた。

しばらく、リビングでくつろいだ。かなでが少しウトウトしていたので、ソファへ寝かせ、風呂に向かう。

風呂から上がるとえづきが聞こえてくる。

急いで、その音のするリビングへ向かう。無理して食べさせてしまった…!!

かなでが苦しそうに吐いていた、よく見ると食べ物をだしきっているのにも関わらず胃酸も吐き出している。急いで駆け寄って背中をさする。

「かなで、無理させた、ごめん。本当ごめん。苦しいね」

しばらく何も出すものもないのに胃液を吐き続た。えずきが収まり、かなでが涙を流していた。

「ごめんなさい………ごめんなさい、ごめんなさい」

「片付け俺がするから、口ゆすいでおいで。無理させて、ごめんね、かなで。」

持ってきたタオルで口元を拭いてあげて、車椅子に乗せ、洗面所まで連れて行った。その間もずっとごめんなさいを言い続けていて、気にしないでいいんだよと頭をずっと撫でていた。

これは酷いな………一度医師に見てもらったほうが良さそうだ。嘔吐処理は慣れてる、姉弟が多かったから見慣れたものだ。でも、ここまで胃液を吐いているとさすがにいつもとは違う。片付け終わるとかなでが洗面所から戻ってきた。

「翼、部屋汚しちゃって、ごめんなさい。やっぱり私いないほ………」

いないほうがいいと言おうとしたのがすぐに分かり、かなでの頭を胸に抱き寄せた。

「俺は君にいてほしいの。あと、ごめんなさいはこれから禁止。何かしてもらったら、ありがとうだけ言って。本当に悪いことしたときだけごめんなさい使って」

「うん……」

かなでの細くなった腕を俺の身体に回してハグをする状態になる。俺も力を緩めて、ハグの体制になった。

「かなで、明日心のお医者さんに診てもらおう。少し楽になると思うんだ」

「うん」

ハグをやめて、キッチンから水を持ってくる。

「かなで、お水飲みな、喉痛かったでしょ」

「ありがとう」

ちょっとずつ水を飲んでいる。俺の隣でちゃんとかなでは生きている。昼間の噂のことを思い出してしまい、かなでの方を見ていた。水が飲み終わるのを見て、ふとキスをしたくなり口づけをする。

「かなで、愛してるよ」

言い慣れていないから、俺も気恥しい。恥ずかしいのを隠すために少し笑って見せる、ダサいな俺。かなでは目にまた涙を溜めて、喜んでくれている。

かなでを眺めていたら、かなでからキスを返され、俺が照れくさくて耳まで熱を帯びるのが分かった。

その勢いのまま抱きついてくる。かわいいな。俺も抱き返した。しばらく、かなでの体温を感じてるうちに寝てしまっていたらしい。かなでも、小さい寝息を立てて胸のところで寝ている。そっと顔の輪郭を撫でる、このまま寝ていたいがここでは風邪を引くし、かなでの背中に負担がかかってしまう。起こさないように座ったまま、抱きかかえその状態で立ち上がり、寝室へ運んだ。寝顔がかわいくて仕方ない、ベッドでも顔の輪郭を撫でててしまった。俺も寝よう、目が冷めないように頬に優しくキスをして、眠りについた。

かなでの声で目を覚ました。悪夢を見ているようだ、うなされていた。昨日は寝付けずにいたから、寝落ちしていた彼女を見て、すっかり気を抜いていた。酷くうなされている、起こさないと!

「申し訳ございません。父上の言う通りです。私が間違っています」

父親の夢を見ているらしい、大声で謝っている。

「申し訳ございません」

「かなで、起きて。かなで!!!」

なかなか目を覚まさない。夢の中にいる父親にずっと謝っている。必死に身体を揺らして声をかけるが、声が届かない。謝っている声が涙を帯びていく。

「私を捨てないでください、騎士としてレムフォント家として生きていけなかったら、私は何を理由に生きればいいんですか」

「父上、ごめんなさい。出来損ないで」

昨日の出来事を夢に見始めたんだろう、泣いて謝っている。

「かなで、そこは現実じゃない!!目を覚まして!!!!かなで!!」

はっと、かなでがようやく目を開けた。

「かなで、ようやく目を覚ました……。酷くうなされてた」

涙を拭い、頭を撫でる。かなでがホッとした顔をして起き上がった。

「起こしちゃったね……昨日、父上にあってから幼いときの嫌なことも色々思い出しちゃって、夢に見ちゃった」

「ずっと謝ってた、もう大丈夫。俺が近くにいるよ」

かなでがそっと抱きついてきたので、俺も優しく包む。頭を撫でてあげた。

「情けないところ、見られちゃった。重いのはわかってるの、でも今は聞かせて。私のこといらないって思わないでいてくれる?」

表情がよく見えない。俺の胸に顔を埋めたまま聞いてきた、夢で不安になったのだろう。俺は君がほしいから、振られてもなお告白し続けたんだ、いらないわけがない、いるに決まってる。

「いらないなんて思わない。俺にはかなでが必要だから、頑張って告白したんだよ。ずっとそばにいたい」

ギュッと包んでいた手に力を入れて、強く抱きしめる。ちゃんと思っていることが伝わるように。

「ありがとう。歳上なのにダメダメでごめん……しばらくこうしていたい」

身体が震え始めた、泣いている。辛かったね、たくさん涙流して。歳上だからって甘えちゃいけないなんて、泣いていいんだよかなで。ちゃんと君のことこんなガキが支えられてるのか、俺も不安なんだ。だから、かなでが甘えてくれると俺も安心する。しばらく背中をトントンしていると、嗚咽が聞こえなくなった。眠ったようだ、小さい寝息が聞こえる。またうなされたら哀想だ、しばらくこの体制で様子を見よう。俺もだんだん眠くなって来た、ゆっくりベッドへ横に寝かせてかなでを抱き寄せた。ハグの状態なら悪夢を見ずに寝れているようだこうしておけば、かなでも寝れるだろう。おやすみ、かなで。


朝起きると隣にかなでがいなかった。車椅子もない、トイレかなと思ったが、変に胸騒ぎがする。急いで寝室を出て、部屋中を見ていく。そして、リビングへ行くと車椅子から落ちたかなでが血を流して倒れている。しかも、そこの傷は化け物から受けたところだ、なぜそこの傷が開いてるんだ!!手術はとっくに受けて塞がっていたはずなのに!!痛そうに蹲っている、あの傷が開いたら痛みで声が出ないのも頷ける、それくらいに酷い傷だった。そして救急キットはリビングに置いていた、自分でなんとかしようとしたのだ。かなでに駆け寄り、意識の確認を急ぐ。

「かなで!!意識あるな!!急いで病院行こう!!!」

傷口が開いたせいか、意識はあるが喋れないでいた。そこまで、出血量は多くないにしてもあの深手の傷が開いたんだ急がないと!!簡易的な止血をして、かなでを抱えて病院へ連れて行く。


ーーーー


緊急手術になった。なぜ今更傷口が開いたんだろうか………俺は応接室に通され、待たされていた。

手術を担当した人らが大勢が応接室へ入ってきた。

「この度は申し訳ございませんでした。こちらの医療ミスでございます。」

医療ミス??でも、手術も約半年前に終わって、傷が塞がっていたのに医療ミスとかあるのだろうか。

「原因が突き止められず、曖昧になってしまい大変申し訳ないのですが、傷口を見る限り、何かの拍子に手術の糸が抜けて、癒合していた傷口が開いてしまったようでした。こちらのミスになります、大変申し訳ございませんでした。」

謝ることがあるんだろうか、原因不明なら病院のミスとなってしまうのかもしれない。でも、かなでの意識回復まで持っていってくれたこの医師のせいになるのは不満だ。どう考えても時間が経ちすぎている。和解の形がいい。

「医療ミスとおっしゃいますが、退院してもう約4か月、傷の手術に関しては半年以上も前です。医療ミスとは考えにくいと思います。そして、かなでを担当してくださったあなたはいつも最善を尽くして、退院までさせてくださった。そんな方が原因不明で処分されるのは不服です。和解という形にはできないのですか?」

悩んだ顔をした一番偉そうな人が口を開いた。

「和解の申し出、誠に感謝致します。医療ミスではないとは断言いたしかねるので、医師の処分は撤回し、代わりにといってはなんですが、今回の手術費はこちらで負担させていただきます。」

手術費負担とか別にそういうのはいらないんだが、あの医師の処分がされなくて済むなら、ここで折れないと面倒なことになりそうだ。

「分かりました。」

「この度は申し訳ございませんでした。」

一斉に頭を下げ、順々に部屋を出ていく。

なんとか丸く収まった。


ーーーー


手術が終わって目を覚ましたと聞き、かなでのところへ向かう。

「かなで、入るよ」

ドアをノックして部屋に入った。痛みがあるのか目をつぶっていた。俺の気配に気がつくと薄っすら目を開けて、顔をこちらに向ける。

「翼、迷惑かけてごめんね」

少ししか開けていない目から涙がポロポロと流れる。迷惑だなんて思ってない、そんなに泣かないで……俺も苦しい、かなでの泣いてる顔を見たくない……涙が溢れそうになる。いや、俺が泣いちゃ駄目だ。駄目だ……泣くな…と必死に抑えようとするが涙が溢れてきてしまった。泣いたまま、傷が痛くならないようにそっとかなでを包み込む。

「かなで泣かないで…俺も悲しくなる……かなでが迷惑かけていると思っているのは、俺にとっては君の役に立ててるんだ、だから謝らないで、大丈夫……大丈夫なんだよ…俺も寄り添えなくてごめん……」

泣きながら、弱音を吐いてしまった。人一倍無理をしてしまうかなでに弱音を吐いたら、また無理をさせてしまう、なんで言っちゃったんだよ、俺………。

「翼に無理させてる……今日はもう帰って休んで、一人で大丈夫だから。」

平常を装い、泣いて震えている声を抑え、不安が伝わらないようにかなでが言ってきた。気を使わしてしまった、かなでは優しすぎるんだ。一番弱ってるのはかなでなのに。

「帰らない、一緒にいる」

「帰ったほうがいい、あなたに無理してほしくない」

「かなでがうなされて寝れないのは嫌だ、泣いているときに支えられないのも嫌だ、俺のためにかなでが泣いて謝ることも嫌だ。俺には邪魔にだって迷惑かけていいって言ったじゃないか……」

子供のように泣いて駄々をこねてしまう、これじゃ駄目だ何やってんだ………かなでを困らせるだけだろ、俺が弱ってどうすんだよ!!!と内心悲しい感情と怒りでグチャグチャになりながら、かなでをずっと包んでいた。すると、かなでの手で頭を撫でられた。優しい手付きだ、変に安心してしまう。

「じゃあ、私のわがまま聞いて私が眠りにつくまではこうしていたい」

泣き声を含んだ声だったが、怪我をする前の気丈だった彼女の声色に似ていた。その声を聞いて、また少し涙が溢れた。俺も少し甘えさせてかなで。


ーーーー


何時間くらい病室にいたんだろうか、かなでが寝るまで一緒にいると言っていたのに、俺がかなでの膝で寝てしまっていた。目を覚ましたときもずっとかなでが頭を撫でてくれていた。身体を起こして時計に目をやる、2時間ほど寝ていたようだ。これじゃあ、かなでが寝れていないじゃないか……

「おはよう、翼」

優しい声色で目覚めの挨拶をされる。

「ごめん、俺が寝ちゃって」

「ううん、私もちょっと前まで寝ていたの。だからお互い様」

から元気だ、と見てわかってしまった。無理に作り出してる笑顔だ、本当のところは痛みで寝れていないのだろう。でも、嘘に乗ってあげることにする。

「そっか、よかった。ありがとう、かなで」

口づけをするとかなでの柔らかい唇の感触が伝わってくる。かなでがいるんだなと変な実感がある、目の前にいるのに。温かい、生きていてくれて本当にありがとう。そんなことを噛み締めて、椅子に座り直した。

「翼、もう1回して」

珍しくキスを懇願され、少し驚いてしまう。

「ダメ、かな?」

なんだその上目使い、かわいい、めちゃくちゃかわいい。俺の心臓がバクバク言っている。俺の情緒不安定だな…と急に冷静になりつつも、もう一度口づけをしようと近づく。目を瞑ってキスを待つかなでの顔はきれいだ。本当は眺めていたい、顔の輪郭を撫でつつ、ゆっくりと口づけをした。


ーーーー


面会時間が終わり、自宅へ戻ってきた。かなでは約2週間ほど入院するようだ。入院を期に精神科の医師にも診察してもらえるよう手はずを踏んでくれた。

また、今日も寝室一人か寂しいな……。簡単に夕食を作って一人で食べる、味気ない。かなでがいる生活に慣れてしまったんだな。明日また見舞いに行こう。

ダラダラとテレビを見て、風呂に入り今日は早めに寝ることにした。

ここ3日間怒涛だった、かなでと別れて、騎士団抜け出して探し出してなんとか助けられて、復縁して、かなでがご飯食べれなくなって、しまいには傷が開いてしまった。かなで、大丈夫かな?一人で不安じゃないかな、そんなことを堂々巡りに考えていると、知らない間に寝ており、朝を迎えた。

よく寝たなーと時計を見た。ん???見間違えか?いや…うわ…やってしまった………もう午後じゃないか………急いで支度をして、病院へ向かった。


ーーーー


病室前に行くと、誰かがいるらしい、人の気配があった。しかし、話し声は聞こえない。ときより、かなでの声が聞こえるくらいだ。本当に誰かいるんだろうか、いたら外に出ればいい。ノックして入らせてもらおう。

「かなで、入るよ」

部屋に入ると、女性がいた。どことなく後ろ姿がかなでに似ている。人がいるにも関わらずその人が気になり、足を進めてしまう。こちらに全く気づかない、かなでのベッドに近づくとようやくその女性が振り返る。酷く焦った顔に「まずい!!」と書いた表情をして、慌てて病室を出ようとする。顔がかなでに似ていた。病室から出ようとする女性の腕を引き止めたのはかなでだった。手話で話している、どうやらこの人は耳が聞こえないようだ。

(お母さん大丈夫。この人は私の大切な人。父上と繋がってる雇われ騎士じゃないよ。)

俺は手話が分からない、何を伝えたか分からないが、一気に緊張を解いた。安堵で笑みを浮かべている。笑っている顔は本当にかなでにそっくりだ。この人はまさか母親なんだろうか、娘が4ヶ月も入院していたというのに来なかった。父もそうなら、母親もそうなのか。憎しみの感情が湧いているが、なんとか抑え込む。

「翼、この人ね。私のお母さんなの」

そう紹介するかなでの顔は優しい顔つきだった。怒っていないのか!なんで!!!

「お母さんに10年ぶりに会えたの、本当に久しぶり」

嬉しそうに、かなでも笑みを浮かべている。10年ぶり??それまでかなでを放置していたのか?あんな酷い父親の元に置いて出ていったのか。ギュッと拳を握りしめる。顔に出すな、俺。抑えろ、かなでが嬉しいそうにしてるんだ、きっとこの人は違うんだ。

「お母さんが自己紹介したいって」

手話をかなでに見せて、それを翻訳してもらった。

「アイト・ゆいさん。初めまして。」

父親とは名字が違っていた。かなでの名字であるレムフォントじゃない、何かを理由に離婚されたんだ。それでも、娘を心配しないのはおかしいだろ!!とまた拳を握った。

「積もったお話もあるでしょうから、俺はしばらく外にいます。」

このままいたら、怒りでどうにかなりそうだ。一旦退出する。

怒りがようやく収まり、病室の前の椅子で待たせてもらった。しばらくすると、かなでから呼ばれた。

「翼、ありがとう。入って大丈夫だよ」

「分かった。失礼します」

2人とも泣いていたのか目が赤かった。

「またね、お母さん」

かなでと母親がハグをして、お別れをいうと、今度はカバンから紙とペンを取り出して書いた文字を俺に見せてきた。

「お時間ありますか?かなでのことをお話したいです」

かなでのことを話したい、か。10年も一緒にいなかったのに何が分かるっていうんだ。不貞腐れた状態で病院のカフェスペースへ行く。

「改めて、かなでの彼氏さん。あの子を守ってくれてありがとうございます。かなでのためにあなたが私に対してすごく怒っていることも分かります。色々とお話したいです。いかがですか?」

書かれた文字をみて驚く。耳が聞こえない分、顔の表情を受け取るのがうまいんだろうか、そういえばかなでも表情を読み取るのがすごくうまい。母に似たのだろう。

急いで、ポケットをまさぐってペンが無いか探すが、持っていなかった。アイトさんに借りたいが俺は手話ができない。慌てていると、また何か書き始めた。

「読唇術ができます。いつもより少しゆっくり話してくれれば、分かります。話相手になってくれてありがとう。」

いきなりで何を話せばいいか分からない。かなでのことが浮かび聞いてみることにした。

「かなでのこと、教えてほしいです」

にっこり笑って、文字を書いていく。この人、かなでのこと大好きなんだ。表情で分かった、なのにどうして。

「かなでから怪我のことを聞きました。私は全く知らずにいた。ごめんなさい。耳が聞こえないので、今日病院へ来て、病室にかなでの名前を見て、面会させてもらって色々知りました。たくさんかなでのことを支えてくれてありがとう。あの子も喜んでいました。」

目に涙が浮いている、本当にショックだったのだろう、思い出して泣き出しそうになっていた。次のページをめくる。

「あなたのように心許せる人がいて、とても安心しました。本当は甘えたがりなのに、迷惑がかかるからと気遣ってなかなか甘えない優しい子です。そして、一人で抱え込んでしまう。おまけに恥ずかしがり屋も相まってなかなか甘えられない。あなたには甘えてられていますか?」

母親には甘えることもあったのだろう。手を繋いだりハグまでできる関係になったときは、最初はもちろん恥ずかしがっていたが、慣れると普段はきれいで落ち着いた印象の彼女からは思えないほど、子供のように甘えてくれた。キスのときだってそうだった、かなでから頻繁にしてもらっていた。ちゃんと甘えてくれていると思う、恥ずかしがり屋で迷惑がかかるからと遠慮してしまう彼女のことを初めて知った。俺からたくさん甘えて、甘えやすさを作っておいてよかったと思う。

「甘えてくれていると思います」

安堵した表情を浮かべている。そして嬉しそうに次の文章を書いて見せてくれた。

「あなたのこととても愛おしそうに話していましたよ」

愛おしそうにと書いてあるところを読んで、顔を赤らめてしまう。なんて話していたんだろうか、気になってしまう。そんな顔を見て、嬉しそうに口元を隠して嬉しそうに笑っている。笑い方、本当にかなでとよく似ている。親子なんだなと実感する。

「かなで俺のこと何と言ってましたか?」

気になって聞いてしまった。教えてくれるだろうか。

「是非、本人に聞いてみてください」

嬉しそうに笑って書いて見せてくれた文字。この人は父親とは違う。何か理由があって離れ離れになったのだろう。俺もその顔を見て笑ってしまう。

「分かりました。かなでに聞いてみます」

うん、うんと頷いて楽しそうにしている。ふっと真面目な顔に戻し、文字を書いていく

「話しそらしちゃって、ごめんなさい。かなでのことを教えてほしいでしたね。多分、あの子のお父さんのことを聞いていると思うので順番を追ってお話させてください。」

父のワードを見て、身体を強ばせる。あんなに気丈で強かったかなでを一瞬で崩した張本人だ。今でもかなでを苦しめている。覚悟を持って、次に書く文字を待つ。伝えたいことがたくさんあるのだろう、手早くどんどん文字を書いていく。

「かなでのお父さんの歩さんは、昔はあんな人じゃなかったんです。困っていた私を助けてくれて、その上、耳の聞こえない私を愛してくれて、家族の反対まで押し切って私と結婚して、かなでが生まれました。すごく幸せだった。いつもいつも誰かに優しくて、包み込むような温かい人でした。」

かなでの母親はなぜあのような人を選んだのか気になっていた。聞きづらい話だったが、自分から話してくれた。それを見終わると、見計らったかのように次の文を書いていく。

「でも、ある時人が変わったようになってしまった。まるで、心を捨てたかのように、幼いかなでに無理のある訓練を強い始めました。本当に別人のようでした。幼いかなでができる訓練じゃないのにずっとかなでを叱り、動けないかなでを無理にでも訓練させ、私はあの人のところへ怒りに行きました。でも、言葉が届いても帰ってきた言葉は信じられないものでした。邪魔をするな、耳の聞こえないお前はいらない一族の恥だ、なぜ私はお前みたいなのと結婚したのかと。とてもショックでした、昨日までの優しいあの人が突然いなくなった。かなでがまだ3歳になったくらいのときのことでした。」

急に変わったのか、それとも本来の性格が表に出てきたのか。かなでを大切に思っているこの人が選んでいたのだ、急に変わったのが正しいのだろう、ましてやかなでも言われた一族の恥と言う言葉。それを言うなら結婚しなければよかった話だ、どこかで何かがあったのかもしれない。それにしても、そんな幼いときから厳しい訓練させられていたのか、と顔を歪めてしまう。かなでの母親は俺の反応を見て、文を続ける。

「それでも、幼いかなでにこんな訓練はおかしいと言い続けた。すると、かなでに手を上げたんです。突然のことに私は訳が分からなかった、泣いているかなでに駆け寄りました。怒鳴る気持ちで、なぜこんなことをするのか、おかしいと言い続けた、でも届かなかった。逆に私が言葉を話せないことをいいことに捲し立てられ、何も言えなくなってしまいました。毎日、毎日かなでに無理を強いて、その度に私はあの人の前に盾になってかなでを庇った。ある日、突然今まで私には手を出してこなかったのですが、私にも手をあげるようになりました。それをかなでが庇ってくれて、かなでが怪我を負うことも増えた。それを見て、あの人は言ったんです。かなでに怪我をしてほしくないなら離婚しろ、私といた事は無かったことにしろ、この子はレムフォント家として厳しく躾ける、邪魔なお前は早く去れと。私を庇い怪我を負うかなでを見たくなかった私は大人しく離婚しました。」

これでかなでとアイトさんが離れ離れになった理由が明確になった。この人も暴力を振るわれていた、その暴力を庇って怪我をするかなでを守るために離婚したのだ。

「かなでには会いたかった、時よりバレないように会っていました、でもあの人は騎士団でかなでの監視役を雇い、私たちが会っていることがバレた。あの人は、かなでを私の目の前でボロボロになるまで、追い詰めて入院するほどの怪我をさせた。親のすることじゃない、泣きながら怒りました。でも、私は話せません。手話で抗議したところで言葉よりも遅い手話では無理でした。次はかなでを殺すぞ、嫌だよな?と笑って言ってきた。この人はもう人ではないのだとあの時の優しかったあの人は幻だったのだと、苦しそうに倒れているかなでに寄り添うこともできずただただ大人しく、そこから去るしかありませんでした。」

涙を流しながら書いてた文字は滲んだところもあった。父親が娘の命を盾に実の母親であるこの人を言葉で脅すだけでは足りず、目の前でかなでを蹂躙し確固たる証拠を見せつけ、次はないと脅したのだ。あまりに衝撃的な文を見て血の気が引いてしまう。こうやって母親も脅して、かなでのことを支配していたんだ。怒りが湧いてくる。

「この出来事があったのが、かなでがまだ12歳のときのことでした。それからかなで本人には会えていません。文通やお弁当も作っていたこともありましたが、どんどん監視役を雇い、簡単にはやり取りできなくなってしまいました。いつかはバレてその度にかなでが傷つくと思うと何もできず、14の頃に交流が途絶えて、それからどんなことがあったか、知らないで生きてきました。」

最初にかなでの母親が「まずい」という顔をした理由が分かった。俺を監視役の騎士だと思ったのだろう、無理もない。だからかなでを守るために急いで部屋を出ようとしたのだ。そして、父親と母親のこと、かなでの過去がどんなであったか、その一旦を知れた。父親が化け物だ、なぜそんな酷いことができるのか。怒りよりも気持ち悪さが勝っていた。こんな酷いことができるのが人だなんて信じられない。かなでがずっと支配されて来たものに存在を否定されたら、自分を見失うだろう。ここまで自分の意志を持たないようにされていたんだ。気持ち悪さを抑えながら、かなでの母親のほうを向いた。次の文は書いていない。だが、こちらが視線を向けているのに気づくと、ページを変えて、書き始めた。

「少し休憩しましょ、ここのカフェスペースはテラスもあるみたいだから風に当たってきたほうがいいわ」

顔色が悪くなっていたのだろう、言葉に甘えさせて貰うことにする。

「すみません、ありがとうございます」

涙を拭って椅子に座りなおすアイトさんを横目にトイレへ行って、鏡で顔色を見る。これは分かりやすいか、気持ち悪そうな顔をしている自分が写っていた。これでも十分隠れているとは思ったんだが、表情を読み取るのがうまかった。トイレを出て、テラスに行き風に当たる。

頭を整理しよう。父親が糞だと言うことは分かった。だけど、アイトさんと結婚した当初のころの父親はどこへ行ったんだ、おかしいじゃないか。本当に心を何処かにやったりしてな、と妄想する。かなではこんな壮絶な過去を一人で背負っていたのか。話したくはないだろう、こんなきつい過去を話したらきっと思い出して苦しくなってしまう。でも、父親に縁を切られたと同時にこの嫌な記憶も思い出したのか、夢でうなされていた。どこまでかなでを苦しめれば気が済むんだ。はああと大きなため息を吐き出し、ドリンクを買って席に戻った。

「かなでの過去のこと、教えてくれてありがとうございます。あなたも辛い記憶思い出して辛かったでしょう、これよかったら紅茶ですが飲んで休憩してください」

ありがとうの手話をしていた、その手話だけは俺にでも分かった。ちょっとずつ口をつけ、カップを置く。

俺が席を外している間にかなり泣いたのだろう、目が赤くなっていた。一息つくとペンと紙を持って、文字を綴る。

「これからの話はかなでに言わないと約束してください。」

とても真剣な顔つきで書かれたその文字。俺は何かを察した。

「あなたがこの病院に来たことと関係していますか?」

俯きがちにゆっくりと頷く。

「あの子には言わないでほしいの、もう苦しんでほしくないから。」

「分かりました。続きを教えてください」

その答えを聞いて、ペンを持ち直し、書いていく。

「私はあと余命1年です。手術しないともう助からないと言われました。私はかなでをたくさん苦しめてしまった。手術を受けられるほどお金もない。だから、あの子を幸せにしてあげてください。この病気も娘を蔑ろにした罰です。」

かなでの母親は手術をしないと治らない病気だそうだ、余命も1年と言われているらしい。通りで痩せていると思っていた。だから雰囲気が余計にかなでに似ていたんだ。

「そんなことないです。きっとかなではあなたに生きていてほしいと思っています。だからちゃんと自分でかなでに話した方がいい。」

首を横に大きく振った。

「死ぬ前にかなでに会えただけ、私は幸せです」

「そう、ですか…」

こんなに娘の幸せを願って10年も会わずに我慢していたのに、なぜそこまで罰と言って生きれるかもしれない可能性を潰すもだろうか。あなたに取っての贖罪なのか。きっとかなでが悲しむのに。

「一緒に病室まで行きましょう。たくさんかなでのことたくさん教えてくれてありがとうございます。」

一緒にかなでの病室へ行く。ちゃんと病気のことを話せないにしてのもう一度別れは伝えてほしい。

病室につくと、きっと手話でまたねと挨拶しているのだろう、あと僅かでこの世を去ってしまうのに。帰ろうとする母親をかなでが手を引いて止めた。

「翼、お母さんと話したいことあるから、ちょっと部屋出て待っててほしい」

「分かった、待ってる」

かなでが声をかけるまで静かに待った。1時間経ったころ、涙を流しながらかなでの母が部屋から出てきて、頭を下げて去っていった。声をかけられ、ノックしてかなでの部屋に入る。

「かなで、入るよ」

「お母さんと話してくれてありがとう。私のために翼すごくお母さんに怒ってから、和解できてよかった」

落ち着いた顔で微笑んでいた。やっぱり母親に対して怒っていたことがバレていた、感情の読み取りは母譲りなんだな、と感慨にふける。こうやって見ると母親と似ているが、かなではかなでの笑顔だなと眺めてしまった。

「俺こそごめん、全然お母さんのこと知らなかったに勝手怒って、ごめんなさい。」

頭を下げた、本当に勝手に誤解して勝手に怒ってしまった。かなで、申し訳ない。

「いいの。気にしないで、知らなかったんだもの。私ね、お母さんの手術費出すことにしたんだ。今まで誰とも付き合いなかったし、貯金だけはあるから。ずっと何か隠してるなって問い詰めたら、ようやく話してくれたの。」

寂しそうに、窓の外を見ながら話を続ける。

「ずっとお母さんと暮らしたいなってずっとずーっと思ってた。でも父上に私が入院するぐらい暴力受けたことあってね、お母さんに次会ったら私を殺すって脅して、私を守るために、10年も会わずに居てくれたの。盗み聞いちゃってたから知ってた。病気も罪滅ぼしで隠そうとしていたことも、なんとなく分かったの、10年前より痩せてたし、顔色、悪かったから」

息継ぎを待って、かなでの話の続きを待った。

「罪滅ぼしとか言ってたけど、わたしやっぱりお母さんに生きててほしい。こっそり手紙くれたことだって、お弁当作ってくれたことだってずっと忘れたことない。手紙だって全部とっといてある。怒ったことなんてなかったのに、私の心の支えだったのに。でも、ある時にお弁当も父上にバレちゃって、お母さんと話せなくなったの、会いたいってずっと願ってた。全然お母さんのこと分からなくて10年経ったら、身体の弱いお母さんがもっと弱って私に会いに来た。こんな酷いことなんてないよ…………」

頬に涙が伝っていた、話を続けようとしているかなでをゆっくりと待つ。

「お母さん、手術したら治るかな。全然知らなかった、まだたくさん一緒にしたいことだって、話したいことあったのに、間に合う、か、な…………」

顔を歪め泣き出した。嗚咽を漏らしながら続けている。

「わ、私、お母さんにね、ずっと、手紙に、返信できなくて、ちゃんと向き合えなくて、ずっと、ずっと後悔してて、今日会ったら余命1年って、ようやく会えたのに…どこにいるかも分からなくて、会いたい、会いたいとだけ思って、探そうとも、しないで、酷い娘なのに…………」

そっと手を伸ばし頭を撫でる。

「会いた、かったって、いってくれて、いつも、いつも大事に、して、もらってたのは私なのに…」

かなでもずっとお母さんのこと思っていたんだね、お互いすれ違いで不器用で似たもの親子だ。

「お母さんいつも優しいの、でも手話で伝えなきゃでうまく言葉にできないし、言葉にするのも嫌で強がって、いつも本音を隠してた。お母さんに全部バレてた。今日だって、死にたいと思ってたこと話してないのに分かられちゃった。」

泣きながら笑顔を向けて、頑張って笑顔を作ろうとしている。

「きっと手術うまくいくよ、そしたらまたたくさん話そう、大丈夫。」

「私も間に合うって手術がうまくいって信じてる……」

泣き続けるかなでを落ち着かせるため、しばらく頭を撫で続けた。少し落ち着いてから、ふっとかなでが息を吸い話し始める。

「私もちゃんと過去のこと話さないとだね。お母さんから大体どこまで話したのか聞いたの、だから最近のこと話すね。あんまりうまく話せないかもしれないけど」

「大丈夫だよ、ゆっくり話して、無理しなくていいから」

撫でていた手を止め、椅子に座りなおし、心の準備をする。かなでは先程までこちらを見て話していたが、窓の方に目をやり、思い出すように話し始めた。

「監視役の話したって言ってたでしょう。訓練生だったときからずっと騎士団に入団してからも監視されてた。交友関係や話す人も限定されて、違う人と話すと暴力を受けた。父上に強制されて友達として充てがわれた子も私と話は会わないし、自然と離れていったの、本当に独りになった。でも私は見た目で分かる痣も顔に作ったりしてたから笑いの対象でもあった。でも、言い返しもしない誰にも相談することもしなかった。話したら殴られるか相談して父上に伝わったら何をするかわかんないから、そうやってだんだん私は何をするにも顔色伺って、父上の理想を目指す人形になった、そうするしかなかった。」

冷静な声で淡々と話す。まるで、騎士の報告のようだ。感情を感じない。母親からも聞いてたが、日常的に脅す道具として暴力を受けていた。話を続けるかなでに相槌を打ちながら聞く。

「私、父上の騎士名家として恥じないことが目標だった。周りのことなんて何とも思ってなかった。私がただただ騎士として強くなって、成り上がるくらいにしか興味がなくて、隊員が思う理想な形で騎士として優しくとも厳しい良い人でいた。そうしたら知らない間に小隊長になっていた。いつも父上と団員たちの理想の姿だけを目指していた。」

なるほど、他の隊員から慕われているのは全部理想の為だと言いたいのだろう。でも、その優しさは嘘じゃなくて君のものだ。自分自身には使わないで周りにばかり使っていたけど、君の本心。隊員に興味がなかったなら、あの騒動のときに隊員を見捨てただろう。

俺はこればかりは反論した。

「かなではその優しさを演じてたと言っていたけれど、それは違う。君の本心だ。仲間のためを思って、厳しくも優しくもいたんだ、本当に君は仲間を大切に思ってた」

その言葉を聞いて、窓の外に向けていた視線をこちらに移す。

「演技の優しさだよ。本心だったらこの怪我で目覚めたとき、恥ずかしいだなんて思わないはずだもの。ボロボロの私を誰にも見られたくなかった。理想な姿でいられない、そして父上になんと言われるかもわかってた。目覚めた時からずっと死にたかった。」

落ち着いた表情のまま、嘘笑いを浮かべて話していた。そんな早くに死にたいと思っていたのか。思っていたから、父親の発言で死にたいという気持ちに拍車がかかったのと、同時に理想の自分では無くなって邪魔になる迷惑になるだけの存在になったことが嫌になったんだ。かなでが弱って、目も合わさずに話すことも出来なくなったときはそんな心境だったのか……

「父上から何言われるか分かってくせに、騎士にいてもいいと言われるかもしれないって思っててね。そんなこと有るわけないのに。だから、いざいらないって言われたら生きている意味が分からなくなった。誰かの迷惑になるし、邪魔になるなら何で死ねなかったのって」

このまま話し続けたら、かなでが生きたいと思ってくれたのに、またいないほうがいいと言い出しそうで怖くなり、話し続けようとするところに割って入る。

「俺は君を助けに行ったとき、隊員が全員生きていると伝えたとき、君がホッとした顔をしたのを知っている。仲間が助かる、生きてるって思ったんじゃないの?恥ずかしいと思ったのは、君の父親の価値観を持ってるからだ、格好いい騎士としての姿じゃないって思ったから、それは君の考えじゃない。かなでは俺にも優してくれるのも演技だっていうの?」

ハッと驚いた顔をする。父親基準で生きていたのだから、優しさも理想の姿も演技するものと思っても仕方ないのかもしれない。でも、かなでの優しさを知っているそれまでは否定してほしくない。

「あなたへ優しく接した記憶が無いのだけど。ホッとした記憶もない。でも、仲間が生きてて嬉しかったのは覚えてる。」

俺に優しくした記憶がないと聞いて、声を出して笑ってしまった。全然演技なんかじゃないじゃないか、ホッとした記憶もない、ましてや生きてて嬉しかったってちゃんと覚えてるじゃないか。やっぱり君の本心だ。演技のつもりのない本心なんだよ、だからあんなに隊員に思われてるんだ。かなでが入院してるときたくさんの人がお見舞いに来ていたんだよ、演技だったら誰も来ていないさ。声を出して笑ってる顔を見て、恥ずかしいのか頬を赤らめ不機嫌そうにいう

「何が、そんなに面白かったの?」

「だって、演技だったら俺に優しくしたのだって、ホッとした顔をしたのだって全部覚えてるだろ?ましてや生きてて嬉しかっただなんて演技だったら思わないよ。かなでの優しさは本物だよ」

「……そう……」

椅子から立ち、かなでの傷が痛くならないように抱きしめた。笑われたことはまだ不服そうだが、少し笑みを浮かべていた。君は優しいんだよ、自分にすごく厳しいだけで。その優しさも演技だって言ってしまうほど、父親に支配されていただけだ。

「翼の笑い声、久しぶりに聞いた」

言われると確かにそうかもしれない。心配をかけてしまっただろうか。

「ごめん、最近笑ってなかったから心配させた?」

「ううん、ただ、………その、嬉しかっただけ」

面と向かって優しいと言ってしまったから気まずかったのだろう、恥ずかしがりながら嬉しかったと言った。俺が笑っただけで嬉しいと思ってくれるのは優しさ以外の何物でもない。

「ありがとう、かなで」

「なんで、お礼なんていうの?」

抱きしめていた腕を緩め、顔を見ると少し怒った顔をしていた。ちょっと意地悪をしてやろう。

「かなでに優しくしてもらったからだよ」

顔を真っ赤にしていた。顔を見られているのが分かったのだろう、少し距離の置いた俺の胸に顔を近づけて隠した。よかった、いないほうがいいなんて思い出せないで。こんなにも感情豊かなんだ、その優しさだって演技なわけないだろう。

顔の熱が引き、顔を隠した状態で真剣な声色で話し始めた。

「私、翼に謝らなきゃいけないことがあるの」

え、謝らなきゃいけないことって、まさかね。違うよね?つい先日に別れようと嘘であったが言われてしまったため、抱きしめていた腕に少し力が入る。

「あなたが想像していることじゃないよ。でも、少し関係してるかも」

そう言われ、抱きしめていた腕を離し、椅子に座ってかなでの顔を見る。いたずらそうに笑いも含んでいるが、真剣な顔も持ち合わせていて、どちらが本当なのか分からない。

「私、交友関係も管理されてたって言ったでしょう?実は恋愛関係も管理されてた。私、一度中等部のときに初恋をしたことがあるの。」

初恋の話をし始めた。いたずらな顔はこの話を言うためか、でも俺は彼女のバージンをもらってる。彼氏なんていなかったはずだ。

「告白しようと思って、その先輩のことをついつい見ちゃうときとかあって、父上に片想いしてることがバレてね。その時も暴力されたんだけど、いつもより酷くて、顔に酷い痣ができたの。その時にお前の結婚相手も決めるって言われて、それから恋愛も諦めてたの」

告白されそうになった先輩のことを羨ましいと思ってしまった。でも、待って恋愛関係も管理されてたってことは俺とは最初から別れるつもりだったの?いや分かってたよ同情で付き合ってくれたって、それでも最初からそうだったの??動揺してしまい顔に出る。オロオロと視線が定まらない。そんな様子を見て、かなでが笑っていた。え、笑ってるってことはいたずらのほうが本命か?笑った顔のまま話し続ける。

「最初はこんなに告白してくれてるのにっていう同情もあった。でもね、本当は告白されて嬉しかったの。私の身分知ってるのとみんな父上に何をされるか分からないって恐怖で、誰も私に話しかけてこないから。支部から異動してきたあなたが私の周りのことを知らない内に恋愛してみようかなって、父上への小さな反抗のつもりで関係がバレたら別れるつもりだった、騙してごめんなさい」

頭を下げて謝り、顔をあげた。最初はいたずらのつもりで、そして俺にさっきされたちょっとした意地悪の仕返しのつもりで話したのだろう。でも、今は少し涙を浮かべている。さっきまでは焦ってしまったが、話を聞いて安堵した。俺と付き合いながら騙してると後ろめたさがあったのだ。そういえば、関係がバレないようにしていたいから郊外がいいって付き合いたてのとき言われたな。だから、入院してるときも他の人が来ない時間狙ったりしてお見舞い行ったんだ。しばらくずっと暮らしていたから忘れていたな。

安堵した顔を見て、かなでも安心したのか少し笑みをこぼし、俺の顔の輪郭を撫でる。

「でもね、今は私も翼のこと愛してる」

唇が重なる。目を瞑り、かなでの感触を感じた。

かなでの過去の傷を知れた。これで半分個だ。

そっと離れて、お互い笑い合う。久しぶりにかなでの笑顔を見た。少しだけでもいい、心の傷は楽になったかな。

「面会ギリギリの時間まで一緒にいて」

俺の方へ手を伸ばしてきた。その手を握る。

「いいよ」

時計を見ると面会時間は残り僅かになるまで、話し込んでいたようだ。面会が終わるまでかなでに好きなように過ごしてもらった。かなでにお願いされてハグしたり、頭を撫でたりした。辛い記憶を思い出したのだ、好きなだけ甘えていい。

そういえば、母親が甘えたがりと言っていた。きっとこの甘える姿もかなで本来の部分なのだろう。俺には見せてくれてありがとう。

時間になり、また明日と口づけをして帰路につく。

今日はたくさんかなでのことを知れた。そして母親も父親のことも、これからだな。かなでにも俺に取っても大事な一歩を踏み出した。

色々な話を詰め込んでしまってよく分からなくなってしまいました。

読んでくださった方ありがとうございます。

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