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夜形船

作者: たのし


右肩に強い痛みを感じて目を覚ました。


 確か、1人で飲んでて……そして、店を出たのは覚えている。それからはパッたりと記憶がなく、気づけば木造で縦に線が入っている天井を眺めている今に至る。


 するすると畳とスエットが擦れる音を出しその場に胡座をかくと、ざっと数えて20畳程度の広さの部屋の中央には木でできた10人ほどが宴会ができるほどの大きさのテーブル。窓は襖で四方八方を囲まれており、その一角に自分は雑魚寝にされていた様だ。


 周りに自分と同じ様な人はいないが、縦長のその部屋の奥に1人の女の子が座っており、大きく黒い瞳をこちらに向け、微笑みもせず瞬きもせず、こちらの様子を伺っている。


 黒の着物の襟からは白い肌襦袢が皺もなく小綺麗に整えられており、真っ暗なお河童の頭から小さな輪郭を生やし、目は横にも縦にも大きく薄化粧。小さな口元に真っ赤な紅を塗ってぴくりとも動く事なく正気の無い日本人形の様にちょこんと座って顔だけこちらを向けていた。


「ちょっと、お嬢ちゃん。一体ここはどこなんだい?俺は1人でこんな立派な料亭に来れる様な身分じゃないぜ?」


 俺は痛めた右肩を摩りながら、少し小粋な冗談を交えつつそこに座る女の子に尋ねたが、返答も無くただただ、俺の顔を生気の無いその大きな目で見つめるだけだった。


「まぁ、いいや。誰が大人の人はいるかい?」


 俺はその女の子の佇まいに薄気味悪さを感じ、空気を変えるために尋ねるが、ぴくりとも動かず俺の顔を伺っている。


「なんだ?嬢ちゃんふざけてるのか?話ができねぇのか。ならいいや。俺は帰らせて貰うぜ」


 そう言ってその女の子の座る横にある4段ばかりの階段を登りキィーっと木製の扉を開けると、肌寒さと共に波風が首筋を掛けて行った。


 どうやら俺は水の上を走る木製の船の様な物に乗っており、船頭にかけてある薄暗い橙色の提灯が水面を写し時折、掌ぐらいの大きさの水草が進行方向から流れて来ていた。


 進行方向から向かって後ろを確認すると後尾にも提灯が掛けてある様で、薄暗い橙色の中に人間の動く気配を感じた。


 人が1人通れるくらいの廊下を川に落ちない様ゆっくり後尾へ足を進めると、傘を被った細身の男が1人素肌に黒の法被羽織り船を漕いでいた。


 男はこんな大きな船を1人で漕いでいるにも関わらず、息一つ上げず、下を見てただ静かに漕いでいる。


「おい、お前さん。こらぁ一体何処に行くつもりだい?俺は船に乗った記憶もなければ頼んだつもりもないんだがね」


 男は中にいる女の子同様、俺の声に反応もせず、ただ両手に握られた棒を水面に突き立て八の字に漕いでいた。


「おいおい。いくらなんでもこの距離だったら聞こえるよな?」


 俺は男に詰め寄り、耳元でそう叫ぶと男が持つ櫓を取り上げようと腕を掴んだ。しかし、男はどんなに力を入れようが、漕ぐスピードを変えずゆっくりと八の字に櫓を動かし続けた。


「いいから、この船を停めやがれ」


 俺はこれでも腕っぷしには自信があり、喧嘩には負けた事はないし、土方で鍛えた力だってある。だか、俺より細い華奢なこの男は俺がどんなに力を入れようが、全体重をかけて止めようとしても、寸とも体制も崩さず、ゆっくりゆっくり船を動かした。


 それに加えて驚いたのが、男の腕は冷たく俺の掌から体温を奪うほどひんやりとしていた。


 俺の怒りは男の余りにも冷たい体温で冷やされたのか、それとも怖気付いたのかその場で一瞬固まり「ちくしょー。何処へでも連れてけってんだ」っと捨て台詞を吐くとまたいた部屋に戻った。


 部屋に入ると中央のテーブルに食事が準備されていた。


 「おらぁー金ねぇーから食わねぇぞ」


 階段の横に座る女の子にそう言うと畳の上に横になり、身を小さく丸めた。


 それから少しばかり、静けさの中に溶け込む水の音を聞きながら、なぜここにいるのかを考えた。


 「確か、いつもの店で酒を飲んで店を出たんだ。それまでは覚えている。その後に家に帰ろうと思って路地を歩いてたんだ。んで、大通りに出たんだ。それからだ……それから」


 それからはどう考えても思い出せない。考えれば考えるほど、腹の虫が鳴いている。


 「クソ」


 俺は起き上がると、テーブルに用意されている飯にありつく事にした。フキの炒め物に鯛のお頭付き、麩の吸い物にナスの煮浸し。俺は我を忘れる様に目の前の飯にがっついた。その間も女の子は飯を食う俺を眉一つ変えずじっと見つめている。


 「飯は食ったが料金は後払いな。付けといてくれよ」


 俺は食うだけ食って横になると久々美味い飯で満腹になると少しばかりいい気分になっていた。


 「おい、嬢ちゃんそこにじっと座ってないで一曲歌でも歌ってくれよ。せっかくいい着物着てんだからもったいねぇだろ」


 諦め半分で言ってみたがやはり女の子は動かず、音もなくそこに座っている。


 起き上がり、窮屈な空間に耐えかねたのか、空気が吸いたくなり座り込んだ丁度横の小窓を開けた。


 すると、薄く照らされた橙色の灯りに照らされた川の上流から白い花や桃色の花が流れて来ており、それは一輪、また一輪と上流に行けば行くほどその数を増やして行く。


 「嬢ちゃん。ありゃ睡蓮の花じゃないかい?演出にしても少し縁起悪く感じるんだが」


 女の子はそれでも反応を示さず、俺の行動をただ見ていた。肌寒くなり小窓を閉めると横になり、畳から臭う伊草の香りに神経を持って行かれていた。腹一杯になった事と波の揺れのせいで俺はいつの間にか眠りについていた。


 はっと目を覚ますと、船の揺れはなくなっており、どうやら何処かに到着した様だった。


 あたりを見渡すと女の子は階段の横に立っており、俺の方を相変わらず冷たく猫の様な大きな目でみている。俺は座り直すと、女の子がすすすっと俺の所まで来て、袖を少し引っ張った。近くで見る女の子の目は黒目に力は感じず漆黒の瞳をしており、更に不気味さが増す。


 くいくいっと二度俺の袖をしつこく引っ張る物だから「分かった」っと立ち上がる。


 女の子はすすすっと反転すると四段の階段を登り外に出て行った。


 俺も女の子の後を追う様に外に出ると、薄暗い夜に女の子と漕ぎ手の華奢な男が正座し、頭を深く下げていた。


 女の子の前には饅頭が7つと提灯が1つ。船は止まっており、砂利道の上に人が1人通れる程の桟橋がかけられていた。


 森なのか、はたまた湖なのか。区別ができない程まだ歩くなっていないが、船から100歩程歩いた先にお地蔵さんが一体こちらを見て立っている。


「この饅頭を貰っていいのかい?」


 聞いても深々と下げる頭が上がる事はない。とりあえず、饅頭と提灯を持って船から降り、砂利道に降りる。


 すると女の子と漕ぎ手は頭を上げ、俺の方を見ていた。


 「とりあえず、この道行けば良いんだな」


 俺が尋ねると答えは返って来ないが、女の子は少しだけ笑い、綺麗に揃えられた黒い歯が見えた。


 「分かったよ。ここまでありがとう」


 俺は提灯の灯りを頼りにお地蔵さんのある場所まで歩き始めた。


 半分まで来た頃に後ろを振り向くともう、その船は居なくなって真っ暗な静寂があたりを包んだ。


 しかし、それよりも怖いことがある。


 俺はなんで、この船に乗るまでの記憶はないのだが、この船をここ降りる事、ここが何処で、今から目の前のお地蔵さんにしなければいけない事を知っている事。この道を真っ直ぐ行けばお地蔵さんが後6体いる事。その先に待ってるものが何であるかを全部知ってる事が一番の恐怖だった。


俺はいつ、この事を知ったのだろう?


おしまい



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