第二話『天使と罪と』(4)
遠隔操作式の爆弾付きの首輪を付けて最前線で常に天使相手に戦い続けること。
これがGAVが各堕天使に下した決断だった。
堕天したという天使の言う事など信じ切れない、というより、信じられない、と言う方が正しい。
各支部での会議で、そういう結論が出たことを、赤城が全館放送でそう告げた。
もっとも、赤城はアザゼルにこのことを直接告げるとのことだった。
この決定に対してアザゼルが抵抗するようならアザゼルを殺すようにも、指示が出ているとのことだ。しかも、それは全支部の堕天使に共通らしい。
確かに、アザゼルの力はそれだけ脅威だ。敵に回ることはもうないかもしれないが、しかしあれだけの力をこちらの戦力として生かさないのは実にもったいない。
たった一人で四〇人以上の天使を蹂躙できる。それも汗一つかかずに、だ。戦闘力そのものは人間のそれを軽く超越している。
あれだけの力を持つ存在が味方なら、そしてそれだけの力があれば、あれを、『機械バネ』を使えるだろうか。
一瞬、美樹の中に考えが浮かんで、消えた。
あれは危険すぎるから封印したのだ。今更それに頼るのは、いくらなんでも虫が良すぎる気がする。
それに、本当にアザゼルが信用に値するかどうかもまだ分からないのだ。それを当てにする地点で、自分はどうかしているのだろうと、美樹はふと感じた。
それに、なんでも他のGAVに捕獲された堕天使も、ほぼアザゼルとほぼ同様の力を持っていたらしい。
戦い方自体は様々で、弓を使う者、徒手空拳、魔法のような能力、斧、果ては銃器に至るまでとりあえず武器になりそうな物はなんでもござれの万国博覧会のような様相を見せているらしい。
なんだかそれはそれで見てみたいと、美樹は思いながら、食堂でコーヒーを一口すすった。
少し休息を取れと、赤城から言われたのだ。
そこには千草も同席している。
医療班も一通りの仕事が終わって、全員今は勤務の交替を行ったらしい。結果、かなり食堂は医療班で溢れかえっている。
そんな千草はアイスカフェオレを飲んでいた。特に、疲れているような仕草を見せるでもなく、普段と同じようにリラックスしている。
「千草、疲れてないの?」
「そりゃ疲れたよぉ。だって天使何体解体したと思ってるのさ? あんだけアザゼルとか言うのが大暴れしたから一苦労だよぉ。しかも傷病兵の手当までやるんだよぉ? 医療班はクタクタだよぉ。医療班の一部部員なんかさっき仮眠室行ったきり全然起きやしないんだよぉ? 美樹のとこだって忙しいでしょ? もーどーしてこーなるかなー」
千草が背もたれに思いっきり寄っかかりながら早口に言った。
なるほど、普段の千草ではあまり考えられない態度だ。やはり疲れているのは事実なのだろう。
なかなか千草はそうした疲れがよく見ないとわかりにくいのが、ある種難点であるように思えた。
「まぁねぇ。そっちから渡された解体資材用いて武器開発もしなきゃいけないし、なかなかにね。それに、私はあのアザゼルの尋問に付き合わされたから、なおさらね。なんでまた私を、支部長は選んだんだか……」
「アザゼルに助けられたから、っていうのもあるんだろうけどさ、ホントなんでなんだろうね?」
「それが分かりゃ苦労はないわ」
また、コーヒーを一口すする。
「それにしても、世界が一日で動く日ってのは、得てして色々と忙しい物、というのは改めて実感したわね」
「確かにねぇ。粛正といい、今日といい、他にも数多の歴史が動いた日ってのは、当人達にとっては長い日だったんだと思うよぉ。まぁ、最近になって突然降ってわいた話ばかりだけどさぁ」
「アザゼルの話だって、何の前触れもなかったからね。にしても、天使の間で何が起きているんだか。もっとも、それで簡単に片付くなら、こうまで私達は苦労してないんでしょうけど」
「そりゃそうだー」
千草がアイスカフェオレを飲み干した後、机に突っ伏して言った。
口にはストローをくわえたままだ。こうなるとしばらくだらけるのはよく知っていた。
というか自分だって寝たいわい。そう言いそうになったが、あえて黙っていた。
すると、また放送があった。
美樹に支部長室に来るように、とのことだった。
多分、赤城がアザゼルに対する個人的な見解を聞きたいのだろう。
「なんか今日は呼び出し多いわね……」
「なんつーのかなぁ。ちゅーもくかぶ? なんか忙しいねぇ美樹は。私はもうちょいダラダラするのら~」
ヒラヒラと千草が手を振った。
「千草、あんたも一緒に来ない?」
「呼び出されたのは美樹でしょ~? 行った方がいいんじゃないの~?」
相変わらず千草はのんびりしている。
一気に、美樹はコーヒーを飲んだ後、立ち上がって千草の首根っこを掴み、そのまま引きずりながら、支部長室まで連れて行くことにした。
「何するのさ~! ダラダラさせて~!」
「やかましい! 私だってダラダラしたいわぁ! 道連れよ、道連れ! 地獄の一等地に案内してやるからね!」
「やだやだやだ~!」
バタバタと千草が暴れているが、無視した。
周囲からやたら注目されたと同時に、引かれてるのはよく分かった。
だからなんだと、半分美樹はヤケになっている感があるのは、自覚している。
だが、散々呼び出しやら何やらで忙しいのだ。少しでも暇な奴を見るとむかつくので、問答無用で連れて行く。
もうそれでいいやと、美樹の中の悪魔が囁いていた。