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第一話『天に裁かれた日』(4)

『観測班五班より通達。天使の数は三十。装備、剣型二〇、槍八、ロッド二。ロッド二は魔法特化と思われる』

「了解した。五班は下がれ。戦闘班四班と八班は規定の配置につくように」

『了解。観測班五班後退します』


 赤城の指示と入れ替わりで、戦闘班が一斉に配置についた。

 雨が降り注いでいるが、その雨音が、自分たちの足音を消している。そうやって隠れるように、戦闘班がそれぞれの規定されたポイントへと向かった。


 美樹はそれを確認してから、観測班の残したカメラ映像を確認する。見る限りでは、相手は天使としては標準の天使だった。

 同時に、その空の一部が、天使で埋まっている。翼を生やした、人類に似た、それでいて人類に明確な敵意を抱く、何か。


 唾を、美樹は飲み込んだ。

 外は、あの日と同じ雨。雨に濡れるのも、いつの間にか慣れてしまった。

 端末を展開し、観測班から渡されたデータを元に、こちらが研究していたデータを、戦闘班へとリンクして送った。


 天使には、一切こちらの通常兵器が効かない。

 確実に倒すには天使の持っている武器、ないしは天使の体内にある骨などでしか、殺すことが出来ない。

 故に、討伐自体が貴重な経験だ。たとえ隊がほぼ全滅に近くても、一体でも天使を討ち取り、そして、死骸を、武器を持ってくる。

 これがGAVに記された鉄の掟でもある。


 自分のハンドガンもそうだ。ハンドガンそのものはありきたりな軍用の代物だが、中に入っている銃弾には、天使の骨を粉末にした素材を入れてある。


 これが分かるには大変な苦労があった。

 なんでもある日戦闘で武器を失った兵士が、ヤケクソじみた徒手空拳で天使から武器を奪って攻撃したら天使が死んだという。

 それが偶然ではないことが証明されるまで、実にGAV結成から一年もの歳月を有した。

 その間に更に人は死んだ。


 そんな人類を護る最後の砦が、GAVだ。

 その思いは、誰もが持っている。


 しかし、敵の数は三〇。人間ならともかく、相手は化け物だ。

 天使にとっては威力偵察のつもりでしかないのだろうが、こちらにとっては十分な脅威である。


 一定の距離に天使が達した瞬間、ビルに仕掛けられた高射砲とミサイル郡が天使へと向かう。

 だが、あくまでこれは天使を散開させるための囮に過ぎない。

 何しろ一部を除けば、天使の素材など入っていない。そんな貴重なものを、派手にばらまくわけにはいかないのだ。


 ロッド持ちの天使二名が前衛に出てくる。

 ロッドの先端に、炎が宿り始めている。予測通り、まずはあの炎で高射砲などを破壊させて混乱させ、その隙に降下した近接部隊で殲滅していくのだろう。

 だが、それを赤城が指示した地点で待機していたスナイパーが、天使の心臓に弾丸を当てて潰した。

 天使が、地面に頭から墜落し、そのまま肉塊となって果てた。


 そう、あくまで本命はこちらの戦闘班だ。

 それを天使は察知したのか、一気に天使が速度を上げた。

 赤城はスナイパーに後退を指示すると同時に、残りの戦闘班を前面に上げた。

 戦闘班は銃撃や砲撃で天使の接近を防ごうと試みるが、天使は方陣を前面に展開しそれを防ぎながらかなりの速度で前進してくる。


 じっくり、そして確実に、こちらに向かっている。

 全員の心音が、高くなっているのを、観測データが告げていた。


「各戦闘班、抜刀!」


 赤城が言うと同時に、天使が方陣を解除し、一斉にこちらを急襲した。

 前衛の戦闘班が盾で防ぎつつ、斬りかかる。心臓を一突きするか、首を落とすか。原始的な戦が、そこにあった。


「何かが妙だぞ……」


 赤城が、ふと呟いた。


「天使の連中、俺らを相手に遊んでますか?」


 副官の言葉に、赤城が頷く。


「奴らの実力を持ってすれば、その気になればうちらなど蹂躙(じゅうりん)できる。だが、うちらの前衛班が崩れない」

「調練したからでは?」

「奴らの表情を見ろ。焦っていないんだ」


 赤城の言葉で、美樹は自分の心音が高まったことを感じた。

 だとすれば、相手に何か別の意図がある。


 そう思った直後、待機させていた別の観測班から通信が入った。


「どうした、七班」

『四時方向より天使出現! 増援と思われます! 数五〇以上!』

「やはりあちらは囮か! 七班は直ちに撤た……」


 赤城が言おうとした瞬間、ノイズが耳に入ってきた。


「七班、どうした、応答しろ!」


 返事は、一向にない。

 やられた。そう思うより他なかった。


「美樹! 七班の設置していたカメラ、出せるか!?」

「了解です!」


 美樹は端末のキーボードの上で指を走らせ、カメラを写しだした。

 剣と槍を持った部隊だ。幸いにしてロッド持ちはいない。

 だが、このままでは二方面作戦になる。


 同時に、見た瞬間に分かった。

 指揮官がいる。金髪の天使だ。身の丈に匹敵するような剣を持った天使。

 だが、何故かそれを見た瞬間に、目から離れなかった。


 何者なのだろう。それが、頭から離れない。

 その天使が、先陣を切ってこちらへ向かってきた。それに、部下が続いている。


 すぐさま、速度を上げる。指揮が、なかなかに整っていた。恐らく精鋭だろう事は、容易に想像が付いた。

 まずいと、直感が告げた。


 赤城が戦闘班の三分の一を、こちらの防衛に戻そうとしたが、それよりも前に、天使は、こちらの陣のすぐ真横に降りてきた。

 こちらが、一斉に銃口を向け、そして、撃った。


 銃声が一斉に鳴り響く。目標はただ一点、敵の指揮官だ。

 美樹も、ハンドガンを構え、敵の指揮官と思われる男に向けて撃った。


 だが、その指揮官は、持っていたロングソードをまるで棒きれでも扱うように高速で動かして、全ての弾丸を、切り払った。


「な……に……?!」


 背筋が、凍った。

 あの指揮官の天使は、今まで戦ってきた天使の比ではない。

 一発たりとも銃弾が当たることなく、それを全て見切り、あろうことか目の前で切り払えるような、化け物だ。


 死の予感が、美樹を支配した。

 思わず、身体が硬直していた。


 指揮官の部下の天使達がゆっくりと近づいてくる。

 トリガーを引く。


 弾が、もうなかった。マガジンリリースボタンを押す手も、震えていた。

 天使が、目の前に来ていた。


 死ぬ。死ぬの? 私は、こんなところで? せめて、せめて、殺される前に、いっそ、自分で死ぬか。


 そう思っても、脚がすくんで、尻餅をつく。

 口が震えている。声が、出ない。

 味方の声が聞こえない。


 どうする。どうする。どうする。


「天に背く者に、断罪を」


 天使がそう言った直後、別の声がした。


『時が来た』


 確かに、声がした。

 何処からの声かは、分からない。

 目の前の天使が、剣を振りかぶる。


 だが、その瞬間だった。

 風が吹いた。

 自分の周りに、吹いた風。


 目の前の天使の動きが、止まっていた。

 自分を殺そうとしていた天使の腹に、剣が突き刺さっていた。

 しかもその剣は、敵の指揮官が持っていた、ロングソード。

 そしてその剣は、何の迷いもなく、そのまま、天使を上下に分った。音を立てて、分かたれた天使が倒れた瞬間、戦場がしんと静まり返り、その指揮官の天使の姿が見えた。


 金髪の天使は、不思議なほどに美しく思えた。思わず、美樹は呆然と、見惚れてしまっていた。

 だが、敵だったはずの天使が、何故自分を守るような行動をしたのか、それがまるで分からない。


 瞬間に、金髪の天使の顔が苦痛に歪む。

 だが、細々と口を動かしていた。


「……我は、天に、背く……堕天こそ、罪……。されど、我、罪を犯す者と、なることを、欲す……」


 はっきりと聞こえる声になった瞬間、金髪の天使の肩甲骨から大量の血が吹き荒れ、天使特有の羽がその場にそげ落ちた。

 そして、頭の輪が、黒く染まっていく。


 痛いのだろうか。そんなことを感じた。苦痛に、顔がゆがんでいるように見えたからだ。

 輪が黒く染まりきると、明らかに他の天使達に、動揺が広がった。

 そして、その天使は、自分を護るように、自分に血だらけの背中を向け、剣を構えた。


 雨が、止んだ。

 日の光が、急に出てきた。

 それはまるで、後光のようだった。


「あなたは……いったい……?」


 思わず、尋ねていた。

 男が、こちらに顔を向ける。

 敵意は、全く感じなかった。


「アザゼル、そう呼ばれている」


 低い声で、金髪の天使-アザゼルは言った。

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