第一話『天に裁かれた日』(3)
研究室は、何度来ても思うが、昔のSFのような佇まいをしている。
そこかしこに広がるコンピューターにありとあらゆる観測装置、果ては倒すことが出来た天使の標本から細胞などの組織に至るまで、ありとあらゆる物がそこに陳列されている。
その場に足を運ぶと、やはり美樹は気合いが入る。
もっとも、自分にとっては、少し残念に思う箇所もある。
この研究室の一角で、カバーを被って端っこに追いやられている大きな物に対してだ。
『機械バネ』。そう名付けた、美樹の提案した対天使用装備。
もっとも、誰も扱えないという理由で片隅に追いやられてしまっているため、どうも残念に思えてならない。
あれさえ使えれば、もう少し天使の殲滅、楽になると思うのに。そう思っても、使える者がいないのではどうしようもなかった。
しかし、それにしたって入ってきて早々に、研究室がざわついているからなんであろうと思ってしまう。
「結局なんだ、これは?」
よく聞く、低い声がする。
見てみると、研究班班長から、なにやら報告を受けている人物がいた。
顔に傷がある、大柄の男。GAVの制服の上に、ダークブラウンのジャケットを羽織っている。
そんな男はGAV極東地区関東支部支部長の赤城豊ただ一人だ。
赤城は壮年の域に達しているが、それでも戦闘能力は衰えることがないどころか年々増しているし、頭のさえも相変わらずだった。
それに、自分達少年兵にとっては、育ての親でもあった。いわば第二の父である。
そんな男が、なにやら怪訝な表情で、ファイルを見入っていた。
「どうしました?」
「ああ、美樹か。お前、この写真を見てどう思う?」
赤城は自分より頭二つは大きい。その大男が、少し背中を曲げて、自分にファイルを渡した。
思わず、ファイルを見て自分も眼を細めた。
夜空の中に、極太の光が斜めに走っている写真データだった。粛正の時の明るさに似ているが、しかし違和感を覚えるのは、その光が空中にあり、それも地上ではなく真上に伸びているということだ。
「これは?」
「グリニッジ標準時で四時間前、アメリカの北部で観測された写真だ。うちのアメリカ地区の支部が、偵察に出ていた際に見つけたらしい」
ふむ、と唸ってから、渡されたファイルの写真をズームする。
思わず、ハッとした。
「これ、天使が天使に撃ってます」
一斉に、自分に目が注がれた。
「仲間割れ、とでもいうのか?」
赤城の声と同時に、すぐさま自分の机に大急ぎで座ってキーボードを叩く。
保管されたファイルにアクセスすると同時に、メインモニターにその画像を写した。
そして、その光の最も地上に近い場所をズームする。
誰もが、呆然とした。
「これは……なんだ?!」
そう赤城が言葉を発するのも道理だ。
そこには確かに、天使がいるのだ。
よく見るとその天使は、手をかざしているのが分かった。
その手の先には紋様が見える。どう見ても天使だ。
だが、決定的に他の天使と違うことがある。
羽が、ない。
「これ、映像データないですか?」
「今アメリカに掛け合っているが、あちらも混乱している。まだ渡されるには時間がかかるぞ」
「そこを班長や支部長の力でなんとかなりませんか?」
「なんとかなれば苦労はないんだよ、美樹」
二人して、ため息を吐きながら言った。
「急ぎすぎだ。確かに事態は急を要するかも知れないが、焦っては結果が出る物も出ないぞ」
「俺も班長に同意だな。美樹、君は昔から急ぎすぎる。少し悠然と構えていろ。部下を持つようになったら、そんなことも言ってられんぞ」
「はい、すみません……」
どうも千草の言っていることは本当らしい。
確かに急ぎすぎているのだろうと、美樹は感じた。
赤城や班長の言う事はもっともだ。実際、二人ともどっしりと構えている。長とはそういうものだと、理解出来ているのだ。
自分ははやる気持ちが多すぎる。確かにそれだと、班長の言う通り、結果が出る物も出ないだろう。
「ま、はやる気持ちも分からないではない。美樹、君は先程、天使が天使を撃っていると言ったな。何故そう思った?」
赤城からそう言われて、はっと我に返った。
少し、優しい声だった。
ならばと、美樹は気合いを入れ直し、キーボードを叩く。
「この光の中をご覧ください。光の端の方なのですが、天使の羽が見えるんです。あと、更によく見ると、天使の持っている武器の欠片も、光から離れた箇所で見えます。ズームしてみましょう」
またキーボードを走らせて、写真データの当該箇所を拡大した。
何度か、画像補正を掛けた。ノイズが、やはり乗っている。暗所の写真だから、仕方がないと言えた。
だが、そのノイズ越しでも分かる。普通の天使が持っている剣先だった。
「確かに、天使が天使を撃っているな……。しかし、これだけの規模の光を単独で放てる天使はそういないぞ」
「脅威ですね、これは」
班長の、つばを飲む声が聞こえた。
天使は敵なのだ。たとえ同士討ちがあったとしても、こちらに味方をしてくれるとは思えない。
だが、だとすればこの現象はなんだというのだ。
頭に仮説が浮かんでは消えていく。
「しかし、私として気になるのは、この光を放っている天使です。羽がない天使なんて、今まで確認されていました?」
「いや、少なくとも我々の方では何も話は出ていないし、報告例も挙がっていない」
「だとすると、新種ですか?」
「そうかもしれんが、もう一つの可能性もあるぞ。進化したという可能性がな」
「それだと厄介ですね……」
そう呟いた直後、警報が鳴り響いた。
『観測班より報告。天使三〇体、こちらへ進軍中』
「ち、おいでなすったか。研究班二班は地上班のサポートを観測班と続けてくれ。三班は地上で天使の研究を行いつつ前線サポートだ」
赤城はそう言うとヘッドセットを付けてすぐさま部屋を出た。
また陣頭指揮を執るのだろう。こういう男だと言う事はよく知っている。
そして、三班とは自分の所属する班だ。
天使を倒すために常に研究する。それが研究班である故に、天使が直接来る時は研究や資料収集の機会が多くなる。
だからこうして実働として出る時があるのだ。
さて、忙しくなる。
そう思うと同時に、美樹もまたヘッドセットを付け、同時に、制服のホルダーにしまっていたハンドガンを取りだして、マガジンが入っているかを確認した。
出来れば使わずに済むように。
それだけ思ってから、再度ホルダーにしまい込み、ウェアラブル端末を片手に、部屋を出た。