第一話『天に裁かれた日』(1)
あの日のことはよく覚えている。
あれは、少し暗い夜の日だった。天気は、曇りだった気がする。
その日も学校の宿題を終え、塾の宿題も終わり、ちょうど寝ようとしていた時だった。
突如、空が急に明るくなった。
何かヘリでも来たのだろうかと思って、カーテンを開けると、信じられない光景が広がっていた。
空が、昼のように明るくなっていた。
その明るい空の真ん中には、何か漫画とかで見たような魔法陣のような紋様が浮かび上がっていた。
何かの宣伝だろうか、それとも夢でも見ているのだろうか。最初はそう思ったが、何故か、少女はその空を禍々しく感じていた。
思わず部屋から出て、両親と共にその空を見た。
両親は少女の肩を触れ、少し震える美樹を支えていた。
この地域だけの現象なのかと最初は思っていたが、テレビもSNSも、片っ端からこの話題一色になった。
更には日本のみならず世界中で同じ事が起きていると、テレビが言ったのでいよいよ何かおかしなことが起きつつあると、現実に引き戻される感じがした。
そして、その紋様が空に出現して数分が経った頃、その紋様から突如、声がした。
「行き過ぎた人類よ。貴様らのいる『人間界』は『魔界』と成りはてた。人類、いや、『悪魔』よ。我々『天使』が貴様らを再び管理するために、断罪する」
その言葉と同時に紋様が光り輝き、無数の光の矢が降り注いだ。
その光の矢は巨大で、周囲にあった建物をものの見事に圧潰させた程だった。
ビルや家屋の崩れ去る轟音が、嫌でも耳に入ってきた。
そのたびに聞こえるのは、人の悲鳴。
それを見て、これは演出でも夢でもないと、本当に実感した。
何かの演出かと疑っていた人達は、最期までそう思っていたのかは分からない。だが、光の矢で貫かれ血を吐き出しながら死んでいく人々の絶叫と悲鳴で、SNSとテレビは埋め尽くされた。
それがある程度済んでから、今度は光から妙な物が出て来た。
猛禽類の羽を生やした、人に似た姿をした存在だった。
本当に神話に出てくる天使そのものだった。
ただ、イメージと違っていたのは、その天使達は皆屈強で、しかも手には武器を携えていた。
その天使と名乗ったそれは、急速に地上へと降下するやいなや、その手に持っていた剣で、斧で、槍で、悉く人類を駆逐し始めた。
「逃げるぞ!」
両親が言ったのですぐさま、少女は両親と共に着の身着のままで家から逃げた。
だが、何処に逃げればいいのか分からなかった。
見知った顔は、逃げている最中にどんどん目の前で死んでいった。
首を切られ、胴体を寸断され、或いは魔法のような不思議な力で焼かれる。
そんな光景を見続けて高台まで非難すると、そこには燃え広がった、自分達の住んでいた街があった。
これが絶望というのだと、子供心に感じることが出来た。
高台では、街の様子を見て泣いている大人も数多いた。
逃げ切れたのだろうか。そういう安堵も襲ってきているのだろうと、何処かで感じた。
直後、風。後ろからだ。
その瞬間、後方から悲鳴が上がった。
天使の群れが、後ろから一斉に殺到していた。
全員で逃げ惑ったが、一人、また一人と斬られていく。
「危ない!」
そう言われた直後、父が背中から斬られた。
「……に、逃げろ……」
そう言ってから、血だらけになった父は動かなくなった。
母は、それを見て涙を流しながらも、必死に少女の手を引っ張って、走り回って逃げた。
どれだけ逃げたかは分からない。
だが、いつの頃からだろう。母に引っ張られていたはずの自分が、いつの間にか母を引っ張っていたのは。
母の腕だけを、自分は持っていた。
そして自分は、いつの間にか返り血で真っ赤に染まっている。
それを見た瞬間に、朝になったと、その時初めて気付いた。
天使達はいない。光る紋様もない。
ただ、雨が降ってきた。
アスファルトから上がってくる臭いに、血の臭いが漂ってきた。
周囲は瓦礫と死体の山となり、自分が住んでいた街並みの様子は一変していた。
何が起こった。
何がどうしてこうなった。
何故。何故。
問いを出しても、誰も答える者はいない。
叫んでいた。
世界中で同様の事象が発生したということが分かったのは、二日経って保護されてからだった。
世界中で、天使と呼ばれる存在によって人類は蹂躙された。すぐさま各国の軍隊が出たが、天使達はそれすらも破壊し尽くした。
戦車は不思議な力で上から押しつけられて潰れ、戦闘機は空を飛ぶ天使の持つ武器によって斬られ、軍艦は光の矢を何発も浴びて轟沈した。
悪魔と呼ばれることになった人類は、一方的な虐殺の果てに、僅か二時間足らずで七五%が死滅したと聞いた。
生き残った人類は、何故生き残ったのかも分からなかった。天使達の気まぐれだったのか、それとも天使によって選ばれたのかは分からない。
自分はどうして生き残っている。
どうして両親は死んだ。
どうして日常は崩れた。
脳裏に浮かんでは消える疑問に、答える者もいない。
ただ、一つだけ確かに、答えの出た物があった。
「天使は、必ず私が殺す。殺してやる。絶対に、一人残らず、殺してやる」
生まれて初めて、殺意を少女は覚えた。
人はこの事件を、『粛正』と呼んだ。
それから、七年の月日が流れた。