5 「鍛冶ギルド」
めざめると、優雅な朝があった。
「あ……ここ城じゃん」
そうだおれ、王国に来たんだった。
しばらくすると、部屋に人間がやってきた。
臣下だと思う。
上質な布地の衣服を手渡し、今日の予定を伝えてくれた。
もらった衣服の上から私物の革エプロンを着て、手袋をはめる。
「やっぱ、この服装が一番落ち着くぜ」
今日の予定は《鍛冶ギルド》の訪問。
王宮の依頼を受ける鍛冶師の組合が、おれの聖剣制作に手を貸してくれるらしい。
そのギルド案内人があとで迎えにきてくれるそうだ。
おれはそれまで王宮を探検することにした。
石造りの廊下を渡り、まじまじと城を見る。
「異世界に来たみたいだぜぇ! 気分上がるなぁ!!!」
中庭に出るとなにやら声が聞こえた。
人影だ。だれかいる。
「ん?」
確かに人影だったけど……。
そこにいたのは、上半身が人間の女で下半身が馬。
そんな不思議なやつだった。
「あんなやつ、見たことねぇな」
彼女(でいいのか……)は、なにやらブツブツとつぶやきながら王宮をキョロキョロと見回している。
道に迷っているっぽい。
やがて彼女と目が合った。
ジロジロ見るのもなぁ……と思ったが、気になるからしょうがねぇや!
彼女はペコリとお辞儀すると、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
パカラッ、パカラッっと。
「おはようございます〜。良い朝ですね。あなた、ケンタウロスは初めてですか〜?」
大陸語だ。割と気さくに話しかけられた。
「あぁ、しらねぇ」と返事をする。
彼女の上半身はおれと同い年くらいに見える。
彼女はブラウンの髪を三つ編みにしてふたつのおさげにしていた。
こういうひげのドワーフもいたなぁ……..。
翡翠の瞳はパッチリとしている。
皮のベスト。それに、肩掛けバックには荷物がたっぷりと詰まっているようだ。
「やっぱり。ケンタウロスの女性はですね〜ケンタウレと言います」
彼女はにっこりと笑う。
なんだかマイペースなやつだな。
「でもそっか〜。私が初めてなら他のケンタウロスの場所は知らないよね……」
彼女はシュンとした。
尻尾がガッカリしている。
「あんた迷子?」
彼女は少し顔を赤らめると、うんうんと数回うなずく。
なんだか放っておけない雰囲気があるなぁ。
そう思いながら空を見上げた。
いい天気だぁ〜。
いい天気の時はいい事したくなるよなぁ……。
よし決めた。
「なら一緒に探すぜ? あんたみたいにわかりやすい特徴があるなら、すぐ見つかるだろ」
そう言うと彼女の表情がパァーッと明るくなった。
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彼女の仲間はすぐに見つかった。
本当にあっさりと見つかった。
一緒に歩いてわかったことだけど、このケンタウレは超がつくほどの《方向音痴》だった。
王宮自体が広いから迷うのはわかる。
それにしたって左右を間違えすぎだぜ、お嬢ちゃん……。
彼女の持っている情報を元に探したところ、すぐケンタウロス一行に遭遇できた。
おどろいたのは他のケンタウロスはだれも大陸語を喋らないことだ。
《ウラ、ウァ》というような音が多い、聞いたことのない言語を発している。
ケンタウロス語ってやつかな。
つまり、このケンタウレは言語の違うこの国とケンタウロスの通訳をしているんだ。
すげぇー。
彼女は仲間と合流するとケンタウロス語でなにか話したあと、こちらに向き直った。
「ありがとうございます〜助かりましたぁ!」
彼女は大陸語で言った。
器用だなぁ。これがこいつの《武器》ってことか。
「自己紹介が遅れました〜私の名前はトネリコと言います。家族と一緒に手紙や伝言、物も運んでいます〜。ケンタウロスは強くて足が速いので盗賊にも狙われにくく安全に物を運べるんですよ〜」
「へえ、そういう仕事があるのかぁ〜。って……めちゃくちゃ方向感覚必要な仕事じゃねぇかぁっ!!!」
「お恥ずかしい限りです〜」と、彼女は頬を掻いた。
「オレは鍛冶師のカジバ。よろしくなぁ!」
「カジバさんですね〜。手紙を出すなら是非私に。それでは、いい1日を〜!」
そう言ってトネリコは仲間と去っていった。
〈ケンタウレの少女〉
世界にはいろんな種族がいるんだなぁ……と思った――
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「カジバさ〜ん!」
遠くからだれかに呼びかけられた。
声の主を探すと、皮のエプロンを着た長身の男を見つけた。
アレが〈ギルド案内人〉か?
「初めまして、俺は鍛冶ギルド長のニコラス。君のことは昨日、大広間で見させてもらったよ」
男が爽やかに言う。
「そっか、おれは鍛冶師のカジバ!」
と、彼と握手を交わす。
たしかに、昨日大広間で見た顔だ。
ブロンドの短髪。色素の薄い肌にはそばかすがある。
「これからギルドの工房に行って仲間を紹介するよ。すぐ近くだから」
ニコラスに連れられて王宮を出る。
王宮前には市場があり、商人の元気な声が聞こえた。
露店が並び、客が集まっている。
「ニコラス! これ食いなっ」
どこかから果物が投げられた。
ニコラスはそれをキャッチすると、にこやかな笑顔を見せてお礼を言った。
「そっちの坊主も、ほらよっ」
こちらにも果物が飛んできた。
なんとかそれをキャッチする。
「お、オレ、金払わねぇぞ!」
「ははっ坊主! お前にくれてやるって言ってんだ」
「まじかよ……王国ってすげ〜」
市場を抜けてすぐの所に大きな工房が見えた。
本当に王宮の近くだった。
「ここがギルドの工房。工房だけどここで鍛治仕事はしない。事務所みたいなものだ。鍛冶師達の仕事場は街からもっと離れた小川の近くにあるからね」
「なるほどな〜」
ニコラスの説明を聞き、深くうなずく。
工房に入ると《太陽と剣》が描かれた大きな旗が掲げられており、ふたりの職人が立っていた。
ひとりは立派なひげを蓄えた大男。
ひとりは背が低く、気だるそうな青年。
どちらも、年季の入った皮のエプロンと手袋を着けている。
「〈鍛冶ギルド〉へようこそ! 歓迎するよ」
と、ニコラスが両手を広げた。
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
■ケンタウロス
ギリシア神話に登場する半人半獣。頭と上半身が人間で、下半身が馬の種族だよ。
本作では男がケンタウロス、女がケンタウレとしているよ。
またみてね!