3 「はじめての錬成」
おれたちはいくつもの峠を越え、荒野を走った。
途中で小さな村に寄り、必要なものを一通り買い揃えた。
ミスリルには服を用意した。
さらに、顔はフードで隠した。
「ミスリルは今、人に擬態している。完璧にね。奴らに魔力を感知されることはないが、顔は割れているから気をつけて」と、エレオノーラ。
「ああ、わかったぜ」
っとおれはうなづいた。
エレオノーラは《半エルフ》だそうだ。
人間とエルフの血が流れている。
よく見たら、彼女の耳は少し尖っていた。
彼女は歴戦の戦士だった。
〈勇者ハルマ〉の仲間として、100年前、岩石王と戦ったらしい。
つまり彼女は100歳をこえている。
ドワーフのみんなも200・300歳がザラだから、流石におどろかなかったけど。
道中、エレオノーラが世界史を教えてくれた。
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ずっと昔、この大陸で、光と闇の戦いがあった――
光の勢力は、天空からやってきた、翼の民やエルフ。
闇の勢力は、地底からやってきた、巨人族やゴブリン。
長く続いた光と闇の対立は、徐々に均衡を保ち初め、戦争は終わりに近づいた。
しかし。
〈岩石王〉の登場で、その均衡は大きく崩れた。
岩石王の生み出した《動く石像の軍隊》よって、光の勢力は衰退。
闇の勢力は岩石王の傘下に入った。
岩石王の強さは圧倒的だった。
奴が生み出す魔鉱石は、あらゆる鉱石より硬く、光の騎士の鎧を容易く砕いた。
だが、勇者ハルマはその魔鉱石を武器に変え、敵のデタラメな力を利用した。
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赤々と燃えている焚き火の前で話すエレオノーラの表情は、どこかなつかしそうだった。
「この斧槍は魔鉱石で作られている。名前は〈リサナウト〉。だから私は奴らに傷をつけられる」
そう彼女が言った。
なるほどな。
だから、おれの長剣は職人殺しに簡単に折られたのか。
魔鉱石で作ったものじゃなかったから……。
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翌日。
澄んだ小川で身体を拭いていると、川岸でミスリルがうずくまっているのが目に入った。
「……?」
心配になり、彼女の方へかけ寄る。
エレオノーラは今、周囲の見回りに出ている。
おれがなんとかしないと。
華奢なミスリルの背中。
バリ……ゴリ……という変な音。
こいつ何か食ってんのか?
肩に触れると、彼女が振り返った。
「なっ、お前!」
ミスリルは、おれが集めていた魔鉱石を、まるで木の実でも食うように軽快に噛み砕いていた。
「ちょ、おおいっ! 腹壊すって!」
急いで彼女の口を開く。
くそっ、飲み込んだ後か。
おれは、魔鉱石を入れていた巾着に目をうつす。
「ダメだ、1個も残ってねぇ」
再びミスリルを見る。
彼女はカッと目を見開き、両手をブルブルと振るわせた。
呼応するように周囲の木々が揺れ、砂利が振動する。
「な、なんだぁ?」
「この魔力……彼女に何があった!?」
エレオノーラが息を切らせて戻ってきた。
「こ、こいつが、魔鉱石を食って……!」
「なっ、取り込んだのか。迂闊だった……」
エレオノーラが自身の額を叩く。
「彼女の魔力が辺りに漏れた。奴らも気づいたはず……」
「まさか」と、上空を見渡すと、少し離れたところを飛ぶ《巨大な黒い鷲》が目に入る。
最悪だ!
「木陰だ! 急げ!」
エレオノーラが言う。
ミスリルの腕をつかみ、木陰に走った。
エレオノーラがを彼女を馬に乗せる。
おれも同じ馬に乗るように言われた。
「その子にフードを被せて早く行け! 背後から護衛する!」
おれはミスリルを抱え、全速力で馬を走らせた。
背後にはエレオノーラの乗る馬、その奥に大鷲の姿をした職人殺しが迫る。
エレオノーラがなにか口を動かしている。
呪文を唱えているようだ。
彼女が呪文を唱え終わると、「ビュウ」という風音が聞こえて、職人殺しの動きが鈍くなったのがわかった。
エレオノーラの背後に強風が吹き荒れ、職人殺しに向かっている。
〈風の魔術〉だ。
職人殺しは強い向かい風によって、ほとんど前に進めない。
おかげで、だいぶ距離を離す事ができた。
職人殺しはクチバシを開くと、大きな奇声をあげた。
「逃げきれんのか!?」
「もうすぐ光の平原だ、そこまでは奴らも追ってこれない。このまま逃げ切るぞ!」
と、エレオノーラ。
職人殺しは大きく翼をはためかせると、こちらに向かって、複数の羽を矢のように飛ばした。
エレオノーラが咄嗟におれたちをかばう。
彼女は斧槍を振り回して、襲ってくる複数の羽を一気に弾いた後、バランスを崩して落馬した。
いや違う。
矢のように飛ぶ大きな黒い羽が1枚、エレオノーラの左肩に突き刺さっている。
弾ききれなかったんだ。
「あぁっ……!」
手綱を引き、馬の進行をとめる。
「バカ、逃げろ!」
地面に倒れたエレオノーラがこちらに向かって叫ぶ。
そう言うよな……。
でもヤダね!
「親切は倍にして返すもんだ」ってのが、ドワーフの教えだ。
エレオノーラはおいていかない!
「ここでテメェを倒す!」
馬を降り、職人殺しとエレオノーラの間に入る。
手元にあるのは、先が割れた形見の金槌だけ。
恐怖で指先が震える。
無茶なのはわかってる。
でも……やるしかねぇ!!!
その時。
右手にひんやりとした感触があった。
振り返ると、馬から降りたミスリルがおれの手を握っている。
「なっ、おまえ……!」
その手を握り返すと、ミスリルの中から強大な力を感じた。
稲妻が全身を迸るような感覚。
今なら、思い描いた全てが実現できるような気がした。
《武器が必要だ》
そう思った――
武器だ。
あいつを倒す、強い武器……。
みんなを守る強い武器。
イメージしろっ!!!!!!
その瞬間、ミスリルが光り輝いた。
握り合う手から大きく火花が散る。
熱くない。
ただ、膨大な力がおれとミスリルの間を流れていくのがわかった。
目の前にいる人型の光が変形し、手元に立派な《長剣》が現れる。
ミスリルが……剣に変わった?
しかもこれ、おれの自信作〈レヴェル〉じゃないか?
一度折れた剣……。
「……今度は折られねぇ。《リベンジ》だ」
長剣に目を向けた職人殺しが、今までにない大きさの奇声をあげる。
長剣を強く握ると、力が湧き上がるのを感じた。
「こいつぁ……強いぜぇ」
職人殺しがこちらに照準を合わせ、一気に飛び込んでくる。
おれは強く踏み込み、やつに向かって長剣を振り下ろす。
白銀に光り輝く刃が、職人殺しの右顔を一気に切り裂いた。
放たれる悲痛の叫び。
これならいける!!!
「もう一発!!!」と長剣を振り上げた瞬間、職人殺しが空高く羽ばたいた。
「逃がすかよ……!」
再び長剣を構え直そうとするが、全身の力が抜けて一気に膝をついてしまった。
は? なんだ?
力が……。
はやく、あいつにトドメを……。
くそっ!
ダメだ……力が入らねぇ。
長剣に体力を吸われているみたいだ。
「くっそぉ」
どれだけ良い武器が作れても、その武器を使いこなす《使い手》がいないと意味がねぇ……。
顔を上げると、こちらに襲い掛かる職人殺しの爪が見えた。
まずい、やられる!
その時、目の前に人影が現れた。
エレオノーラだ!
彼女が斧槍で職人殺しの爪を防いでいる。
「よくやった、カジバ!」
エレオノーラが斧槍を持ち上げ、職人殺しの爪を弾く。
職人殺しはこちらと距離を取ると、全身を震わせて大きく膨張しはじめた。
あのやろう……また姿を変える気か!
「……っ! させるか!」
エレオノーラが斧槍を力強く振る。
放たれた斬撃が大きな竜巻へと変わり、そのまま職人殺しに襲いかかった。
大地を抉るほどの威力。風に吸い上げられて渦巻く土と石。
エレオノーラは竜巻に向かって呪文を唱え始めた。
その呪文によって竜巻は一段と力を増し、職人殺しを巻き込んでいく。
職人殺しの膨張がとまった。
やつは大鷲の姿に戻ると、大竜巻からなんとか逃れ、そのまま遠くの空へと逃げていく。
なんとか撃退したようだ。
大竜巻はだんだん小さくなり、そのまま消えた。
職人殺しの姿はもう見えない。
エレオノーラは左肩を押さえ、一気に膝をついた。
「ま……て、職人殺しぃ……」
おれは立ちあがろうとしたが、足に力が入らずその場にたおれこんだ。
視界がぼやける。
手に持っていた長剣が少女の姿に戻るのが見えた。
ミスリルがこちらに顔を寄せる。
「……カジバ?」
ん?
今、ミスリルしゃべった?
ん?
んん……?
おれの意識はそこで途絶えた――
---
目覚めると馬上だった。
おれは今、エレオノーラの懐に収まっている。
「あったけぇ……」
だらしない声が出た。
「目が覚めたか」
と、エレオノーラがこちらをのぞいた。
ぐちゃぐちゃになった記憶を探り、なにがあったかを思い出す。
「職人殺しと戦って……。そうだ、あんた怪我大丈夫かよっ」
エレオノーラの肩を見ようと首をひねる。
「こら、あまり動くなっ」
エレオノーラはおれをつかむと「大丈夫だよ」と笑った。
「よかった……あ、ミスリルは?」
エレオノーラは手綱を持ったまま「左手を見ろ」とあごで示した。
左手には、馬に乗るミスリルがいた。
「馬ぁ、乗ってんな……」
すまし顔で姿勢良く乗馬する姿は、なぜか笑えた。
なんだよあれ、様になりすぎだろ……。
ひとしきり笑うと、ミスリルが不思議そうにこちらを見た。
「カジバ。声。でかい」
鈴のように澄んだ高い声。
しゃべった。
やっぱこいつしゃべった……。
「エレオノーラ、これは?」
「ノーラでいい」と彼女がほほえむ。
「見ての通り、喋るようになったんだ。錬成魔術の影響かな」
モ……?
なんじゃそりゃ。
「ノーラ。おれ、あいつを剣に……」
「そうだ、私は君に助けられた。本当にありがとう」
ノーラが頭を下げる。
「えぇ……!? いやぁ」
「君もだ、感謝する」
彼女はミスリルにもそう声をかけた。
ミスリルはこちらを見ると、少し首をかしげた。
「おれぇ、何がなんだか……」
そう言って右手を見る。
指を動かすとズギズギと痛んだ。
「その件については王宮で話すことにしようか」
ノーラはそう言うと前方に向き直った。
つられてそちらを見る。
少し先に大きな城壁が広がっていた。
戦鎚を持った騎馬隊がこちらに向かってくるのも見える。
え?
「止まれ!!! 何者だ!!! どこから来た?」
おいおい、一瞬で騎馬隊に囲まれちまったぞ。
騎馬隊はみんな、人間のようだ。
「黙っているとためにならんぞ!!!」
ノーラがフードをとると、騎馬隊たちがざわついた。
「私はエルフの森のエレオノーラ! そちらの国では〈守護者〉と呼ばれている」
彼女がそう言うと、騎馬隊の隊長らしき人物が前に出た。
「私は光の騎士団隊長、バレンタインと申します。まさかエレオノーラ様だとは気付かず、無礼をお許し頂きたい」
ノーラは「構わないよ」というように手を上げた。
かっけぇじゃん……。
ノーラは成り行きを手短に説明した。
説明が終わると騎馬隊はおれたちを囲うのをやめた。
「エレオノーラ様であれば問題ないと思いますが、念の為に城門で私の名前をお出しください」
と、バレンタイン。
「城門は日中開いておりますが、落とし格子がしてあります。もうじき外へ出ている農夫が戻ってくるので、格子が上がります。彼らと一緒にお入り下さい。それでは我々は見張りを続けます」
そう言って光の騎士団は去っていった。
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城門の前に到着する。
巨大な石の城壁が街を囲んでおり、上を見上げると物見やぐらに配備された兵士たちが見えた。
近くの兵士にノーラとバレンタインの名を伝え、おれたちは農夫たちと共に町へ入った――
「ようこそバルドール王国の首都、〈ゴルドシュミット〉へ」
ノーラが言った。
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
■斧槍
北欧の万能武器。長い柄の先端が鋭利な刃物になっており、先端の左右には斧頭と尖ったスパイクがついているよ。
■エルフ
北欧の伝承に登場する人間に似た妖精。耳が尖っているのが特徴で美形が多く、長寿だよ。
■ゴブリン
ヨーロッパの伝承に登場する妖精。醜悪な外見で邪悪だよ。
またみてね!