38 「ドワーフの里」
ドワーフの里へ向かう前に、おれたちはもう一か所だけ寄り道をした。
ホッドミーミルの森の奥。
木々と茂みに隠れるようにして、その洞窟は残っていた。
「ここだ」
入り口を覆う草木をかき分ける。
おれの父ちゃんが使っていた仕事場。
そして、父ちゃんと母ちゃんを失ったあと、おれが半年間、ひとりで引きこもっていた鍛冶場だ。
周囲の地面をざっと確認する。
ゴブリンの足跡も、動く石像が歩いた跡もない。
さっきまでいた発掘場所は荒らされていたのに、こっちまでは来ていないらしい。
「みんな、こっちだぜ」
うしろの仲間たちを呼び、おれは茂みの向こうへ身体を滑り込ませた。
暗い洞窟を少し進む。
そして、奥にある鍛冶場へ足を踏み入れた。
「……戻ってきたよ、父ちゃん」
だれに聞かせるでもなく、声が出た。
もちろん、返事はない。
なかへ入った瞬間、身体の奥から昔の感覚が一気に蘇った。
炉の熱。
焼けた鉄の匂い。
金槌を振るったとき、腕へ返ってくる重さ。
それから――父ちゃんの匂い。
「……」
鍛冶場は、ほとんど昔のままだった。
まるで、この場所だけ時間が止まっているみたいだ。
うしろから入ってきたリルが、あたりを見まわした。
「ここが……カジバの家?」
「家っていうか……まあ、半年くらいは住んでたな」
部屋の中央には、がっしりした木の机がある。
その上には、薬草と木の実をすりつぶした"スープもどき"の跡があった。
ここで食った最後の飯だ。
(……クソ不味かったなぁ)
だけど、あのときは、なにか食わないと死んじまう状態だった。
死ぬのは嫌だったから、おれは洞窟を出た。
そしてドワーフに拾われた……。
「カジバは……ここで、ひとりで生きてたんだね」
リルが、机の上の器を見る。
「ああ」
なんだか急に恥ずかしくなって、頭を掻いた。
「まあ……見ての通り、いろいろボロいけどな」
床には鍛冶道具が散らかっている。
ここは、おれの気持ちが落ち込んでた時期の住処。
そのせいか、いろいろなものがごちゃついている。
あのころのおれの頭のなかと一緒だ。
いまさらリルに見られると……なんか恥ずかしい。
「いい武器が揃っているな」
ハルジオンが壁際へ歩いていく。
「かなりの数だ」
壁には、何本もの武器が並んでいる。
戦鎚。
斧。
弓。
槍。
そして、一番多いのが長剣。
父ちゃんがつくったものと――おれがまねしてつくったものだ。
ここにあるのが全部じゃない。
ホッドミーミルの森のあちこちに仕掛けた武器まで数えれば、もっとある。
職人殺しをたおすため、来る日も来る日も武器をつくった。
(……よくやったよなぁ、おれ)
自分の手を見る。
皮膚は厚くなり、指には細かい傷がいくつも残っている。
その傷のほとんどをここでつくった。
昔は、この傷を見るたびに未熟さを感じていた。
でも、いまは少しだけちがう。
この傷があったから、レヴェルをつくれた。聖宝器もつくれた。
リルと一緒に、ここまで来られた。
(……無駄じゃなかったんだな)
* * *
しばらく鍛冶場を見てまわり、
「そろそろ行くか」
そう話していたときだった。
「――だれだ!」
突然、ハルジオンが短剣を抜いた。
「え?」
全員が振り返る。
ハルジオンは洞窟の入り口を睨んでいた。
「ハルジオン?」
ヘイミルが声をかける。
返事はない。
つぎの瞬間、ハルジオンは地面を蹴り、ひとりで外へ飛び出した。
「お、おい!」
おれたちは顔を見合わせ、そのあとを追った。
外へ出た瞬間。
「……っ」
少し離れた場所に、ハルジオンがいた。
片手で、右眼を押さえている。
「ハルジオン!」
駆け寄ろうとした、そのとき。
ハルジオンが顔を上げた。
見ているのは、おれじゃない。
おれの――頭上。
「カジバ、伏せろ!」
「はぁ?」
上を見上げる。
木の枝。葉の奥。
そこに、三匹のゴブリンがいた。
「なっ――!」
ゴブリンたちが枝を蹴る。
三方向から、一斉におれへ飛びかかってきた。
(まずい! 間に合わねぇ!)
そう思った瞬間、風が横を抜けた。
「理論武装、五式!」
ハルジオンが一度の跳躍で、おれの頭上まで飛び上がっている。
「速ぇ……!」
以前よりも、明らかに。
(気の魔力か!)
空中でハルジオンが短剣を抜く。
「《アメノハバキリ》!!!」
一閃。
……いや、三つ。
まったく同時に見えた。
直線の斬撃が空中で交差し、三匹のゴブリンの身体へそれぞれ深い線が走った。
(なにが起きた!?)
ハルジオンだけが先に地面へ着地する。
その直後、おれのまわりへ。
ドサッ。
ドサッ。
ドサッ。
三匹のゴブリンが落ちてきた。
「うぇっ!」
思わず飛び退く。
「……た、助かったぜ」
ハルジオンは剣を下ろさず、森の奥を見ている。
「……まだいる」
「え?」
「奥に、人影が――」
ハルジオンが、急に顔を歪めた。
右眼を押さえ、その場へ膝をつく。
「ハルジオン!」
おれとヘイミルがかけ寄る。
リルとエグレも、遅れて茂みから出てきた。
「くそ……肝心な時に」
ハルジオンが歯を食いしばる。
右眼を覆っていた黒い眼帯を掴み、そのまま乱暴に外した。
下からあらわれた瞳が、青緑色の光を放っている。
「突然……見えたんだ。木の上に潜んでいたゴブリンが」
ハルジオンが息を整える。
「見えたって……眼帯してたよな?」
おれは、地面へ落ちた眼帯を見る。
「透けた」
「……は?」
「眼帯も。木の葉も……」
ハルジオン自身、信じられないみたいだった。
「見ようとしたわけじゃない。勝手にだ」
「森の奥にもだれかがいた」
ハルジオンが言う。
「……もしかして、マスター?」
エグレの声が硬くなった。
「いや、男だと思う」
ハルジオンが首を振る。
「姿までは、はっきり見えなかった。途中で見えなくなった」
ハルジオンが、森の奥へ目を凝らす。
だけど、今度はなにも見えないらしい。
おれは鍛冶場の入口を見る。
「寄り道は終わりだな。急ごう」
* * *
川を越え、おれたちはドワーフの里へ続く隠し道へ入った。
「ここに、道あるの?」
リルがあたりを見まわす。
「あるぜ」
「岩壁しか見えないけど」
「それでいいんだよ」
目の前にあるのは、どこから見てもただの崖。
だけど、決まった角度から近づくと、岩の模様が少しずつずれて見える。
「あ」
リルが気づいた。
「すきま……?」
「そのとおりだぜ」
岩そのものを動かしているわけじゃない。
周囲の地形。色。落ちる影。
それを計算して、道がないように見せている。
「魔術じゃないのか」
ヘイミルが感心したように言う。
「技術だ」
おれは胸を張った。
「ドワーフは頭もいいんだぜぇ!」
狭い道へ入る前、ふと川辺の地面が目に入った。
泥に手を触れる。
深く沈み込んだ、不自然なかたちの足跡。
「……やっぱりか」
動く石像だ。
以前、ホッドミーミルの森にいた石像兵は川を越えてこなかった。
でも、いまはちがう。
足跡は、川を渡った先へ続いている。
「渡っているな」
ハルジオンも気づいた。
「ああ」
胸の奥がざわつく。
(頼む……里のみんな、無事でいてくれ)
細い一本道を抜ける。
出口が見えた。
「もうすぐだ!」
この先に、ドワーフの里の門が――
「うおっ!?」
目を開けていられなかった。
光。とにかく光。
「な、なんだぁぁぁ!?」
眩しい! 眩しすぎる! 目ん玉が焼ける!!!
「んにゃぁっ!」
うしろでリルが悲鳴を上げた。
「なにこれぇ!」
グルファクシたちも驚き、一斉に足を止めた。
「ま、待て待て……ここだよな?」
目を細める。
慣れるまで、しばらくかかった。
奥に、見覚えのある門がある。
まちがいなくドワーフの里だ。
だけど、前と全然ちがう。
まず、壁が高い。
おれがいた頃の倍近くまで積み上げられている。
そして、壁と門に沿って白く輝く石が大量に並べられていた。
光っているのは、こいつらだ。
「こんなの、なかったぞ……」
「こいつぁ《太陽石》だ。わかるかぁ」
光の向こうから、声がした。
「……!」
(この声は……)
ずんぐりした影が、光の中から歩いてくる。
「昼間の太陽光をため込んで、夜になったら吐き出す。石像対策には、もってこいさ」
男が、自慢げに光る石をたたいた。
「アルヴィース!!!」
おれは、懐かしいドワーフへ向かって走る。
「アルヴィースゥゥゥ!!!」
「カジィィィ!!!」
向こうも両腕を広げ――
「飯は持ってきたなぁ!?」
「ガハハハハ! それがですねぇ!!!」
「おう!」
「ねぇです!!!」
ドゴッ!!!
「ブヘェェェェッ!!!」
顔面へ拳が飛んできた。
視界がまわる。
「カジバァ!?」
リルの悲鳴が聞こえた。
身体が地面を転がる。
二回。三回。止まる。
「……」
仰向けになったまま空を見る。
(頬。めちゃくちゃ痛ぇ)
「……帰ってきたなぁ」
この感じ。
ああ、ドワーフの里だ。
顔を上げる。
アルヴィースが、おれの前へ手を差し出していた。
トゲトゲした顎髭。
額に丸いゴーグル。分厚いケープ。
腰の大きなベルトには、何本もの金槌がぶら下がっている。
変わってねぇ。
「よく戻った」
「……」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「ガハハ。ただいま、アルヴィース」
「そのひとが、アルヴィースか」
ハルジオンがこちらに歩み寄る。
リル。ヘイミル。エグレも続く。
アルヴィースがひとりずつ見る。
「旅の仲間か? ……全員若ぇな」
「こいつがハルジオンで――」
おれが仲間を紹介しようとすると、「待て」とアルヴィースが片手を上げる。
アルヴィースの目が、森の方へ向く。
「闇の生き物が聞き耳立てとる。……まぁ、とにかくなかに入れ」
アルヴィースが門を指した。
「積もる話もあるだろうが、あとまわしだ」
* * *
門をくぐる。
背後で、巨大な扉が閉じた。
ゴォン……と腹へ響く音がする。
里のなかも、少し変わっていた。
道幅が広くなっている。
防壁が増えている。
屋根の上には、見張り台。
あちこちに、武器を持ったドワーフたち。
(……戦う準備してんだ)
「カジバ!」
前方から声がした。
そこには、角張った兜を被った、屈強なドワーフの警備隊隊長が待っていた。
「ヴェイグ!」
両腕を上げる。
「久しぶりだな」
ヴェイグも片手を上げた。
「事情は大体聞いている。同行者の身分だけ確認したい。構わんな?」
ヴェイグが、おれのうしろを見る。
「ああ」
おれは順番に仲間を示した。
「こいつはハルジオン。人間の戦士」
「こっちがリル。本当は魔鉱石の《ミスリル》だけど、《擬態》で人間の姿になってる」
ヴェイグの眉が少し動いた。
「こっちはヘイミル。ミズガル王国の王子」
「最後にエグレ。ゴルゴンで岩石王の軍勢の奴隷だった」
「……顔ぶれが濃いな」
ヴェイグが苦笑いする。
(おれもそう思う)
「確認する。目的は、この里にある《水の神殿》だな?」
「ああ」
「我輩も神殿の詳しいことまでは知らんが……」
ヴェイグの表情が引き締まる。
「試練を行えば、この里へ危険が及ぶ可能性があると聞いている」
「ああ、そうだぜ」
おれは答えた。
そこは、ごまかせない。
「魔鉱石の魔力を引き出すことになるからだ。その魔力に引き寄せられて、《職人殺し》たちが里を襲いに来る可能性がある」
ヴェイグは黙り、周囲を見る。
高くなった壁。太陽石。武装したドワーフたち。
少し考えてから、「わかった」と答えた。
「我輩の仕事は、お前たちの身元を確認することだ。ここで追い返すつもりはない」
「じゃあ!」
「ただし、試練を許可するかは我輩が決めることではない」
ヴェイグが里の奥を指す。
「里長に判断してもらう」
ヴェイグは、はじめてこの里へ来た四人へ向き直った。
「あらためて――ドワーフの里へようこそ」
彼は大きな腕を広げる。
「この里は三つの階層にわかれている。現在地、一番外側が《三戸》。中間が《二戸》。そして、さらに向こうの鉱山のなかが《一戸》」
ヴェイグが続ける。
「一戸には、この里を治める里長がいる。お前たちには、これから直接――」
「待て」
突然、太い声が響いた。
「その必要はなくなった」
「……?」
ヴェイグが振り返る。
「なっ――里長!?」
奥から、ひとりの大男が歩いてきた。
「俺の方から来た!!!」
「……ビッグだぁ」
リルが、ぽかんと口を開ける。
男が、おれたちの前で止まる。
太い腕を組み、口元を大きく吊り上げた。
「俺の名は――《ガラール・フレグル》! 《四英雄》がひとり、フラール・フレグルの息子!」
そして彼は、自分の胸を巨大な拳でたたいた。
「このドワーフの里を預かる――里長だぁ!!!」




