33 「気の試練 後編」
風になったおれは、窓から王宮の一室に入った。
部屋の中は暗い。
奥にベッドがある。
近くには丸いテーブルと、ドレッサー。
見覚えのある光景。
姫様の部屋だ。
ゴルドシュミットに初めてきた日、姫様が髪を切ってくれた場所。
窓際には不自然な揺れ方をするカーテン。
観察すると、ハサミで乱暴に切り刻まれているのがわかった。
この部屋の主である姫様は、奥のベッドに顔をうずめていた。
彼女は泣いていた。
おれはいたたまれず、うつむく。
床に落ちたティアラと、銀のハサミが目に留まった。
銀のハサミ……。
姫様のハサミはニコラスが作ったものだ。
鍛冶師、ニコラス。
〈沈黙の使者〉としてサイレンスを手引きした張本人。
そのせいでオリハルコンが敵に奪われた。
その後、ニコラスは死んだ。
いまだに信じられない報告だ……。
なにがあったんだ。
なんで……。
「なんでよ……ニコラス……」
姫様がつぶやいた。
心を読まれたようで一瞬ドキッとした。
しかし、ただの偶然だった。
姫様はニコラスを思って泣いている。
そういえば、姫様はニコラスの散髪を担当していたらしい。
ニコラスは姫様からの依頼で、ハサミや、日用品の制作を請け負っていた。
ふたりは仲が良かった。
「報酬以外にもお礼をしたくて、彼の散髪をしてる」って姫様が話してたなぁ……。
楽しそうに語る姫様の笑顔を思い出す。
おれは姫様に近寄ると、頬の涙を拭った。
もちろん今のおれは実態がない風。
感触はない。
実際は、そよ風が頬を撫でただけだ。
「だっ、誰?」
彼女が振り向く。
おれの姿は彼女には見えない。
「ただの風か……」
姫様は涙で赤くなった目元を伏せた。
……元気、出してくれよな。
おれはそう思いながら、窓から部屋を出た。
『ニコラスはいつから〈沈黙の使者〉だったのか?』
おれは頭を悩ませた。
〈沈黙の使者〉は、サイレンスが生み出した指輪に魅了され、操り人形になったやつら……。
おれはニコラスが革の手袋を外している所を何度も見てる。
彼は指輪などの装身具を身につけていなかった。
おれがエルフの森に向かったあとに手に入れたのか?
エルフの森で出会った、〈沈黙の使者〉 スクルージ。
あいつも指輪を持っていなかった。
だけど、彼は以前指輪を所持しており、その時の魅了にかかり続けていた状態だった。
ニコラスもそうだったのか?
うーん。
難しい……。
突然、身体が一気に引き寄せられるのを感じた。
なっ、なんだぁ?
風になったおれは、ミズガルの方角に勢いよく引っ張られる。
ひいいいぇぇぇ!!!
ぐううう!
ぼあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
「ぶうぁあああ!!!」
おれは勢いよく起き上がった。
息を荒げ、自分の身体に触れる。
感触がある。
熱もある。
実体だ。
風から普通の身体に戻ったんだ!
「ぶぇえええ!!!」と、となりでハルジオンも起き上がった。
「ふたりとも、おかえりなさい!!!」
エアがしゃがんでこちらをのぞき込んでいる。
「かっ、帰ってきた!」
エアの背後から、ひょっこりとミスリルが顔を出す。
ミスリルの服装が変わっている。
ノーミードからもらった、黒色のドレスだ。
「着替えたのか」
「せっかくの服だし、着なきゃ! 私の衣装も、実はノーミードに依頼したんですよ」
エアはそう言うと、おれとハルジオンの手を握った。
そのまま両腕を引き、おれたちを一気に立たせる。
「魔力の定着……案外早かったな」
ハルジオンが前髪を整えながら言った。
「? 丸4日経ってますよ」
エアが首をかしげる。
「まじか」
おれたちはおどろいた。
あんまり、時間が経ってない気がしてたけどぉ。
「さて。魔力も得た事ですし、試練をやりましょうか!」
エアが手を叩いた。
おれたちはうなずく。
「ハルジオンさんは外で私と稽古。カジバさんは〜」
エアが祭壇を見つめる。
そう、ここからが問題だ。
聖宝器の再現について。
……今まで通りにはいかないぞぉ。
オリジナルの〈気の聖宝器〉がないから、再現できねぇ。
おれはそう思いながらエアと同様に祭壇を見た。
あれ、台座の上に何かあるぞ……。
おれは祭壇に向かって走り、なにかを確認する。
台座にあったのは、銀色の矢。
1本の矢がおいてあった。
「これぇ、〈気の聖宝器〉じゃないっすか!」
「ノーラお嬢が放った矢を回収したんです」
エアがとなりで説明する。
ああ、あれか。
エメラルドを破壊した矢だ。
……とにかく聖宝器があって良かったぜ。
おれは、ほっとした。
台座に近寄ったハルジオンが銀の矢に触れた。
……特に何も起きない。
ハルジオンが残念そうにする。
「設計図の暗号は出ないか……。弓の方に仕掛けがあるのか?」
彼はあごに手を当てた。
……たしかに。
火、土の聖宝器には〈異世界武器〉の設計図のありかを示す仕掛けがあった。
その手がかりはなしかぁ……。
まぁ、だけど……。
「この矢を再現すればいいんだなぁ!」
エアは首を横に振った。
「1本の矢だけでは、不十分ですね」
「えぇ!?」
「『属性の魔力を込めた魔鉱石武器を作る』それが試練の内容です。それを達成するためにカジバさんは、ハルマきゅんが制作した聖宝器の再現をしてきましたよね?」
「ああ、そうだぜ」
「今回、完全な再現は出来ません。弓が無いし、矢も1本なので」
エアが台座を見る。
「でも元々、試練の内容は『属性の魔力を込めた魔鉱石武器を作る』です。必ずしも《再現》じゃなくていいんですよ!」
「え?」
「ということで、今回はカジバさんオリジナルの〈気の聖宝器〉を作りましょう! 1本の矢はその参考に使うんです!」
エアが両手を合わせた。
「えぇ!? おれのオリジナル?」
「火と土の聖宝器を再現してきたカジバさんなら、きっと出来ます!」
「おっ、おぉ……」
漠然とうなずく。
再現じゃない。
自分で考えた武器。
たしかに、やってみてぇっ!!!
「どんな種族の、誰が使用するか、を想定するといいですよ。再現からステップアップですね! これも聖剣作りに役立つ経験になります!」
「たしかに、使い手を想定しないとなぁ……。だれかのために、いちからなにかを作る……かぁ」
腕を組み、考えた。
その時。
「私のっ〜! 私の武器を作って下さい!」
神殿の入り口から女声が聞こえた。
神殿の扉は開きっぱなしだった。
そこにケンタウレが立っている。
「……トネリコ!」
「あーお馬ちゃん! こっちにおいで!」
エアがトネリコを手招く。
「盗み聞きしちゃってすみません……私も……武器が欲しいんです。みんなを守るために」
トネリコがこちらに歩きながら言った。
「シグルドの戦争、ケンタウロスの仲間も命を落としました。私も戦ったけど……守られてばかりで。……何も出来なくて」
「そんなことはない。俺を助けてくれたじゃないか」
ハルジオンが彼女に言う。
「それにお前がエルフの森に危機を知らせてくれたから、ノーラがここに来れたんだ」
ハルジオンの言葉を聞き、トネリコの顔が一気に赤くなる。
「はっ、はいぃ〜……」
彼女は尻尾を揺らした。
「……でも、戦いは終わってません。エレオノーラ様もいない……もっと役に立ちたいんです」
トネリコは真剣な表情になる。
「でっけぇ気持ち……ドンと響いたぜ」
トネリコの方を見る。
「おれが作るぜ。トネリコのための〈気の聖宝器〉を」
「じゃあこうしましょう。トネリコさんを真の使い手とした、オリジナルの〈気の聖宝器〉を作る」
エアが提案する。
「素材はもちろん〈ミスリルちゃん〉ね」
「でも、それだとトネリコの武器としてずっと使えないぜ? ミスリルは〈聖剣〉になるんだし……」
「大丈夫、考えがあります! 一旦これで進めましょう!」
エアが手を叩く。
トネリコが笑顔を見せた。
うれしそうだ。
こりゃあ、作りがいがあるなぁ!!!
「……ちなみに、トネリコの属性は何?」
と、エアにきく。
「もちろん『気』ですよ、試練にピッタリです」
エアが答えた。
「なら、心配ねぇな。トネリコ! でっけぇ武器作るぜぇ!!!」
おれは胸を叩いた。
「それで、どんな武器がいい?」
「えぇと……ケンタウロスの主要武器は〈槍〉です。私も、ほら」
トネリコが背中につけた槍を取る。
「なるほどなー、槍か」
腕を組むと、台座においてある銀の矢を見た。
「この矢が大きくなってぇ……長さを出したら……槍みてーだよなぁ」
どっちも、棒状の先に刃がついた武器だしよ。
ほらぁ、一緒じゃんっ!!!(暴論)
「でも、トネリコって魔鉱石武器持てるのかぁ? 〈対魔力〉とか、〈魔力耐性〉とか……」
「真の使い手には魅了がかからない。それが聖宝器の特徴ですよ?」
エアが不思議そうにおれを見た。
「えっ、そうなの?」
「えっ、守護霊のふたりから聞いてないです?」
エアが両手で口を押さえた。
「うそぉ〜! じゃあ、〈対魔力〉を武器に込める方法、聞いてないんですかっ!!!」
はぁ!?
「なんじゃぁ、それ!!!」
おれはずっこけた。
「あのふたり、なにやってるのぉ……。はぁ、私が最初の試練だったらよかったのに……」
エアが頭を抱えた。
「ノーラお嬢は〈対魔力〉ないんです。でも魅力にかからず、聖宝器を使えたでしょ?
カジバさんの持つ〈対魔力〉を武器に込めることで、特定の誰か〈真の使い手〉にだけ、魔鉱石の魅力を封じられるんです!」
「しっ、しらねぇ〜〜っ!!!」
サウナ狂いのウルカヌス。
ブランド狂いのノーミード。
……思えば、ふたりの指導は雑だったなぁ。
「気の属性は一番便利です。頑張って扱えるようにしましょうね!」
エアが言った。
「ええと〜質問なんですけど〜……。ハルジオン様は姫様ではなく、カジバさんの護衛になったんですか?」
トネリコが小さく手をあげた。
そうか。
彼女はハルジオンが〈勇者の末裔〉ということを知らない。
ハルジオンを姫様の護衛だと思ったままなんだ。
そりゃあ不思議だよな。
……もう言ってもいいんじゃねぇか?
おれはそういう表情でハルジオンを見る。
ハルジオンはうなずいた。
「トネリコ。実は俺は〈勇者ハルマの末裔〉なんだ……」
と、ハルジオン。
トネリコは目を丸くした。
「えっ、勇者様の……。ハルジオン様が……」
彼女は混乱している。
「私っ〜勇者様を尊敬していて……。ハルジオン様も勇者様みたいだなぁ〜……って思ってて。本当にハルジオン様は勇者様だった……?」
トネリコは目を回しながらたおれてしまった。
えぇ!?
「おっ、おいっ! トネリコぉ!!!」
と、彼女に駆け寄る。
「うっ、嬉しすぎるぅ〜……」
彼女はそう言って気絶した。
えぇ……。
またみてね!




