表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カジバノチカラ - 鉱石少女がエクスカリバーになるまで -  作者: 上田文字禍
第1部 「新たなる奇石」
32/42

31 「蛇髪少女 エグレ」

「ご、ごるごん? ……それがあんたの名前?」


「……違う、それは種族の名前。まぁ別にどっちでもいいけど。……忘れて」

蛇髪少女が淡々と言った。


「……せっかく助けたんだから、長生きしなよ」

蛇髪少女はそう言うと、身体の向きを変えた。



「そこの子! カジバさんに何してるんですか!」

森の方から大きな声が聞こえた。


おれと蛇髪少女はそちらを向く。


気の神殿へ続く道に、ケンタウレの少女〈トネリコ〉が槍を構えて立っている。

彼女は気絶したハルジオンを自身の背に乗せていた。


彼女はケンタウロスの仲間たちと一緒だ。

ケンタウロスたちはヘイミルを背に乗せ、おれの馬〈グルファクシ〉と、ハルジオンの馬〈グラニテイオー〉を手当てして連れてきてくれた。


「あ……やばっ」

蛇髪少女が焦った表情を見せる。

彼女は向きを変えると、トネリコと逆方向へ走ろうとした。

しかし、逆方向からはテオドリック王と白の騎士たちが馬に乗ってやってきた。


挟み撃ちの状態。


「……くうぅ」

蛇髪少女は背中に生えた、コウモリのような翼を広げた。


「そこの魔族、動くな!」

王が声を張り上げる。

彼は剣の先端を蛇髪少女に向けた。


白の騎士たちが一斉に弓を構える。


「まっ、待ってくれ。こいつはおれを守ってくれたんだ!」

と、思わず両手を広げる。


「……勇敢な子供よ。たとえそうだとしても、その者には聞かなければならないことがある」

王はおれにそう言うと、厳しい表情で蛇髪少女に向き直った。

「そなたも……身に覚えがあるだろう!」


王の問いかけに、蛇髪少女が身体を痙攣(けいれん)させる。

彼女は羽を動かし、飛び立とうとする。


しかし、彼女の身体をトネリコが足で押さえつけた。


トネリコの立派な馬の足が、蛇髪少女の背中にのしかかる。

「ごめんなさい! ……でも、逃げるなんて怪しいですよ〜!」


「はっ、はなせぇ!!!」

蛇髪少女がうつ伏せでたおれる。


白の騎士が蛇髪少女を囲んだ。


「そこのゴブリンを石化させたのは、そなただな?」

王がきく。


「……さあね」

蛇髪少女がモゴモゴと答えた。


「では別の質問だ。守護者エレオノーラを石化させたのはお前か!」

王が大声で怒鳴った。


「え? なんだって?」

よく聞こえなかった。


いや、うそだ。

よく聞こえたけど……。


おいおい『エレオノーラを石化した』って聞こえたぜ?



目を丸くして王を見つめる。


王はおれの気持ちを察すると、残念そうな顔をしてうなずいた。

「先ほど、城壁の上で発見したのだ。守護者エレオノーラは気の聖宝器を構えたまま、石化した」


「……いやぁ、まさかぁ」

声が掠れる。

「うそだって……」


蛇髪少女を見る。

彼女はゴブリンを石化させた。それを彼女は認めた。

……一体、どうやって?


彼女は「死にたくなかったら、見んなよ」と、おれに言った。

「赤いグラスをしていなかったら死んでた」

とも言っていた。


「……まさか、あんたの眼を見たら、石化すんのか?」

おれは蛇髪少女にそう尋ねた。



---



シグルド防衛決戦。


戦争は終わりを迎えた。


バルドールとエルフの援軍がゴブリン兵の大半をたおした。

残ったゴブリンたちは山の奥へ逃げた。

石像兵は日の光の下では動けない。

なすすべもないやつらは光の騎士たちの戦鎚によって次々と砕かれた。



おれはテオドリック王に連れられて、城壁の上にきた。

そこには石化したノーラの姿があった。


彼女は立ち姿のまま、硬直している。

手に持った気の聖宝器も一緒に石化していた。


「ノーラ!!!」


彼女の手に触れると冷たかった。

完全に石だ。


「……うそだろ。ありえねぇって……」

さっきまで、あんなに暖かかったじゃねぇか。


森で初めて会った時。

馬に乗って旅した時。

一緒に夕食を食べた時。

エルフの森で家族といた時。


ノーラと目が合った。


石像の彼女は目を開いたままだ。

彼女は石化の直前、おれくらいの身長のだれかを見ていたようだ。


背後を振り返り、蛇髪の少女を見る。


少女は両目を布で隠され、両手を拘束されている。

赤いグラスは両隣で監視している白の騎士に取り上げられた。


彼女もおれくらいの身長だ。



「……グラス、返してよ」

蛇髪少女が騎士に言う。


「……ノーラの石化、おまえがやったのか?」

そう彼女に問いかけた。


「……違う! それは違うっ!」

蛇髪少女が大声を出す。


「嘘をつくな!」

両隣の騎士が怒鳴った。


「本当に違うの……たっ、助けて!」

蛇髪少女は目が見えない状態でおれを探した。


おれはそれに答えられなかった。



エレオノーラ。

おれを守り、森の外に出してくれた。

ドワーフと同じくらい大切な、おれの人生の恩人。


戦争の勝利と引き換えに、おれたちは《最後の英雄》を失った。



---



3日後。

おれたちはシグルドで治療を受け、かなり回復した。


援軍と共にやってきたエルフの医者がおれたちを診てくれた。

気の神殿に着いたあたりから、おれの痛覚は麻痺していた。

かなり危ない状態だったらしい。


おれとハルジオンとミスリルは王宮の共同部屋を与えられた。

おれたち3人は、そこで沈黙していた。



ハルジオンもミスリルも、ノーラの件についてすでに知っている。


おれは身体中に巻かれた包帯に手を当てた。

身体中に残る痛みを感じるたびに、無力さが(つの)っていく。


「ど、どうしようか……」

ミスリルが沈黙を破った。


「……俺たちのやることは変わらん。気の試練だ」

ハルジオンがうつむいたまま言う。


「……だけど、〈気の聖宝器〉も石化したんだぜ」

と、おれ。


「……そうだな」

ハルジオンは小さくうなずくと、急に立ち上がった。

「〈ゴルゴン〉に少し聞きたいことがある。……合わせてもらおう」



---



蛇髪少女は塔の地下牢に監禁されていた。


おれたち3人は王の許可を得て、彼女を尋問することになった。

王も尋問に同席している。


蛇髪少女は白の騎士によって牢から出され、鉄の目隠しをつけられた。

そのまま尋問部屋に連れられ、部屋の椅子に身体を縛られる。


となりに立つミスリルは、少し悲しそうな表情をしていた。


「……なぁ、おれがわかるか?」

と、彼女に問いかける。


「……その声。ああ……あの時の……」

蛇髪少女が力なく答えた。


「……あの時は、ありがとな。助けてくれたんだろ?」

おれはゆっくりと頭を下げた。


まぁ、見えてねぇだろうけど……。


彼女は少し黙った後、口を開いた。

「……は、はぁ? アタシはゴブリンが嫌いだっただけ。勘違いすんな、気持ち悪い!」


えぇ……めちゃくちゃ言うじゃん。



「おい、お前は〈ゴルゴン族〉なんだな?」

ハルジオンがきく。


「……さあね」

蛇髪少女は横を向いた。


「……石化を解く方法、あるんだろ?」

「それも、さあね」


「なら俺が言おうか、《石化を解くにはゴルゴンを殺せばいい》違うかっ!!!」

ハルジオンが蛇髪少女を脅す。

「ゴルゴン。見たものを石にする《呪眼》を持つ化け物だ。殺し方は首を切るか、鏡で自身の眼を見せるか。古い文献で読んだことがある。……まさか実在しているとは思ってなかったけどな」


「……勉強家だね」

蛇髪少女が冷静に言う。

だけど、彼女の唇は少し震えていた。

「でも残念。石化を解くには石化させたゴルゴン本人を殺さないといけない。しかもアタシは石化させた本人じゃない。つまり、アタシを殺しても意味ないんだよ、マヌケェ!!!」

少女が勢いよく怒鳴った。


「なんだ、ならばゴルゴンの仲間がいるのか?」

と、王。


「……知らない」

蛇髪少女はスッと落ち着く。


「試しにお前を殺してもいいんだぞ!」

王が剣を抜いた。そのまま少女の首元に刃を当てる。


「ちっ、ちがうっ! アタシじゃない!」

蛇髪少女は叫ぶと、首を刃から必死に遠ざける。

「やってない、信じてっ!!!」


「ちょっと待ってくれ王様! こいつがおれを助けたのは本当だぜ」

おれは王に駆け寄った。


王はおれを見るとゆっくりと刃を下げた。


「大人しく質問に答えるんだ。そうすれば解放してやろう」

王が蛇髪少女をにらむ。

「その醜い蛇髪を一本づつ切り落とされたくなければな!」


蛇髪少女は身体を引いたまま、小刻みにうなずく。


「最初の質問だ、お主は誰だ?」


「……エグレ」

蛇髪少女が小さな声で答えた。


「どこから来た?」

「……闇の王国 〈ヨトゥンヘイム〉。……その首都、〈ウートガルズ〉」

「お主は魔王軍か?」

「……まっ魔王軍の、奴隷です」

「何のためにここへ来た?」


「……ここの騎士たちを石化させるために連れてこられた。でも、戦争の途中で隙をついて逃げました」

彼女は鎖の千切れた手枷を主張する。


「他にもゴルゴンの仲間はいるか?」


「い……いました。その中の誰かが……や、やったんです……」

エグレがうなずく。



「……〈沈黙の魔女〉を知っているか?」

ハルジオンが尋ねた。


その質問にエグレは一瞬戸惑った。

「なんで……」


「俺は、お前が沈黙の魔女だと疑っている」

ハルジオンがエグレをにらんだ。


「はっ……アタシが? ははっ」

エグレが笑う。

「ちがう……ちがうよ、お利口さん。あの方は私の主人マスター

彼女はそう言って辺りを見回した。


「そうだ、どうしよう、今もマスターが聞いているかも……」

彼女が突然、挙動不審になる。


「今回の戦争は、そのマスターの意思か?」

と、ハルジオン。


彼女は答えない。


「答えろ」

と、王が言う。


「……そっ、そう、です。今回の《作戦》は……マスターの意思」

エグレが怯えながらつぶやく。


「作戦だと?」

ハルジオンは首をかしげた。


「……知っても、もう遅い」


「話せ!」

王が怒鳴った。


「いっ、言う。言うから……痛くしないで!」

エグレが萎縮した。

「バルドール!!! その首都ゴルドシュミットにある魔鉱石。それを奪うのが本当の目的!!!」


は?

バルドールだって?


「バルドールの魔鉱石……えっ、お姉さんのこと?」

ミスリルが目を見開いた。


「お前ら、バルドールにも敵軍を送っていたのか?」

ハルジオンがエグレにきく。


「だったら、こっちに援軍なんて来ないだろ。……魔鉱石を狙う《ハンター》は、()()()()()()


「サイレンスか!」

と、ハルジオン。

「いや、だが……バルドールはサイレンスの行動範囲外だぞ!」


「ゴルドシュミットにいる《沈黙の使者》が手引きしたんだよ!!!」

エグレが高らかに叫んだ。

「正体はすぐに分かるはず……」


彼女がそう言うと、尋問室の扉が勢いよく開いた。


入ってきたのは、バルドールの光の騎士。

見覚えのある顔だ。

ノーラとゴルドジュミットに行った時、城門の近くで出会った光の騎士の隊長〈バレンタイン〉だ。



「ゴルドシュミットにサイレンスの襲撃!」

バレンタインが叫んだ。

「 〈職人殺し〉 に魔鉱石オリハルコンを奪われた!!!」


なっ!!!


「沈黙の使者は、錬成術師ニコラス!」

バレンタインが報告する。


ニコラス?

鍛冶ギルドのギルド長。

おれにモーフィングの極意を叩き込んでくれた彼が?


うそだろ???


「ニコラス? あっ、ありえねぇ!!!」


「いや、残念だが間違いない。そして……彼は死んだ」

バレンタインが淡々と言った。


ニコラスが……死んだ?



バレンタインはおれたち3人の元に歩み寄った。

「イルザ姫からの伝言です。『あなたたちは試練を続行しなさい。絶対に聖剣を完成させて』と……」

彼はそう言うと小さく頭を下げた。

「私はゴルドシュミットに戻ります。戦争のゆくえと、エレオノーラ様のことを伝えます」



「……〈元聖剣〉が奪われた。……ノーラも、ニコラスもいない。……気の聖宝器だって」


「おい! 石化を解く方法! 他に方法はないのか?」

ハルジオンがエグレを問い詰める。


「おれの対魔力で……」

そう言いかけてやめる。


……そうだ。対魔力で呪いは解けない。

ノーラが言っていたことだ。


「やはり、殺すべきか!」

王が剣を構える。


「待ってくれ!」と、それを止める。

「こいつは自分を奴隷って言ってた。……無理やり従わされてただけかも」


「……確かにカジバの言う通りです。こいつは生かした方がいい」

ハルジオンが少し考えた後、そう言った。


「ならば、石化した守護者はどうする?」

と、王。



「それなら私に任せてくれ」

扉の向こうから男の声がした。


そこにいたのはノーラの父、サンタクロースだ。


「ノーラの父ちゃん……」


「お前さんたちが心配でな。援軍に来た」

サンタクロースが言う。


「子供たちは?」

と、ミスリルがきいた。


「ノーミードが面倒を見てくれている。頼み込んだら、承諾してくれた。『店のお得意様だから特別サービス』とな」


「あの、ノーラは……」


「ああ、知っている。彼女に渡した《緑のブローチ》。おぼえているか?」

サンタクロースが眉を上げた。


「あぁ……覚えてる」

サンタクロースがノーラに送ったプレゼント。

ノーラはそれを胸につけていた。


「あれは天然のエメラルド、守護の石と呼ばれるエルフのお守りだ」

サンタクロースが言う。

「《呪眼》のような、強力な呪いを跳ね返すことはできなかったが……その守護は今も続いている」


「……どういうこと?」

「ノーラが身につけている〈守護の〉エメラルドには《対呪力》がある。古代から解毒や、病気を直す万能薬として扱われてきた宝石だ。その力を最大限高めれば、呪眼の呪いも解けるはず」


サンタクロースは説明を終えると、おれたちに小さな緑の宝石のカケラを見せた。

「これは緑のサイレンス、エメラルドの破片だ。もっと大きな破片が城の中に厳重に保管されている。これらを媒介にして、ノーラの身につけている守護の石の対呪力を高める」


「あ、そうすればノーラは生き返るんっすね!」


「そもそも死んでおらんよ」

サンタクロースはおれにほほえむと、真面目な顔に戻った。

「……しかし、この儀式は数ヶ月かかるだろう」


「数ヶ月……」


「……娘は私が絶対に助ける」

サンタクロースが強く言った。



---



おれとミスリルとハルジオンは、ノーラの元に来ていた。

石化したノーラは全く動かない。

ノーラの周りには彼女を囲う壁が設置されており、最後の英雄を厳重に保護していた。


「……ノーラが戻ってきたらさぁ、強くなったっておどろかせてやろうぜ」

と、ハルジオンとミスリルに言う。


「……ああ」

ハルジオンが拳を握る。


「……うん」

と、ミスリルがうなずいた。



「気の聖宝器のオリジナルがなくても、おれは試練に合格してみせるぜ」


「残すは《気》《水》《虚》の3属性。絶対に習得してやる」

ろ、ハルジオン。


「私も……お姉さんのようなすごい魔鉱石になる」

ミスリルが胸に手を当てた。


待っててくれよぉ、ノーラ!!!

おれたち、もっと強くなるぜ。



ノーラを無力化され、

オリハルコンをうばわれた。

沈黙の使者、ニコラス。

職人殺しのゆくえ。

謎の少女、エグレ……。


考えることは多い。

それでも、今はできることをやるしかない。


おれたちはお互いに顔を見合わせると、気の神殿へ向かった。


試練が始まる。



---



カジバノチカラ -鉱石少女がエクスカリバーになるまで-


第1部 「新たなる奇石」 完

☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆


■エグレ

リトアニアの伝承に登場する蛇の女王。

鍛冶族の王である蛇が惚れた人間の娘。

本作ではゴルゴン族の女として登場するよ。


■ウートガルズ

北欧神話に登場する巨人の国《ヨトゥンヘイム》にある都市。

本作では魔王のすむ闇の王国の都市として登場するよ。



次回から、カジバノチカラ 第2部開始です。第2部からは更新頻度がゆっくりになります。


またみてね!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ