2 「暗殺者と守護者」
銀髪美少女の手を引いて、夜の森でデートだぜ。
(ただし)ヤベぇ追手付き!!!
〈職人殺し〉が、おれたちに追いつく。
しかし、やつの足元が急に崩れた。
落とし穴だ!
そう、ここはおれの縄張り。
この森には、おれが作った〈罠〉と〈武器〉を大量に隠している。
全部全部、職人殺しを倒すために仕掛けてきたものだ!!!
「ねらい通りぃ! てめぇはまんまと迷い込んだんだ! 《職人殺し ”殺し” の森》になぁ!!!」
樹木の割れ目に隠しておいた槍を手に持ち、落とし穴へ向かって走る。
しかし。
穴の中から飛び出した職人殺しが、突然、大鷲の姿に変わった。
「なんでもありかよぉぉっ!?」
慌てて方向転換し、再び鉱石少女を連れて走る。
「飛ばれたら罠届かねぇ! ズルだ! ズル!!!」
これ、逃げ切れるのか?
職人殺しの鋭い爪が鉱石少女をねらう。
おれは鉱石少女をかばうと、そのまま斜面を転げ落ちた。
「いってぇ…」
立ち上がる気力はもうない。
落下の途中で槍も折れた。
おれ……この森で死ぬのか。
となりで横たわる鉱石少女の頬に触れる。
こいつはおれの死に目に現れた天使だったのかもしれない……。
……いや、まだだ!
ぐずぐずするな。
動けっ!!!
「この辺りには……あれがあるはずだ」
身体を無理矢理起こす。
武器を隠してある樹木を探し、木の根本から1本の長剣を掘り起こした。
あったぜ、おれの自信作!
「……こいつはテメェを倒すために鍛え上げた剣〈レヴェル〉だ」
長剣を鞘から引き抜く。
職人殺しが奇声を上げ、翼を広げた。
恐怖で全身が痙攣するのがわかる。
でも関係ない。
「ブチ砕いてやるぜ」
職人殺しが爪をギラつかせて突進する。
おれはそれを長剣で迎え撃つ。
爪と刃先が激しくぶつかった。
……が。
「……くっそぉっ!!!」
おれは、あっけなく背後に吹き飛ばされた。
爪によって弾かれた長剣が宙を舞い、足元に転がる。
自信作の剣は真っ二つに折れた。
うそだろ……。
ど、ドワーフにほめられた剣だぞ!
震える手で折れた剣を握る。
「……おれはぁ……最強の……武器を」
終われない。終われねぇよ……。
「こんなところでっ……!!!」
そう言い終わると同時に、大きな戦斧を持った《戦士》が目の前に飛び出してきた。
いや……あれは斧槍か。
戦士は、おれと職人殺しの間に着地すると、斧槍を大きく振り回した。
爆風が起こり、辺りの木々がしなる。
咄嗟に鉱石少女を抱えると、爆風に耐えた。
前方で職人殺しが吹き飛ばされるのが見える。やつは羽ばたきで体制を立て直すと、戦士から距離をとった。
暗雲のすきまから赤い月光がさす。
月光に照らされた戦士が斧槍を振り上げた。
一変する空気。
次の瞬間、辺りに衝撃波が放たれた。
職人殺しは奇声を上げると、逃げるようにその場を去った。
「助かった……のか?」
いつの間にか止めていた息を一気に吐く。
肩が大きく上下した。
となりを見ると、鉱石少女が足を上げてひっくり返っていた。
衝撃波でバランスを崩したようだ。
こんな間抜けな姿勢でも、こいつの表情は崩れない。
戦士はこちらを振り返ると、深く被ったフードを脱いだ。
「ふたりだけか?」
戦士が言った。おれと同じ大陸語だ。
戦士はウェーブした黒の短髪で、透き通った青い瞳がこっちを見捉えている。
一見野盗の男のような風貌だが、よく見ると、整った顔立ちの女だった。
「……ふたり、ふたりだ。オレとこいつだけ」
なんとか息を落ち着かせて声を発する。
「君はドワーフ……いや人間だな?」
戦士がこちらに顔を近づけた。
どうやら、おれの眼球を確認しているらしい。
「……あぁ、ニンゲンだ。歳は12」と返事する。
「ならこっちが……。100年眠っていた石がようやく目覚めた」
戦士は鉱石少女に目を向けると勝手に納得した。
「君、その子を立たせてやって」
戦士がおれに言う。
よろよろと立ち上がり、鉱石少女の両脇を持って立たせてやる。
戦士はそれを確認すると、遠くへ向かって指笛を吹いた。
すると2頭の馬がやってきた。
どちらも茶色の馬だ。
「さっきの、あいつは……」
「奴は職人殺しさ」
「やっぱそうかよ」
あいつが両親の仇……。
「逃げたの?」
と、戦士に質問する。
「すぐに戻ってくるさ。《奴ら》は日中も動ける、用心しろ」
「やつら……?」
「話は後だ」
戦士は2頭の馬を優しく撫でると、馬になにかを語りかけた。
まるで心を通わせているみたいだ。
「さあ、乗って」
「え?」
戦士にひょいと持ち上げられ、無理矢理馬に乗せられた。
戦士は次に鉱石少女を担ぐと、別の馬に乗せて自分もその馬に乗る。
「すぐにここを離れる」
と、戦士が手綱を握った。
「追ってくるの?」
「来る。だからまずこの森を抜ける。しっかり捕まってなよ」
戦士がそう言うと、おれの乗っている馬が勢いよく走り出した。
「ちょっ、うわぁ!」
---
森を抜ける頃には朝日が登っていた。
おれは辺りを見渡す余裕ができていた。
戦士と鉱石少女を乗せた馬は、となりで並走している。
鉱石少女は戦士の懐にすっぽりと収まっていた――
しばらくして、ようやく休憩を取ることができた。
ずいぶんと森から離れた。
こんなに遠くまで来たのは生まれてはじめてだ。
「知らない土の匂いがするぜ」
小川の近くで尻餅をつき、ゆっくりと寝転ぶ。
「少し休憩したら日没まで走る」
戦士はそう言い、水筒を渡してくれた。
水筒の水を一気に飲み、鉱石少女の方を見る。
「職人殺しのねらいはそいつなのか?」
と、戦士に尋ねた。
「そうだ。だからこれからバルドール王国に行く。この子を安全な場所に届けないと。悪いけど、君も同行して貰うよ。家に帰るのは後回しだ」
「届けたら……ちゃんと家に帰してくれよな」
「目的を果たしたら、必ず」
そりゃよかった。
職人殺しのねらいがこっち側なら、ドワーフのみんなに危険はなさそうだしな。
あと心配なのは……飯だけか。
「……王国ってぇ。やっぱ、うめぇ飯沢山あんのか?」
「自分の舌で確認するといい。……無事に着いたらなんでもご馳走してあげる」
戦士が微笑んだ。
ふぅ。
ドワーフのみんな、わりぃ……。
おれぇ、王国行くわ。
戦士は難しい顔をして空を見上げた。
「上空の影には常に気を配っておいて」と、こちらに警告する。
「職人殺し……。《やつら》って言ってたけど、何人もいるのか?」
「5体いる」
「はぁっ? ごぉ……!?」
「昔は7体いた」
「な……あいつはなんなんだ……」
「奴らは〈サイレンス〉、岩石王が作り出した《宝石の魔物》だよ」
「ほうせきぃ?」
「そう。〈職人殺し〉と呼ばれる個体は〈アレキサンドライト〉の魔物だ」
アレキサンドライト。
そういう名前の宝石があるのは知ってる。
暗がりではっきり見えなかったけど、怪しく輝く奴の仮面は、確かに宝石みたいだったな。
「まぁ、その子と似たような存在さ」
戦士が鉱石少女を見た。
戦士は薬草を使って、傷の手当をしてくれた。薬草は森を出る前に戦士が調達していた。
「これで処置は出来た」
「ありがとう、えっと……」
「エレオノーラだ」
「よろしく。おれは鍛冶師のカジバ!」
片手を出してエレオノーラと握手する。
エレオノーラは少しほほえむと、鉱石少女を見た。
「あの子は君が見つけたのか?」
「ああ、あんたに会う少し前に。鉱石だったのに、触れたら人間になって……」
「君が触れたことで、眠っていた魔力が目覚めたんだね。それでサイレンスに感知されたのか」
「感知?」
「サイレンスは魔鉱石の魔力を感知できるんだ。奴らは岩石王の手足として、大陸中に散らばった魔鉱石を回収している」
「じゃあ、もしかしておれぇ……ヤバいことした?」
「いいや幸運だ。この子は私たちがずっと探していた《希望》かもしれないからね」
……希望か。
おれは巾着の中から、紫の魔鉱石を取り出した。
「驚いた……よく集めたな」
エレオノーラは両目を見開いた。
「鉱石少女も、これと同じ魔鉱石なんだよな?」
「そう。でも、その石よりもずっと高ランク」
エレオノーラは鉱石少女の元へ向かうと、彼女のあごをつかみ、おれの方へ向ける。
「瞳を見て」
エレオノーラは鉱石少女の瞼を無理矢理開いた。
鉱石少女は抵抗しない。
正直、こいつの顔を見るたびにクラっとする。
もしかしたら、造形の美しさにやられてるのかもしれない。
恐る恐る近づき、眼球をのぞいた。
やっぱきれいだなぁ〜〜〜!
「瞳は銀色なのか。なら〈オリハルコン〉ではないな」
あごに手を当てるエレオノーラ。
「〈ミスリル〉だよ」
この輝き。おそらくそうだ。
実際に見たのは初めてだけど、ドワーフの里で聞いた事があった――
〈ミスリル〉
岩石王が生み出した魔鉱石の一種。
曇りのない、透き通った銀色の美しさを持ち、軽くて強靭な武器を作る事ができる《万能の鉱石》、だそうだ。
「分かるんだ?」
エレオノーラがおどろいた。
「鍛冶師だからさぁ、わかんだよね。人間になる鉱石なんてもんは、知らなかったけど」
エレオノーラは「なるほど」と、うなずくと、ミスリルの肩に手をおいた。
「これはね、人間に《擬態》したんだ」
「ぎたい?」
「そう。岩石王の生み出した魔鉱石にはふたつの能力がある。《魅了能力》と《擬態能力》。魅了は生物の心を惑わす力。そして擬態がこれ」
エレオノーラはミスリルの肩を叩く。
「〈動く石像〉を見たことは?」
彼女の質問に、おれはうなずく。
「あれも《擬態》だよ。鉱石のランクが低いと完全な人間に擬態できず、動く石像が出来上がる。しかも闇の魔力が強くなる夜しか擬態を維持できない」
と、エレオノーラ。
「この子のような完璧な生物擬態は鉱石のランクが相当高くないとできないね」
なるほど。
動く石像は低ランク、ミスリルは高ランクってことは、なんとなく理解したぜ……。
「擬態は基本、対峙した敵と同種に変化する。とりわけ魅力的な個体にね」
エレオノーラがミスリルを見る。
「これは敵に破壊されにくくするための防衛機能だと私は認識している」
魅力的ぃ……なるほどぉ。
チラっとミスリルの方を見る。
こいつの顔面の強さにまだ慣れない。
そりゃあ……確かに……きれいだしぃ。
こわしたくは、ならねぇよなぁ。
なんだよ。
おれはまんまとこいつに魅入られてたってわけかいっ!
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
■槍
刺突または投擲武器。長い柄の先に鋭利な刃物がついているよ。
古くから狩猟のために使われていたよ。
■長剣
中世ヨーロッパの剣。短剣と比べて刀身が長いよ。
☆番外編!☆
■ミスリル
指輪物語に登場する架空の鉱石。〈灰色の輝き〉を意味する名だよ。
本作では《軽くて頑丈》という原作のイメージを引き継いでいるよ。
■アレキサンドライト
宝石の一種。太陽光では青緑色、白熱光では赤紫色に変色するよ。
〈神様のいたずら〉と称される、6月の誕生石だよ。
またみてね!