1 「鉱石少女ミスリル」
「どぉわぁあああああ!!!」
足をすべらせて崖から落ちた。
でも生きてる。
よかったぁ……。
腕は痛ぇけど、折れているところはなさそうだ。
起き上がると明るかった。
まだ夜なのに、だ。
これは日の光じゃない。
辺りを見回す。
「ここは洞窟ん中……?」
前方に"なにか"ある。
目を細めると、岩のすきまから、光があふれているのが見えた。
明るさの正体はアレだ。
導かれるようにそこへ向かう。
岩に手を当て、光の正体を探った。
《鉱石》だ。
鉱石の放つ美しい白銀の光が、岩のすきまからこぼれている。
急いで手元を探った。
あれ……戦鎚がない。
マジかよ。
落とした?
仕方なく、腰につけた金槌を取り出す。
「これだけあれば作れるぜ……最強の武器ぃ……」
鉱石を覆う岩に金槌を当てると、中身が傷つかないよう、丁寧に叩いた。
その瞬間。
金槌の頭が真っ二つに割れた。
「うえええぇぇぇっ???」
父ちゃんの形見の金槌が……。
逝った――
6年間、愛用してきた金槌が。
鍛冶師の象徴の金槌がぁ。
鍛冶師のカジバから、普通のカジバになっちまったなぁ……。
そんなことを考えていたら、目の前の岩がガラガラと崩れた。
「……え?」
その輝きにおれは目を奪われた。
そこにあったのは、人間の背丈くらいの大きさを持つ、美しい鉱石だった。
曇りひとつない、銀を超える輝き。
間違いなく、この世で一番美しい物質。
「なん……すげえええぇぇぇ」
ゆっくりと鉱石に触れる。
その瞬間。
鉱石はより強く輝き、おどろくべき反応をみせた。
光る鉱石が液体のように動き、人の形を象っていく。
胸、手、足、髪……。
夜の森を徘徊する出来損ないの石像とは違う、生身の人間がおれの目の前に現れた。
女だ。
「ひえええぇぇぇ、おっぱい……!!!」
この日、おれは人生で初めて女の裸を見た。
「えぇ……あ……」
声が漏れる。
おれよりちょっと歳上くらいの少女に見える。
サラサラと垂れ、ツヤツヤと光る白銀の髪。
おっぱい。
シミのひとつもない白い肌。
おっぱい。
それに、まつ毛長げぇぇぇ〜!!!
そんな彼女が目を開いた。
宝石のように煌めく銀の瞳だ。
おれはその瞳に吸い込まれてしまった。
暗い闇に覆われた森全体が、ぱっと明るくなった気がした。
心臓がドキドキして、顔が熱くなる。
なんだぁ、この感じ……。
そのまま吸い込まれるように手を伸ばし――
「あのぉ……寒くねぇの?」
ときいた。
……なんとか色々な欲望を抑えた。
オレだって、女の扱いくらい知っている。
……つもりだ。
いや嘘。
全く知らん。
女は目を開いたまま、全く動かない。
一体なんだ?
鉱石が人になった。
人が鉱石だった……?
一旦、この女を観察してみることにした。
ふつくしぇ……(美しいの意)。
作り物みたいにきれいだ。
だけど、どう見たって人間の少女だ。
だけど、どう考えたって鉱石だった……。
表すなら《鉱石少女》
……。
なんだそりゃ。
わからない。
わからねぇから一旦考えるのをやめる。
とりあえず、身に纏っていたローブを鉱石少女にかけてやった。夜の森で全裸はヤべぇ。
ローブはドワーフ製。ビーバーの毛皮で出来ている。
着心地はそこそこだけど、めちゃくちゃ暖かい。
鉱石少女の反応は……ナシと。
「とにかくここを出ねーとなぁ〜。まだ暗ぇから、動く石像に気をつけねぇと」
立ち上がり、伸びをする。
腕の痛みはすっかり引いていた。
「こいつは……どうするかねぇ……」
と、鉱石少女をながめる。
おいていく。
なんて選択肢はない。
とにかくドワーフのみんなに見せよう。人型の鉱石について、なにか知ってるかもしれないしな。
「ちょ、ちょっと触るぜ…? ダメならダメって言えよ」
念入りに確認したあと、鉱石少女の両脇を掴んでゆっくり立たせた。
重さはそこそこだった。
「人間の女ならこのくらいか」と、思うくらい。
石像の重さじゃない。
鉱石少女は一瞬ふらっとしたが、なんとか自立した。
両手をつなぎ、ゆっくり歩かせてみると10歩ほどで理解して自分で歩き出した。
「鉱石ってすげ〜〜〜のなっ!」
森は不気味なくらい静かだった。
ふたり(ひとりと1体かもしれない)の足音だけがそこにあった。
「オレの歩いた場所をふんでいくんだ。わかるか? それが安全な道だから」
この森はおれの縄張りだ。
おれはこの場所の全てを知っている。
しばらく歩くと、後ろからついてくる足音が止まった。
「どうしたぁ、疲れたか?」
半笑いで鉱石少女の方を振り返る。
と、そこにはおれの背丈を優に超える、異常な高さの人影があった。
「は?」
全く気配を感じなかった……。
そんなことありえねぇ。
ここはおれの縄張り。
森の中のわずかな音や匂いも分かる。敏感に感じ分けることだってできる。
そんなおれが気づかなかった……?
「デケぇっ!」
人影の素早い蹴りが、おれのみぞおちをとらえる。
一瞬の出来事になすすべもなく、背後の樹木に叩きつけられた。
「ぐがぁぁぁっ!」
激痛が全身を襲う。
震える眼球で敵の姿をなんとか捉えた。
フードから覗く怪しく光るのは《赤紫色の仮面》。
表情は見えない。
ボロボロのマントを着た全身黒づくめの人型。
こいつが〈職人殺し〉だと思った。
直感だった。
恐怖でその場から動けない。全身の震えが止まらない。
職人殺しは鉱石少女の美しい首をつかみ、なにかを確認するように女の顔をのぞいている。
ねらいは……そいつか?
だったら今のうちに逃げ……。
いや……!
脳内に父ちゃんと母ちゃんの最期がフラッシュバックする。
おれを逃して職人殺しに立ち向かうふたり。
大きな衝撃音と叫び声……。
泣いて逃げることしかできなかった自分。
あれから6年。
おれはこの日をずっと待っていたはずだ。
なんのためにおれは
おれはっ……!
……おれはあの時のおれじゃない!!!
オレは、鍛冶師のカジバだ!
「オレはもう、逃げねぇ!!!」
背後を探り、樹木に垂れ下がる綱を見つけると、勢いよく引っ張った。
その瞬間、他の木に固定されていた手斧が外れ、職人殺しの背中に振り下ろされる。
おれが仕掛けていた罠だ。
手斧が直撃し、カンッ!と高い音が響く。
職人殺しが体制を崩した。
その隙に鉱石少女の手を取って一目散に逃げる。
「走れぇ!!!」
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
■手斧
主に片手で振る小型の斧。
ハンドアックスは刃の反対側に平坦な底部があるけど、
ハチェットは金槌の頭部がついているよ。
☆番外編!☆
■ホッドミーミルの森
北欧神話に登場するユグドラシルの別名(諸説あり)
本作では主人公の故郷の森として登場。
またみてね!