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秘密戦隊の裏事情  作者: もりよしあき
6/9

Episode6 俳優殿下

流されるままにクロスレンジャーの撮影に、スネゾウのスタントで参加する遠藤は、ついに2本角のスネゾウに昇格する。

しかし深みにはまって行く者は、知らなくてもいい事まで知る羽目になるわけで、なかなか過酷な撮影事情と、複雑な人間関係が明らかになって行く中、小栗恭介との些細なトラブルが、ついには大きな軋轢となって遠藤を苛むことに…。

Episode6 俳優殿下


「行け、クロスレンジャーを倒せ!」

「「「ウォー!」」」

 オズマ軍の幹部、マッドンの号令によりスネゾウ達が、いっせいにクロスレンジャーに襲いかかる。

 今回、スネゾウに混じって、オズマに雇われた傭兵が数人参加している。

 彼らはあちこちの星で悪事を働いたため、故郷の星から追放されたり、喰いつめたりした無法者、という設定だ。

 出生地がバラバラなせいで、戦闘スタイルもバラバラ、奇妙な形状の鎧や武器を装備している。

 某ゲームに出てきそうなモンスター素材で作られた防具や、金属管丸出しの鋼鉄の甲冑を身につけた者など様々だ。

 異形のマスクを被っていたり、派手なメイクを施している者も見られる。


 今日の撮影は、なんどもお世話になっているという、採石場の跡地で行われている。

 あちこちに瓦礫に見立てた、オブジェが置いてあり、ところどころ煙が出ている。

 オズマ軍が破壊した町の一画、という設定らしい。

 いい具合に雑草が繁っていて、ビジュアル的にとてもいい感じだと、アクション監督の鮫島(さめじま)さんが言っていた。

 もちろん撮影の邪魔になるゴミや石ころなどは、オブジェの配置前に拾ってある。

 そのために1時間近く早く現場に入って、あちこち見て回っていたりする。

 意図せずに転んだりすると、ケガをすることもあるからね。


 さながら戦国時代の野武士たちの合戦、と言ったシチュエーションである。

 鎧や剣の鞘がこすれ合ってガシャガシャと音を立て、傭兵たちの雄叫びが荒れ地にこだまする。

 その先頭集団の中に、地球人と顔立ちの良く似た戦士がいる。

 名前をクロガネと言う。

 彼は地球とよく似た星から徴兵された傭兵と言う設定なので、演じる影山(かげやま)裕貴(ひろき)は、顔出しで皮鎧のようなスーツを着ている。

 売出し中の新人だが、小栗(おぐり)恭介(きょうすけ)と違って、影のあるタイプのイケメンなのが制作側の目に留まり、クロス・レッドこと、赤石(あかし)剣斗(けんと)のライバル役として起用されたようだ。

 今回で5回目の登場だが、以降はレギュラーとしてOP(オープニング)にも顔が出るらしい。


 剣斗とクロガネが衝突し、鍔迫(つばぜ)り合いで睨み合う。

「お前に恨みはないが、斬られてもらう。」

「やってみろよ、返り討ちだ!」

 セリフの応酬を合図に、二人とも飛び退いたと思うと、再び接近し、激しい剣の打ち合いを始める。

 双剣使いであるクロガネは、両手の剣を交差させてクロスブレードを受け止めると、片手で支えて一方の剣で赤石剣斗に攻撃を仕掛ける。

 間一髪、バックステップして攻撃を避けた赤石剣斗が、再度接近して力押しでクロガネを退けようとする。

 クロガネの双剣による攻防一体の攻撃が、赤石剣斗を翻弄することになっている。

 そういう筋書きになっているのだが…、どうやら負けず嫌いな小栗恭介は、段取りを無視してクロガネに一撃を入れようとする。

 しかし、クロガネ役の影山はヒョイと(かわ)して演技をやめる。

「小栗さん、台本読んでないんですか?」

 極めて冷静な影山に「アドリブくらい効かせろよ。」と、恭介が先輩風を吹かす。

「打ち合わせ通りやらないと危ないでしょうが!」

「その方が面白くなるんだよ!」

 けわしい顔をする影山に、噛みつかんばかりの小栗恭介が顔を寄せて睨む。

 明らかにケンカを売っているように見える。

 対する影山も引くことはなく、わずかに眉を(しか)めながらも、先輩俳優のプレッシャーを跳ね返している。

 こんな時になんだけど、クロガネのキャラが際立って見える。

 険悪な雰囲気に現場がざわつくが、ADの人が仲介に入って場が収まる。

 と、いうようなことがあり、撮影が何度か中断していた。

 小栗恭介のヒーローらしからぬ言動は、今に始まった事ではないのだが、スタッフの中からは「またかよ。」と、あきれた声も漏れ聞こえていた。

 なかなか、たいへんな職場だ。

 なぜかクロス・ブルーこと青山(あおやま)(じゅん)役の松本(まつもと)賢太郎(けんたろう)まで、事態の収拾に加わっていた。

 小栗恭介とは同じ事務所で後輩らしい。


 ちなみに、スネゾウの集団の中には、俺も交じっている。

 今回は角が一つ増えて2本角だ。

 スネゾウは1本角から3本角まであって、角が多い方が格上という設定だ。

 角が一つ増えただけだが、なんだか出世したような気がする。

 格が上がったからなのかどうかわからないが、ウレタン製の剣を持たせてもらっている。

 この剣は、スタッフ間で“ザコブレード”と呼称(こしょう)されている。

 そのザコブレードでクロス・ブルーこと青山潤に斬りかかったところを、クロス・グリーンの緑川(みどりかわ)ひかるに、ビームガンで撃たれることになっている。

 先日怪我をしたスタッフ(宮内(みやうち)さん、というらしい)はまだ治療中で、当面代役をすることになってしまった。

 クロス・イエローこと宇佐美(うさみ)さんの蹴りに耐えたことで、評価が上がったみたいだ。

 おかげで斬られ役や、撃たれ役に重宝されている…?

 おかしい、コンテナ車のドライバーとして雇われたはずなのに…。


 でかい角を持った牛のような風体の異星人の傭兵が、大きな戦斧(せんぷ)のような武器を振るう。

 青山潤は牛型傭兵の攻撃を、クロス・シューターで受け止める。

 クロス・シューターは遠距離射撃タイプのクロス・ブルーの専用武器だが、近距離では銃剣として使う。

 短めの槍のようだ。

 牛型傭兵と組み合っている青山潤の背後から、ザコブレードを振り上げて迫るスネゾウ(俺)。

 もう少しというところで、肩の後ろで弾ける2発の銃弾。

 スーツに仕込んだ火薬が爆発して、火花と煙が噴き出す。

 パン、パンと軽い音がするが、編集時点で派手な効果音が追加される。

 弾着に合わせて、ザコブレードを放り出して倒れる。

 今回はこんなことも任されている。

 ちなみにクロス・グリーンの専用武器は、2丁拳銃ならぬダブルビームガンで、クロス・バレットと呼ばれている。銃弾が2発ワンセットで撃たれるのはそういう理由だ。

 弾着はスネゾウスーツの肩パーツのところなので、ほとんど痛みは無い。

 でも演技なので、ダイナミックにぶっ飛ばされたように見せるためには、タイミングとか、吹っ飛ぶ時のリアクションを、要求されるので気が抜けない。

 今の弾着後のリアクションも、何度もリハーサルを繰り返した結果である。

 もっとも、宇佐美さん相手の時は、あまり手加減をしてくれないので、リアクションは考えなくても無くてもいいと言われた。

 先輩のスネゾウから、「むしろ命を優先しろ。」とまで言われている。

 今日の撮影でも果敢に向かっていったところを、派手に蹴り飛ばされる。

 出来のいいスネゾウスーツと、正確無比な宇佐美さんの足さばきのおかげで、大きな怪我もなく何とかこなせている。

 リアルなアクションと言うのは、こうしてできるものなのかも知れない。

 蹴りを入れられた腹筋をさすりつつ、そんなことを考えていた。

「大丈夫ですかぁ?」

 ADの人が心配してか、声をかけてくれる。

「大丈夫ですぅ。」

 ちょっとばかり立ち上がるタイミングが遅かったようだが、撮影に支障は出ていない。

 研修の時に受け身やら格闘技の訓練を受けたのは、モブシーンとかで数合わせに、参加させられることがあるからだったらしい。

 でもどうみても“モブ”じゃないよねぇ…。


 スネゾウの着ぐるみに入って、クロス・レッドと剣を使った殺陣(たて)をすることになった。

 後日、いつもの撮影所でのことである。

 今回も2本角のスネゾウスーツを着ている。

「わしも何度かちょい役で呼ばれたことはあるが、毎度毎度ザコ役に呼ばれる奴は始めて見たなぁ。」

 青野さんの話だと、スネゾウ役にそう何度も呼ばれることは珍しいそうだ。

 工場ロケで怪我をした宮内さんも、この時が3回目で、ベテランというわけではないようだ。

 怪我が治ったら、代わってもらえるんですよねぇ?

 ちなみに青野さんは、怪人に襲われる老人役で参加したらしい。


 格が上がったとは言っても、剣を2回受けて、3度目に切られることになっているから、雑魚役には違いない。

「チャン、チャン、バキーンっという感じだ、いいかな?」

「チャン、チャン、バキーンですか?」

「違う、チャン、チャン、バキーンっだ。」

 水木さんが剣を振るって、討ち合うタイミングを教えてくれる。

 それに倣って剣を受ける動作をやってみるが、水木さんの意図した動きと違ったらしい。

「違う、違う。そうじゃなくって、こう。剣を出したところに相手の剣がバキーンって当たる感じだ。」

 剣を受ける角度やタイミングで、カッコいい殺陣になるのだという。

 できればもうちょっと、わかりやすく教えて下さい。

 水木さんは元警察官で、剣道の全国大会で優勝したこともある猛者だという。

 そんな逸材をよくもまあ、こんな仕事に引き抜いたものだ。

 その腕前は、スタントチームの中でも敵う者はいないそうで、素人丸出しの俺は、水木さんと監督からとことん指導を受け、やっとOKが出た。

 しかし、こんな目立つ役を、俺みたいのがやってもいいんですか?順番待ちの人がいるんじゃないですか?

「まだそんなことを言ってるのかい?いい加減諦めて腹をくくるんだ。チャンスは狙える時に狙わないと、掴むことはできないぞ。」

 なんだか口調がきついし、顔つきもいつもと違う。

 我ながら不甲斐なく思うが、こんなすごい人たちを相手にしていると思うと、卑屈にもなるってものですよ。

 あと、チャンスとか、狙ってるわけではないですからね。

「水木の相手なら、誰がやっても変わらんよ。ほれ、マスク被ってりゃ誰なのかもわからんしな。」

 アクション監督の鮫島さんが、楽しそうに答えてくれた。

 この人たちが相手にしているのは、テレビの前の子どもたちだ。

 誰がその役をやっていても、面白くできればそれでいいってことなのだろうか?

 …それなら、俺じゃなくてもいいんじゃないですかね?

「今度は怪人の方をやってもらっても、いいかも知れませんね。」

 俺の意見は聞いてもらえないようで、水木さんが監督に、そんな提案をしていた。

 ザコから名前付きの怪人に取り立ててもらえるのなら、かなりの出世だが、当の二人が新しいおもちゃを手に入れた、子供みたいに見えるのは気のせいですよね?


 撮影の後も演技指導を受けていたので、一人だけ遅くなってしまった。

 近道だったので、倉庫の間を抜けて更衣室へ向かう。

 いくつか並んだ倉庫の前で、見知った人物を見かけた。

「だからさあ、一度僕と付き合って欲しいんだ。」

 小栗恭介が、黄金野(こがねの)すみれ役の長澤(ながさわ)恵美(めぐみ)を口説いている(?)場面に遭遇してしまった。


 …ここは撮影所である。

 撮影かな?と思ったが、カメラとかは無いし、撮影スタッフも居ない。

 もしや稽古では?とも考えたが、違うようだ。

 そんな展開は脚本になかった。

 どうやら小栗恭介は、長澤恵美をマジで口説いているらしい。

 黄金野すみれはお嬢様育ちで世間知らずだが、正義感に厚く、芯の強い女性という設定である。

 演ずる長澤恵美も、慎ましやかで楚々とした雰囲気を持っている女性(ひと)だ。

 俺の感覚で言えば、和服の似合いそうな美人さんだ。

 恭介でなくとも、魅かれている男は少なくない。

 この『紋章戦隊✝クロスレンジャー』が、初のレギュラー出演だと聞いている。

「やめて下さい、前にもお断りした筈です。」

 どうやら、更衣室へ向かうところを引き止められたようで、いささか困っているように見える。

 会話の流れからすると、一度は断っているってことだよね…。

 諦めの悪いらしい小栗恭介は、長澤恵美を引き留めて再チャレンジ(?)に臨んだのだろうか。

 俺も堀江(ほりえ)さんにフラれた後、もう一度チャレンジしてみようか、どうしようかと悩んだことがある。

 結局近づくこともできずに終わってしまったけど、あえてそれをやっている小栗恭介は、凄いのかどうなのか?

「僕と付き合うことが、君にとってもいいことがあると思うんだ。」

 つまり、彼の役者としての人脈で、‟もっといい仕事ができるようになる”ってことかな?

 そう言えば彼は芸能人一家の出だったよな。

 自慢げに、顔の横で人指し指をくるくると回して、ポーズを取っている。

 誰の真似?

 少女漫画なら、背景に花が山盛りで描かれているところだろうか。

 口調は爽やかだけど、その口説き文句はどうなのかな?

 経済力を笠に着て、町娘をかどわかす(おろし)問屋…の若旦那?みたいだ。

 ちなみに俺は今、物言わぬオブジェと化して、彼らの比較的近い場所に居る。

 倉庫の脇にスネゾウスーツが数体並べて干してあって、偶然にもその一画に出てきてしまった。

 そんなわけで俺も“着ぐるみである”と思われるように動かないようにしている。

 できればこの場を去りたいものだが、今動くと気付かれてしまう。

 なにせ小栗恭介のことだから、八つ当たりで何されるか分かったもんじゃない。

 何とかこの場をやり過ごすつもりでいたのだが…。

「いい加減にしろ!このボンクラ野郎!!」

 すごく威勢のいい声が響いた。

 倉庫の屋根にとまっていた鳥たちが、バサバサッと飛んで行った。

 俺ももう少しで、後ずさってしまうところだった。

 でも、もっと驚いていたのは、小栗恭介だった。

 ポーズを取ったまま、目を見開いて口を半開きにした顔で固まっている。

 声の主は長澤恵美だ。

「私はねぇ、この役を足掛かりにして、もっとたくさんのドラマや映画に出るの!そしていつか、夏目真紀子さんや汐見恵理さんと肩を並べる女優になるのが夢なの!」

 夏目真紀子さんは映画「孤島の少年野球団」や、「極道の花」シリーズに出ていた大物女優だ。汐見恵理さんは子供向けのアクション番組から人気が出て、映画女優になった人だ。

「そ、その夢の力になれると思うんだ、僕は。」

 焦っているのか、声がかすれている。何とか虚勢を保とうとしているみたいだ。

 うん、ビックリしたもんね、わかるよ。

「冗談じゃないわ、まだ道を踏み出したばかりだって言うのに、あんたみたいな石ころにつまづいて溜まるもんですか!」

「い、石ころ…?」

 弱々しげにつぶやく恭介に、長澤恵美が怒涛の勢いでたたみかける。

「いい?この話は黙っておいてあげるから、あんたも黙っておきなさいよ、お互いの為だからね。あと撮影中にべたべた触るのやめてよね。そういう関係の設定じゃないんだから、いいわね?」

 あまりの迫力に、動けなくなっている恭介の横を鼻息荒く、通り過ぎて行く長澤恵美。

 着ぐるみの振りをしている俺の前で立ち止まる。

「あんたも余計なこと喋るんじゃないわよ?」と言って睨まれた。

 思わず“気をつけ”して右手を上げてしまった。

 このポーズは幹部からの指示に、スネゾウが了解の意を示すものだ。

 彼女はそれを見て、「フッ。」と笑うと更衣室の方に歩いて行った。

 ばれてた…。(あなど)りがたし長澤恵美。

 彼女みたいな人なら、大女優も夢でないのかも知れない。

 一方、恭介の方は信じられないものを見るような感じで、例えるなら梅図某先生のキャラみたいに口を開けたまま、こちらを見ていた。

 失礼します、と言う代わりに頭を下げたら、勢いが良すぎたのか、スネゾウマスクが落ちた。そう言えば、マスクの留め金を外したところだった。

 あれっ?恭介と目があってしまった。

「運び屋ぁ、きさまかぁ~!」

 背中に火の玉を背負(しょ)って、太鼓と笛の効果音が聞こえそうな感じでこちらに迫って来る。

 さすがに役者生活が長いだけのことはある。

 感情表現が半端ない。

 一応、誉め言葉である。

 しかし、名前は覚えてもらってないようで残念だ。

 捕まったなら、何をされるかわからないので逃げることにした。

 案の定、鬼の形相で追ってくる。

 撮影所の中を逃げているので、ドラマの撮影かなにかに見られたかもしれない。

「遅くまで大変だなぁ。」と、声をかけられたので見ると、青野さんが引き上げるところだった。

 訓練とかじゃありませんからね。

 障害物の多そうなところを選んで逃げていたら、3周目くらいで振り切ることができた。

 持久力で(まさ)っていたのが、幸いしたようだ。

 恭介がへばっているうちに、退散することにした。


 小栗恭介は、子役の頃からドラマや映画に出ている俳優だ。

 彼の祖父は大物俳優だし、父も母も兄も役者という芸能人一家の出だ。

『バツイチ刑事奮戦記』は、彼が小学生の時に出演し話題になったTVドラマで、最終回で父親役の江口(えぐち)修平(しゅうへい)と抱き合うシーンは、視聴者の涙を誘った。

 可愛らしい容姿も相まって“名子役”と評判も高かった。

 それ以降もいくつかのドラマや映画で出演していたが、学業と役者の二足の草鞋(わらじ)は難しかったらしく、ここ数年は主だった出演作がない。

 そんな彼が久々にメインキャストを務めることになったのが、クロスレンジャーだった。

 ルックスもスタイルもいいからファンは多いけれど、言葉づかいが横柄だし、無茶な注文をするしで、何よりスタッフには上から目線で接して来るので、用事がなければ近寄りたくないキャラだった。

 でもまぁ、役者本人が演じるキャラクターとは別人格なのは当たり前なので、役に没頭している時の小栗恭介は、間違いなく役者なのだった、が…。

「だ、大丈夫だ…、すみれ。」

「剣斗…。」

「すみませーん、NGでーす!」

 その声にスタジオ内がどよめき、役者さんたちが元の位置に移動し、小物やカメラが再配置される。

 小栗恭介が、NGを出しまくっていた。

 赤石剣斗が黄金野すみれを慰めるシーンの撮影で、すみれの肩に手をかけることになっているのだが、恭介の演技がぎこちなくなっていた。

 なにより表情が固い。

 原因は先日の一件で間違いない。

 スタッフの皆さんは、知らないだろうけれど…。

 ちなみに、すみれ役の長澤恵美は、何度NGを出されても余裕で演技をこなしていた。

 大女優を目指している、というだけのことはある。

 (うつわ)の違いってやつかな?

 さてその影響は、恭介のアクションにも如実に現れていた。

 殺陣(たて)の順番を間違えて、スネゾウに剣で斬られる。

 それをスネゾウ役のスタントマンのせいにして、暴言を吐く。

 認めてもらえないと拗ねてどこかに行ってしまう。

 もしくは剣の討ちあいで、とことんスネゾウに当たり散らす。

 そして、その役割(とばっちり)は、俺のところに回って来るのだった。

 俺が参加している乱闘戦では、どういうわけか俺に向かって来て、無茶苦茶に剣を振り回す。

 スネゾウの攻撃は、レンジャー達には当たらないことが定石(セオリー)になっている。

 そういうシチュエーションであれば別だが、レンジャーに避けられるか、彼らの得物で受け止められるというのが基本だ。

 変身前であればプロテクターの付けられる部位も限られているし、顔や素肌が露出しているから怪我をしかねない。

 なにより、ヒーローが雑魚キャラに斬られちゃったら、カッコ悪いからね。

 逆にレンジャーの攻撃をスネゾウは、結果として受けなければならない。

 たまに避けたり、剣で受けたりしても、二手三手先の攻撃で斬られるか、()っ飛ばされる。

 もちろん事前の段取りで、攻撃のパターンが決めてあるからできる事だし、攻撃する方も受ける方も、力加減やタイミングには気を付けている。

 でも小栗恭介は、そう言った段取りを無視することがある。

 なので、こちらはやられ放題。

 スネゾウスーツの上からなので、かなり衝撃は緩和されているがやっぱり痛い!

 でも、いつも10人くらいスネゾウがいるのに、俺のスネゾウが判るのは何故だろう?

 何か特殊能力でもあるのかな?

 台本にはないから、撮り直しになることもあるが、そのまま撮影が続行される時もある。

「キャッ!」

 緑川ひかる役の綾瀬(あやせ)由紀(ゆき)さんと接触、転倒させてしまった。

 レンジャーとの乱戦状態の中で、剣を受けて押し返した後に斬られるはずだったが、恭介が蹴りを入れてきたので、予定と違う方向に転がってしまったのだ。

 綾瀬さんも別のスネゾウと戦っていたために、想定外の方向から転がって来た俺に気が付かなかったらしい。

 後ろ向きにひっくり返り、俺の上にお尻から倒れ込んだ。

 綾瀬さんが演じる緑川(みどりかわ)ひかるは、ちょっと可愛い感じでチームのムードメーカーである。

 クールな黄金野すみれとは、対照的なキャラクターなのだ。

 彼女は豊かな表情と胸の持ち主なので、ラッキースケベ的なことを期待しなかったわけではない。

 が、念のために言っておくと、スネゾウスーツの上からでは、そのへんの感触はわからなかった。残念。

 幸い怪我はなかったものの、現場は騒然となり、撮影は一時中断となった。

「小栗さん、ダメじゃないですか、打ち合わせ通りやってくださいよ!」

「あのスネゾウが、上手く合わせられないのがダメなんだ。」

 さりげに責任転嫁されている。

「他の人がケガしたら、どうするんですか!」

「なかったからいいじゃないか!とにかく僕は悪くない!」

 ADの人が我慢ならんと文句を言っているが、恭介は自分の非を認める気はないようだ。

 恭介のマネージャーの人が間に入って、頭を下げていた。

「小栗さん!」

 綾瀬さんが割り込んできた。

「乱闘シーンのアドリブは、やめて下さいって前にも言ったじゃないですか!」

 立て続けのNGに腹を立てたようで、目じりには涙を溜めている。

 そうか、前にもやっているのか。

 女の子の涙にはさすが勝てないようで、「今日は気が乗らないから帰る。」と言って(きびす)を返して歩き出した。

「小栗、あれはいけない。」

 出番待ちをしていた宇佐美さんが忠告したが、「可愛げのない女は黙れ!」と、吐き捨てて去って行った。

 何度も言うけど、それはヒーローのセリフじゃないからね。

 その後、宇佐美さんが元気ないように見えたけど、スタントでは気合いの入った拳を入れてきたから、たぶんたいした事はなかったのだろう。

 でも拳を振るう時の掛け声が「スケベ野郎。」だったのはなんでだろう?

 本編では綾瀬さんの声と、SE(効果音)が入るので聞こえないけどね。


 翌日、昨日の乱闘戦の撮り直しが行われたが、(しょ)(ぱな)から赤石剣斗にロックオンされてしまった。

 飛びかかって行くスネゾウ達を全てかわしたり、いなしたり、飛び越えたりして、俺の方に迫って来た。

 (まれ)に見るキレのある動きである。

「きっさまぁー!!」

 そしてこれまた迫真の演技(?)で、クロスブレード(クロスレッドの剣)を振るって来る。

 このまま討たれておけば、それで終わったかもしれないのだが、ザコブレード(スネゾウ専用の剣)で受けとめてしまった。

 いや、なんか怖かったし、当たったら痛そうだったし…。

「雑魚キャラが、僕に勝てると思うのかーッ!」

 アフレコするからって、そのパワハラ発言はどうかと思いますよ?

 しかし、技斗(ぎとう)の方はしっかりできているようで、次から次へと剣が打ち込まれてくる。

 ここ数日、水木さんに指導を受けている成果なのか、受けるのが精一杯だが打たれるのは避けることができた。

 しまった!と、思った時はもう遅かった。

 適当なところで一発喰らっておけばよかったのだが、カットの声がかかるまで全部受けとめてしまった。

 それでも鍔迫り合いをやめなかったので、スタッフに引き離された。

「小栗さん、頼みますから段取り合わせてくださいよぉ。」

「それくらい、脚本の手直しでなんとでもなるだろう!」

 ADの人が脚本を手に抗議しているが、恭介は全く気にしていないようだ。

 ついに監督に泣きを入れた。

「どうしましょう、監督。」

 アクション監督の鮫島さんは、大人数での乱戦にこだわりがあるらしく、毎回乱闘シーンを導入する。以前は時代劇、合戦物のカメラマンをやっていたという。

 その鮫島さんは、今の映像を手元のモニターで見ながら、他の撮影班のチーフと話している。

「いいんじゃないかな、それで行きましょう。ただし、今のシーンはカメラが付いて行ってないので撮り直しね。」

 どうやら恭介が、並々ならぬ迫真の演技を見せたことが気に入ったらしい。

 が、周りの皆さんは困り顔だ。

「恭介君、今のもう一回行けるかね?」

「行けます!」いい顔をして返事をしていた。

「よし、やろう!」間髪いれずにGOサインを出した。

 できれば俺の意見も聞いて下さい…。

「監督、スネゾウ役の彼は素人同然です。派手なアクションは怪我の原因になります。」

「う~ん、なんか遺恨があるみたいだけど、ここで解消しておかないと(くすぶ)りそうだしねぇ…。」

「しかし、怪我でもしたら…、」

 援護してくれている水木さんを遮って、鮫島監督が続ける。

「それに恭介も、スネゾウの彼も化けるかも知れんからね。」

 水木さんが監督に進言してくれたが、撮影方針に変更はないようだ。

「長瀬さん、ここの脚本、ちょっと変えていい?」

 長瀬さんというのは、ドラマパートの監督さんだ。

 この作品は、ドラマパートとアクションパートを別の監督が受け持っている。

 その二人が、なにか話している。話の展開とか変更があるかも知れない。

 本来、赤石剣斗と討ちあうはずだったクロガネは、青山潤が相手をすることになったらしい。

 青山潤役の松本賢太郎氏は二つ返事で承諾したようだが、クロガネ役の影山裕貴は納得がいかないようで監督に抗議していた。

 水木さんが困った顔で近づいてきた。

「遠藤君、こうなってはもう止められない。とりあえずケガとかしないように頑張れ。」

「隙があったら蹴りでも入れてやれ!」

 茅原さんが無責任な発言をしている。

 心なしか楽しそうだ。

 さっきと同じ動きが出来るかわからないけど、いいんですか?

「腹に力を。」

 宇佐美さんから、励ましの言葉(?)とともに、新しいスネゾウマスクを手渡された。

 取り替えろってことですか?

 あれ?角が1本多いですよ、昇格ですか?

 上級職のスネゾウマスクらしい。赤石剣斗と1対1で戦うのに、見合うセッティング だという。

 影山裕貴と監督の話し合いは、松本氏が影山を説得して、やっとまとまったようだ。

 赤城剣斗とクロガネのバトルシーンは見せ場の一つなので、影山が文句を言うのもわかる。

 なにせ絶賛売出し中なわけだから、見せ場を削られるのは避けたいよね。

 アクションシーンを増やしてもらうことで、しぶしぶ了承したみたいだった。

 鮫島監督が楽しそうにニヒヒッと笑っていた。

「撮影再開しまーす!」と、ADの人から合図があって、スタッフが各々の持ち場に移動する。

 プロの職人さんばかりなので、さすがに行動が早い。

 さながらセコンドに見送られて、チャンピオンに向かって行く挑戦者のように、俺も持ち場に向かう。

 長距離ミサイルの発射台があって、そこをクロス・レッドの攻撃から護るのが役目だ。

 本来の担当のスネゾウと、配置が入れ替えられた。

 これなら赤石剣斗の相手をするのに何の問題もないだろう。

 アドリブだからと言っても、雑魚キャラの攻撃は、ヒーローに当たらないことになっているので、茅原さんの無責任な助言は、参考程度に覚えておこう。


「アァクション!」

 ゴングが鳴った、いや撮影開始の合図だ。

 全員が一斉に動き出す。

 さっきと同じ感じで、他のスネゾウ達をかわしながら、赤石剣斗が迫って来る。

 ああ、確かにいい顔をしている、動きもいい。

 ジャンプして上段から斬りかかって来た、赤石剣斗のクロスソードを、バスターソード(斬罵刀サイズ)で受け止める。(しょう)ボス的な感じに見えるように、持たせてもらったものだ。

「得物が変わったからって、遠慮はしないからな。」

 だから、ヒーロ-として、そのセリフはどうなんですか?

 喜々としてクロスソードを振り回してくる。

 バスターソードはいわゆる大剣なので、ザコブレードに比べて扱いにくい代物だ。

 受けては弾き返し、時にいなして剣を打ち込む。

 すぐに次の剣が打ち込まれて来るので油断できない。

「雑魚キャラだろうが!なんでヒーローに倒されないんだ!」

 すぐに倒されちゃったら、この撮影の意味が無くなっちゃうんじゃないかな?

『ときに体制を整えることも重要だ。』

 水木さんのアドバイスにもあったので、間合いを取り再び剣を構える。

 しばらく続けているうちに、恭介の動きが鈍くなってきたような気がする。

 なんとなく荒い呼吸をしている。

 鍔迫り合いで、動きが止まってしまった。

『隙があったら蹴りとか入れてやれ!』茅原さんのアドバイスを思い出した。

 恭介の剣を強引に押しのけて、怯んだすきに腹に蹴りを入れて見た。

 うまく(かわ)してその隙に打ち込んでくるかな?とか思ってやってみたのだが、見事に腹に入ってしまった。

「あ!」なんだか、昨日の意趣返しみたいになってしまって気まずい。

 スネゾウが、レンジャーに攻撃を当てる予定はなかったので、後で怒られるかも知れない。

 が、カットの声がかからなかったので、アクションは続行だ。

「きっさまぁー!」

 後ろによろめいた後に、鬼の形相で連続して剣をぶつけて来る。

「ウオォー!」雄叫びが響く!

 すばやい連撃をバスターソードで受け止める。なんとか凌げそうだ。

『力負けした振りをして、打たれて倒れて。』

 天の声が聞こえたので、クロスソードをはじいた後、次の剣撃に耐えきれなかった振りをして斬られる。

 本編では斬られたところに、火花のエフェクトが入るはずだ。

 バスターソードを落として、万歳する感じで倒れた。

 恭介が追撃を加えようと剣を振り上げたが、「カット!」の声がかかったのでそこでとまった。

 恭介としてはもう一撃入れたかったようだが、「フンっ」と鼻で笑って下がって行く。

 小声で「思い知ったか。」とか、ぼやいていたようだ。

 思い知らなければならないようなことなんて、ないんですけどねぇ。

 あと、息が上がってるのはヒーローらしくないですよ。

 この後は変身して、水木さんと交代するので撮影には問題無いだろう。

 疲れた、こちらも息が上がっていた。

 まだ陽は高く、真っ青な空に飛行機が雲を引いて飛んでいるのが、マスク越しに見えた。

 大きくため息を吐いて、そのまま大の字で寝ていたら、『もう大丈夫。』とまた、あの声が聞こえた。

 4本角のスネゾウマスクは、通信のできるタイプで、声の主は宇佐美さんだった。

 体を起こして正面を見ると、恭介が監督やスタッフに囲まれて、今のアクションを絶賛されていた。

 監督がこちらを見て親指を立てている。

 うまく出来たらしい。

「お疲れさん!」

 水木さんに手を貸してもらって立ち上がり、宇佐美さんに助言のお礼を言った。

「あれ以上続けると、小栗が持たない。」

 あぁ、なるほど、恭介の体力が持たないことを、宇佐美さんも気付いていたんですね。

 小ボスとはいえ、スネゾウが主役を倒しちゃったら、収拾がつかなくなっちゃいますからね。

「彼のメンツも保てたし、万事解決ってわけだ。」

 佐々木さんが嬉しそうに背中をたたく。

「でもなんで、恭介に睨まれてたの?」

「なんででしょうねぇ?」

 茅原さんの質問には、すっとぼけることにした。

『長澤恵美にふられた八つ当たりです。』なんて話はとても口にできない。

 個人的には凄く面白そうだけど、長澤さんにも口止めされているし、武士の情け、いや、また、絡まれた時の保険に黙っておこう。

 キャスト同士のスキャンダルなんて、子供番組には似つかわしくないしね。

「女がらみ。」という声が聞こえたので、ドキッとする。

 声のした方を見ると、相変わらず無表情な宇佐美さんがいた。

 相変わらず勘がいい。

「ホント?」

 こういう話の大好きな茅原さんが、目をキラキラさせて食いついてきたが、「何か思い違いをしているんでしょう、自意識過剰な人だし。」と、ごまかしておいた。

「それもそうか。」納得してくれたみたいだ。

「根拠はない。」

 宇佐美さんもそう返していたから、現場を見たわけでないのだろう。

 しばらくのあいだ、恭介の長澤恵美に絡む演技がぎこちなかったが、こればかりは当人が解決するしかない。

 ちなみに恭介が、俺がどのスネゾウに入っているか分かったのは、衣装スタッフに命令して、マスクにテープの切れ端を貼らせていたからだった。

 奴に変な能力とか無くって本当に良かった。

 今度、ほかのスネゾウマスクにも、テープを貼り付けてやることにしよう。


 余談だが、スネゾウ役の先輩に、俺みたいなポッと出の端役が、小栗恭介の相手で良かったのか、気になったので聞いてみた。

 こういう業界では、年功序列でキャスティングされるんじゃないんですか?

 彼の(殺陣の)相手は誰もやりたがらないので、俺が引き受けてくれるのは、無問題(もうまんたい)だという返事が返ってきた。

「あてにしているよ!」と、監督から肩を叩かれたが、それって面倒なことは、全部丸投げってことですよね?


Episode7「猫を(かぶ)れ!」に続く

この後の展開を考えていたら結構な時間がかかってしまいました。

特撮映画の撮影に参加したことは無いので、実際の現場ではどんなことが起こっているのかはわかりませんが、こんなことがあったら楽しいだろうと想像しつつ書きました。

某戦隊モノの出演者の方が、「撮影では敵役の演者とも仲良くやっていた。」と言っていましたから、この話のようなことは無いのだろうと思っています。(これも想像です。)

今回は遠藤とスタントの皆さん、小栗恭介との距離感がわかっていただければいいかと思います。

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