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秘密戦隊の裏事情  作者: もりよしあき
4/9

Episode4 侵入者を討て!

映像制作会社G.A.M.(ジーエーエム)に入社した遠藤は、撮影現場への資材の運搬や雑用などを任されていた。ある日の撮影現場で、水木たち4人の普段の姿を見ることになる。さらに撮影所に入り込んだ不審者の対応を指示されたり、成り行きでザコ戦闘員をやることに…?

Episode4 侵入者を討て!


 車の運転は好きだったので、大学にいる間に免許を取っていた。

 バイトにも有効だったしね。

 好きなことを活かせる会社に就職したいとは思っていたが、先日のウサ耳男騒動のような、カーチェイスがやりたかったわけじゃない。命がいくつあっても足りないし、それ以前に神経が持たない。

 また同じことをやれとか言われたら、全力で拒否したいと思う。

 しかし、一芸入社みたいな形で雇われた以上、拒否権があるかどうかは不明だ。

 そんなわけで無事に(ジー).(エー).(エム).に就職できた俺は、撮影現場へコンテナ車を走らせている。

 今日はクロスレンジャーのスーツを運んでいるのだが、たかがスーツのためにコンテナ1台とはどうだろう?他には何も積んでいないはずだけど…。

 しかも、搬送するための注意事項が、なかなか変わっている。

 まず、専用の作業着を着る。これはわかる。なんと言っても正社員だからね。

 普通のツナギだけど、胸と背中に“G.A.M. Staff”と会社のロゴが入っていてカッコいい。

 次に、運転中も専用のヘルメットを着用する。

 バイク用のものと似ているけど、某怪獣攻撃部隊みたいなデザインでなかなかカッコいい。

 ファンが内蔵されているのか、ヘルメットの中が()れない。

 特にすごいのが、ボタン一つで顔面保護用のシールドがシュッという感じで降りて来る。

 しかも、口元以外は不可視になっていて、未来の警察みたいだ。

 ここまでは全車共通で、ここからが違う。

 このヘルメットをきちんと装着していないと、車のエンジンがかからない。

 稼働中にヘルメットを外すと、エンジンが止まり、本社から確認が取れるまで動かせなくなるらしい。

 徹底した従業員の管理、ってとこなのか?

 シールドは必要な時以外、しなくてもいいらしい。

 必要な時って、どんな時だろう?思い当たるところがない。

 ナビゲーターの青野さんに聞いてみたが、今まで必要なことは無かったという。

「乗車前の点検で毎回動作を確認しちゃいるが、実務で使うこたぁなかったなぁ。…あぁ、西日がきつい時に使うと、すごく視界がいいぞ。」

「そうなんですか!」

 半透明の黒っぽい素材で出来ていて、太陽光をかなり防いでくれるという。

 今のところ、西日(にしび)対策以外に使い道はないらしい。

 気にはなるが、考え始めると気が散るので、運転中は考えないようにしている。

 他には、カーナビの指示通りの道を走ることと、遠距離の場合は休憩の場所も決められていた。

 突発的な事故や、天候などの影響以外で、ルートや時間を守れなかった場合は、ペナルティがあるらしいが、どういうものかは教えてもらえなかった。

『その時のお楽しみにしておいてね。』と、桂木さんがウインク付きで言っていた。

 ちょっと、ドキッとした。

 …この人も得体(えたい)が知れない。

 そして、コンテナを現地に着くまで開けないのは、重要事項の一つだ。

 某アクション映画みたいで、テンションが上がる。

 さらに指定された人間以外は、開けられない仕組みになっているという。

 つまり俺は開ける事ができない。まあ、必要はないけどね。

 なんでここまで厳重なんだろう。

 あと、実務に着くまでの数日間、研修として柔道の受け身とか、体さばきの訓練を受けた。

 体力づくりかと思ったが、なんだか違うようだ。

 何だったんだろう?

 ちなみに青野さんは、60代後半の男性で、少し前までドライバーをやっていたのだが、体力的に(主に腰が)辛くなったので、今はナビをやっているとのことだ。

 若い頃からトラックドライバーをメインに、運送の仕事に関わっていたらしい。

 G.A.M.創設当時に、転職してきたという。

 陽に焼けた浅黒い顔で、ちょび髭とサングラスの似合う、いかにもトラック野郎な風体の人だ。

 指導員のようなポジションらしく、車両の操作や仕事以外にも、いろんなことを教わっている。


 廃業中の貸工場に到着した。

 今日の目的地であるここは、特撮に限らず、映画やドラマの撮影場所として、たびたび使われているという。

 廃業中とは言っても、管理会社から契約が無い時に貸してもらっている物件なので、廃墟ではない。電気も水道も使用可能だ。

 駐車場にコンテナ車を停めて、スタッフとチェックリストを確認していると、テレビで見たことのある人物が近づいて来た。

 クロスレンジャーのクロス・レッドこと、赤石(あかし)剣斗(けんと)役の小栗(おぐり)恭介(きょうすけ)だ。

 子役の頃からテレビドラマでよく見ていたが、なかなかのイケメンになっていた。

 ここ数年は出演作が少なく、出ていても端役ばかりだったのだが、今回のクロスレンジャーでは、久々のレギュラー、メインキャストでの出演となった。

 確か、俺より1つ年上のはずだ。

 彼が近づいてくると、周りのスタッフは打ち合わせを手早く終わらせて、そそくさと離れて行った。

 青野さんもいつの間にか、いなくなっていた。トイレかな?

「スーツの確認をしたいから、コンテナを開けて。」

 いかにも急いでいるような感じで、小栗恭介が声をかけてきた。

 コンテナは指定された人間以外開けられない、運転手である俺も例外ではない。

 半年近く撮影に参加しているのに、“そんなことは知らない”なんてことはないよね?

「なにをしている、早く開けてくれないか?撮影が始まってしまうじゃないか!」

 撮影準備をしているスタッフの方を指さして、迷惑そうに言う。

 このコンテナに積んであるのは、スタントマン用のスーツで、キャストの皆さんが着用するものは、既に運び込まれているはずなんですが…。

「はは~ん、君、新人だね。撮影現場では時々こんな具合に間違うことがあるんだ。こっちのコンテナが僕の着るスーツを乗せているんだ。さあ、早く開けてくれないか。」

 クスッと小さく笑って、こちらを諭すように話す。

 確かにそういうこともあるかも知れないと、思えてくるから不思議だ。

 さすがに役者経験が長いだけはある。

 身振り手振りも交えて、とても爽やかな雰囲気を醸し出している。

 …確かに入社して、ひと月も経っていませんけど、コンプライアンスくらいは知ってます。

 契約内容を守れないようでは、会社員としては失格なんです。

 せっかく雇ってもらったのに、早々に解雇されるのは願い下げです。

 何を隠そう、俺にも開けられないんです。

「なに言ってるんだ!このコンテナの運転手だろう?開けられないわけないじゃないか!」

 俺の返答に納得がいかないのか、両腕をバタバタさせて怒っている。

 …上手く言いくるめたら、開けてもらえると思ったのかな?

 あげくコンテナのドアノブを掴んで、ガチャガチャと引っ張る。

 顔を真っ赤にして唸っているところを見ると、マジで力を入れているようだ。

 そんなことしても開きません。

 …じつは俺も試しました。青野さんがトイレに行ってる隙に…。

「そんなのはおかしいだろう!なんで開けられないんだ!」

“なんで”と言われてもなぁ…。

「あなたみたいに、何でもかんでも触りまくる人がいるからですよ。」

 ()()()()猫背(ねこぜ)、度の強そうなメガネをかけた壮年の男性が近づいて来た。

 アロハシャツに短パン、裸足に運動靴という、凄くラフな格好をしている。

 その後ろから、青野さんが歩いてくる。

 人を呼びに行ってくれていたらしい。小さく手を振っている。

綾地(あやち)監督…。」

 小栗恭介が、ドアノブから手を放して男性の方を見た。

 どうやら今日の監督の、綾地(あやち)日出夫(ひでお)氏であるらしい。

 映画のメイキングとかで、何度か見たことがある。

 若い頃から自主製作で映画を作っていた人で、特撮の演出には定評のある人だ。

 過去の特撮作品にも多く参加しており、ベテラン俳優にも一目おかれている。

「何度も言うようですが、スタントマンは体を張って危険な撮影をしてなんぼです。そのためのスーツや道具です。不具合が発生して、事故など起こしてはならんのです。」

「じゃあ、僕のスーツにも同じような機能を付けてくれよ!」

 あれ、スタント用のスーツには、何か特別な機能でも付いているのかな?

 撮影技術とCGの合成とかで、すごい映像になっているんじゃないの?

「スタント用のスーツは長物を使った殺陣や、爆発シーンの撮影にも耐えられるよう頑丈にしてある分、硬く重いんです。慣れた人でないと使いこなせません。」

「嘘だ!あんな派手なアクションやるには、スーツに特別な仕掛けがあるに違いないんだ!」

 うん、テレビの映像を見ていると、そんな風に思えることあるよね。

 その辺は同感だ。

「何度も言ってますが、少しばかり頑丈なだけです。」

「じゃあ、僕にも派手なアクションをやらしてくれよ!」

 綾地監督は、ますます困った表情になった。

「…俳優の皆さんに、怪我をさせるわけにはいかんのです。そのためのスタントマンです。」

「あんなプロレスやチャンバラごっこじゃなくて、もっと凄い特撮に参加したいんだ、僕は!」

 確かに子供向け番組だけど、チャンバラごっこはひどい。

 監督も口元を(ゆが)めているから、なにか言いたいことを我慢しているのだろう。

 一視聴者として言わせてもらえば、小栗恭介のアクションも良くできていると思う。

 赤石剣斗のキャラクターとしても申し分無いし、専門雑誌での評判も上々だ。

 でも彼は、特撮パートに参加できないのが、気に入らないらしい。

 そこはスタントマンの役割だからねぇ。

 …もっとも、クロスレンジャーの場合、異星人や地球外生命体の相手もしなければならないみたいだけど。

 日本でも吹替なしでスタントをやる俳優さんが増えて来たけど、彼もそんな風になりたいのだろうか?

 でも、主役に怪我でもされたら、製作会社としては困るしね。

 プロの役者であるなら、我慢するところはしてもらわないとね。

 どんな端役でも、出番をもらえるだけで有難いっていう人もいる訳だし。

 そういえば、彼のお爺さんは大物俳優だったよな。

 綾地監督が、歯にものが挟まったような言い方しかできないのは、そのせいなのかな?

「小栗さん、ミーティングを始めますよ~。」

 マネージャーらしい女性が呼びに来た。

「わかりました!すぐに行きます。」

 小栗恭介は、にこやかに返事をして、こちらをキッと睨んでから去って行った。

 それ、どう見たって悪役の所業(しょぎょう)ですよ。

 小栗恭介が離れていくと、綾地監督が声をかけてきた。

「迷惑をかけたみたいだが、これからも今の調子で頼むよ。」

 こんな感じでいいのなら、お安い御用です。

 どのみち俺には、コンテナを開けられないですしね。

 それに小栗恭介の無茶振りには気を付けるように、桂木さんからも念を押されているんです。

『主役だからと言って、甘やかしてはダメですよ!クロスレンジャーは彼一人の力で出来ているわけではないですからね。』だそうだ。

 そんなことよりも、監督がそんなに低姿勢でいいんですか?

「これも監督の仕事だよ。」と、苦笑いをして、打ち合わせに戻って行った。

 役者さんはみな個性の塊だから、全員をまとめるっていうのは、たいへんな仕事なんだろうな。

 そう思いながら、丸っこい背中を見送る。

 そうこうしているうちに、荷物を受け取りにスタッフの人がやって来た。

「お疲れさん!さっそく洗礼を受けたみたいだねぇ。」

 手を振りながら近づいて来たのは、茅原(ちはら)さんだった。

 ウサ耳男捕縛の際に、二丁拳銃を撃ちまくっていた人だ。

 いつぞやの黒いスーツではなく、私服らしいラフな格好をしている。

 なかなかお洒落さんだ。

 でも露出している二の腕には、しっかり筋肉がついているのがわかる。

 ニヤニヤしているところを見ると、さっきのやり取りを見ていたらしい。

 見ていたのなら、助けて下さい。

「小栗とは関わりたくないの。いつも上から目線で絡んでくるし、宇佐美にもちょっかいを出してくるし。」

 茅原さんが、めいっぱい嫌な顔をしているところを見ると、本人の性格が災いして一時期仕事を干されていた、という噂は本当らしい。

 この業界に長くいると、偉そうになっちゃうんでしょうかねぇ?

「でも小栗がやり込められることはそうないから、なかなかの見ものだったよ。」と言って、いい顔で笑う。

 それは良かったですねぇ…。

「…もっとやって良し。」

 耳元から声が聞こえて、背中がぞわぞわっとした。

 あわてて振り返ると、いつの間にか宇佐美(うさみ)さんが立っていた。

 つくづく神出鬼没な人だ。

 できれば気配を消して、後ろに立つのはやめてください。

 彼女も夏らしい涼しげな格好をしていた。

 私服だからわかることだけど、思ったよりもいいスタイルをしている。

 無表情な彼女が、一瞬、笑ったような気がしたけど、気のせいだったろうか?

 そんな俺の考えなど知る由もなく、プイッと背を向けて、コンテナの扉を開けにかかった。

 ドアノブに触った時、ピッと電子音がしたから、指紋認証か何からしい。

 コンテナの扉を開けると、もう一つ扉があった、

「覗くなよぉ、スケベ。」

「すけべ。」

 お約束なセリフを残して茅原さんが中に入って行く。

 宇佐美さんもそれに続く。

 このコンテナの中は、更衣室になっているようだ。

 そんな猛獣の檻に裸で入るような真似はしません。ご心配なく。

「やあ、お疲れ様。」「今日はよろしくね。」

 水木さんと、佐々木さんもやって来た。

 何度か会っているから、顔を覚えられたみたいだ。

「あれ以降、おかしな事件に関わっていないかい?」

 顔を合わせて早々に、水木さんから妙なことを聞かれた。

 人を奇怪な事件を招き寄せている特異点みたいに、言わないでください。

 巨大グモの話はともかくとして、ウサ耳男関連の事件は、どう考えてもとばっちりだと思うんですけどね…。

「面白いことがあったら、聞かせて欲しいと脚本の人が言っていたんだよ。」

 脚本担当の人は、毎回ネタを考えるのが大変だとは聞いていましたが、そうそう遭いたいものじゃないです。不思議な事件をネタに使うのは、いいアイデアだと思いますけどね。

 念のために言っておきますが、ウサ耳男の事件以降、おかしなことには関わってません。

「そう言えば前の騒ぎの時、大男の打撃をうまく(かわ)していたようだけど、格闘技でもやっているのかい?」

 佐々木さんが聞いてきたのは、ビル街の一角でウサ耳男とわたり合ったときの話である。

 狙撃のチャンスを狙っていたはずだから、スコープでずっと見ていたに違いない。

 格闘技なんてとんでもない、ヒーローショーのアルバイトに参加したことがあるくらいです。

 遊園地で行われていた仮面ヒーローとかのアトラクションは、バイト料が割と良かったので何度も参加させてもらった。

 ほとんどザコ戦闘員で、たまに怪人の着ぐるみも着させてもらった。

 炎天下でアレを着て、スタントをやるのは、なかなか辛かったのを覚えている。

 今日も暑くなりそうだから、怪人役の人は大変そうだ。

「確かに夏場のスタントは、たいへんだよねぇ。」

 佐々木さんがそう言って、感慨深そうに肯いている。

 そういった経験があるのかな?

 あれ?でもなんでこの人達が、ここに集合しているんだろう?

 まさか、ここで宇宙人の襲撃があるのかな?

 俺の認識では、この4人は『対宇宙人トラブル解決部隊』みたいな感じなんだけど…。

 このコンテナの中には、クロスレンジャーのスーツが積まれている。

 荷物を取りに来たのは、水木さんたち4人だ。まさか…。

 とか思いながら気を張っていたが、その疑問は着替えを終えて出て来た女性陣を見て、すぐに解決した。

 宇佐美さんがクロス・イエロー、茅原さんがクロス・グリーンのスーツを着て出て来た。

「失礼ですが、皆さんがスタントマンを演じておられるんですか?」

 なんとなく“そういう事もあるかも知れない”とは考えていたけれど、念のために確認してみる。

「気付いてなかったのか?」

 茅原さんが、何をいまさら的な感じで答えた。

 あぁ、そうか、この人達がスタントマンだったのか。

 宇宙人とマジで戦う人達が、クロスレンジャーの中の人でした。って、そりゃすごい映像が撮れるよね…って、それじゃあまるで“クロスレンジャー”そのものじゃないですか!

「うーん、そう言えばそうだねぇ。」

「とっくに気がついていると、思っていたんだけど…。」

 いやいやいや、そんなことは一言も聞いてないです!

 社長も桂木さんも、そのことには一切触れなかったですから。

 すごい映像も特撮だと思ってました、巨大グモの時までは…。

 あれ?ってことは“レンジャーのスーツに、特別な仕掛けがある!”って言う小栗恭介の推測は、あながち外れじゃないって事かな?

「佐々木君、準備を急ごう。」

「そうですねぇ。」

 水木さんと佐々木さんが聞いてないふりをして、更衣室へ入って行く。

「知らないほうがいい。」

 ニュー〇イプが感応した時の、効果音のようなモノを感じた。

 飛び退いて振り向き、身構える。

 宇佐美さんだった。

「おおっ、いい反応だぁ!」茅原さんが感心している。

 だから、気配を消して、後ろに立つのはやめて下さい。

 相変わらず無表情だが、妙な威圧感を感じる。マジで命に関わる事案…なのかも知れない。

 とはいえ、もう後戻りはできない。

 この仕事を手放したら、次の仕事には就けないかも知れないからだ。

 その上で、ある事ない事吹聴されて人格を(おとし)められたうえに、不審者とか、犯罪者にされかねない…。

 ウサ耳男騒動の時に宇佐美さんが『二度目。』と言っていたのは、宇宙グモの時も助けられていたってことなんだろうなぁ。

 あのとき俺を気絶させたのは、宇佐美さんだったのかも知れない…。

 宇宙グモはまだ生きていたのかも知れないし、俺が見ていないだけで、あの後もいろいろあったのかも知れない。

 そう考えると、あの映像のどこまでが本物で、どこからが特撮だったのか、気になるところだ。

 でも、聞いても教えてくれないだろうなぁ。

 そういう約束になっているらしいし…。


「実は地球には、たくさんの異星人が来ているんですよ。冗談抜きで…。」

 よく言われる宇宙人による地球侵略説かと思ったら、違っていた。

 G.A.M.の本社に行ったあの日、社長室に招かれて、磯部社長と向かい合っていた。

 桂木さんも同席している。

 地球を含む太陽系は、この銀河系の端の方に存在する。

 いわゆる()()()とされる座標にあるのだそうだ。

 発展途上であり、住人の文化的レベルも低いので、星々を管理している組織(いわゆる“銀河連邦”みたいな、星々の代表の集まり)からは、干渉しないよう保護されているという。

「交易とか、侵略の対象にしてはならないという、取り決めがあるらしいのです。」

 地球人の文化的レベルが低いというのは、異星人視点によるもので、同じ星に生きているのに、お互いが理解し合えないうえに、問題解決のために武力を行使しているようでは、“まだまだだ”ということらしい。

 しかし、別の銀河に行く途中の、中継点としては大変都合のいい位置にあるらしく、人類史が始まる以前から、長距離移動の中継点として重宝されてきたという。

 宇宙空間を長距離移動するのに、ワープとか、亜空間ドライブとかでチャチャっとできるものと思っていたが、違うという。

“空間移動”というのが、その航法の日本語訳した呼称なのだそうだ。

 我々の知るワープに近いものらしいが、理論は明確にされていない。

 その“空間移動”を行うためには、星の配置が非常に重要らしい。

 彼らは個々の星の位置を記した立体的な星間図を持っているが、星々は絶えず移動し、誕生と消滅を繰り返しており、各々の銀河もやはり移動し続けている。星間図はコンピューターを用いたシュミレーションに過ぎないので、イレギュラーな事象(星の爆発、超新星の誕生、星間戦争など)が起こっていれば、予定した宙域に行くことができなくなってしまう。そのために別の銀河に入る前や、別の太陽系に入る前には、いわゆるレーダー(のような観測機器だが、やっぱりその詳細などは不明)を使って、星間図と照合するのが通例となっているという話だ。

「思ったよりも、複雑なものなんですね。」

 某スぺオペ映画のワープシーンを想像していた俺は、思わずそんなセリフを漏らしてしまった。

「宇宙空間の移動は、もともと複雑なものだよ?」

「あっ!」

 映画やアニメでそういう場面をしょっちゅう見ていたせいもあって、安直に考えていたけど、宇宙へ出ること自体たいへんなのに、星から星へと航海するとなれば、それはそれは緻密な計算が必要になるのだ。

 余計なことを言ってしまった。

「浅はかでした。」と、頭を下げる。

「普通はそんなもんですよ。」

 磯部社長は構わないという感じで手のひらを振りながら、苦笑いして続けた。

 地球への立ち寄りは、住民に害をなさないことを前提で、“銀河連邦(仮称)”は黙認していたのだが、ルールを守らない者や、知らない者がいて、何らかのトラブルを起こすことがあるのだという。

 地球人同士でもそういう行き違いはあるのだから、多種多様な異星人の間でなら、よくあることなのかも知れない。でもそういうことをする異星人の、“文化的レベル”は低くないのだろうか?

「あくまでも基本ルールであって、破っても罰則はないのです。言語も違うし、考え方も違うので、なかなか足並みが揃わないのです。今の体勢を作り上げるのにも、相当な時間をかかったようです。」

 ちなみに、銀河連邦(仮称)加盟の星々では、小さな争いはあるものの、武力以外の交渉で解決するそうだ。

 干渉行為は辞めさせたいが、管理する側が文明に干渉するわけにはいかない。

 注意は呼びかけるが、処罰するようなことはない。

 忠告された側も、問題を大きくしたくないし、交易や開発のための中継点を失うわけにはいかないので指示に従う。

 しかし、未知の脅威に晒される星の住人にとっては、命の危機というか、星の存続に係わることだってあるかも知れない。

 そこで、“善意の異星人”という存在が、この星の平和を守れるだけの最低限の技術を与えてくれたのだそうだ。

 彼らはその素性を明かしておらず、「あくまでこの星の住人が対処することで意味を成す。」と言い残したという。

「それって具体的にどんなものなんです?」

「それは知らないほうがいい。知っていてもろくなことにはならないし、命に係わることもありますよ。」

 社長はそう言うと、怪しげに笑った。

 そう言えば、宇佐美さんにも、似たようなことを言われた気がする。

 笑ったりはしなかったが…。

「このことを知っているのは、私と桂木君以外は、ごく少数の人間だけです。ほかに誰が知っているかは、君が知る必要はありませんから、異星人のことに関しては、桂木君を通すようにして下さい。」

 社長はここで言葉を切って、俺の顔を真剣な表情で見ていた。

 俺がどこまで信用できる人間なのか、推し測られているような気がする。

「念のため言っておきますが、このことを知っているかどうか聞かれても、知らないふりをしてくださいね。ほかの者にもそう指示していますので…。万が一、漏洩した場合はわかっているとは思いますが…。」

「俺の周りにあらぬ噂が立って、最悪の場合、犯罪者になるかも知れないって話でしたよね。仕事をもらえただけで充分なんで、そんな馬鹿な真似はしません。」

 以前、桂木さんに言われたことだ。情報の発信者が歪んだ性格の持ち主なら、社会的に抹殺するのも簡単らしい。

「わかりました、ひとまず信用しましょう。よろしくお願いしますよ。」

 一応、わかってもらえたようだ。

 でも一つだけ、どうしても気になることがあったので聞いてみた。

「どうしてアクション映画の会社が、MIB(メン・イン・ブラック)みたいなことをやってるんですか?」

 この質問を投げかけたら、磯部社長はニコッと笑ってこう答えた。

「彼らが地球のテレビ放送をどこかで見て、地球を守ることを考えている存在がいると信じて、接触してきたのがこの会社なのです。」

 当時の戦隊ヒーローが、実際に地球を守っていると、思ったのだろうか?もしくは、その意思を人々に伝えるべく、活動している人たちがいるとか…。

 いずれにしても、軍国主義の人と接触しなくてよかった気がする。

 この国が再び軍国主義に走っていたら…とか想像すると、やたら恐ろしいものを感じる。

“善意の異星人”は、ほかの国の人間にも接触していて、同様に技術供与をしたらしい。

 基本的に軍関係者との接触は避けたらしいので、映画で見たことのあるスーパーヒーローが、実際に存在するのかも知れない。


「遠藤君、こっちを手伝ってくれぇ。」

 青野さんに呼ばれたので、別のコンテナに向かう。

 悩んでいても、どうなるものでもないしなぁ。

 就職しちゃったからには、戦力外にならないように仕事をしよう。

 こんなでも地球の平和に少しは貢献しているわけだし…。

 さて、今日の仕事は運搬だけでなく、撮影のための雑用も兼ねている。

 いわゆる大道具の設置とか、撮影の下準備とかだ。

 工場内にダンボール箱や工作機械(張りぼて)を配置したり、事務所内に机や椅子やPCとかを配置したり、今も使っているように見えるよう、掃除とかもやったりする。

 バイトで引越しの手伝いをしていたのを思い出す。

「フォークリフト動かせるって言ってたよなぁ。この山、あっちへ移動してくれんか?」

 放置されていた資材の山を、フォークリフトを使って、撮影の邪魔にならない場所に移動する。

 この免許も、大学在学中に取っていた。

 もちろんバイトのためである。

 運送班は他にも何人かいるが、この手の免許を持っているものは少なく、なかなか重宝された。


 ひと通り準備ができたので、休憩がてら撮影を見学させてもらっている。

 もちろん邪魔にならない程度でだ。

 今は工場の屋上で、レンジャーと怪人との戦闘シーンを撮影中だ。

 屋上にもカメラが配置されているのだが、地上からの映像も挿入されるので、クレーンカメラを使って乱戦の模様が撮影される。

 確かに地上から4階屋上まで、一気に昇っていく映像はダイナミックだ。

 屋上からの映像ばかりだと、高さの間隔が解りにくいからね。

 最近はドローンカメラも使われるが、綾地監督はあくまで人の手で行いたいらしい。

 鉄柵の近くでスタントを行っている。演じているのは水木さんたち、スタントチームの皆さんだ。

 カメラのズームを使うことで、鉄柵のすぐそばにいるように見せているが、実際はもう少し距離がある。

 ちょっと前まで、変身前の服装で撮影を行っていた、小栗恭介らクロスレンジャーの皆さんも、近くでスタントを見ていた。

 小栗恭介はなんだか悔しそうに見ている。

 ちなみに佐々木さんが、クロス・ブルー担当だった。

 銃剣型の武器、クロス・シューターを使って、スネゾウ相手に立ち回っていた。

 クロス・レッドとスネゾウがもつれ合って、屋上から落ちるシーンの撮影になった。

 命綱をしているからと言って、気を抜いてはいけない。

 止め金具の点検は、その都度行われる。

 入念な打ち合わせが行われている。

 特に落ちるタイミングや、カメラワークは重要だ。

 クロス・レッドの中の人は、水木さんだ。

 この仕事に就く前は、警察官だったらしい。

 いくら警察官でも、実際の現場でこんなシチュエーションはなかっただろうなぁ。

 カメラが回り出し、スネゾウ(の気ぐるみ)が屋上から地面に落ちる。

 レッドは手摺に掴まっていたが、ルスードに剣で切られそうになり、手を離して落ちる。

 地面に落ちるのかと思わせて、すぐ下の階の手摺に掴まって難を逃れる。

 設定ではこの時、地上に炎が燃え盛っているのだと言う。

 編集時点にCGで合成して、地上に火の海が描かれるらしい。

 本編ではここからジャンプして屋上に戻り、ルスードに一撃を入れる流れになっているという。

 しかし、命綱をしているとはいえ、よくもこんなスタントができるものだ。

 曲りなりにも宇宙人相手に戦っているんだから、これくらいはできて当たり前なのだろうか。

「はい、カットォー!」

 撮影は休憩に入り、昼食の後、午後の撮影になる。


「撮影の邪魔になりますから、丁重に退場してもらってください。」

 撮影スタッフの一人から指示されて、不審者を捜索するために工場内に入る。

 昼食で外に出ていた人にまぎれて、部外者が入って来たらしい。

 まあ、こちらは雑用も兼ねているから、こんな仕事も回ってくる。

 でも怖い人だったらやだなぁ、刃物とか振り回したりしないよねぇ。

 というか、こんなところに入りこむ人って、そもそも何が目的なんだろう。

 コアな特撮ファンとかなら、話が通じそうでいいけどねぇ。

 ドラマの撮影は今、外の駐車場で行っているので、工場の中には侵入者と俺と、先行したもう一人のスタッフの3人だけだ。

 先行したスタッフというのは、怪しい人影を見つけて、追いかけていった運送部の人だ。

 なかなか血気盛んな人らしいが、大丈夫かな?

 ヘルメット装備で行くように指示されたので、中に入ってすぐ装着した。

 でもこういうのって、普通は2人以上で対処するんじゃないのかな?

 一人で大丈夫と思っているわけ?素人ですよ?応援はないの?

 3階への階段を昇っていたら、ガシャンっという物音と、短いうめき声が聞こえた。

 あわてて階段を昇ると、侵入者らしき男がこちらに走って来るところだった。

 刃物は持っていなかったが、鉄パイプを持っていた。

 反対の手には、スポーツバッグを持っている。

 男の近くには、腕を押さえて倒れている人がいる。

 先行していたスタッフらしいが、不意打ちを喰らってしまったようだ。

 …取り逃がしても、殴られないようにしたい。

「うぉー!」

 鉄パイプを構えて、大きな声をあげながら男が迫ってくる。

 その顔は敵意にあふれていて、話なんか通じそうにない。

『シールドを降ろして、攻撃を受けなさい。』

 何処からか声が聞こえる、桂木さんの声だ。ヘルメットの中からだった。

 攻撃を受けなさい!というのは承服しかねたが、シールドを降ろした直後に、男が鉄パイプを振り下ろしてきた。頭を狙ってきた鉄パイプを、反射的に左腕で受けた。

 腕が折れることを想像して、しまった!と思ったが、意外と痛みが少ない。

 感心している間に、侵入者は階段方向へ走り出した。

『タックルして後ろから取り押さえなさい。』

 桂木さんの声にハッとして、侵入者を追いかける。

 鉄パイプで叩かれた俺が、すぐに追いかけてきたのが意外だったのか、少々驚いているようだ。

 振り返りざまに鉄パイプを振り回してきたが、スピードが乗っていない。

 手のひらで受け止める。大きく打ち上げられたセンターフライを、グローブで受け止めたくらいの痛みはあったが、後の動作に支障はなかった。

 俺が手を離さなかったので、奴は鉄パイプを手放し体制を直して殴りかかってきた。

 素早い動きの打撃だったが、なんとか殴りに来た腕を掴んで引き倒し、後ろに捻って押さえ込む。

 研修の時に教えてもらった技だが、俺はこんなに手際よく動けたのかな?

 腕を掴んで引いた後は、体が勝手に動いた感じだった。

『良くやったわ!そのまましばらくキープしといてね。逃がしたりしたらお仕置きよ!』

 そりゃもう、後が怖いですからね、死んでも離しませんよ。

 もとい、死にたくないので離したりしません。

 でもこんなに俺は力があったかな?

 侵入者はウサ耳男ほどではないが、割といいガタイをしているのに、見事に押さえこめている。っていうか、桂木さん何処かから見てるんですか?

『後で教えてあげますから、もうしばらく頑張ってくださいね。』

 その言葉通り、3分ほどしたら応援の人が来て、侵入者は警察に引き渡された。

 侵入者の男は、何度も悪態をつき、抜け出そうともがいたが、腕を振りほどくことができず、しまいには涙声になっていた。

 素人の俺が、柔道の選手並みに押さえ込みができているのは、作業着に何か仕掛けでもあるのだろうか?

 男は廃業中なのをいいことに、倉庫の一画に違法薬物を隠していたらしい。

 撮影中に見つかったら困るので、回収に来たのかな?悪いことはできないよねぇ。

 特撮マニアが侵入したことは今まで何度かあったが、犯罪者の侵入は初めてだったそうで、不審者の排除を指示した撮影スタッフから、「不用心でした。」と頭を下げられた。

 ちなみにこのヘルメットには、小型のカメラが仕込まれていて、装着した作業員の動向をモニターできるらしい。桂木さんは、そのヘルメット・カメラから見ていたのだった。

 主にコンプライアンス違反がないか確認するものらしいが、そうでない時は作業員がサボって無いかを監視していると言う。

…恐るべし。

 作業着にもスタントに使っているものと、同じ素材を使っているらしく、衝撃吸収率は業界一だと、桂木さんは自負していた。

 この会社の従業員は、悪の軍団の戦闘員並みの力を持っているのかも知れない。

 しかし、残念なことに先行していたスタッフは、腕の骨を折る重傷だった。

 腕に自信のある人だったらしいが、事態を軽んじてツナギの上部を脱いで、腰に結ぶという、いわゆる休憩スタイルのままで対応して、不意打ちを受けてしまったようだ。

 彼はこの後、戦闘員の着ぐるみを着て、スタントに参加する予定だった。

 雑用も兼任しているので、こういう役割もありらしい。


 戦闘員“スネゾウ”は、オズマがタニシやカタツムリから作ったという設定で、“スネゾウ”という名前は巻き貝=Snailスネイルから来ているらしい。

 黒い全身スーツに肩パット一体型の胸当て、マスク兼用のヘルメット、手甲(てっこう)、ベルト、ブーツ、という6点セットを着用することで出来上がりだ。

 ベルトには剣や銃などの、得物が取り付けられるようになっている。

 黒スーツ以外は貝殻を模したデザインになっており、ヘルメットには巻き貝の先っぽに似せた、突起のような角が付いている。

 角は1本角から3本角のものがあり、角の数が多い方が格上らしい。

 顔の部分は黒いマスクに、口や鼻は無く、目を思わせるボタンのようなものが付いている。

 実際は眉毛のある辺りに付いているので、面長に見える。

 ボタンの下の生地は薄くなっていて、中の人はここから周りを見る仕組みになっている。

 思った通りかなり視界が悪い。そして暑い…。

 このマスクには、空調なんか付いてない!

 なぜ、そんな話をしているかと言うと、負傷してしまったスタッフの穴埋めに駆り出されているからである。ちなみに1本角だ。

 素人(しろうと)ですけど、いいんですか?

「バイトで経験があると聞いたけど…?」

 遊園地のヒーローショー程度ですけどね。

 撮影スタッフに、モブ役だから問題ないと言われたけど、モブじゃないよねぇ?

 レンジャーに跳びかかって、蹴飛ばされるだけの単純な?スタントらしい。

 でも相手が悪い。クロス・イエロー、つまり宇佐美さんだ。

 …それで、ほかの皆さんは辞退したのかな?

 でなければ、入社したばかりの俺にそんな仕事が回ってくるわけがないよねぇ。

 彼女はレンジャーの中で一番の力持ちという設定なので、毎回スネゾウ達は派手に吹っ飛ばされている。

 特殊効果を使った編集だと信じたいが、中の人である宇佐美さんの実際の戦闘シーンを見た後では、特殊効果なんかいらないんじゃないかと思える。

 こんな恰好をしているので、手加減なんかしてもらえるはずもなく、いや顔出ししていても彼女のことだから、きっと手加減はしないだろう。

 そんな気がする…(泣)。

 とはいえ、もう後戻りはできない。

 この仕事を手放したら、次の仕事には就けないかも知れないからだ。

 その上で、ある事ない事吹聴されて人格を貶められたうえに、不審者とか、犯罪者にされかねない。

 あっ、なんか悲しくなってきた…。

「何やってんだ、行くぞ!」

「…あっ、はいはい。」

 ぼんやりしていたらしく、集合の合図を聞き逃してしまった。

 ほかのスネゾウから注意されて、あわてて移動する。


「アクション!!」

 助監督の威勢のいい掛け声で、撮影が始まった。

 先に1本角が二人、左右から仕掛けて顔面パンチと裏拳で張り倒される。

 その後で正面から俺が飛びかかって、ハイキックで吹っ飛ばされる段取りだ。

 豪快に蹴り飛ばされるよう言われたので、ワイヤーで吊られるのかと思ったが違った。

 アクション監督の坂元さんから指示されたように、猿みたいな体勢で飛びかかったところ、見事胸のパットにハイキックをもらってしまった。

「ぐぁ!」

 冗談でなく一瞬意識が飛んだ。

 目の前が真っ暗になって、気がついたら地面を転がっていた。

 悪い夢から目覚めた気分で上半身を起こすと、助監督の人が走って来て、「大丈夫ですか?」と聞かれた。

「…大丈夫です。」と答えると、助監督の人は「大丈夫そうです!」と大声で監督に伝えていた。

 実際、意識もはっきりしていたし、蹴られたあたりは痛かったが、ほかは何ともなかったのでそう返答した。が、選択を間違ったようだ。

 間もなく「じゃあ、もう一回行ってみようかぁ!」と、監督の楽しそうな声が聞こえた。

 親にもらった丈夫な体が、恨めしく思えた瞬間だった。

 この後も派手に吹っ飛ばされたが、筋肉痛で済む程度に加減してもらえたようで、スネゾウスーツの衝撃吸収性の良さにも、驚かされることになった。

 この後、本社までの帰り道がたいへん辛かったことは言うまでもない。

 青野さんがいて、ほんとに助かった。


 放映された本編を見て、そのぶっ飛ばされっぷりのいい映像に、感心したのは後日の話となる。なぜか、香港映画みたいに3カットに分けて編集されていた。

 クロス・イエロー側から見た、蹴り飛ばされるカット。

 側面から見た、どれくらい飛ばされたのか、わかり易いカット。

 跳びかかった俺の後ろから撮った、蹴り飛ばされるところのカット。

 で、最後にベチャッて感じで、地面に落ちるスネゾウ(俺)のアップ。

 おそらく最初に撮ったヤツで、マスクを被っているからわからないけど、俺は気を失っている(泣き)。

 でも10回くらい取り直したのに、3秒くらいしか映ってなかったのって、どうなんだろう…。


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 ✝紋章戦隊クロスレンジャー✝  第20話「守護獣の星の民」


「私の星を助けて欲しい。」

 その男は異星人で、名前をオル・トフという。

 外見は地球人と全く変わらないが、服装がラテン系というか、すぐにもダンスとか踊りそうな格好だった。

 自分の星から攫われた生き物を探しているという。

 どういった方法で探したのか、クロスレンジャーのことを聞きつけて、助けを求めてきた。

 彼らの星に棲む“リヴラググ”と呼ばれる生物、それは彼らにとって“神の使い”とされる神聖な生き物であった。

 個体数が100匹程度と少なく、彼らの星では保護区画を設けて、厳重に管理していた。

青っぽいブロンドのような、美しい毛並みをした動物で、地球で言うところのカモノハシのような姿をしているという。

 その美しさに目を付けたウサ耳宇宙人は、珍しいものを買付たり、採取したり、もしくは強奪したりしてコレクターに売りつけるという、強欲商人みたいな連中だ。

リヴラググが棲息している保護区画を襲撃、群れの中でも鮮やかな毛並みを持った1匹を強奪して逃げた。

「個体数が少ないとはいえ、100匹くらいいるんだろう?1匹くらいなら、大丈夫なんじゃないのか?」

「剣斗、ひとつの惑星で個体数が100匹程度はかなり少ないわ、絶滅危惧種もいいところよ!」

 剣斗の楽天的な発言を、すみれが(たしな)める。

「それだけじゃないんです…。」

「えっ?」

「ウサ耳たちが(さら)って行ったのはオスで、群れの中に1匹しかいないのです。」

「なんてハーレムな生き物なの。」

「いや、違うだろ!」

 ひかるが的外れな意見を言ったので、今度は潤がツッコミを入れた。

 リヴラググはオスの出生確立が極端に低く、それ故に神聖とされているらしい。

「オスがいなくなれば、その種は滅びてしまう…。」

「でも何でそれが、星が滅びることにつながるんですか?」

 ひかるが漏らした疑問は、ほかのみんなも気になっていたらしく、いっせいにオル・トフを見た。

「リヴラググの命は、星の命に繋がっているのです…。」

 オル・トフの説明によると、リヴラググは年に一度、繁殖期を迎えるという。

 実はこの時にリヴラググは、特殊なフェロモンのような物質を放出し、それは星の大気中に拡散される。

 そしてその物質こそが、星のすべての生命に活力を与えるのだという。

「その行為が行われないと、植物や小動物から命が途絶え、やがてすべての人間も絶滅します。」

「別の方法で、生命を活性化させることはできないのか?なにかを代用するとか?」

 いろいろ試してみたが、代用できるものは見つからなかったという。

「過去に異常気象でリヴラググの個体数が減った時は、いくつかの種が絶滅したそうです。」

「ほかの星に移住するというのは?」

「リヴラググは別の星では、命をまっとうできません。そして我々もまた、リヴラググなしでは生きていけないのです。」

 共存共栄の極みのような生態系であった。

「ということは、君自身が地球に滞在することは大丈夫なのか?」

「短期間であれば、寿命を削る程度で済みます。」

 その答えに全員が、言葉を失った。

 すみれの表情が、ことさら悲痛なものに変わる。

 オル・トフはウサ耳宇宙人の拠点を発見し乗り込んだのだが、とても手に負えず逃げてきたのだそうだ。

 ウサ耳宇宙人は、たいへんな筋肉質で、筋肉の鎧を身に着けていると言われるほど、マッチョな体格を誇っている。地球で使っている小口径の銃弾などは通らないという。

 リヴラググをよその惑星の商人に、売り渡す予定らしい。

「気の毒ではあるが、オズマ関連でないし、地球に害があるわけでない。危険を承知でやる必要はない。」

 志熊博士はかなり消極的で、関わる必要はないと促された。

 ほかの星が滅びることは忍びないが、自然の摂理ではそういうこともあるのだと補足した。

 剣斗、潤、ヒカルは同意したが、すみれは納得いかない。

「そんなんで地球を守れるの!?」

 そう言って、オル・トフの手を引き、基地を飛び出していった。


 オル・トフと協力し、ウサ耳宇宙人の拠点に単身忍びこんだクロス・イエローこと、黄金野(こがねの)すみれは、密輸された生物“リヴラググ”を見つけた。

 話しに聞いた通り、きれいな毛並みをしており、オスだけにしか見られないトサカを持っていた。

 オル・トフの言う通り元気がないようだが、死んではいないようだ。

 こっそりとケージに移し替えて盗み出すが、ウサ耳宇宙人に見つかってしまう。

 それまでどこにいたのか?と思うほどのウサ耳たちに追われ、やっとのことで拠点を抜け出した。

 何とかオル・トフと合流し、車を使ってウサ耳たちを引き離す。

 ホッとしたのもつかの間、大きな四輪駆動車で追ってきたウサ耳たちは、次々と車に飛び移り攻撃を仕掛けて来た。

 すみれたちの乗っていた乗用車が崖沿いの道に来た時、ウサ耳たちの四駆にぶつけられて、一緒に崖から落ちる。

 間一髪、すみれはオル・トフの腕を掴んで、乗用車から飛び出した。

 崖から落ちて爆発、炎上する2台の車。

 その爆発の炎の中、2、3度強い光が瞬くと、ウサ耳をつけた巨大なロボットが立ち上がった。

 ロボットというより、ウサ耳宇宙人を改造したサイボーグのような姿をしている。

 そいつはすみれとオル・トフを見つけると、口からエネルギー弾を撃ってきた。

 逃げるすみれとオル・トフ。

 ウサ耳ロボはさらにエネルギー弾を発射し、爆炎が逃げる二人を追いかけていく。

 近距離で爆炎が上がり、吹き飛ばされる二人。

 顔を上げたすみれは、すぐそばで倒れているオル・トフを見つける。

 今の爆発で怪我を負ってしまったようだ。

「しっかりしなさい!」

「…俺の代わりにこれを…、私たちの星に、届けてくれ…。」

 オル・トフがケージに入ったリヴラググを差し出す。

「ダメよ!自分で届けるの!あなたはまだ戦えるわ!」

 腕を引っ張って立ち上がらせると、肩を貸して歩き出す。

「おとなしくソレを渡すのだ、そうすれば苦しみも無く消滅させてやるぞ。」

 ウサ耳ロボの中から、宇宙人の声が響く。

「おととい来なさい!」

 オル・トフに肩を貸したまま、すみれが悪態をつく。

「ならばしかたない、そこで死ね!」

 その時、ウサ耳ロボの頭部に、エネルギー弾が飛んできて爆発する。

 もんどりうって倒れるウサ耳ロボ。

「待たせたな、すみれ!」

 他の3人のレンジャーが、支援メカとともに現れた。

「遅いわよ!なにやってたの!」

「志熊博士を説得するのに、時間がかかってしまった。すまない。」

 すぐさま、ジャイアントクロスに合体した。

 ウサ耳ロボは思ったよりも動きが早く、大きく飛び上がっては攻撃を避けつつ、エネルギー弾を撃ってきた。パターンが読めたので、落ちてくる場所に先回りして、ジャイアントクロスの必殺剣をお見舞いした。

「「「「サザンクロス・アタック!」」」」


「ありがとう。君たちのおかげだ。」

 オル・トフの宇宙船の隠してある場所まで、すみれたちが送ってきた。

「困ったときはお互い様よ。」

「この星で何かあったら、何があっても助けに来る。俺か、俺の星の仲間が、必ず。」

 すみれと固い握手をして森の中に消えていくオル・トフ。

 やがて宇宙船が飛び上がったかと思うと、音もなく夕闇が迫る空に消えていった。


 ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚ ✜ ✚


 その日放送された「クロスレンジャー」は、先日の“ウサ耳男騒動”をもとにしたものだったようだ。

 ウサ耳男のキャラクターが、なんだかサイバネティックな感じになっていたが、あの時の高速道路での逃走劇を彷彿とさせる展開だった。

 …どっかで見ていたんじゃないよなぁ。

 カーチェイスが高速道路ではなく、採石場の跡地になっていたのは、撮影上での都合らしい。

 桂木さんに聞いたところ、「ドライブレコーダーの映像は、信憑性が高すぎて使えなかった。」らしい。

 何台も映っている走行中の車とか、車から見える建造物とか、全部をロケで撮影したものとして、ごまかすのは無理があるらしい。

 結果、設定から変更して撮影したとのことだった。

 なるほど、やっぱりドラレコのメモリーカードは、G.A.M.が持って行ってたんですね…。


Episode5「夢魔の棲む館」に続く

前回の投稿から5カ月経ってしまいました。

様々な試行錯誤があったことを理解していただけると、ありがたいです。

撮影スタッフやキャストについては、有名な方々をリスペクトしつつ設定しました。

失礼が無いように心がけていますが…、温かい目で見ていただけると嬉しいです。

クロスレンジャーのエピソードは、遠藤の周りで起きた事件を、補完する形で書いているので、説明が足りない感じですが、劇中劇ということでご容赦ください。

割と大雑把な設定で書いています、ごめんなさいm(_ _)m

良かったら次話も読んでください。

(2022年1月8日 一部訂正しました。)

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