Episode3 どうやら就職先は、”地球防衛企業”らしいんだが…
遠藤が、謎の女を助けて、ウサ耳男たちに追いかけ回された事件から数日後、映像制作会社G.A.M.の社長が訪ねて来て、G.A.M.で雇いたいと言う。契約のために秘書さんに連れられてG.A.M.の本社へ向かう遠藤は、またもウサ耳男に襲われる。彼らを助けに現れたのは、前回遠藤が助けた謎の女(今回はウサ耳なし)だった。
Episode3 どうやら就職先は、“地球防衛企業”らしいんだが…
「ベタな落ちの方が、子どもたちには受けるんですよ。」
チャイムが鳴ったのでドアを開けると、見たことのある顔があった。
G.A.M.の礒部社長が、ニカッと笑っていた。
秘書さんも一緒だった。
玄関先にいて、俺のぼやきが聞こえたのかも知れない。
“失礼な意見”ではなく、“正直な感想”と捉えてくれると嬉しい。
とりあえず、ごまかし笑いをする。
何のために、こんなちゃちなマンションを尋ねて来たものやら。
都心からかなり離れたところにある、1DKマンションを借りて住んでいる。
移動時間を考えなければ、生活環境はなかなか良いところだ。
「お邪魔させてもらっても、いいかね?」
そう言われて思わず、自身の生活空間を振り返る。
ちょっと待ってください。社長さんはともかく、秘書さんにまで汚い部屋を見られるのは苦痛です。
少し片づけさせてもらいます。
とりあえず、出しっぱなしの小説やコミックス、アニメのDVDなどを一か所にまとめる。
キャラクターフィギアなんかが、テレビの周りに置きっぱなしだが、まあいいだろう。
せまい部屋ですが、どうぞ。
「この度は当社のスタッフがトラブルに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。」
「いやぁ、かさねがさね本当に申し訳ない。」
玄関を入ったところで、社長と秘書さんが一緒に頭を下げた。
「えーっと、よくわからないんですけど、どういうことですか?」
「いやぁ…、わからなければわからないで、放っておいても良かったんだがねぇ…。」
社長のにこやかなれど不穏当なセリフの途中で、秘書さんが耳打ちをする。
あとの話は彼女が引き継ぐみたいだ。
「失礼しました。先日の車両事故におきましては、各所に与えた損害も甚だしく、特に遠藤さまにはたいへんなご迷惑をかけてしまいましたもので、いろいろ説明がてら謝罪に伺ったわけです。」
先日のウサ耳男たちによる、襲撃事件のことを言っているようだ。
今のやり取りからすると、場合によっては、事故の責任を有耶無耶にするつもりだったのだろうか、この人たちは…?
とりあえず上がってもらって、小さいテーブルの前に座ってもらう。
座布団ないですけどね…。
「じつはあなたの車に乗せていただいた女性は、当方のスタッフでして…。」
すっごい強引な女でしたよ、身軽で怪力だったけど…。あと、“乗せた”ではなくて“乗り込んできた”が正解です。
「結果、多大なご迷惑をかけてしまった、との報告を受けましたもので…。」
そうですよ、危うく死んじゃうところでしたよ、何とか命拾いしましたけど…。。
「事実確認のうえ、謝罪と賠償の件でお伺いしたものです。」
「えっ、そうなんですか?」
賠償と聞いては黙ってはおられず、ついつい身を乗り出してしまった。
磯部社長と秘書さんが、少しばかり引いていた。
しかし職を失った現状では、現金補償は何より有り難い。
「…てっとり早く、お金で解決するという方法もあるのですが、遠藤さまは今、定職についておらず、日々の生活にもお困りのご様子。」
こういうことって、どこで調べるの?ってすぐわかることか。
「先の事故における賠償は、当方で済ませましたが、コンプライアンス違反を犯した遠藤さまは、追加の契約は望めない、ということで間違いないですか?」
社長さんのところで、事故の弁償とか、やってくれたらしい。
それで、俺のところに賠償請求とか、来なかった訳だね。
「そこで、そんなあなたにうってつけのお話があるのです。」
某テレビショッピングのアナウンスみたいだ。
そして、社長の顔が近い。
悪代官と呉服問屋が、悪だくみをする距離間である。
返答次第では『其方も悪よのぉ。』とか、言われそうな気がする。
「同乗していた宇佐美…、あー、彼女はうちの女性スタッフです。その宇佐美があなたの運転技術は悪くない、充分使えるだろう、と申しておりまして、遠藤さまがお嫌でなければですが、当社で運転手として働いてみませんか?」
「えっ、雇ってもらえるんですか!こんな半端な時期に?」
「当方としても、スタッフの不手際が世間に広まるのは避けたいので、これで手を打っていただけると助かるのですが…。」
なるほど、ギブ&テイクというわけですね。
いい話ですね、黙っておきますよ、それくらい…?
あれ、待てよ…?宇佐美さんって、女性スタッフ?ウサ耳付けてた女?ん?ウサ美さん?なんだか気になる…。
「どうでしょう?」社長が声をかけてきた。
変なことを考えている間、おかしな顔をしていたらしい。
車の屋根に上がって、マッチョなウサ耳男を蹴落としたり、高速道路の側壁に捕まって、俺を車の中から引き揚げてくれたりした事が思いだされる。
あんなハードな仕事をするのかな?
念のため確認する。
「…映画製作の会社ですよねぇ? 」
「はい、G.A.M.は映像製作の会社です。」
「もしかしたら、高速道路での一件も、映画の撮影だった…、とか?」
「いいえ、あれは撮影ではありません。」
「じゃあ、何の仕事だったんですか?」
「それは…、」
社長さんが口籠ったところで、秘書さんが割り込んできた。
「申し訳ありませんが、社外秘の案件となりますので、現段階で部外者である遠藤さまに、お教えできることはありません。」
秘密を共有するためには、同じところに立たないとだめってことだね。
一蓮托生ってことか。
教えてもらえないとなると、なおさら知りたくなるのは、人の業というものだろうか?
「基本的に撮影資材や大道具、小道具の運搬とかのスタッフですから、彼女のような危険な仕事をすることは無いと思います…。たぶん…。」
社長さんが仕事の内容を説明してくれたが、後半の方で目を逸らしていたから、危険なことはあるかも知れないってことだろうか?
なにより“宇佐美さん”というスタッフが、何をしていたのか説明がない。
秘書さんの方も、書類に目を通しているようだが、こちらをチラチラ見ているから、観察されているような気がする。
ピコンッと音がして、メールが届いたらしく、社長になにか耳打ちしている。
「さて、どうされますか?」
ないしょ話が終わった後で、社長があらためて聞いてきた。
ちなみに、その話を断った場合どうなりますか?
「賠償金と交換に、誓約書を書いていただきます。この話を外部に、漏らさないためです。その後、あなたの周りにあらぬ噂が立ち、あなたが信用ならぬ人物であると噂が広まるでしょう。」
えっ?誓約書を書いたのに、そんなひどいことになるんですか?
「なにぶん、影響力の大きい事業なものですから、安全装置みたいなものです。」
確かに最近は、SNSとかで簡単に広まっちゃいますからね、噂…。
発信者が気の置けない人間ならば、火消しも簡単だ。
炎上するのは間違いなく、俺の方になるだろう。
念のためですが、外部にこの話を漏らした場合はどうでしょう?
「あなたの周りにあらぬ噂が立ち、あなたと言う人物の信用が、地に落ちます。最悪の場合、犯罪者になることも考えられます。…お勧めしかねます。」
…秘書さんが、とっても嬉しそうに説明してくれた。…楽しいのかな?こういうの。
そんな非人道的な事が起きる訳はない!とは思うけれど、高額の賠償をサラッとやっちゃうような人達だから、できなくは無いってことだろう。
今更だが、実はすごく怖い人たちなのではなかろうか?
“それを得ることは大きな責任を伴う”という、ヒーロー映画のセオリーを地で行ってるのかと思っていたが、ちょっと違うみたいだ。
むしろ“毒を食らわば皿まで”というか、悪の組織にでも取り込まれていく感じだ。と、なればもう“まな板の上の鯉”というか、ドナドナをBGMに、荷馬車に乗せられていく子牛のようなものである。
「…よろしくお願いします。」
居住まいを正して、頭を下げる。
おとなしく囲われておくしか、道はないようだ。
あとは、命に係わることがないようにと祈るのみである。
「ふむ、わかりました。こちらこそよろしくお願いしますよ。」
礒部社長はニカっと笑うと、すぐに厳しい顔になり、立ち上がった。
「桂木君、私は急用ができたので先に社に戻ります。後のことはお任せしますよ。」
「わかりました。お気をつけて。」
社長が出ていこうとすると、秘書さんも立ち上がって頭を下げる。
礒部社長は部屋の外で待っていた、黒服の人たちにエスコートされて出て行った。
「申し遅れましたが、社長秘書を務めております、桂木といいます。」
社長を見送った秘書さんが、振り返って名刺を差し出した。
秘書さんの名前は、桂木佳織さんというらしい。
契約書を交わした後、桂木さんに連れられてG.A.M.の本社に向かうことになった。
「早々に、研修参加の手続きをしていただかなければなりませんので、ご協力よろしくお願いします。」
G.A.M.では新入社員の研修があるらしいのだが、今回の人事はイレギュラーなため、研修中のグループに無理やり合流させるということだった。
桂木さんの声がたいへん可愛らしかったので、ついつい了承してしまったが、よく考えるとなかなかブラックな会社だよなぁ、これって。
そう言えばまだ、宇佐美さんというスタッフが何をしていたのか?という話を聞いていない。
あとで聞かせてもらえるんですよねぇ?
バス通りに出て、タクシーを拾った。
しばらく走ったところで、タクシーの運転手さんが声をかけてきた。
ちょっと困り顔だ。
「お客さん、さっきからおかしな男が追いかけてきていますが、お知り合いですか?」
嫌な予感がして、後ろを振り返るのが躊躇われたが、先に振り返った桂木さんの表情を見て、悪いことが起きているのだと理解できた。
格闘技選手並みに筋肉ムキムキで、サングラスとウサ耳を付けた黒いスーツの男が、すごい勢いで迫って来ていた。
デジャビュかな?
髪の毛は剃っているのか、坊主頭に黒いウサ耳が際だっている。
幸いなことに一人だけである。
幸いかどうかは、まだわからないが、先日のウサ耳男達の仲間のようだ。
見た目の異様さと、あまりの迫力に、彼の前を走っていた乗用車が道を譲るほどだ。
このままでは、すぐに追いつかれてしまいそうな気がする。
大きな交差点を赤信号に変わる直前に通過したが、奴は止まらず走ってくる。
見切り発車した車両が、ウサ耳男と接触して、ガシャーンという音が響く。
なんとなくそんな気がしたが、ウサ耳男と接触した車は、フロントの部分がへこみ、水蒸気を吹いて止まった。ラジエーターを破損したっぽい。ウサ耳男は少しよろめいたものの、気にする様子もなく交差点を通過してきた。
やっぱりターミネーターかよ!
「ここまででいいです!」
次の信号で停まったところで、桂木さんはお札を運転手に渡すと、タクシーを飛び出した。
あっ、なんかカッコいい!とか思っていたら、腕を引っ張られて引きずり降ろされた。
意外と腕力がある…。
車外に出た時には、奴はもう目の前に迫っていた。
「耳を塞いで!」
桂木さんがポーチの中から何かを取りだし、地面に投げつけると、キュインと言う甲高い音と煙が出た。
耳を塞いだけど、間に合わなかったのか、耳鳴りがして、目がくらくらする。
三半規管にダメージを与えるものなのだろうか?
近くを歩いていた人が、立ち止まって不快そうにしていたが、こちらを不審そうに見た後、すぐに離れていった。
影響がある範囲は狭いのか、ウサ耳男は頭を押さえて、うずくまっている。
急所を蹴られて、倒れ込んだ時の体勢に似ている。
ウサ耳の付け根を押さえている、自前の耳はほったらかしだ、なんでだろ?
「今のうちよ!」
口の動きからすると、そう言ったのだと思う。耳鳴りがひどくてよく聞こえない。
桂木さんに手を引かれて走り出す。
さっきの音響爆弾のせいだと思うけど、ふらふらしてまっすぐ走れない。
「一時しのぎだから、今のうちに距離を離します!辛抱してくださいね!」
人気の少ない方へと逃げていく。
「普通、人の多い方へ逃げるもんじゃないんですか?」
「彼らのやり方は、前に見たでしょう?」
そう、周りのことなどお構いなしに、力任せに向かってくるのは、前回の暴走騒ぎで経験済みだ。
人の多いところへ逃げ込んだなら、無関係な人たちに、ケガをさせてしまいそうだ。
桂木さんの先導で、ビルとビルの間の狭い通路を、くねくねと抜けて行く。
よくもこんな抜け道を、知っているものだ。
ウサ耳男は少し距離を置いて、追いかけて来ていた。
本来、人が通るところではないので、大柄なウサ耳男はところどころで、建物の間に挟まってペースを落としていた。
あちこちに不用品の家具や調理家電とか、空のビール瓶のケースとか、古タイヤとか置いてあったり、フェンスがあったりする。
それらを飛び越えたり、乗り越えたりして逃げるが、遂に行き止まりとなってしまった。
そこは少し広くなっており、四方をビルに囲まれて、ポツンと取り残されたような、不思議な空間だった。
地面に建物の基礎のような、コンクリートが埋まっている。
以前に建っていた、建物の名残りのようだが、ガスボンベやらフライパンなど、周囲の店舗の不用品置き場となっているようだ。
桂木さんに手を引かれて、大きなゴミ箱の影に隠れる。
しかし、奴は迷うことなく、俺たちの隠れている方へと向かってきた。
「さっきの音響爆弾みたいなのは、もうないんですか?」
「言ったでしょう、一時しのぎだって。それに不意を付かないと効かないの。」
ギシっと音を立てて、身を隠していたゴミ箱を、ウサ耳男が頭上まで持ち上げた。
サングラスをしているから目の動きはわからないが、口元が吊りあがっているから、喜んでいるのだろう。
ゴミ箱をこちらへ投げようと、モーションを起こしたところで、何者かがウサ耳男の背中にドロップキックを入れた。
ウサ耳男はつんのめって、俺と桂木さんの前でうつ伏せに倒れ、頭の上にゴミ箱が落下する。ああ、お約束だ…。
「宇佐美さん!」
桂木さんが羨望のまなざしを向けた先には、先日と同じ上下黒いスーツのあの女がいた。
ウサ耳を付けていたから“ウサミさん”というわけじゃないんだな。
今日はウサ耳なしである。あらためて見ると、なかなかスタイルがいい。
「逃げて。」
その宇佐美さんは、ウサ耳男の方を注視したまま、やはり抑揚のない声で言った。
ガラガラガラっと音を立てて、ウサ耳男が鉄人ポーズで立ち上がる。
サングラスが壊れて落ちた。
あれ、耳まで一緒に落ちた。えっ?
どうやら“アクセサリーのウサ耳”と思っていたほうが本物の耳らしい。マジか!
目もなんだか真っ赤に見えるが、充血しているわけではなさそうだ。
人間離れしているとは思ったが、この人は人間じゃないのか!?
ウサ耳男が宇佐美さんに向かって、豪腕を振り回す。
彼女はボクシングのスウェイのような身のこなしで豪腕を避けると、そのままバック転して、突っ込んできたウサ耳男に、格闘ゲームのごとくサマーソルト・キックを放つ。
硬そうな靴のつま先が、ウサ耳男の顎にヒットする。
意外とダメージがあったらしく、ウサ耳男がのけ反っている。
宇佐美さんは次の動作で距離を詰め、胸ぐらを掴みに来た男の腕をしゃがんで避けると、立ち上がる反動で、再び顎に掌底を打ちこんだ。
ウサ耳男はよろめいて倒れるかと思ったが、そうは甘くなかった。
次に宇佐美さんが仕掛けたハイキックを受けとめると、その足を掴んで投げ飛ばした。
見かけによらず動きが早い。
宇佐美さんの方も負けておらず、狭い空間の理を生かして、壁に当たる寸前で体を反転させ、その壁を蹴って勢いをつけると、ウサ耳男の顔にひざ蹴りを喰らわした。
衝撃で後ろに倒れ込んだので、これで終わりかと思ったのだが、ウサ耳男は前転して、弾みを付けて立ち上がり、強烈なショルダーアタックを宇佐美さんに喰らわせた。
重量級の体当たりに成す術も無く、吹っ飛ばされた宇佐美さんは、ビルの壁に背中から打ちつけられた。
両手でガードしていたが、この体格差はどうしようも無かったようだ。
壁に寄りかかったまま動かない。
気を失ってしまったのか?
ウサ耳男が、こちらに向きなおって近づいて来た。
しまった!戦いの行方に夢中になって、逃げるタイミングを逃してしまった。
桂木さんは覚悟を決めたのか、相手を睨んでいて動こうとはしない。
命の危険がありそうな職場だとは思っていたが、初日からそれを体験する羽目になるとは思わなかった。
ウサ耳男が殴りに来たので、横っ飛びして転がって避ける。
狭い場所なので、すぐに建物の壁に追い詰められてしまった。っていうか、俺?!俺を狙っているわけ?なんで?
奴はこっちの方を見て、ニヤッと笑った。今度はハッキリわかった。
先日、宇佐美さんを助けたことで、恨みを買ってしまったのかな?
なんとなく傍観者的な立場でいようと思っていたが、一気に当事者となってしまった。
悔しいので笑い返してみる。ちゃんと笑えていたかはわからない。
ウサ耳男は真顔になって、ごつい腕で殴りに来た。
こんなのをまともに喰らったら、体がいくつあっても持たない!
手近にあった焼肉用の鉄板を取って、両側の取っ手を持って盾代わりにする。
ガンっという鈍い音がして、鉄板が凸む。見事に拳の形が浮き出ていた。
直撃は避けたが拳の方はかなり重く、支えている腕が痛い。
つづいて2度、3度と殴りに来たので、受け止めてはみたが、耐えきれず鉄板を落としてしまった。
腕がしびれてしまって、鉄板を持ち上げることもできない。
足の方もガタが来たみたいで、ひざが笑っていた。
ウサ耳男は明らかに悦に浸っているようで、気味の悪い表情で笑っていた。
こっちが弱っているのを見て、喜んでいるのかも知れない。
なんて性の悪い…。
ウサ耳男が両手を胸の前で組んで、コキコキと鳴らしている。
ただ殴られるのも悔しいので、香港のアクション俳優を真似て、強がり笑いをしてみる。
…短い人生だったなぁ、できればこんな死に方はしたくなかった…、って何度目だ!とか思ったその時、パーンっと言う音が響き、男の頭が斜め横に傾いた。
男の拳が、俺の顔を逸れて後ろの壁に当たった。コンクリートの壁が、ぐしゃっと言う感じで砕けて、破片がバラバラッと肩にかかる。
男は首をコキコキと動かして、体制をもとに戻すと、音のした方を見る。
そこには二丁拳銃を構えた、女の人がいた。
宇佐美さんと同じような、黒いスーツを着ている。
彼女はニヤッと笑うと、ウサ耳男に向かって発砲し始めた。
しかも両手に持った銃を、絶え間なく連射するという、香港映画の監督作品でやっていた技だ。
あれ?今の本物なわけ!?男の頭に当たって、弾かれてたみたいだけど、どんだけ硬いんだよ!
しかも、硬いのは頭だけではなかった。
両腕で顔をガードしつつ、女ガンマンの方へ進んでいく。
腕に当たった弾も、体に当たった弾も食い込みこそすれ、ほとんど跳ね返されていた。
女ガンマンがじりじりと後ずさる。
俺は鉄板を拾って構え、流れ弾に当たらないように距離を取った。
ウサ耳男が、女ガンマンの目の前まで来た時、銃が弾切れになったらしく、予備の弾倉を取り出した。しかし、銃弾の装填を許すほど甘くないようで、剛腕で殴りかかってきた。
女ガンマンは横っ飛びして避けたが、足を掴まれてしまった。
「うわっ!」あせった彼女の、叫びが聞こえた。
効果があるかわからなかったが、盾にしていた鉄板を投げつける。
腕に力が入らなかったので、両腕で持って円盤投げのように放り投げた。
うまく後頭部に当たり、ウサ耳男の動きが止まる。
やはり効果は無かったようだが、奴の気分を害するのには成功した。
その証拠に、こちらを醜悪な目で睨みつけている。
普通に怖い。ここで仕留めてもらえない場合、真っ先にボコられそうな気がする。
しかし、その隙に女ガンマンは弾倉の装填を終えたようで、足を掴まれたままで奴の頭を狙って銃を撃ち始めた。
男は片手で顔を庇って、女ガンマンを片手で放り投げる。
飛ばされている間も彼女は銃を撃ちまくり、銃弾が無遠慮にウサ耳男に当たっていた。
狙ったのかどうかはわからないが、女ガンマンの人は俺のいる方へと飛ばされてきた。
このままでは彼女のダメージも軽くない。
よせばいいのに、壁と彼女の間に滑り込んでしまった。
ぞんざいに放り投げられた、彼女の受けるはずだった衝撃を、コンクリの壁との板挟みとなって受ける。
女ガンマンの人は、見た目より筋肉質な感じで、背中とか後頭部に受けた衝撃は、なかなかにきついものだった。
やっぱりやめとけばよかった。
壁際で、彼女を抱っこしているような体制になっていたが、彼女は銃を撃ち続けているので、その反動が伝わってきて、地味に痛い。
「もう少し頼むわぁ。」
連射される発砲音の合間に、そんな言葉を聞いた気がする。
抜けだしたくても、体が動きません。
彼女が銃撃を止めた時、ウサ耳男の腰のあたりに、またも宇佐美さんがドロップキックを決めていた。いつの間にか、復活したらしい。
ウサ耳男はよろめいたが、すぐに振り返り宇佐美さんの両手を押さえにかかった。
俗にいう力比べをしているが、どう見ても宇佐美さんが不利だ。
「すまんが離してくれ。」
女ガンマンの肩を、抱き留めたままだった。
「サンキューな、助かった。」
彼女は弾倉を入れ替えると立ち上がり、ウサ耳男に銃を向けたが、宇佐美さんが近すぎたのか撃てないでいた。
ウサ耳男は、宇佐美さんの腹を蹴っ飛ばして、自身から引きはがした。
今度は壁に届くことなく、地面に転がる。
宇佐美さんの方を注視していたら、ドスン!と大きな音を立てて、ウサ耳男が倒れた。
何があったのかわからないが、そのままピクリとも動かなくなった。
少し間があって、女ガンマンの人が銃を構えたまま、ウサ耳男の方に近寄って行く。
「ありがとう、佐々木君!」
どこに隠れていたのか、桂木さんが上の方を向いて、手を振っている。
「ど~いたしましてぇ~!」
間延びした返事が返って来た。
声のする方を見ると、側面のビルの3階当たりの窓から、ライフルを抱えた男が手を振っていた。
あれでウサ耳男を撃ったのだろうか?
「聞きしに勝る頑丈さだわねぇ。」
女ガンマンの人が、倒れたウサ耳男の横にしゃがみ込んでいた。
銃口でウサ耳男の頭を、カンカンと小突いている。
恐る恐る近寄って見ると、男の首の後ろには、赤い血玉みたいなものがある。
ここをライフルで撃ったのだろうか?ってことはこいつ、死んでるの!?
「首の後ろの頚椎に強い衝撃を与えると、しばらく動かなくなるの。」
そろそろっと近寄ってきた桂木さんが、説明してくれた。
「へぇ~、そうなんだ~、って、普通の人なら死にますよね、それ!」
「見ての通り、普通の人間じゃないわ。」
女ガンマンの人が、頭頂部に生えている長い耳を引っ張ってみせる。
本物の兎みたいに、しっかりそこから生えている。
当然ながら、人の耳のあるところには何もない
「茅原さん、あんまり刺激を与えると起きてしまうわ。」
「その時にはもう一発、ここに喰らわせてあげますから。大丈夫ですよ。」
“茅原さん”と呼ばれた女性は、銃を出して構えると、ニコッと笑って見せる。
なんだか物騒な人だ。
いや、それはそれで問題だが、このウサ耳男が何者かという方が一番の問題だ。
「想像している通り、宇宙人だよ。」
ああ、やっぱりそうだったのか、できれば知りたくは無かったなあ。
「隊長、この区画の封鎖はうまくいきましたか?」
「はい、桂木さん達が上手く引き付けてくれたおかげで、被害も最小限です。」
声の主は、最初に俺たちがやって来た方向から近づいてきた。
その後ろには、ツナギのような作業着の人たちがぞろぞろと付いてくる。
隊長と呼ばれた男は、体格のいい細マッチョな男だ。
童顔で優男な感じだが、目元や口元を見るに、それなりの年齢なのだと想像がついた。
「私はここを仕切っている水木と言います。この人間離れした人達は…、気付いているとは思うけど、先日、君と宇佐美を襲撃した者たちの仲間です。地球外生命体、いわゆる宇宙人です。確保していたんだけど逃げられてしまって、君を狙っていることが分かったので、ひと芝居討たせてもらったんだ。」
「ごめんねぇ、作戦に支障が出ても困るから、話すわけにはいかなかったの。」
桂木さんが両手を合わせて、申し訳なさそうに俺の方を見た。
あぁ、つまり俺は囮というわけですか、酷いなぁ…。
「考えられる最良の策を、実行した結果。」
すぐ後ろから声が聞こえたので、振り返ってあとずさる。
いつの間にか、宇佐美さんが後ろに立っていた。
「宇佐美ちゃん、時間稼ぎご苦労さま。」
「おつかれ、宇佐美ぃ。」
「かなちゃん、大丈夫?けがしてない?」
水木さんと茅原さんと桂木さんが、労いの言葉をかける。
“かなちゃん”というのは、宇佐美さんの名前かな?
スーツに着いたゴミや砂埃を、パタパタと手で叩いている。
スーツは泥だらけであちこち破れているが、怪我はしていないみたいだ。
あれだけ攻撃を受けていたのに、すごいなぁ。
どういう体の鍛え方をしているんだろう。
あいも変わらず無表情だが、いささか不満そうな面持ちで顔を上げた。
宇佐美さんが隊長さんに、目で訴えているのがわかる。
あっ、すごいぞ俺、なんか空気が読める人になったみたいだ。
水木さんも気がついたみたいで、宇佐美さんを見返している。
「代わって。」
水木さんはニコッと笑うと、桂木さんの方に向き直って、ウサ耳男の処遇について相談し始めた。
そのウサ耳男は、両手足をごつい金具で固定されて、シートを被せられてタンカで運ばれて行く。
黒い耳が、シートの下からはみ出して揺れていた。
『これを付けていれば仲間だと思われる、という話だった。』
宇佐美さんはあの時、ウサ耳を付けていた。
ああっ、そういう事か!
ふと視線を感じてそっちを見ると、宇佐美さんが俺の方を見ていた。
俺と目が合うと、すぐに茅原さんの方を見て、何か言おうとしたようだった。
が、僅かな逡巡があった後、水木さんに向き直ってもう一度言った。
「代わって。」
隊長さんは手振りで“ちょっと待って”みたいな動作をしつつ、桂木さんと話を続けている。
宇佐美さんは、しばらく隊長さんの方を見ていた。
だとするとやっぱり、役回りに不満があったと考えるのが妥当だ。
あのウサ耳男の相手は、体格差もあってかなり辛かったのだろう。
いくら狙撃手の人が発砲するまでの時間稼ぎとは言え、重戦車みたいな男を押さえておくのは、文字通り骨が折れそうだ。
俺なら間違いなく折れる。
でも、もう少し長文で話さないと気持ちは伝わらないと思う。
…毎回そういう役割分担ってことなのかな?
「代わって。」
媚びを売るわけでもなく、隊長に言い寄る。
「いやぁ、あそこは宇佐美ちゃんでないと、対処できない相手だったからね。」
水木さんはなんだか、ごまかそうとしているみたいだ。
他の人たちは宇佐美さんほど、丈夫じゃないのかな?
そこへライフルを抱えた、狙撃手の人が駆け寄って来た。
えーっと、佐々木さんだったかなぁ?
「お疲れ様でしたぁ、一発で決められましたぁ!」
狙撃手だから、ゴルゴみたいな人かと思ったけど、似ているのは背が高いのと、目が細いところぐらいで、なんかにこやかな顔立ちをしている。
ちなみに“一発で決めてやるぜ!”と言うのは、クロス・ブルーの決め台詞であるが、ソレに掛けているのかな?
「一発で当てなくてどうする!私の仕事を増やす気か?」
「佐々木、遅い!」
「えー、急いで階段を降りて来たんだよ。」
「飛び降りてこい!」
「もっと早く撃って!」
茅原さんから怒られ、宇佐美さんからも文句を言われている。
なんか、論点がずれている気がするが、立場的に弱い人なのだろうか?
「宇佐美さんはあの時、何をしていたんですか?」
「あら?何の事かしら?」
G.A.M.の本社へ向かう車中で、桂木さんに聞いてみた。
前回ウサ耳男たちに、追いかけまわされた時の話である。
「彼らのアジトに、忍び込んでいたんですよね?」
「さぁ、どうかしら?」
しかし、見事に相手にされていない。
まだ正式に社員になったわけじゃないから、教えてもらえないのかも知れない。
とは言え、ここまで関わったわけだから、少しくらいは教えてもらいたいものである。
ちょっと、遠回しな質問をしてみる。
「いくら宇宙人とは言え、服装とウサ耳だけでごまかせるものなんですか?」
桂木さんは、クスッと笑ってから、こう答えてくれた。
「彼らは、地球上ではかなり視力が落ちるらしいの。だから、容姿が似通ってさえいれば、すぐにはバレないらしいの。」
「うーん、目が悪いなら、一個人を特定するなんてことは、できないんじゃないですか?」
「あら……、でも残念ながら、嗅覚はとても良いらしいの。」
なんだか感心されたようだ。なにか、良かったのだろうか?
臭いを覚えているなら、また襲撃されるのではないかと聞いてみたところ、「今は地球上にいないので、大丈夫。」と言われた。
強制送還でもされたのだろうか?それとも、物理的に排除されたとか?
「どういうことですか?」と、桂木さんに聞いてみたが、「そういうことよ。」と、答えてくれただけで、それ以上の話を聞くことはできなかった。
他にもいろいろ話を振ってみたが、ほとんどはぐらかされてしまい、新しい情報は得られなかった。
そんなことをしているうちに、G.A.M.の本社に到着した。
“秘密戦隊の基地”のイメージがあったので、すごい建物を想像したが、ごく普通の事務所ビルだった。
「地下に秘密基地とかあるんですか?」と、桂木さんに聞いてみたが、たいへんにこやかな表情で「地下は2階までですよ。」という答えが返ってきた。
Episode4 侵入者を討て! に続く
こんばんは。
この話はアクション中心で展開しています。
技の表現など間違っておりましたら、遠慮なくご意見ください。
格闘シーンは、在りし日の「香港映画」をモチーフにしています。
運転好きなところを買われて、G.A.M.に雇われる遠藤ですが、この後、いろいろやってもらう予定です。
(2021年9月18日一部修正しました。)