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秘密戦隊の裏事情  作者: もりよしあき
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Episode2 ウサ耳のエージェント

ひと月ほど前、特撮ドラマ「クロスレンジャー」の撮影に巻き込まれてしまった遠藤正嗣(えんどうまさつぐ)(就職浪人中)は、アルバイトの途中で、“ウサ耳を付けた女”を車に乗せたばっかりに、また変な事件に巻き込まれることになる。彼女を追って来たのは、ウサ耳を付けたマッチョな男たちだった。

Episode2 ウサ耳のエージェント


 あの事件(?)から一ケ月近く経ったある日、俺は再びあの現場に居た。

 クロスレンジャーの撮影に遭遇してしまった、駅近くの商業ビルである。

 荷物を運搬する短期の契約で、今日の最後の届け先がこのすぐ近くだった。

 道路脇のパーキング・スペースにライトバンを停めて、向かいあって建つ高層ビルを眺める。

 陽は既に傾きかけているが、街中はまだ相当な熱量を保っており、アスファルトからの輻射熱で、道路には陽炎が揺らめいている。

 街路樹には多くのセミがしがみつき、今が盛りとばかりに鳴き声をあげている。

 人も、自動車の往来も普段と変わることなく、あの夜の奇妙な雰囲気など、微塵も感じられない。

 あれ以降もクロスレンジャーは観ているが、あい変らず特撮がすごい。

 先週放映されたエピソードでは、鳥型のモンスターが登場し、その造形の奇抜さや、モンスターの背中に乗るという、クロス・レッド目線のカメラワークが面白かった。

 …ふと、空を見上げる。

 ひこうき雲が、空に一本の線を引いて伸びていく。

 飛行機が太陽の光に反射して、わずかの間光っていた。

 あの夜、ビルとビルの間には,巨大なクモの巣が張られていた。

 月明かりに反射していたのを、確かに見た…、と思う。

 クレーンで大きな蜘蛛の縫いぐるみを吊っていた、と言う話だったが、本当だったのだろうか?未だにその疑念が晴れない。

 月が出ていたとはいえ暗かったし、酔ったうえでの俺の妄想かも知れないんだけど…。


 あの時のようなおかしな光景に、出くわすことは二度とないとは思うが、現実離れした何かに遭遇することを、少し期待していたのかも知れない。


 こんな感傷に浸ってしまうのは、社会人として自覚が足りない、という事なのだろう。


 …並びの建物で、1棟だけ足場を組んで改装工事中のビルがあった。

 あの夜、ビルの屋上には、ライフルを構えたレンジャーがいたような気がする。

 なんで今、改修工事を行っているのか、なんとなく気になる。

「………」


 あれこれ考えていても、胸のもやもやは消えない。

 決して、昼飯(ひるめし)を食べすぎたわけではない。

 実はこのアルバイトも、今日で終わりなのだ。

 また次の仕事を探さなくてはならない。

 もうしばらく契約を延長してもらえないかなぁ。

 就職浪人に、世間の風あたりはきつい。…ついでに陽ざしもきつい。

 とりあえず、会社に帰ったら相談してみよう。

 ひとつため息をついて車に乗り込み、発進させようとしたその時、歩道の方からざわめきが聞こえた。

 車を降りて、後ろの方を見ると、女の人が走って来るのが見えた。

 白シャツに、上下黒のスーツを着ているが、M.I.B(メン・イン・ブラック)ではないようだ。

 その証拠にサングラスじゃなくて、ウサ耳を付けている…?

 なんでウサ耳?

 少し遅れてサングラス装備の黒いスーツの男たちが、7、8人くらい走ってくる。

 プロレスラー並みに体格のいい彼らは、どうやら彼女を追いかけているようだが、彼らもまたウサ耳を付けていた。

 流行りなのか、ウサ耳?

 珍しがって観ていたら、逃げている女と目が合ってしまった。

 なんだかヤバそうな予感がしたので、知らんぷりを決め込んで車を出そうとしたのだが、あろうことかその女は、助手席のドアを開けて乗り込んできた。

「お願い、助けて…。悪い男たちに追われているの…。」

 危急(ききゅう)の案件であるにもかかわらず、抑揚(よくよう)のない声で自らの窮状(きゅうじょう)を訴えて来た。

 …残念だけど棒読みだ。

 しかも承諾してもいないのに、ちゃっかり助手席に座り、シートベルトをかけている。

 ほんとに助けを、必要としているのかな?

 背は俺と同じくらいで、スレンダーな体形をしている。

 胸ぐらいまである黒い髪を、ひっつめ髪にして、背中でまとめている。

 パッと見、就活中の大学生みたいだ。

 可愛らしくはあるが、その表情からは事の重大さは伝わってこない。

 某アニメに出てくる寡黙キャラみたいに、あまり表情を変えない。

 軽く汗をかいているから、それなりに疲弊しているのだと見当はつくのだけれど、目の前にいる彼女からは、追われている人特有の、焦りとか恐怖とか言うものは感じられない。

 映画とか、ドラマでしか見たことはないけどね…。

「お願い…。」

 保護欲を掻き立てるような仕草も、何かを訴えるような目配せもなく、再びお願いされた。

 実際はこんなものなのか…?

 できるものならば手を取って、潤んだ目で懇願してもらえると、俄然やる気が出たりするわけだけど、どうにもスイッチが入らない。

 ちなみに、ウサ耳とか付けてなければ、好みのタイプだった。

 黒いスーツの男たちは間近に迫っており、あんな連中に捕まったら無事に済むとは思えない。

 だがよく考えれば、当然の疑念も出て来る訳で…。

 つまり、「なんか悪いことをしたから、追われてるんじゃないの?」という事だ。

 彼女は表情を変えない。

 じっと俺を見ている。

「…お願い。」

 ついにウサ耳男たちが追いついて、助手席の前を取り囲んだ。

 ドアを開けるべく手を伸ばしてきた。

 咄嗟にアクセルを踏んでしまった。

 キキッとタイヤを鳴らして、ライトバンを急発進させる。

 いや、なんか怖かったし…、どうせ手助けをするのなら、むさ苦しいお兄さん達より、言動がおかしいとはいえ、若い女子の方が良いと思ってしまったのだ。

 こういうのを“若気の至り”というのだろうか?

 しかし、道路脇のパーキング・スペースから急発進!これは良くない。

“無謀な運手の果てに…”みたいなタイトルで、新聞の一面を飾る未来が心に()ぎったが、そうはならなかった。

 後方から接近していた車両は急ブレーキで止まり、ブーイングよろしく、派手にクラクションを鳴していた。

 胸をなでおろす。気持ちだけなら、後ろを向いて頭を下げていた。

 しかし、安心してはいられない。

 黒服のウサ耳男たちは、走って追いかけて来たからだ。

 なかなかに早い。

 軍隊で訓練しているみたいに、足並みをそろえて走って来る。

 普通の乗用車に負けないぐらいの速度だ。

 まさか軍人じゃないよね?

 渋滞に捕まったなら、こっちが奴らに捕まってしまいそうだ。

 っていうか、そんなに速く走れるのなら、さっさとこの女捕まえんかい!そうしたら、巻き込まれなかったのに…。

 そう思った途端、彼女がこちらを向いた。

「今、妙なこと考えた?」

 えっ!今、声に出してた?

 一瞬、彼女を見て前方に目をやる。

 僅かばかり胡乱(うろん)な目で見られていたようだ。

「べっ、別に…。」

 彼女の方を見ないで答えたが、噛んでしまった。バレたかな?

「そう…、ならいい。」そう言うと、前に向き直った。

 なんか読心術とか使えるのか、それとも本当に心が読めるのか?

「高速道路に。」

「そうか、高速に入ってしまえば、追いかけて来れないよね。」

 うん、名案だ。

「それはどうかしら?」

「えっ、高速道路だよ、歩行者は立入禁止なんだよ!」

 たまに、間違って入って来る人がいるみたいだけど…。

 でも、言いだした本人がそれ言うのってどうなの?

 追跡を振りきれると思ったから、言ったんじゃないの?

 いろいろツッコミを入れつつ、車線を変更して高速道路に続く、緩いスロープを昇って行く。

 ウサ耳男たちは諦めたようで、スロープの途中で追いかけるのをやめた。

 側道から本線に車線変更する。

 これで一安心だが、何処に向かえばいいのだろう?

「そのまましばらく走って。」

 彼女は携帯電話を出して、どこかに電話している。

 誰かに指示を仰いでいるようだ。

「はい、確保しました。……はい、わかりました。」

 こっちはぜんぜん解からん。

 ウサ耳男達から、逃げている事情くらい、教えてくれてもいいだろうに…。

 ふと彼女の手元を見ると、手のひらサイズの透明なケースを持っていた。

 中に何か入っている。

 よくお祭りで売っている、ミドリガメみたいに見えるが、ちょっと違う。

 フィギアかと思ったが、ごそごそっという感じで動いていた。

「前、見て。」

「はいっ!」

 凝視していたら、注意されてしまった。

 例のケースは、彼女の上着のポケットの中に入れられたようだ。

「二つ向こうの出口で降りて。それと…、あなたは知らない方がいい。」

 ああ、そうですか。

 でも命の恩人に対して、それは無いんじゃない?

「せめて、なんでウサ耳付けてんのかぐらい、教えてくれてもいいんじゃないかな?」

 彼女は、ウサ耳のカチューシャを外しながら言った。

「これを付けていれば仲間だと思われる、という話だった。」

「ますます、ワケわからんわ!」

 ガツンっと、車体に衝撃が走った。

 ハンドルがぶれて、車体が左右に振られる。

「おっと!」

 俺のツッコミに車が反応したか?いや違う!

 後ろから黒くて大きな四輪駆動車が、体当たりしてきたのだ。

 運転しているのは、さっきのウサ耳をつけた男たちだった。

「ほらね。」

「いや、“ほらね。”じゃないでしょう!」

 そこで得意気な顔されても、誰も褒めたりしないからな!

 わかってんの?えーっと、あれ…?そういえば名前も聞いてない。

 名前を聞こうか、どうしようか考えていたら、もう一度ぶつけられてしまった。

 これはまずい!車が壊れてしまう前に、何とかしなければ!

 スピードを上げ、車線変更を繰り返しながら、黒い四駆から距離を取る。

 強引に割り込みしながら走らせているので、ほかの車からクラクションを鳴らされまくる。

 無茶な運転をしていることは、充分理解しています。

 どうやら命の危機を迎えています、ごめんなさい。

 我がことながら接触事故にもならず、よくできていると感心する。

 しかし、そんな俺の気持ちも、周りを走っている無関係な皆さんのことも、気にする様子も見せず、威圧しては避けさせ、ぶつけては跳ねのけて、徐々に近づいてくる黒い四駆。

「ちっとは遠慮しろよ、これ社有車なんだからな!壊れたらどうしてくれるんだ!」

 後方に顔を向けて叫んでみる。

「大丈夫?」

 どうやら気を使ってくれたらしいので、「今のところは。」と答える。

 文句を言ったところでどうなるわけでもないが、俺の怒りのやり場がない。

 そう言えば後ろ、ぶつけられてたよなぁ。

 弁償なんか、してもらえないんだろうなぁ。

「でもって、こういう時には絶対、パトカーとか近くにはいないし…。」

 よしんば近くを走行しているようなら、止めに入って欲しいものだが、そんな都合のいいシチュエーションは、まずない。

「人をあてにしてはダメ。」

 えっ?

 ちょっと待って、確か「助けて」言って車に乗り込んできたよね?

 俺は彼女の顔を見た。

 彼女も俺の顔を見ていたが、すぐに前の方に向き直った。

 自分のことは棚上げらしい。

 恨めし気に凝視してみたが、表情に少しも変化がないので、運転に集中することにした。

 バックミラーを見ると、妙な光景が映りこんでいた。

 黒い四駆のボンネットの上に、乗っている奴がいる。

 ハリウッドのアクション映画じゃあるまいし、こちらに乗り移る気なのだろうか?

 すごいマッチョ体形だから、ちょっとやそっとじゃ死なないかも知れないけど…。

 目的の高速出口まではあと少しだし、何とか無事にたどり着きたい。

 四駆が迫ってくる。

 距離を取ろうと思ったが、車が増えてきたのでスピードが出せないし、車線変更も難しい。

 ドンっと、車の天井から鈍い音がした、かと思うと助手席側の窓ガラスが割られた。

 ごつい腕が助手席の女の二の腕を掴んで、車外に引きずりだそうとしている。

 彼女は素早く右手を伸ばすと、ハンドルを掴みにきた。キュルキュルっと音がして、ハンドルが左に切られる。

 あわててハンドルを戻そうとするが、意外なほどの腕力で引っ張られて、車体が道路の側壁に(こす)れる。

 ついでに屋根の上の男も、側壁に(こす)られて落ちた。

 側道を転がって行く男を、ドアミラーで確認してホッとしていたら、もう一人の男が飛び乗って来た。

 今度は運転席側のドアを、一気に取り外して放り投げた。

「ターミネーターかよ!」

 目測を誤ったのか、放り投げたドアが、後方に居た四駆のフロントガラスにめり込んだ。

 男もしばし唖然として見ていたようだが、四駆のフロントグラスが、突き刺さったドアごと投げ捨てられるのを見て、こちらに向き直った。

 彼女を真似てハンドルを切ろうとしたが間に合わず、腕を掴まれて外に放り出されそうになる。

 すごく痛い!腕どころか心まで折れそうだ。

 あぁ、短い人生だったよなぁ、時間があれば辞世の句ぐらい読みたいところだったが…。

 フッと腕の痛みがなくなった、と思ったら、助手席の彼女もいなくなっていた。

 ふらふらしていた車線をもとに戻すと、車の屋根の上で何かが暴れているような物音に気付いた。

 バキッという音がして天井が少し歪んだ後、バックミラーに後続の車両の間を転がって行く男が見えた。

 スプラッターなことにならなければいいけど…。

 直後、彼女が助手席の窓から、スルッと中に入って来た。

「命の恩人。」

 そう言って、ニヤッと笑ったような気がした。

 基本的に無表情なので、なんとなくそんな気がしただけなんだけどね。

 どうやら助手席側から屋根に上って、ウサ耳男を蹴落としてくれたらしい。

 呆気に取られていると、「二度め。」と言って前に向き直った。

 なにが二度目なんだろう?

「出口。」

 気がつけば、高速道路の出口の、すぐ近くまで来ていた。

 ここの出口は、緩やかに左カーブするスロープになっている。

 だからと言って、追撃の手を緩めてくれるわけもなく、スロープに入ったところに、黒い四駆が一気に接近してきた。

 ガツン、と大きな衝撃があり、ライトバンの左側面に四駆が衝突した。

 大出力のエンジンに物を言わせているようで、すごい(ちから)でスロープの壁に押し付けられる。

 車体の右前方が、1.5mくらいスロープの壁に擦れてガリガリっと嫌な音を立てる。

 壁にぶつけてこちらを潰すか、スロープから落とすつもりのようだ。

 運転席側はドアが外れているので、下手をすると体がコンクリの壁にあたりそうで怖い。

 ハンドルを目いっぱい右に切って堪える。

 高速の降り口に、警察を含めた数台の車両が道を塞いでいるのが見えた。

 あそこまで行けば、助けてもらえる。

 だが、スロープを十数m進んだところで、前輪のタイヤがパンクした。

 車体は右前方に傾いて、スロープの壁にバンパーを擦り付け、ガリガリと音を立てながら移動する。

 もうコントロールは利かない。

 やがて何かに引っかかったように車体がつんのめって、スロープの壁に突っ込み、グワッと音を立てて、上向きに90度くらい回転した。

 壁際でフロント部分を下にして、逆立ちした格好になったので、スロープの下の地面が見える。

 背の低い樹木が繁っているのが見えた。かなり高い。

 そのあと、ゆっくりと車体が反転し、景色がゆっくりと傾いていく。

 あぁっ、今度こそ終わりか、短い人生だったな、時間があれば…。

 とか思っていたら、外から手が伸びてきて腕を掴まれた。

 いつの間にかシートベルトが外されていて、体が車体からすり抜けた。

 ライトバンだけが、地面に向かって落ちて行く。

 助手席にいた彼女が、俺の手を掴み、片手でスロープの壁に捕まって支えてくれていた。

 ガッシャーンという音がして、ライトバンが地面に落下した。

 俺の体は引き上げられて、スロープの壁にしがみつくことができた。

 必死の思いで壁を乗り越え、スロープの内側に転がり落ちる。

 心臓がバクバクと脈打っていた。緊張が解けたからなのか、荒い息をしているのがわかる。

“九死に一生を得る”とはこういうことかも知れない。

 あれ?そう言えば一月ほど前にも、同じようなことを考えたような…。

 寝そべったまま、呼吸を整える。青い空に鳥が飛んでいるのが見えた。

 ふと気がついて、助けてくれた彼女の姿を探すが、どこにも見えない。どこに行ったのだろう?

 黒い四駆は、スロープの壁に突っ込んで止まっていたが、中には誰もいないようだ。

 立ち上がって辺りを見回すが、駆け寄ってくる警官らしき人影しか見えない。

 まさか、下に落ちてしまったのではと思い、スロープの下を覗いてみたが煙を吹いている車と、遠巻きに見ている人達以外に、それらしき人影は無かった。

「大丈夫ですか?」と、警官が尋ねて来たのに、「ふぁい…。」とか、妙な返事をしてしまった。警官はスロープを駆け上がってきたようで、肩で息をしていた。

 女の人を見なかったか聞いてみたが、「一人じゃなかったのか?」と逆に尋ねられた。

 それから、最寄りの警察署に連れていかれて、事情聴取を受けた。

 車に乗り込んできた彼女のことや、それを追ってきたウサ耳黒スーツの男たちのことを話したが、信じてもらえなかった。

 車載していたドライブレコーダーは、いつの間にかメモリーカードが抜かれていて、事故に至る経緯を証明するものは、俺と目撃者の証言くらいしかなかった。

 証言してくれた人のドライブレコーダー映像も、不鮮明だったり、録画できてなかったりだったという。

 あげく、薬をやっていたんじゃないか?とか、酒を飲んでいたんじゃないか?とか疑われたが、検査でなにも出なかったのと、実際にぶつけて来た四駆が、現場に残っていたので、しぶしぶという感じで解放された。

 四駆は盗難車で、運転していた男たちは(途中で車から落ちた奴も含めて)、見つからなかったらしい。

 帰る前に担当の人から、「後日、出頭依頼があるかも知れません。」と、言われた。

 その後、車の持ち主というか、一時的にも雇い主であった会社へ、事態の説明に向かう。

 ひととおり説明をしたが、いきなり乗り込んできた女の話や、それを追ってきたウサ耳を付けたマッチョな男たちの話は、突飛(とっぴ)すぎて信じてはもらえなかった。

 人助けのためとは言っても、関係のない人間を社有車に乗せることは、“重大なコンプライアンス違反”として、責任を追及されることになりそうだ。

 配達用の車を壊してしまったし…。

 助けたはずの女も、どこへ行ったか分からない…。

 お得意さんだったのになぁ、もう仕事を頼まれることも無いだろう。

 一度失った信用を、取り戻すにはたいへん難しいのだ…。

 迂闊(うかつ)な行為のつけは大きい。

 明日からどうしようかとか、途方にくれながら部屋に帰った。


 警察から、いつ呼び出しがあるかと、ビクビクしていたが、数日間、何の連絡も無かった。

 不思議なことに、あれだけ派手な事故だったにもかかわらず、ニュースにもならず、よくある携帯カメラや、ドライブレコーダー映像のSNS投稿も無かった。

 会社からは数日後、契約期間の終了の通知と、給与明細等の書面が送られてきただけだった。

 もちろん警察からの出頭依頼もなしだ。

 何か理由でもあるのだろうか?

 まさにキツネかタヌキか、ウサギかな…?にでも化かされた感じだが、都会の真ん中でそれはないか。

 ネットで就職情報を検索するが、いろいろ気になって集中できない。

 そんな落ち着かない状態でも、日曜日はやって来る。

 今週のクロスレンジャーは、一ケ月程前に遭遇した巨大蜘蛛の話だった。


✝紋章戦隊クロスレンジャー✝ 第20話「月夜の蜘蛛(くも)には気を付けろ!」


「合体攻撃だ!」

「「「了解!」」」

 クロス・レッドの合図で、4人のレンジャーが各々の武器を合わせると、巨大なロケットランチャーになった。

「「「「クロス・ライジング、シュート!」」」」

 発射されたミサイルは、ビルの間にぶら下がる巨大な蜘蛛に命中した。

 蜘蛛の巣が焼けて、巨大蜘蛛が落下していく。

 ドッスーンっという、大きな音がして蜘蛛が地上に落ちた。

 同時に埃やらゴミやらが、あたり一面に舞い散って真っ白になる。

「死んだか?」

 白い靄が晴れた道路に、クロス・レッドが現れ、巨大蜘蛛の生死を確認するために近づいていく。


 地面に落下した蜘蛛は、先日俺が見たものと同じモノに見える。

 獣のような顔が、半目で口を開いて、微妙に震えている。


「あの高さから落ちて、死なないわけ無いだろう?」

「宇宙生物ですからねぇ、わかりませんよ。」

 クロス・ブルーとクロス・グリーンが、どこからか飛び降りて来て答えた。

 彼らが近づくと、ギシギシギシっと、妙な音を立てて巨大クモが動き出す。

「まだまだぁ、これからが本番じゃぁー!」

 蜘蛛を操っていた異星人が現れて、背中に飛び乗ると、蜘蛛の中に吸い込まれていく。

 巨大化する蜘蛛の背中から、蜘蛛と合体した異星人の上半身が現れ、“アラクネ”と呼ばれる、ゲームに出て来る蜘蛛の魔物みたいに変形していく。

 アラクネの腕がビルの一部を破壊し、跳んできたコンクリートの塊を、クロス・イエローが受けとめた。コンクリートは、人の体と同じくらいの大きさだ。

「大丈夫か、イエロー!」

「ここに、倒れている人がいます。」

 コンクリートを支えるイエローのすぐ後ろに、倒れている人影が映りこむ。


『あれ?これって俺じゃね?』

 見覚えのある看板の影に,うつ伏せに倒れている男がいる。

 あれはクロス・イエローに、気絶させられた後の俺ではないだろうか?

 顔は見えないけど、あの日と同じシャツと、ズボンを身に着けている。ってことは、あのコンクリートは、実際に飛んできたものなのか?

 変にリアルだし、いやしかし特撮ってこういうものだし、リアルな造形は会社の売りだと社長さんも言っていた。

 実はスチロールかなんかで作られた偽物で、役者さんの演技力で成り立っている、というのが一般常識だ。少なくとも俺は、そう思っている。

 でも、あのクモは実在していて、実際にこの人たちが戦っていたのだとしても、こうやってTVで放送すれば、「特殊撮影でした。」ってことで、言い訳ができるんじゃないのかな?


 クロス・イエローは、コンクリートの塊を何処かに放り投げて、倒れていた男を抱えてジャンプする。


 男の顔がチラッと見えたが、残念ながら俺ではなかった。


 離れた場所に、男を寝かせると、再びアラクネの前に飛び込んでいく。


 CGによる処理なのか、すごく高いところまでジャンプしている。

 この時のカメラワークも、クロス・イエロー目線のものがカットインされて、微妙に揺れてる感じが斬新だ。


 集合したレンジャー達を、巨大になったアラクネの足が襲う。

 吹き飛ばされるレンジャー達。

 地面を転がり片膝を立てて構えると、リーダーのクロス・レッドが号令をかける。

「みんな、ジャイアントクロスだ!」

 4体のメカが合体変形した巨大メカ、ジャイアントクロスが、巨大な剣〈ディスティニーソード〉を構えて切りかかる。が、アラクネの発する糸に巻かれて、動きが封じられてしまった。

 アラクネは糸の端を掴んで、グルグルと振り回し、ジャイアントクロスを放り投げた。

 そこへ幹部2号のマッドンが、泥で作ったゴーレムを引き連れて現れる。

 マッドンは粘土のような質感の、迷彩模様をした怪人だ。

 泥からゴーレムを作る能力を持っていて、今回はジャイアントクロスを模したゴーレムを引き連れて現れた。

 立ち上がれないジャイアントクロスに、アラクネとゴーレムが襲い掛かる。

 窮地に陥ったクロスレンジャー達だったが、ジャイアントクロスのボディに電流を流し、アラクネの糸を焼き切ることに成功した。

 ゴーレムの攻撃も、電流を流すことでジャイアントクロスのボディに熱を発生させ、泥を乾燥させてゴーレムの手足を砕き無力化させた。

 飛びかかって来たアラクネに、ディスティニーソードを突き刺す。

 例によって派手に爆発して、アラクネは吹っ飛んだ。

「今日はここまでにしといてやるでい!」

 攻撃の手段を失ってしまったマッドンが、捨て台詞を残して逃げて行った。


「ベタな落ちだなぁ~。」

 と、ぼやいたところに、訪問者を知らせるチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、見たことのある顔があった。

 G.A.M.の礒部社長と秘書さんだった。


Episode3 どうやら就職先は、地球防衛企業らしいんだが…、 に続く。

こんにちわ。

今回はアクション中心の展開になっております。

実はこのエピソードが、この話のスタート地点になっています。

都心の高速道路事情がよくわからないので、自前の知識だけで書いています。

おかしな点がありましたら、忌憚(きたん)のないご意見をお願いします。

(2021年9月16日、一部修正しました。)


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