Episode1 オタクな就職浪人は、秘密戦隊と巨大グモの夢を見るか?
2作目の投稿になります。
今作は、秘密戦隊×M.I.Bといった感じです。
主人公、遠藤と劇中劇「クロスレンジャー」が、どう絡んでくるか、楽しみにして下さい。
戦隊モノを何作か見てから書きました。ネタが被ってないといいな…。
Episode1 オタクな就職浪人は、秘密戦隊と巨大グモの夢を見るか?
静かな夜だった。
向かい合った高層ビルの上に、満月が浮かんでいた。
星こそ見えないが、細い雲が一筋たなびいていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
なぜか明かりの消えているビルとビルの間に、蜘蛛の巣が張られていて、中央には蜘蛛らしいものが鎮座していた。耳鳴りなのか、モーター音のようなものが聞こえる。
……蜘蛛の巣?……遠近感、間違ってないか?
どっちも30階はある高層ビルだ。
何でそんなところに蜘蛛の巣が…。
ゆっくりとその蜘蛛に近づいて行く視界が、黄色い戦隊ヒーローのマスクに切り変わる。
「お前は誰だぁ!」
そう叫んだつもりだったが、実際にはどう発音していたかはわからない。
しかも叫んでいる途中で、夢であることに気が付いたわけだから、発声そのものが、尻切れトンボみたいになっていることにも、気が付いてしまった。
人が聞いたら、奇声にしか聞こえないのだろう。
さらに意識がハッキリしてくると、直前に見ていた夢の記憶なんて泡のように消えてしまって、なんで叫ぼうとしたのか、それすらあやふやになってくる。
とにかく、体を起こした俺はそこが病院で、大部屋に置かれたベッドの上にいる事に気がついた。
服も入院患者用の病衣に、着替えさせられていた。
ベッドの周りにはカーテンが引かれていたが、向こう側に人の気配がしている。
今のうめき声に気がついたらしく、何やら笑われているような気もする。
反対側のカーテンの隙間から、陽がさしていることに気付いて顔を向ける。
このベッドは窓際にあるようだ。
ついでに、首の後ろに軽い痛みがあることにも気が付いた。
触ってみるが傷とかはない。ただの打撲のようだ。
軽い痛みとともに、戦隊ヒーローのような、黄色い仮面がフラッシュバックする。
なんだったかな?
カーテンが開いて、女性の看護師さんが様子を見に来た。
どうやら寝言だか、うわ言のようなものを聞かれたらしい。
慌てていた彼女の顔が、穏やかな表情に変わっていく。俺の様子を見て安心したようだ。
「遠藤さん、気が付かれたようですね。」
寝起きの間抜けな顔をしていたと思うと、少し恥ずかしい。
「痛いところとか無いですか?」と、聞かれたので首の後ろが痛むと伝えた。
「先生を呼んできますので、計っておいてください。」と、体温計を手渡された。
脇に挟んでベッドに寝転ぶ。
今、何時頃だろう?
あっ、仕事!
再び体を起こすが、今日は仕事の無い日だと気が付いて寝転んだ。
昨日の夜は…確か大学の時の友人たちと、飲んでいたと思うんだけど…。
「遠藤は人が良すぎて、チャンスを逃すタイプだよな?」
いい具合に酔っぱらった桜井が、失礼なことを言う。
“人がいいだけ”みたいな言い方はやめてほしい。
まあ、仲間うちで就職できなかったのは、俺だけなので仕方ないけど…。
同席しているのは、大学の時のサークル仲間たちだ。
「ボーナスが出たから、一緒に飲まないか?」という、桜井の誘いで大学時代からよく通っていた居酒屋に、松岡と日下部、俺の4人が集まって飲んでいた。
ちなみに“摩訶不思議研究会”という、SF同好会みたいなオタクサークルに入っていて、都市伝説やら怪現象とか言われるものを調べて、かなり勝手な考察を加えては、学祭で面白おかしく発表したり、小冊子を作って売ったりする、というのが主な活動内容だった。
おかしな調査ばかりしていたので、女子には不人気だった。
廃墟に忍び込んで埃だらけになったり、存在するかどうかもわからないUMAを、泥だらけになって探し回ったりとか、である。
そんな不遇なサークルにあって、荷物の運搬とかビデオカメラを持って走り回るとか、いろいろ頑張っていたのに、そんな残念な物言いはないんじゃないか?
「…それが報われてないから、そう言っているんだ。」
「そうだよなぁ、その調子でレポートの手伝いとか、バイトのサポートとかしてやったのに、恩知らずだよなぁ。なんて言ったっけ…?あの女…背の低い…。」
「堀江さん。」
名前を憶えていなかった日下部を、女の子にはマメだった松岡がフォローする。
「あぁ、そうだ、堀江みづき。」
堀江みづきは、同じ大学に通っていた女子で、ファミレスのバイトで知り合った。
バイト以外でも、お祭りとかライブとか一緒に出かけたりして、当然その気はあった。感触は割と良かったので、気持ちは通じていると思っていた。
背は低いと言っても、155㎝だから、俺とは10㎝ぐらいしか変わらない。
「ごめんなさい…。」
チラチラと雪が舞う中、申し訳なさそうにうつむく彼女の姿が思い出される。
クリスマスディナーの予約と、プレゼントが無駄になった…。
「結局、ほかの奴とくっ付いちゃったんだよねぇ。遠藤、あの娘に気があったのに…。」
「骨折り損、ってやつだなぁ。」
取り残されて落ち込む俺の後ろで、なぜか日下部と松岡がベンチに座ってビールを飲んでいる画が浮かんでくる。
ああ、二人とも気が付いていたのか。
でも、人の回想シーンに入って来るのはやめてくれ。
「何勝手なこと言ってんだ。」
「相変わらず、想像力は高いよね。」
「妄想力の間違いだろう?」
バイト以外では、できるだけこっそり合っていたのになぁ。
なんでわかったんだろう?
「バレバレだ、バカ野郎。」
「遠藤が活動を抜ける理由が、バイトか、堀江さん絡みだったもんねぇ。」
松岡には仲のいい女子が多くいたので、堀江さんの情報も誰かから聞いていたに違いない。
「いいこと一つも、させてもらえなかったんだろう?」
ビールをグビグビっと飲み干した後、日下部が失礼なことを言う。
そんな下心丸出しなこと、できる訳ないじゃないか。
なんでそんなことまで知っているんだ!
本気だったんだよ、俺は!
ビールをジョッキ半分くらい空けてから愚痴る。
「でも失恋したのが原因だよね、就活に身が入らなかったのって。」
松岡がサワードリンクをチビチビっと飲んでからボソッと言った。
飲みかけたジョッキの手が止まる。
…そりゃまあ、そうだけどさぁ。
しかし、お前らのレポートだって手伝ったのに、人の黒歴史をほじくり返さなくてもいいじゃないか。就職浪人に世間の風当たりは厳しいんだよ?
ちなみに今は、ハローワークに通いつつ、パートとかアルバイトで凌いでいる。
「なに言ってんだ、就職できたって、厳しいものは厳しいんだ。俺んとこなんか、残業ばっかりで、ブラック企業もいいとこだぜぇ。」
一流とは言わないが、桜井が入った会社は、少し前に上場したソーシャルゲームの会社だ。…どうやってコネを得たものやら?
「そうだぞ、先輩社員はみんな偉そうだし、同期に可愛い子が一人もいないんだぞ。」
「女子がいるだけいいじゃないか、俺の職場なんか、野郎ばっかりだ!」
女子のいない職場の日下部には同情するけど、仕事が厳しそうな桜井とは、厳しさのベクトルが違うような気がする。
でもそれは、就職できてこその悩みだよな。
「そうか、それなら仕方ない、ボーナスも入ったことだし、二次会はしっかり奢ってやるぜぇ!」
「よっ!お大尽!」
「しっかり奢られてやるぜ!」
そんなわけで、太っ腹な桜井の奢りで、二次会はカラオケで盛り上がり、アニソンや特ソンを唄いまくって、バカみたいに騒いでから別れたはずだった。
さて、ここから記憶が飛んでしまっていて、気が付いたら地下街のトイレだった。
幸いなことに、漏らしたりはしてなかったのでひと安心。っていうか、いつ俺はトイレに入ったのだろう?
それくらい、酩酊してたってことかな?
トイレを出て、地下街の出口に向かう。
まだ酒が残っているのか、足元がふらつく。
駅近くの商業ビルの地下だと分かった。
見覚えのある看板が並んでいた。が、なぜか全部の店にシャッターが降りていた。
携帯電話を見ると、午前1時を回ったところだ。
いつもならまだ何軒かは、開いている時間だった。
早仕舞いするような理由でもあったのかな?
階段を上がって地上に出てみたら、やっぱりなんだか様子が変だった。
商業ビルの上の階の、事務所とかの明かりが、消えているのはわかる。
さすがにこんな時間まで仕事をしていたら、ブラック企業とか言われなければならない。
でも、居酒屋はともかくとして、軒を連ねるスナックや、コンビニまでシャッターが降りていた。
目の前のビルだけではない、並んで建っているほかの商業ビルも、同様に明かりが消えていた。
普段なら、それなりの人通りがあって、客待ちのタクシーも多く見られる時間だった。
通路脇の街灯だけが点いていて、人通りのない歩道を照らしていた。
人通りどころか、車道を走る車もいない。
酔っ払ってフラフラ歩いている人や、飲み潰れて寝転がっている人もいない。
振り返って、今昇って来た階段を見る。
今の今まで明かりがついていたのに、真っ暗になっていた。
変に生ぬるい風が吹いた。
鼻がツーンとして、化学薬品の臭いを嗅いだ時のような感覚が伝わってくる。
まるで異世界にでも、来てしまったような感じだ。…行ったことは無いけど。
もしかしたら、これは夢かな?
現実の俺はまだ、どこかで眠っているとか…。
いやいや、たぶん工事か何かの影響で、停電しているに違いない。
お店とかは営業が出来なくなったので、早仕舞いしたに違いない、きっとそうだ。そうであって下さい……。
背中を冷たい汗が流れていく…。
首を振っておかしな考えを吹き飛ばし、もう一度、周りを確認して見る。
…やはりお店とかは閉まっているし、人通りもなく、客待ちのタクシーもいない。
残念ながら夢ではないようだ。
とはいえ、こんな状況に出くわすなんて、そうそうあることじゃない。
何があったんだろう?
念のため、額に手を当てて、熱がないか診てみる。
その時に気付いたが、遠くにあるビルには明かりが点いていた。
自動車の騒音なんかも、遠くに聞こえる。
明かりが消えているのは、この一画だけのようだ。
よかった、やはり事故か道路工事が原因なのだろう。
少し安心した…。
しかし、そんなささやかな希望は、すぐさまぶち壊された。
なんだか、見慣れないものが視界に入った気がして、顔を上の方に向けた。
「!」
そこには、黒いかたまりのようなものが、ぶら下がっていた。
すぐ向こうにある高層ビルと、その向かいにある高層ビルとの間に張られたクモの巣らしいものが張られている!?
黒いかたまりに見えたのは、家主のクモ(?)らしい。
満月が向こう側にあって、こちら側は影になっているので、実際はどんなものなのかはわからないが、クモのように見える。
実は蜘蛛の巣が目の前にあって、遠近感が間違って見えているのではないか?そう思って目の前で手をヒラヒラさせてみるが、そんなことはなかった。酔いも醒めてきたみたいだし…。
足の数が多いような気がするが、どう見ても巨大なクモにしか見えなかった。
思わず後ずさる。
空には雲が一つもなく、満月の明かりで照らされたそれは、とても幻想的な光景に見えた。
そう言えば子供の頃に、夜に出るクモは縁起が悪いと聞いたのを思い出した。
理由は何だったか、忘れてしまったけどね。
クモが大きいと、縁起の悪さも大きくなったりするのだろうか?
ガンッと音を立てて、背中に何かがぶつかった。
「わぁっ!」振り返って身構える。
飲み屋の看板だった。
土台にキャスターのついてる看板が、シャッターの前に放置されていた。
ぶつかった衝撃で、シャッターの方へゆらゆらと移動している。
ホッとしたのも束の間、後ろで何かが動いたような気がして振り返る。
何かが飛んできて、体にベトッと絡みついた。
「へっ?」
その瞬間、何かに引っ張られて、体が宙へ持ち上げられて行く。
足が上になっているので、なんだか逆バンジーみたいだ。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫び声が、人のいないビルの谷間に、空しく響く。
糊のようなベトッとしたものが、体に巻き付いていた。
その先はビルとビルの間に浮かぶ、巨大なクモにつながっている。
そうか、クモの糸だ!などと、感心している場合ではなかった。
凄い速度で上空へ巻き上げられて行く、このままでは確実にクモの餌である。
「うわっ、わぁぁぁぁぁぁぁー!」
脱出するべくジタバタするが、両腕ごと糸が体に巻きついているからか、身動きが取れない。
既に地上から数十メートル離れてしまっていた。反射的に足をジタバタさせるが、いまさら糸をほどいても、落ちて死ぬだけだった。
見上げると、大きなクモの顔が間近に迫って来た。
目らしきものが5対ある。俺が知っている蜘蛛とは、ずいぶん違う顔つきをしている。例えるなら、目のたくさんあるコウモリのようで、昆虫よりは獣に近い。
その目の下では、大きな口がガシガシっと音を立てて、獲物の到着を待っている。
獲物とは当然、俺のことである。
「お、俺なんか喰っても、旨くないぞぉー!」
悲しいけど、こんなベタなセリフしか出て来なかった。
クモの口から唾液が垂れ下がり、月明かりに光っていた。
もうダメだ!クモに齧られて死ぬ!できればこんな死に方はしたくなかった!と、思ったその時、クモの背中で巨大な火柱が上がった。
ドーンッと爆発音が響き渡り、爆炎が左右のビルの窓に反射して、一瞬明るくなった。
衝撃でクモの巣が揺れる。俺の体も振り回される。クモは上半身をのけぞらせて、前足と思われる2対の足を、わなわなという感じで動かしていた。
強烈な揺れに耐えながら近くのビルを見ると、バズーカ砲のような物を抱えた人影が見える。
直後、体が軽くなった感じがして、クモの糸が切れたのが分かった。
解放されたのはいいが、それは糸でグルグル巻きにされたまま、地面に向かって落下して行くことにほかならないわけで、俺の命は風前の灯であることに変わりはなかった。
「ううわぁぁぁぁぁぁぁー!」
さすがにもう、涙目だ。
なんだか周りがスローモーションになっていて、耳がおかしくなったのか、雑音さえも聞こえない。
落ちて行く途中に、もう一回火柱が上がり、その爆発の明かりで、別のビルからライフルらしきもので、クモを狙う人影が見えた。
そして、現実感を取り戻した俺の体は、見る見る地上との距離を縮めて行く。
もうダメだ!地面にぶつかって死ぬ!できればこんな死に方はしたくなかった!と思ったその時、誰かに抱きとめられていた。
その人は別の建物の屋上から飛んできたようで、俺の体は斜め横方向に、彷彿線を描いて落下していく。
わずかの間、何が起こったのかを考えているうちに、ダンっと音を立てて着地した。
早鐘を打つ心臓が、落ち着きを取り戻してきて、生きていることを感じさせてくれた。
しかし、ちょうど“お姫様抱っこ”されている感じで地面に着地したので、人に見られたらカッコ悪いだろうなぁ…。
通行人とかいないけど…。
着地してすぐに、後方でズッシーンと言う音が響いて、強烈な風に襲われる。
抱きかかえてくれている人が、俺をかばうようにしゃがみ込んでくれたので、飛んできた小石やら、なにかの破片みたいなものには、当たらなかった。
さて、頭を抱えてくれているのだが、この人の胸板がやけに柔らかい。
まさか女の人なのか、それにしては少し肉厚が足りないなぁ、とか不謹慎なことを考えてしまった。
その瞬間、その人は腕を離してスッと立ち上がった。
俺はと言えば、抱きかかえられていた時の体制で、地面に落とされた。
ゴツッという音がして、目から火花が出た。出たと思う。
モロに後頭部を、地面にぶつけてしまった。
痛みに耐えて目を開けると、その人の向こう側、車道の上に、さっきのクモが落下していた。
明かりが足りないのでよく見えないが、ゾウくらいの大きさで、足が10本くらいあるように見える。
腹部と思しき箇所が切られており、体液らしいものがゆっくり流れ出て、月明かりに反射していた。
あと、なんだか臭い。ゴキブリを潰したときと、同じような臭いがしていた。
見上げると高層ビルには、切れたクモの糸がたなびいていた。
「死んだか?」
どこからともなく現れた赤いスーツを着た人物が、巨大クモの生死を尋ねている。
スーツと言っても、ビジネスマンの着ている洋服ではなく、秘密戦隊が着ているようなボディスーツである。マスクも着用している。
「あの高さから落ちて、死なないわけ無いでしょう?」
「宇宙生物ですからねぇ、わかりませんよ。」
緑のスーツの人と、青いスーツの人が現れた。
青いスーツの人は、ライフルのようなものを背負っている。
ビルの屋上からクモを狙っていたのは、この人だったのか?
二人はどこかから、飛び降りて来たようだった。
やはり秘密戦隊のようなボディスーツを着ている。
なんだか、テレビで見たことあるぞ。なんだったかな?
ふと、体を覆っていたクモの糸が解かれたことに気付く。
体を起こして振り返ると、黄色いボディスーツを着た人物が、ナイフのようなものを持って立っていた。
俺を助けてくれた人だった。
「ありがとう、あなた達はいったい……。」
そう聞いた途端に、姿が消えたような気がする。
誰なのかを、尋ねようとしたところまでは覚えている。
体形からしても女性だったような気がするのだが、そのあとは覚えていない。
首の後ろを触ってみる。
やっぱり、軽い痛みがあった。
もしかしたら、何らかの手段で気絶させられたのかも知れない。
映画なんかでよくある、手刀みたいなやつとか…。
ほかに怪我とかしてないよな?
体中を触って確認していたら、さっきの看護師さんが医者を連れて戻って来た。
病衣の中に手を入れてごそごそやっていたから、変な男と思われたかもしれない。
ちょっとだけ気まずい。
医者が触診で首から背中を診た後、幾つか問診を受けた。
「問題無いようですね。」と医者が言って、看護師さんに目配せすると、彼女はドアを開けて、二人の客を病室に招き入れた。
一緒に飲んでいた友人たちかなと、思ったが違った。
小柄で白髪の壮年男性と、俺より年上っぽい女性である。ちょっと艶っぽい。
さて、誰だったろう?知り合いには、こんな人はいなかったと思うんだが…。
「この度は当社のトラブルに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。」
「いやぁ、本当に申し訳ない。」
ベッドの横に来ると、二人一緒に頭を下げた。
どうやら、何かの事故に巻き込まれていた、という事らしい。
名刺を渡される。
“Galactica Action Movie”代表取締役 礒部哲朗 と、書いてある。
「あぁ、GAMの…、ってことはクロスレンジャーの?」
“GAM”とは特撮映画の製作会社だ。
“紋章戦隊クロスレンジャー”という、子供向けの特撮ドラマを制作している。
オズマという異星人が“悪の種”(劇中では“バッドジェル”と言う)を使い、地球侵略を画策する。
“バッドジェル”とはオズマがどこかの惑星で見つけて来た、粘菌のような生物で、これを体に植え付けられた生き物は怪物化し、オズマの指示に従って暴れる。
いち早く異星人の侵略を察知した志熊博士は、とある遺跡から発見された古文書に従い、伝説の紋章を受け継いだ戦士を集めた。
熱血漢の剣士、クロス・レッド、赤石剣斗。
知正派の狙撃手、クロス・ブルー、青山潤。
クールな拳闘士、クロス・イエロー、黄金野すみれ。
心優しい銃使い、クロス・グリーン、緑川ひかる。
彼らの名は“紋章戦隊クロスレンジャー”。
先祖代々受け継いできた伝説の武器と、志熊博士が作った支援メカを駆使して、オズマの野望に立ち向かう、というのが、クロスレンジャーの設定だ。
レンジャー同士の合わせ技とかあるし、支援メカが合体して巨大ロボットになる展開も定番だ。
最近は、若い俳優たちの登竜門となっているようで、子供たちだけでなく、その親たちにも注目されている。
リアルな特撮シーンがときどきカットインされることもあって、コアな特撮ファンからも支持されている。実は俺もちょくちょく見ていたりする。
何処かで見たことのある戦隊のスーツだと思ったら、日曜日のアレだったのか。
「御視聴いただきありがとうございます。」
礒部氏が嬉しそうに笑って答えた。
「撮影で建物の間に吊っていた、モンスターの縫いぐるみが、落下してしまったのです。一般の方が入らないように注意していたのですが、配慮が足りなかったようです。」
女性は社長秘書らしい。
彼女の説明によると、深夜の時間帯にこの区画で働いている皆さんに協力をお願いし、道路の交通規制をしてもらって撮影を敢行したという。
撮影中の現場に、足を踏み入れてしまったわけか。
俺はぬいぐるみの落下地点の近くにいて、煽りを食らって吹っ飛ばされたのだという。
あれ?俺の記憶とかなり違うんですけど…。
「確かにけっこう飲んだ後だったし、ふらふらしてましたけど、クロスレンジャーたちに助けられたような気がするんですが?」
「アルコールが残っていたのではないですか?彼らが関わったとは聞いていませんよ?」
そう言われると、確かに記憶が曖昧になっている気がする。
「あれ?しかしよくあんなところで、撮影許可が下りましたよね?」
「これでも役所への手続きとか、関係団体への協力依頼とか、時間をかけているんですよ。」
社長秘書さんが、その疑問はもっともです、と言った感じで説明してくれる。
限られた時間しか許可が取れなかったので、一回こっきりの撮影だったという。
思っていたよりも、すごい時間とお金がかかっているんだな、クロスレンジャー。
これで子供向け番組って、破格なんじゃないかな?
あのクモはクレーンで吊っていた縫いぐるみで、フックの部分が破れて落下してしまったのだという。
モンスターの外皮部分の、強度が足りなかったらしい。
うーん、クレーンなんかあったかな?酔っていたから、見落としていたのかも知れない。
「でも、作りものにしては、すごくリアルな造形でしたよ。内臓が見えて体液も流れていたし、しかも臭かったし…。」
「それはもう、リアルな造形は我が社の作品の、セールスポイントですから。」
「確かに毎回すごいですよね。でも、子供たちに見せるには、刺激が強すぎるんじゃないですか?」
「スタッフとしては、力が入り過ぎてしまうところもあります。でも映像は編集で処理しますから、視聴者の皆さんが気分を害することは無いと思います。」
確かに今までの放送で、グロテスクな映像はなかった。
もちろん臭いなんかテレビから流れたりしないしね。
「そう言えばクモの糸で、吊りあげられたような気がするんですが?」
「酔っておられたせいで、なにか思い違いをされたんじゃないですか?」
「そうだ、黄色いマスクの人に、当て身か何かを喰らわされたような気がするんですが?」
「!」
秘書さんの表情が一瞬固まったが、すぐにもとのにこやかな表情に戻った。
社長さんは、表情を変えなかったが、額を一筋の汗が流れ落ちた。
当てずっぽうで言ってみたが、やはりそれっぽい何かがあったらしい。
「ぬ、縫いぐるみが落下した際に、吹き飛ばされて気を失ったと聞いていますよ?」
「その時にイエローが…、黄色のスーツアクターが近くに居たから、そんな風に錯覚しておられるのではないですか?」
なんだか急に、胡散臭くなってきた。
たしかにけっこう飲んだ後だったからなぁ、酒もそんなに強い方じゃないし。
「とっ、とにかく怪我が無くて幸いでした。」
「これはつまらない物ですが、お見舞いの品です。また観て下さいね。」
紙袋をこちらに渡すと、日曜夕方の定番アニメのエンディングみたいな言葉を残して、そそくさと病室を出て行った。
黄色のスーツの人が、俺に何かしたみたいだけど、なんで気絶させられたんだろう?
“見せたくない物”があったとか?
“見せたくない物”ってなんだろう?
特撮の秘密とか…かな?
謎である。
いい匂いのするお見舞いの包みを見て、考えているところに看護婦さんが来た。
「遠藤さん、退院です。」
体に異常が無かったので、その日のうちに退院することになった。
✝紋章戦隊クロスレンジャー✝ 第17話「迷子の異星人」
クロスレンジャーの一人、クロス・イエローこと黄金野すみれは、名家のお嬢様である。
学校はすべて女子校で、送り迎えの車で通学していたので、ファーストフードの店に寄り道とか、駄菓子屋でお菓子を買って食べたりとか、今までしたことがなかった。
そんな彼女が諸用で出かけたある日、駅前の広場で移動販売をしているパン屋を見つけた。
公園でベンチに座り、紙袋の中から、焼き立てのメロンパンを取り出す。
いい匂いのするメロンパンを目の前に、彼女は今一度周りを確認する。
こういう風に、人目を気にするところは、スミレのお嬢様たるところである。
いざ、かぶりつかんと大きく口を開けた時、彼女の目線の先で大口を開けている少女と目が合った。多少薄汚れた格好をしているが、不審者ではないようだ。
少女の名前はアサギ。
お腹が減って動けないというアサギに、スミレはメロンパンを半分、分けてあげた。
見た目は地球人と変わらないが、よその星からオズマに攫われてきたという。
何とか逃げ出したらしいが、右も左もわからぬ見知らぬ星で、途方に暮れていたのだった。
「クールなすみれにしては、珍しいな。」
「人を冷血漢みたいに言わないで!」
剣斗たちにからかわれながらも、事情を説明して、クロスレンジャーの基地に保護する。しかしオズマの配下、ルスードの襲撃によって、アサギは再び捕らえられてしまった。
ルスードは錆びた鉄屑の塊のような風体で、カクカクとした黒っぽい体に、赤茶色の錆のような斑模様が特徴のオズマ配下の幹部の一人だ。
アサギはバッドジェルを植え付けられて、蛾の姿をした怪人に変身させられてしまう。
子どもたちが遊んでいる公園で、何かを見つけて空を見上げる少年。
彼の見つめる先に、羽を広げた大きな虫のようなものが飛んでいた。
それは公園の入口のアーチの上に舞い降りると、背中の羽を小刻みに震わせた。
怪人の羽からは、きらきら光る小さな粉が放たれていた。
どうやら羽の鱗粉をまき散らしているようだ。
公園で遊んでいた親子や通行人たちが、バタバタと倒れていく。近くを走っていた車は、急にヨタヨタとなってスピードを落とし、ガードレールにぶつかって停まった。
「いいぞ、娘よ。もっと毒を巻き散らすのだ!」
オズマの配下、ルスードが指示を出すと、蛾の怪人はさらに羽を振るわせて、毒の鱗粉を巻き散らした。
「毒をまき散らすのをやめろ!」
そこへ変身したクロスレンジャーたちが現れる。
「勇気のエンブレム、炎の力、クロス・レッド」
「速さのエンブレム、風の力、クロス・ブルー」
「力のエンブレム、大地の力、クロス・イエロー」
「命のエンブレム、水の力、クロス・グリーン」
「「「「紋章戦隊、クロスレンジャー!」」」」
4人のレンジャーが名乗りを上げ、最後に全員でポーズを取る。その後ろでは、爆発が起こり、色のついた噴煙が上がる。
「また現れたか、クロスレンジャーめ。そう簡単にやらせはせんぞ!」
ルスードが号令をかけると、建物の陰から戦闘員たちが現れた。
戦闘員のスネゾウたちは、池に棲む巻貝をもとにオズマが作り上げたもので、貝殻のようなプロテクターを装着し、頭部には巻き貝の先っぽに似せた角が付いている。
ルスードの指示でスネゾウたちが、クロスレンジャーたちに襲い掛かる。
先頭で飛び出してきたスネゾウの胸を、クロス・ブルーがクロスシューター(ボウガン)で撃ち抜いた。
乱戦状態となるなか、クロス・イエローがスネゾウたちを、殴り倒し、蹴り飛ばしていく。が、数体のスネゾウに囲まれて、両腕を押さえられてしまった。そこに剣で切り込んできたスネゾウが、剣を振り上げたところで、頭と胸に銃弾を喰らって倒れた。クロス・グリーンが両腕に持ったビーム銃、クロスバレットで撃ち倒したのだ。クロス・イエローは押さえられた両腕を軸にバック転して、スネゾウを振り払い打撃と蹴りでスネゾウを吹っ飛ばす。クロス・グリーンは二丁拳銃を縦横無尽に使い、撃つだけでなく、剣を受け止めたり、打撃に使いながらスネゾウたちを排除していく。
「うおぉー!」
クロス・レッドが、スネゾウたちの中に突っ込んでいく。
迫ってくるスネゾウたちを、次から次へと灼熱剣、クロスブレードで切り倒し、蛾の怪人に迫る。
しかし、ルスードが立ち塞がり、剣を構える。
クロス・レッドがルスードと剣を合わせた途端、剣から火花が噴き出し、クロスレッドは後ろへ弾き飛ばされる。
「見たか、オズマ様から頂いた電撃剣の威力を!」
「つまらん小細工しやがってぇ!」
ほかのレンジャーたちも怪人に肉迫するが、スネゾウたちの守備は硬く、蛾の怪人にはなかなか手が届かない。
怪人の毒はレンジャースーツを着ていても、じわじわと体力を奪っていくもので、クロスレンジャーたちは徐々に息が上がってくる。
「くそぉ、何とか奴を停めないとジリ貧だ!」
「わかったわ、やってみる!」
クロス・イエローが回し蹴りの連撃で、スネゾウたちを薙ぎ払うと、高く右手を掲げた。
腕のクロスガントレット(手甲)が光り、それを合図に地面に拳を叩き込んだ。
「アースパンチ!」
轟っという音とともに地面が揺れ、巨大な岩が地面から飛び出してくる。
煽りを喰らって吹き飛ぶ、ルスードとスネゾウたち。
蛾の怪人までの道が開いた。
ここぞとばかりに大ジャンプしたクロス・レッドは、怪人の後ろに飛び込むと鱗粉を放出している羽を切り落とした。
攻撃手段を奪われて弱った怪人は、アサギの姿に戻った。
「アサギちゃん?!」
アサギを確保しようとするレッドだが、突然現れた巨大な手に張り飛ばされてしまった。
地面を転がって立ち上がったレッドが振り返ると、巨大な手がアサギを掴み上げていた。
その手はルスードの使役する巨大メカ:サビジンのもので、アサギを自身の胸の宝石のようなパーツの中に取り込んだ。
「しまった!」
サビジンは腕を振り上げて吠えると、形態が変化した。
バッドジェルの力を吸収したようで、背中に羽のようなものが生えた。
その羽から怪人と同じように、毒の鱗粉を振り撒き始めた。
「ジャイアントクロスだ!」
クロスレンジャーの乗る、4体のメカが現れて合体、小気味よいマーチ風の曲をBGMに、機神ジャイアントクロスが立ち上がる。
「あの子はルスードに操られていただけなの、何とかして助けてあげたい!」
クロス・イエローが懇願する。
「わかっている。奴の動きを封じて助けるチャンスを作ろう。」
ほかのレンジャーたちも、気持ちは同じようだ。
「それじゃあ、行くぞ!」
「「「おう!!」」」
果敢に攻撃するジャイアントクロスだが、強力な技が使えないので、徐々に押されてくる。
ジャイアントクロスの剣と、サビジンの剣がぶつかり合い火花が散る。
力が拮抗しているのか、鍔迫り合いになった。
クロス・レッドが、ジャイアントクロスの操縦席から離れて、マシンの外へ出ようとする。
「しばらく押さえててくれ!」
「お前、また勝手なことを!」
クロス・ブルーが慌てて操縦桿を掴みにかかった。
クロス・レッドはジャイアントクロスの首のあたりから大ジャンプして、サビジンに飛び移った。
メカ同士のぶつかり合いの中、振り落とされそうになりながらも、アサギが囚われている胸のパーツを破壊して侵入する。
アサギを救い出し、操縦席に戻るとサビジンは一気にパワーダウンした。
そのチャンスに、ジャイアントクロスが必殺技を叩き込む。
「「「「必殺剣、ディスティニーソード!」」」」
サビジンは必殺技を受けて爆発した。
「覚えておれよ、クロスレンジャー!」
あとにはルスードの捨てゼリフが響いていた。
バッドジェルに憑りつかれていたアサギは、消耗が激しく意識を失っていた。
しばらくはどこかで、療養させる必要があった。
「バッドジェルに侵された生き物は、また怪人化するかも知れないって、博士が言ってなかったか?」
剣斗に抱えられたアサギを見て、不安気に潤がつぶやいた。
「それは、異星人でも同じってことか?」
「それじゃあ、アサギちゃんを…?!」
「そんなことできないわ!何とかならないかしら?」
スミレとヒカルが心配そうに、アサギを見つめる。
結局、志熊博士に内緒で保護することになって、次回に続いた。
退院した翌日は日曜日で、今週放送のクロスレンジャーを観ていた。
今回の放送でも、怪人の造形が際立っていた。
特に怪人が空を飛んでいる姿は、海中を泳ぐ魚みたいで、なかなか印象的だった。
あと、アサギ役の早川智代ちゃんが、とてもいい感じだった。現役の女子高生俳優らしい。
どういう理由で出演したのかはわからないが、この子がまた出演するのなら、今後の放送も期待しなければならない。
俺が遭遇したクモのエピソードも、そのうち放映されるのだろうか?
どんな内容になっているか、楽しみではある。
楽しみではあるが…。
…本当にアレは撮影だったのだろうか?
未だにあのクモは本物で、クロスレンジャーの格好をした人たちが、それを退治していたのではないかという疑念が消えない。
ドラマの撮影だって言えば、おかしなものが道端に置いてあっても、一般の人は気にはしないだろうしなぁ…。
毎回、特撮の凄さには驚かされるが、あのクモが作り物でないとするのなら、今回の蛾の怪人にも何か秘密があるのかも知れない。ちょっと複雑な気分だ。
まぁ、仮にクモが本物だったとしても、俺たちの知らないところで、何かが起こっているんじゃないか?ぐらいしか、答えは見当たらないんだけどね。
後日、この話を桜井たちに話したら、「何で呼ばなかったんだ!」と責められた。
そんな余裕があったなら、写メの1枚や2枚は撮っていたよ。
酔っていたせいで、現実と妄想がごっちゃになってしまった、と思われたらしく、「お前もたいがいだねぇ。」とか、「早くこっちに戻って来いよ。」などと、ディスられてしまった…。
ちょっと前まで一緒になって、そういうのを探していたはずなのに、薄情な連中だ。
「Episode2 ウサ耳のエージェント」に続く
某「仮面ライダー」の第一話の敵がクモ男だったので、クモをモチーフにしたエピソードにしました。
“夜に出る蜘蛛は、縁起が悪い”というのは、蜘蛛が小さな隙間から家の中に入ってくることを指して、泥棒が侵入してくることを危惧して、伝わったことわざです。
私はあまり気にしません。
ハエ、蚊、ゴキブリなどを捕る益虫なので、放っておいても問題はないです。
良かったら、次話も読んでください。
(2021年9月10日一部修正しました。)