書類上の婚約関係だけで良いと言っているのに、どうして毎回会いに来るのよ
シルヴァリア邸 「ミヅキ」
この春、吸血鬼である私の婚約者になった少年がいる。
少年の名前はヒバリ・クライシア。
私と同じ十二歳で、彼が住んでいる町の学校に通っている学生だ。
一応貴族の身分を持っているけれど、そんなに家は大きくなく、名前も有名でもない。
秀でたとこもなく、ちょっと性格があれなだけの少年だった。
そんな彼が、いま屋敷を訪れているらしい。
だからこの私、ミヅキ・シルヴァリアが仕事の手をとめて出迎えに出たけれど、玄関には姿がない。
今日は、やけにウチの番犬が吠えるなと思っていたら、庭にいたらしい。
音がする方を向くと、ヒバリが番犬に追いかけられていた。
息も絶え絶えと言った様子で、走り回っている。
「あんた、何やってんの?」
私がそいつに声をかけたら、ヒバリは親指をぐっと立てて走り去っていく。
何を言いたかったのだろうか。訳が分からない。
後を追う番犬は楽しそうだが。ヒバリは苦しそうだ。
我が家の番犬ラフレシアは、運動が大好きな大型犬だ。
一緒に走ってくれる友達が少ないので、ヒバリでも嬉しいのだろうが、あまり変な物と触れ合わないでほしい。
ヒバリとラフレシアはそれから、我が家の庭を十周したあと「飼い主思いの良い番犬だ」「バウッ」とかやって最後には分かり合った。
大の字になって芝生に寝転ぶヒバリとラフレシアを見て、私はあきれる。
遠くで成り行きを見守っていた使用人を手招きして、指示した。
「あれ、追い出しといて」
あれ、とは犬と仲良しこよししている婚約者の方だ。
「かしこまりました」
まったくこれで十回目だ。
書類上の婚約で良いといっているのに、なぜあいつはこちらの家に上がり込もうとするのだろう。
この世界には、世界中の人々から嫌われる人間がいる。
それは、吸血鬼だ。
過去、この世界には、いくつもの種族が存在していた。
大昔には百以上の種族が存在していたらしいが、数百年前に起こった大戦で大部分が消滅。
現在、十数種に落ち着いている。
その大戦で苦労して生き残ったのが人間で、かろうじて生き残ったのが吸血鬼。
吸血鬼族は、元々生命力が弱かったのかもしれないし、別の理由があったのかもしれないが、過去の戦であっという間に数を減らした。
だから、そんな弱い吸血鬼は、他の種族に虐げられる事になったのだ。
「何も秀でた所のない、人間にすら劣る種族」だなんて呼ばれている。
ここまで言えば分かる通り、種族には優劣がある。
この世界は優秀な所属が社会を回し、人々を従えているのだ。
そのいくつかの種の中で一番優秀なのは、天使族。
若いままの時期が長くて、容姿が美しいものが多い。
しかも病気知らずで、健康体で誕生するものが多いのだ。
反対に、下等種族と呼ばれるものもいる。
それが、人間や吸血鬼族だ。
しかも吸血鬼は、はるか昔の大戦で、どっちつかずの姿勢を取り続けていたため、終戦後にどちらからも嫌われた者達でもある。
その時の禍根が今も残っていて、吸血鬼族は忌み嫌われる存在となっていたのだ。
ここまで言えば分かるだろう。
私もその吸血鬼族なのだから。
私の家は吸血鬼族の中では珍しい裕福な家だけれど、このような諸々の事情があって苦労しているのだ。
両親が生きていた頃と比べると、一か月後の財政が心配なレベル。
昔は夕食のメニューで品数を減らしたり、人件費を計算して頭を悩ませるなんてことはなかった。
けれど、父と母が事故で無くなり、私がこの年でシルヴァリアの名を継ぎ、後継者として貴族の責務をこなす事になったため、色々と財政がやばくなってきているのだ。
せめて頼りになる親戚とかがいればアドバイスをもらえたし、手伝ってくれたのだろうが、そんな存在はいないので、仕方がない。
毎日あれやこれや考えながら眉間の皺を作って仕事をこなしている。
そういったわけで日常の悩みはいくつあるが、特に一番の問題は、「他の種族の血を吸わなければ生き延びる事ができない」という点。
吸血鬼族は、他種族に依存しなければ碌に生きていく事ができないのが困りどころだった。
シルヴァリア邸 執務室
「それを解決するために、貴方達みたいな奴隷を雇っているのよね」
婚約者を追い出したあと、女性の使用人ルバードと今日の日程を確認しながら話す。
両親が生きていた頃は、ただの使用人だったけれど、今は仕事の手伝いをしてもらっている。
かつて勤めていた人間は両親二人の死で辞めていったからだ。
40代であるらしいが、見た目はかなり若々しい。
彼女は廊下が遅い獣人族であるため、その影響だろう。
「何のお話でしょうか。ミヅキお嬢様」
「吸血鬼族の種族的問題についてちょっとね」
「わたくしは、嫌いではありませんよ。そのあり方。生まれながら他者と手をつなぐことを運命づけられているなんて、ロマンチックではありませんか」
ルバートの考えは素敵だけれど、少々メルヘンファンタジーすぎる。
世の中の人間の大多数は、そんな風には考えられないはずだ。
「あなたの考えは例外でしょ? 普通の人間はそうは思わない。だから、人材を確保するのも大変なのよね。今月も二人辞めちゃったし」
「そうですね」
「ルバートは辞めたりしないわよね? 辞められたら正直困るわ」
「大丈夫ですよ。私にとって、必要なものは全ていただいておりますから。血を分け与える見返りに住む所と、給料と、食べる物を用意していただいておりますし、ここには敬愛しお支えすべき主がいらっしゃいます」
「聖母か」
ルバートの人格が良すぎて思わず突っ込みを入れてしまった。
ともかく、長い目で見ると駄策にしか過ぎないが、吸血鬼たちは奴隷を利用して飢えをしのぐしかないのが現状。
ルバートはその点、掘り出し物過ぎた。
奴隷にされていた某国のお貴族様だったらしく、教養や常識は一通りマスターしているし、頭がいいから仕事の補佐もしてもらえる。
人手を確保する問題は、早急になんとかしなければ。
ルバートだって、本心ではどう思っているか分からない。
いつかいなくなってしまうかもしれないし、そうでなくても体調が悪くなった時に血を抜いて負担をかけさせたくない。
そんな私は、付近一帯を治める領主でもあるので、こなさなければならない事が毎日自然発生する。
机の上に書類の山が定期的にできあがるくらいには、その数は多い。
執務室の中で過ごしていた私は、おやつを持ってきたルバートに空のカップを渡した。
「私たちはお嬢様に感謝しております。もう少し私共をたよって、お休みになられてはいかがでしょう」
「お世辞でも嬉しいわ。ありがと。けれど、これは私がやるべき事だもの」
「そうですか」
ルバートの頭にしゅんとしなだれた犬耳が見えて、少し罪悪感が刺激されるが、それはそれ、これはこれなので、撤回はしない。
補佐ができる仕事はあるけれど、どうしても領主である私がやらなければならない事は一定数でてくるのだから。
「それにしても、分からないわね」
「何がでしょうか」
それでも仕事で疲れる頭は存在するらしく、気づけばヒバリの事ばかりを考えていた。
「あの婚約者は、まったくなんでこんな私と婚約しようと思ったのかしら」
「それはええと」
「あなたに言っても困るだけよね。ごめんなさい」
首を傾げ、答えに困るルバートに向けて、下がっていいと命令し、部屋から退出させる。
私の婚約者は、人間の貴族。
下等種族と呼ばれる者であったが、最底辺ではない。
吸血鬼よりましな相手はいくらでも見つけられたはずだ。
私は引き出しの中にしまってる手紙を取り出して、中を見る。
ここ数日送りつけられている中身は、とある筋からの婚約の申し出。
その家は吸血鬼や人間とは比べ物にならないほど、社会的に優位な立ち位置にいる存在だ。
どうして私の家に目を向けたのかは分からないけれど、この手紙の贈り主と婚約すれば、シルヴァリア家も領地も今よりはうんとよくなるはずだ。
普通に考えれば、ヒバリとの婚約は解消して、こっちと関係を結ぶべきなのだが、なぜか手紙の返事を書けないでいた。
悩みの種の一つである不可思議な生き物ーーではなく婚約者ヒバリは、次の日この屋敷にやってきて迷言を口にした。
「あんたに一目ぼれしたからだ」
どうして私と婚約したのか。理由は何だと聞いたらこれだ。
婚約した時、書類上の関係で良いと言ったはずなのに、ヒバリは毎度私の屋敷におしかけてくる。
その理由が「それ」らしい。
一目惚れしたら、そういう事をするのが普通なのだろうか。
いいや、そもそも吸血鬼なんてものに一目ぼれする理由が分からない。
だから、彼の言葉を真に受ける必要はない。
深く考える必要も。
「つきあってられないわ」
私は彼の戯言をそこら辺になげて放っておいた。
犬でもこんなもの食わない。
と言ったら、庭にいるラフレシアに失礼かもしれないが。
嘘を述べてきた婚約者は頬を膨らませる。
「本気だぞ、そんな事いうと怒っちゃうぞ。しかも泣いちゃうぞ」
「どっちよ」
この婚約者はいまいち何を考えているのか分からない事だらけだ。
子供のような態度を見せる事もあれば、大人の様に真剣な顔でバカバカしい愛の言葉を囁いたりする。
「いつも眉間に皺寄せてばっかだなー」
暇なのか、婚約者はうざったい動作で、私の眉間をつんつんし始めた。
私の眉間はあんたにつんつんされるために存在するものじゃないので、指を払いのけた。
そうしたら、何の脈絡もなく婚約者が私の腕を掴んできた。
こいつの行動は本当に読めない。
でも、私も私で何か今日はおかしい。
いつもは、誰かに触られそうになったら、その前に払いのけるのに。
「よし、出かけよう。気分転換すればもっと可愛くなると思うんだ」
「はぁ?」
「今でもばりくそ可愛い顔してるけど、きっと笑った方がもっと可愛い。超可愛いに決まってる。さぁ行こう、今行こう、すぐ行こう!」
「ちょっと!」
強引に腕を引かれて屋敷の外に連れていかれてしまった。
近くを通ったルバートに助けを求めたけど、丁寧にお辞儀されて「いってらっしゃいませ」されただけだった。
ならば庭にいるラフレシアを呼び寄せて、ヒバリに噛みついてもらおうかと思ったけど、尻尾をふって足元にまとわりついただけだった。おまけにヒバリが投げたボールに走って、どこかに行ってしまった。
「ちょっと、ほんとに外にいくつもり!?」
「いくつもり!!」
ヒバリは何を考えているのかルンルン顔で、ウキウキしている。
吸血鬼が迂闊に外をうろついていたら、何をされるか分かったものではない。
罵詈雑言を投げつけられたり、石を投げつけられるなら、まだましだろう。
誘拐されて闇組織の人間に臓器を抜かれたり、売り飛ばされたりすることもある。
「心配すんなって、だいじょうーぶ。だいじょうーぶ。俺強いから」
「どこがよ。人間のくせに」
「心が」
「それじゃ、意味ないでしょうが」
シルヴァリア領 花畑
そんな世迷言を吐き散らかしたヒバリ。
彼に連れていかれたのは綺麗な花畑だった。
そこは領主として辺りを知っていたはずの私ですら、行った事がない場所だ。
知らなかった。
近くにこんな場所があったなんて。
「好きな女の子の住んでいる土地なら、全部知っときたいだろ?」
だとと言われても反応に困る。
「穴場なんだぜ」という婚約者は、器用に花冠を作って私の頭に乗っけた。
「笑ってみ?」と言われるけど、無理だ。
「笑い方なんて忘れちゃったわ」
吸血鬼が笑うなんて、そんなのできるわけない。
彼は、私の境遇を知らないからそんな無神経な事を言えるのだ。
「仕方ないなー。だったら、思い出させてやるよ」
ヒバリは何を考えたのか、変顔をしはじめた。
そんな幼稚な手にひっかかるわけがない。
しばらくあの手この手で変顔をきめる婚約者だったが、結局私を笑わせる事はできなかった。
屋敷に帰る際。
ヒバリに記念の花束をもらった。
雑草の紐でまとめられた花束は、けっこう良いセンスで色合いがまとめられていた。
「ミヅキ」
そういえばめったに名前呼ばれないなと、この時思った。
「好きな人と過ごす日常は毎日記念日! 笑って歩こうぜ!」
そして婚約者は、理解出来るようで出来ない、決め台詞らしき言葉を吐きながら去っていった。
シルヴァリア邸 私室
夕日が沈んで夜の暗闇が空を支配し始める。
吸血鬼族は夜の時間にこそ、力を発揮する。
そのため、日中より体調がよくなるのだ。
仕事をこなせば、スムーズに進むはずなのだが、長い年月をかけて種族の色々な所が微妙に変わってしまった。
子供は夜の時間はきちんと寝ないと、体の成長に影響するらしいのだ。
そこが変わるのなら、もっと他のところも変わりなさいよと思う。
それはともかく、おかしな一日だった。
ヒバリが言っている事はいつもよくわからない事だらけだったし、領主である自分ですら知らない場所は発見して驚いたし。
めったに呼ばれない名前を呼ばれたりもしたし。
けれど、なぜか気分は悪くない。
いつも、夜になると心配事が多くてじっくり眠れなくなるのだが、なぜか今日はぐっすりできそうだった。
しかし、思い出に泥を塗るように「吸血鬼の分際でずいぶんと機嫌が良さそうだな」そいつが訪問してきたのだ。
ルバートから知らせを受けて、玄関まで向かえば、憮然とした顔の少年がいた。
純白の翼を背中に生やしたその人物は、幼馴染の少年だ。
年はこちらよりいくつか年上。
天使族の彼は大戦を終結に導いた一族の末裔だった。
ゆえに、多くの人からちやほやされて育ってきた。
そんな彼は、まだ私の両親が生きていた頃から、何かにつけてこちらにつっかかってくる存在だった。
「僕が婚約者になったら、君に失礼な態度を徹底的にしつけてやるというのに」
彼はこのところ私に毎日手紙を送っている人物。
ウィンディア・シリフィネス。
その数はもうじき、50をいくだろうか。
最初の一回にあいまいな返答をしてから、私がなかなか次を返信しないものだから、我慢の限界がきたのだろう。
彼は近くに飾って合った花瓶を払いのけ、怒りをあらわにする。
「手紙を送ったら返すという礼儀も知らないようだな」
「ちょっと、何すんのよ!」
床で無残な姿になった花瓶には、今日ヒバリからもらった花が活けてあった。
ヒバリの事などどうも思っていないが、なぜか無性に腹が立った。
「こっちだって、やる事あんのよ。それに、あんたみたいな性格性悪男にどうして丁寧に接してやらなくちゃいけないわけ!?」
「うるさい、吸血鬼が口答えするのか!?」
大声を上げる彼は、地面に落ちた花を踏みにじる。
花瓶の破片で靴に穴が開けばいいと思ったけれど、そうはならなかったらしい。
天使族の身に付けるものはどれも一級品で、特別な力がこめられている。
銃弾をうけたり、剣で切りつけられても、その体は傷一つつかないのだ。
「お前は俺の言う事を黙って聞いればいいんだよ!」
ウィンディアは、こちらの事を、対等な存在だとは思っていないのだろう。
下等な種族、ならまだいい。
ペットか何かだと思っているに違いない。
しかし、彼は一体何の用事でここに来たのだろう。
「知っているか。僕達天使族には遥か昔に築いた栄誉がある。その優秀な血筋を残す事が大きな義務とされているから、正妻以外の女性を、愛人を何人も囲う事ができるんだ」
「それがどうしたのよ」
あんたが偉いわけじゃないじゃない、と言い返すと話が進まないので、我慢して続きを促す。
早くこの時間を終わりにしたかった。
ウィンディアは、にやりと笑いながら提案を口にした。
断られるとは思っていないような様子で。
「どうせ良い家と婚約を結べていないのだろう。だから僕の家がお前の嫁ぎ先になってやるよ。別荘もやるし、使用人もつけてやる。お小遣いもちゃんと渡してやる。どうだ?」
条件と言葉の内容だけはいい。
けれど、それは愛情の欠片もない婚約の言葉だった。
あの阿保そうな婚約者とはまるで違う。
冷たい求婚の言葉だ。
「よく考えてみるんだな。お前みたいな吸血鬼が僕の情けを受けられるんだ。天使族の家に加えられるという事がどれほど名誉な事か」
私の仕事は、亡き両親から受け継いだこの家を守る事だ。
家の名前を、次の世代へ渡さなければならない。
だから、とるべき選択は決まっていた。
シルヴァリア邸宅 玄関
けれど後日、屋敷にやってきたヒバリに事情を説明したら「嫌だ。絶対婚約は解消しないぞ!」と駄々をこねはじめた。
「何を言っているの。そっちだって、私のような吸血鬼と一緒にいても良い事なんてないでしょう? なら私が天使族と婚約して、そっちも新しい婚約者を見つけた方が良いじゃない。私の家より裕福な人間の家だっていくらでもいるでしょうに」
「俺は、吸血鬼だとか貴族令嬢だとかじゃなくて、お前がいいんだ。お前と婚約するんじゃなくちゃ嫌なんだ」
子供の様に駄々をこねるその様は、愛を囁いているような雰囲気はまるでない。
どちらかというとおもちゃを取り上げられないように必死になっている子供のように見える。
意地になっているだけだろうと、冷めた気持ちで彼を見つけた。
ヒバリだったら、きっと私の所よりマシな家と縁を結べるはずなのに。
一応、愛想は良いし。
誰かと距離をつめるのは得意そうだし。
前向きだし。
人を明るくできそうだし。
あと、いつだって楽しそうだから。
「どうしてそこまで、私にこだわるのよ。私が何かしてあげられた事あるの?」
蔑まれて生きてきた吸血鬼は、他の種族に何かを与える事などできない。
奪う事しかできないのだ。
だから、ヒバリが自分にこだわる理由が分からなかった。
すると婚約者は「お前が何かしてくれたわけじゃねぇよ。でも、好きになったから一緒にいたい。一目ぼれしたから一緒にいたい。傍にいると胸がどきどきして幸せになれるから一緒にいたいんだ」と言った。
理由があって好きになるのではない。
好きだから、一緒にいたいと彼は言う。
「わけがわからないわ。そんなの一緒にいて楽しいくらいしかメリットがないじゃない」
「「楽しい」は十分に良い事じゃん」
でも、それだけだ。
こちらからは、何も与えられるものがないのに、どうしてそんなに私との婚約にこだわるのだろう。
そう私が言うと、彼は悲しそうな顔になった。
「好きってのはそれだけでいいんだよ。人を好きになった事、ないんだな」
そんな顔されると、まるで私が悪いみたいに見える。
私は間違った事はしていない。
家のために、頑張ってきたし、これからも頑張っていく。
それだけだ。
「お前の両親は、お前にそんな事望んでいるのか? 家の事よりも幸せになってほしんじゃないのか?」
そんなの無理だ。
吸血鬼が幸せになれるはずない。
「だったら、俺に時間をくれ。お前でも幸せになれるってこと思い知らせてやる」
クライシア邸
一体何をするつもりなのだろう、と思っていたら婚約者の屋敷に招待された。
数日後に彼の家を訪ねると、使用人たちがわらわら寄ってくる。
距離が近い。
「まあまあ、この可愛らしいお嬢様がお坊ちゃんの婚約者様?」
「あらー、可愛い。可愛らしいお坊ちゃんにお似合いですわ!」
「毎日可愛がりたいわ。ぜひ、この家に嫁いできてほしいですねぇ」
きゃいのきゃいのと、かしましい。
賑やかが固まりになって歩いているような感じだ。
毎日この屋敷はこんな様子なのだろうか。
ぶしつけな視線と、馴れ馴れしい態度に辟易する。
教育がなっていない。
使用人たちに囲まれていると、奥からヒバリの両親がやってきた。
「ようこそいらっしゃいました」
「大したおもてなしはできないかもしれないけれど、ゆっくりしていってくださいね」
歓迎の言葉を口にした彼らは、心から私という婚約者の存在を喜んでくれた。
吸血鬼族ということは知っているはずなのに、マイナスの感情など抱いていないようだった。
なんだか心が落ち着かない。
それから客間に通された私は、彼等の口から色々な話を聞いた。
ほとんどはヒバリの子供時代の話だったため、たまに「そんな恥ずかしい話をするなよ!」「昔の事だろ!」「もうおねしょはしてないって」と本人の邪魔が入ったが。
そうしていると、両親と過ごしていた時のことを思い出してしまう。
あの頃は、皆から後ろ指をさされていても気にならなかった。
家族と一緒にいれば、どんな辛い事も気にならなかったのだ。
仲の良い父と母を見て、羨ましく思った事を思い出した。
『ミヅキ、大きくなったら素敵なお嫁さんになる!』
『あらあら、私達を見てそう思ってくれるの? 嬉しいわね』
『きっといいお婿さんが見つかるぞ。だってミヅキはこんなに可愛いんだからな』
そんな事を考えてたからだろう。
ヒバリが「ほら、笑った」と言った。
「いま、俺と一緒にいて幸せになれたろ?」
「見間違いね」
「えーっ!?」
シルヴァリア邸 執務室
求婚に対する答えは決まっていた。
はずだった。
でも悩んでしまう事が多くなった。
本当に天使族と婚約をしていいのだろうか。
だから、悩んでいた私がなかなか返事をしない事に業を煮やしたのだろう。
わざわざ当人がこちらの屋敷に尋ねて来た。
「まだ返事を考えているのか。一体何を悩んでいる。こんなの考えるまでもないだろう。どうしてさっさと首を縦に振らない!」
執務室までずかずか入ってきた彼は、心底理解できないといった顔でこちらに詰め寄ってきた。
ルバートは止めたのだろうが、使用人である彼女に天使族の行動を制限することなどできない。
背後でおろおろしていたのが気の毒だ。
玄関を開けっ放しにしていたのか、ウィンディアが入ってきたときついでに通ったのか、ラフレシアまできゃんきゃん吠えて騒いでいる。
あまりにしつこすぎる。
何かがおかしい。
世間的に評判の良くない吸血鬼とどうしてそこまで婚約を進めたがるのだろう。
婚約に焦る彼がものすごく怪しく、不自然に見えた。
彼はこちらにつめよってきて、なおも怒鳴る。
「これ以上ないくらい、吸血鬼風情には到底望めないような条件を提示してやったんだ。天使族との婚約だぞ! どこに不満がある!」
私が返事を保留した事で、彼のプライドを刺激してしまったのだろう。
言葉を述べているうちに、彼は興奮してきたようだ。
過去の事にすら言及してくる。
「そもそも、お前みたいな吸血鬼が世の中を出歩いている事が間違っているんだ。他の種族の者達と同じように生きている事を恥ずかしく思わないのか。初めて会った時だってそうだ、お高くとまっていて、下でも向いて生きていればよかったものを!」
ウィンディアが言及したそれは確か、数年前の出来事だ。
社交パーティーで始めて出会った時の彼は、私に友好的に接してきていたのだ。
ドレスアップした私を「可愛いね」とか「素敵だね」とたくさん褒めてくれた。
けれど、私が吸血鬼だと分かった瞬間に「騙したのか!」と激高してきたのだ。
私に普通に接してくれていた彼が、勘違いしているかもしれないと思って、正体を教えてあげたのに。
「そんな昔の出来事を水に流して手を差し伸べてやろうと言うんだ、お前はさっさと首を縦に振ればいいんだよ!」
彼は私の腕をとって、その場からどこかへ連れて行こうとする。
「いたっ、ちょっと何すんのよ」
「もう我慢の限界だ。書類にサインするまで家に閉じ込めてやる」
「はぁ!? 何いってんのよ!!」
天使族だといっても相手の気持ちを無視して婚約することは許されないことだ。
あまりにも滅茶苦茶な言動に、呆れの感情すら湧いてくる。
「お、お嬢様!」
心配したルバートが執務室を出ていこうとするウィンディアの前に体ふさがった。
「獣人の、それも使用人風情が、天使族に逆らおうっていうのか」
今のウィンディアを怒らせたら何をするか分からない。
だから私は、ルバートに命令した。
吸血鬼の力を使って。
「ルバート、どいて!」
「はい、お嬢様」
その瞬間ルバートの瞳から感情の光が消えて、すっとその場から移動する。
激高していたウィンディアは、その光景を見て多少頭を冷やしたようだ。
「命令したのか、吸血鬼はこれだから」
「ーーっ!」
言葉の刃物に胸を刺されたような気がして、掴まれていない方の手をあてた。
「そうね。私は吸血鬼よ。だから、あんたの妻になったらこの力であんあたも操ってあげるわよ」
「はっ、結婚したらお前なんかの相手なんて誰がするか、一人寂しく別荘に監禁してやるだけだ」
このまま彼に連れていかれるのはまずい。
そう思って彼の手から逃れようとするがうまくいかない。
しかし、そこでラフレシアが遠くからやってきた。
ルバートより先にとびかかりそうな飼い犬なのにそうしなかったのは、来訪者を迎えに行っていたかららしい。
執務室にヒバリがやってきて、ウィンディアを引きはがした。
「やめろ!」
いつの間に家に来ていたのだろうか。
不法侵入だと咎めるだけの余裕も気力も今はない。
彼は私を背中にかばう。
「お前の事調べたぞ、国から預かっていた大切な品物を壊したそうだな。どうせその罪を彼女にきせて、とかげの尻尾きりするつもりだったんだろ。そうはいくか!」
ヒバリは彼なりにやることをやっていたようだ。
今までアホな所しか見ていなかったから以外だ。
しかし、ウィンディアの事情には納得だ。
天使族のくせに妙に私に執着してくると思ったら、そんな理由があったとは。
この目の前にいる天使族の男性は、私の事をペットとすら思っていなかったらしい。
ただの駒だ。
初めから切り捨てる気満々でいて、少しも私の事を考えてはくれていなかったのだ。
ヒバリが、ウィンディアの服の襟首をつかんで怒鳴る。
「この屋敷から去れ! 大人しく、罪にふさわしい罰を受けていろ」
「人間風情が、天使にたてつくなよ」
「そうだ。俺は人間だ。でも好きな子のためなら、天使族だって敵じゃない」
ヒバリは、誰を連れてきたのだろう。
物々しい足音が近づいてきて、騎士のような恰好の大人たちが顔をだす。
彼らはどうやら法をつかさどる者達らしい。
ヒバリはここに来る前に、ウィンディアの悪事の証拠をぜんぶ然るべきところにつきつけてきたようだ。
騎士たちに囲まれたウィンディアは忌々しそうな顔をしながら屋敷から去っていった。
その後、ウィンディアは国から多大な賠償金の支払いを命じられて、家の格を落とされたようだ。
天使族という種族的優位は変わらないものの、問題を起こした家と関わりたくないというのはみな同じらしい。
巻き添えを恐れた妻の何人かが離れていってしまったようだ。
新しい妻が彼の家に入る事もなくなったときく。
彼は家族からきつく説教され、どこかの辺境の古びた家に軟禁されているという。
もう二度と顔をみる事はないだろう。
例の一件の後は、何かが変わるかといったらそうではなかった。
私の日常は、まったく変わらない。
「婚約者は俺って事で良いんだよな」
それからも、それまでと同じようにヒバリが屋敷に来るようになっただけだ。
「そうなるわね」
「ねぇねぇ、結婚式はどんな様式にする? 子供何人が良い? 俺? 俺はねー」
「女子みたいなノリで浮かれないで気持ち悪い」
いや、今までより若干こちらへの遠慮がなくなった気がする。
でも、私に暴言を吐かれているというのに彼はいつも嬉しそうだ。
にこにこしながら、私に話しかけてくる。
「吸血鬼と一緒になりたがるなんて、ほんともの好きね」
「だって、好きだからな」
おかしな人だ。
好きかどうかはまだわからないけど。あの時は格好よかった、と思う。
嫌いではないとも思う。
「あっそ、とりあえず仕事のじゃまだからラフレシアとでも遊んできたら? あいつヒバリに懐いてるみたいだし」
最近は、そんな彼がいる日々が少しだけ心地よく思えてきていた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
通り過ぎ勢の方や、チラ見勢の方もありがとうございます。
感想にお返事はできませんが、全て目を通させていただいています。
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