勝ち組の歴史
「魔王様、分かりました! 揺るぎない勝ち組の定義と勝ち組になる方法が!」
玉座の間へと戻った。窓から冬の夕陽が魔王様の青白い顔を少し赤く染めている。今日も一日が終ろうとしている。
「話せば長くなりますが、自他共に認める幸運。さらにその持続こそが勝ち組の定義でございます」
「幸運の持続って……」
玉座に座る魔王様が豆鉄砲を食らった鳩のような目をされている。
「はい。魔王様には無限の魔力がございます。それを惜しみなく使い続ければ幸福の持続を簡単に得られます」
魔王様のお嫌いなチートで御座います。
「かといって無限の魔力の誤った使い方ばかりしていれば……逆に負け組まっしぐらでございます」
隕石落としたりお城を浮かしたり……と言って差し上げたい。でも言わない。
「無限の魔力を限られた資源だと節約すれば、勝ち組には逆立ちしてもなれませぬ。どうぞ惜しみなくお使いください! トリュフ入りポテチをお買い求めください。勇気を出して――」
そうすれば勝ち組まっしぐらでございます。
ポテチもプチハ―も魔王様の思いのままでございます。
「予のことはよい。デュラハンよ、卿の勝ち組とはなんだ」
「はっ! はあ?」
私の勝ち組ですと……?
「……魔王様が勝ち組と自覚して頂き、おこぼれ的に私めも勝ち組であると実感できることでございます」
そしていずれは魔王様の地位につくことですとは……口が裂けても言えない。口がない。
「予の地位が欲しいのであろう」
図星――! ひょっとして脳内垂れ流し……。
「……御冗談を」
「無理をしなくてもよい。顔に書いてあるぞよ」
「……」
絶対に書いてない。書ける顔が無い。
「そこでだ」
「そこで――!」
ひょっとして、魔王様の地位を頂けるのでしょうか~! 鼓動が早くなり口の中にヨダレが充満する。首から上は無いのだが。
「もし卿が魔王になり数十年が経ったと仮定し、それでも勝ち組と思い続けられるのか」
もし? 仮定? ぬか喜び甚だしいぞ……。
「……数十年後でございますか」
「そうだ。数十年後だ。十数年後ではない」
「……」
もし私が魔王様の地位を頂いたとしても……数十年後もまだ魔王城の掃除を続けているかもしれない。きっと誰もやってくれない。
「微妙でございます」
真冬に水拭きモップを手で絞るのは……勝ち組感に乏しくございます。
「難しいであろう。魔王や国王になる目標は、達成した時には達成感があり周りからは勝ち組ともてはやされるであろう。だが、その地位を継続してゆくにつれ達成感は薄れていくものだ」
「……」
たしかにそうかもしれない。魔王様や国王、社長さんや管理職、クラス委員やゴミ置き場の片づけ当番……。その地位を与えられた瞬間は人も羨む勝ち組だ。だが、継続していくうちに勝ち組の優越感は薄れていく。
魔王様は長年の魔王様という地位に、優越感を無くされておられたのか……。
優越感が薄れていくのであれば……ニヤリ。
「いいアイデアがございます」
どんな困難にも解決の糸口を見出すことこそ四天王最強の騎士である私に与えられし責務!
「聞こうではないか」
「はっ! カレンダーの裏側にマジックで大きく書いて玉座の間に貼っておけば、それを見るたびに達成した時の喜びを思い出せるので、いつでも勝ち組に戻れます!」
こんな簡単なことに気が付かなかったなんて……。
「――! カレンダーの裏とな」
敵の裏をかく作戦の応用でございます。カレンダーの裏は字を書くのに最適で御座います。
「はい。玉座の間に大きく『魔王になったぞ』とか、『宝くじ当たったぞ、七等が!』とか、『今週はゴミ置き場の片付け当番』などを大きく書いて貼っておけば、いつまでも達成感が持続します」
「……持続するの」
半信半疑な顔をなされるのが嬉しい。この上なく期待されている――。
「必ずや持続いたします! 人間界の国王や業者から貰ったカレンダーがたくさん余っています。今すぐマジックをお持ちいたします」
「う……うん」
書き込むところが少ないカレンダーは正直なところ……貰っても使えないのだ。露出が多い萌え系エロカレンダーは……貰っても貼ることすらできないのだ――!
玉座の間にキュッキュッと心地良い音が響き鳥肌が立つ。床にはおびただしい数のカレンダーが裏返しになっている。まるで書き初め大会のようだ……。
「……魔王様、『デュラハンのアホ』と書くのはおやめください」
腹立ちます。字が大き過ぎます。大理石の床に写ってそうです。
「なんか、達成感があるぞよ」
「なんの達成感でしょうか」
他にもアホだけではなく馬とか鹿とか……今年の干支に関係ないことまで書かれている。
「であれば、私も『魔王様の天然』と書きますよ。プププ」
「――天然! 褒め言葉のようなけなし言葉! せめてナチュラルと書いて欲しいぞよ」
ナチュラル魔王様か……いい響きだ。だんだん、何をやっているのか分からなくなってきたぞ。
魔王様、「ポテチBIG」と書くのはおよしなさい。見た途端に現実に引き戻されますから。
「冗談はさて置き、デュラハンよ」
「はうっ!」
マジックを握る手がピタリと止まった。冗談って……どこからどこまでが冗談だったのでしょうか――。冷や汗が出ます。
「卿にとって、歴史は勝ち組だと思うか」
「歴史で御座いますか」
歴史は……苦手だぞ。
なぜ昔の人がやったことをわざわざ覚えなくてはならないのか理解に苦しむ。これから先も歴史は増えることはあっても減ることがない。まさに受験生の天敵……それこそが歴史!
「我ら魔族には長き歴史がある。それは人間共も遠く及ばぬ歴史である」
「御意」
人間共は……ここ数百年、急成長を遂げてきた新種なのだ。
「であれば、やはり我ら魔族は勝ち組にございます。代々魔王様が統一なさってこられた長い歴史は勝ち組以外の何物でもございませぬ」
楽勝でございます。快勝でもよいではございませんか。
「では、逆に歴史が短い人間共は、負け組という訳か」
「御意。我ら魔族こそが勝ち組です」
訳の分からない古い建造物もたくさんあります。魔族同士の争いも数えきれないくらいありました。
人間共には到底解読できない古文書や禁呪文もたっぷりあります。私どころか、魔王様にも解読できない古文書は、ハッキリ言って魔図書館の飾り物です。誰も読めないので保管している意味すら無さげです。イミフです。
「デュラハンは冒頭で、負け組になるのは嫌だと申したのではなかったか」
「はい。負け組は嫌でございます」
勝負する以上、勝ちたいのは明白でございましょう。
「では、歴史の短い負け組と称された者達は、何を望むと思う」
負け組? 負けて悔しい花いちもんめ……?
「――ハッ! 勝ち組になりたいはずでございます。歴史が短いことを負け組と決められては……腹が立って仕方がありません!」
「さよう。そして、歴史が短い者達には失うべき歴史も短いのだ。つまり――。
失うべきものが少ないほど、戦いは有利なのだ」
「それは本当でしょうか」
有利なのかなあ……。
「うん。だって、人質とか誹謗中傷とかを気にしていれば、戦いにくいであろう」
「なるほど」
昔から大事にしているお寺や仏像は壊されたら嫌だから必死に守らなくてはならない。さらには、どんなに強大な力があってもその使い方を誤れば非難される。非難を避けるためには卑劣な手段や反則技……栓抜きなどの凶器も使ってはならない。
「人間共はまだまだ歴史が短い。人間同士が戦乱の世に入っていくやもしれぬ。だが、それを負け組や哀れと思っていてはならぬ。その傲慢さが我ら魔族を脅かし、いずれは勝ち組を負け組に変えてしまうからだ」
「負ける日が来ると申されるのですか」
人間に? ……ちょっと何言ってるのか分かんないや。
「長い歴史は自らの手で作った物ではない。たまたま予が長い歴史を持つ側に生まれ育っただけのこと。それを勝ち組などと勘違いしていてはならぬ」
「……」
眠たくなってきたぞ。魔王様のお話……長すぎる。冷や汗が出……。
「デュラハンよ!」
「――! はいっ、ハーイ! 起きておりますよ~! おはようございます」
危なかった。目を閉じていたのがバレたかと思った。
「……。予が予を負け組と称すのは、魔王軍全体が浮つかぬよう啓蒙を唱え続けておるのだ」
「ははー! 魔王様は負け組でございます!」
「うむ」
……しかし魔王様、勝ち組の地位が自らによって成し得たものではないと拒絶しては、先祖代々維持継承してきたことが無駄になるのではありませぬか――。
「……魔王様は負け組でございます」
「二回も言わぬでよい――!」
勝ち組は勝ち組のやり方で勝ちを持続することこそ我ら魔族に与えられし特権のはず。
「魔王様は負け組でございます」
「ヌヌヌヌヌ。デュラハンはもっと負け組ぞよ!」
ほーら、魔王様も結局は勝ち組になりたいでっしゃろ。
「――私は勝ち組です」
ベロベロベーです。
私は魔王様のように失うものをたくさん持っておりませぬゆえ……。顔とか首とか……。
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