勝ち組の定義
なんとか玉座の間から逃げ出した。ずっと魔王様と話していると、こっちまで負け組にされそうだ。以前も贅沢は敵だの味方だので討論になった。同じことを繰り返しているようで冷や汗が出る。デジャブだろうか。
……いや、なにかが違う。
魔王様はなんとか最後に自分は勝ち組とし、私を負け組にしようとしていたのではあるまいか? いくら私が魔王様に忠誠を尽くしているとはいえ、負け組は嫌だ。なんか嫌だ。
魔王軍四天王の一人、この宵闇のデュラハンが負け組など、絶対にあってはならないのだ――。
普段の生活で「ちきしょー!」と叫ぶことと、「よっしゃー!」と叫ぶことのどちらが多いだろう。断然「ちきしょー!」だ。……つまり私は負け組なのか――。
「ちきしょー!」
廊下に声が響き渡った。思わず声を上げてしまったのが……恥ずかしく、頬が赤くなってしまう。首から上は無いのだが。
「相変わらず、しけた面しているなあデュラハンよ」
「……」
レベル1のスライム達に……口の聞き方を教えなくてはならない。善悪を教えてやるのも立派な四天王の仕事なのだ。
「ちきしょー! ばかり言っていたら幸せ逃げちゃうよ」
「ほんとほんと」
……それな。スライムに同情されている体たらくさにも冷や汗が出る。
「レベル1のスライム達よ。お前達は自分達を勝ち組と思うか、それとも負け組と思うか」
「ええ?」
「急に職務質問かよ」
スライムの目が丸くなる。元々丸い。体は青い。セルリアンブルーだ。
RPGにおいてスライムの位置付けは……最弱のザコキャラ。負け組中の負け組のはず。スライム同士が互いに顔を見合わせて考えている。頭の上にクエスチョンマークが出ているのが可愛い。
「僕は勝ち組だな」
……いつも偉そうにしているからな。口も悪いし。四天王にもタメ口だし。
「僕は負け組かもしれない」
謙虚だな。
「なぜだ。スライムだからか」
物凄い差別用語の気がする。スライム≒負け組。
「僕はみんなより少し小さいから」
「……う、うん」
ぜんぜん見た目では気付かないぞ~。ややこしいぞ、スライム同士の優劣。ひょっとすると重い方が勝ち組なのか。
「それなら、いじめっ子は勝ち組だな。弱い奴を虐めるんだから」
ふむ、一理ある。ガキ大将は勝ち組か。ガキ大将って……裸の大将くらい古過ぎて冷や汗が出る。
「いじめっ子は負け組だよ。だって、みんなで遊ぶときに誘われないもん」
「そうだよなあ。わざわざいじめっ子を誘うバカはいないもんな」
……いじめっ子は負け組なのか。
「いや、スライム達よ、いじめは良くない。みんなで仲良く遊びなさい」
「じゃあデュラハンが鬼ごっこの鬼をやってよ」
「お、鬼? なんでそうなるのだ」
四天王のこの私に鬼ごっこの鬼をやれと言うのか――。せめてジャンケンでと言えないのが辛い……。お前らこそ鬼か! と言いたくなるが。
「……仕方がない。一度だけだぞ」
コミュニケーションを取ることも四天王に与えられた大切な仕事だ。
「――鬼になってやろうではないか。お前ら全員、駆逐してやる――!」
「「よっしゃー!」」
フッ、すぐにタッチしてくれるわ。自慢ではないが、私は全身金属鎧だが50m走で10秒を切る素早さなのだ。
魔町内会運動会では引っ張りダコなのだ。出場者が少ないから……。
「わーい。みんな逃げろ~!」
「デュラハンなんかに捕まったら、スライムの恥だぞ~!」
スライムの恥って――!
「キャハハハハ!」
「首から上は無いのだが~! キャハハ!」
「待て、スライムども!」
ペッタンペッタンと飛び跳ねて逃げるスライムが……天井に張り付いたり手の届かないところへ逃げたりカーテンに隠れたりするから……。
鬼ごっこが終るまで数時間を要したのは内緒だ……。
スライム達からたくさんの罵声を浴びせられたのも……内緒だ。
「ハア、ハア、疲れた……」
スライム相手にちょっと大人気なかった。金属製鎧姿で魔王城内を全力疾走すれば、さすがに息も切れる。
それにしても、スライム達は無邪気だ。私も小さい頃はそうだった。両親はいつも世の中には良い人と悪い人がいると教えてくれた。良い人は死んだら天国へ上り、悪い人は地獄へ落ちると……ずっと信じていた。
――だが、良い人は勝ち組で天国へ上り、悪い人は負け組で地獄へ落ちるのだろうか? ……なんか、逆のような気がするぞ。それに、善良なる庶民が負け組ならば……勝ち組は悪人の集まりなのか? いや、それも違う。必死に努力して勝ちを得ている勝ち組もいるはずだ。
何にせよ……魔王様は悪者でもいいから勝ち組にならなければ話がチグハグだ。魔王様が善良な庶民の負け組で、天国を目指して必死に善を積んでいれば――勇者もやりにくくて嫌になるだろう。……勇者が悪者にされてしまう。
魔王様や国王や大統領や総理大臣や生徒会長やクラス委員が負け組では……世に示しがつかないのだ。
鬼ごっこをして汗をかいたから魔王城内のカフェに入り、冷たいタピオカミルクティーを注文した。いつまでこれが流行るのだろうか。ナタデココやパンナコッタのように根付くのだろうか。冷や汗が出る。
カフェには四天王のソーサラモナーもいた。自室から出てウロウロしているのは珍しい。さては新作のゲームに飽きたのだろう。それか、全クリしたのだろう。
「ソーサラモナーよ、勝ち組の定義ってなんだ」
「うお! 急になんの話だ」
いきさつを説明しなくても分かって欲しいぞ。話の流れから……。
「魔王様ご自身が、自分の事を勝ち組と思えないそうなのだ。それどころか、私まで負け組扱いするのだ」
「プププ」
笑うな。
「それで、勝ち組の定義があるのなら教えて欲しいのだ」
「勝ち組の定義だと。それは他人じゃなく自分で決めるものじゃないのか」
「自分で決めるだと」
そんな定義でいいのか? 全員勝ち組になるぞ。不戦勝甚だしいぞ。
「ああ。オニギリ1つ食べていても勝ち組と思える者もいるだろうし、ステーキとビフテキを食べていても負け組と思っている者もいるだろう」
「なるほど」
ソーサラモナーもビフテキ好きで嬉しいぞ。同士よ。庶民だぞ。魔王様に負け組扱いされてしまうぞ。
「たくさん貯金があるのに金が使えなくて負け組と思っている者もいるだろうし、住宅ローンで借金していても、住みたい家に住んでいるから勝ち組と思っている者もいるだろう」
「なるほど」
冷や汗が出る。住宅ローンが負け組だと……。
「たくさんの有能な部下を従え、『社長さーん』と呼ばれ優越感に浸る勝ち組もいるだろうし、部下の失敗で自分が責任を取るのを怖れ、いつもビクビクしている社長もいるだろ」
のしかかる――責任か。
「責任が増えるのは……勝ち組の証しではないのか」
「ないない! いつもビクビクしていれば自分が勝ち組とは到底思えないだろ」
「……たしかに」
肉食獣の遠吠えにビクビクする草食動物は負け組なのか……。では草食系男子は――負け組なのか――。
「魔王様に比べたら四天王の方がよっぽど楽じゃないか。こうやって毎日遊んでいられるのだからな。ハッハッハ」
「……」
いや、遊ばずに仕事をしろよ。やる事が無いのならやらないといけないことを探して仕事をしろと言ってやりたい! ……魔王城内の窓拭きとかスライムの教育とか。鬼ごっこの鬼とか、魔王様の相手とか……。
ソーサラモナーは笑いながら立ち上がり、ミルメークの入った牛乳瓶を持ってカフェを出て行った。
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