国家予算カットで【職業】王宮道化師など必要ないと追放された俺、実は国のまとめ役だった。冒険者として成り上がるので、今更戻れと言われてももう遅い
国というものは、政治や金勘定や軍事の専門家だけでは回らない。
何事も、間に入ってうまくつなげる人間がいてこそ、きちんと機能するのだ。
さながら、マールイ王国の宮廷道化師たるオーギュスト。
つまり俺はつなげる役……、この国の潤滑油だった。
「道化師殿! 実は某国と交渉したいのだが……」
「はいはい。前に俺が歓待した大使とツテがありますよ」
「道化師殿! 昨今の税収が減っているのだが……」
「ああ、それはですね。旅芸人の友人から聞いたところ、畑作地帯に害虫が大量に湧いたとかで」
「道化師殿! 隣国が新しい戦術を取り込んで、我々に対抗しようとしているそうですが!」
「その話なら詳しく聞いてますよ。これは、これこれ、こういう戦術で……。ああ、ええ、隣国にも伝手があってですね」
今日も宮廷を、西に東に大忙し。
かと言って、本当の仕事をおろそかにはできない。
「道化師殿! 陛下がまた塞ぎ込んでおられます!」
「はいはい。今行きますよ」
俺は国王陛下の前で、芸を見せる。
逆立ちしたり、宙返りしたり、玉をポンポンと幾つもお手玉してみたり。
いつも同じ芸ばかりでは、これを見る陛下の気持ちも晴れない。
常に新しい芸を仕入れようと思い、情報網を広げた。
すると俺は、すっかり宮廷の便利屋になっていたというわけだ。
それに俺は、魔族の血を受け継いでいて、人よりもちょっとだけ寿命が長い。
長い間宮廷にいれば、人間関係や国中の知識に詳しくなっても当然というわけだ。
これも全て、マールイ王国のため。
俺は国に忠誠を誓っていたのだった。
だが。
「宮廷道化師オーギュストよ」
なぜか、俺は謁見の間で。
「我が国の予算は貧窮している」
どうしてか、今まで手を貸してあげてきた人々に囲まれて。
騎士団長が、外交官が、侍従長が。
「長く我が国に仕えてくれたそなただが、もはやそなたのような無駄飯ぐらいを雇っておく余裕はない」
誰もが俺を邪魔者みたいに見て。
「マールイ王国はそなたのような贅肉を削ぎ落とし、筋肉質な体質の国家に生まれ変わるのだ」
子どもの頃から芸を見せてきた陛下まで、俺を邪魔者のように。
呆然とする俺を見て、さっきから語り続けている男がニヤリと笑った。
大臣のガルフスだ。
国の大学機関を主席で卒業した公爵家の跡取りで、王国の歴史上最年少で大臣になった天才。
だが、宮廷ではあまり目立った活躍ができていない男。
お勉強と実際の仕事は違うと、陰口を叩かれていた男だ。
そいつが、俺を見下している。
「陛下、この者にお言葉を」
「ああ。うん」
国王キュータイ三世陛下は、いつもの無気力そうな目で俺を見た。
ため息をつく。
何事も面倒臭がる国王。
俺がなだめ、芸を見せて気晴らしをしてもらい、毎日執政を行ってもらっている国王陛下が。
「オーギュスト。お前はクビだ。どこへなりと行くがいい」
なんてことだ。
あんまりだ。
俺は絶望の底に、放り出されたのだった。
これまで俺が、何十年もやって来たことは無駄だったのか?
バラバラな方向を見ていた宮廷の人々をつなげてきた。
他国との間を取り持った。
情報を集めて提供した。
蓄えた知識を伝えた。
全てマールイ王国のために尽くしてきた時間はなんだったのだろう。
ため息が出る。
俺は城を背に、とぼとぼと城下町を歩いた。
退職金は出なかった。
予算削減のためだそうだ。
あんまりな仕打ちではないか。
俺の手元に残ったのは、先月分の給料の残り。
それと、城務めのにで集め、書き溜めてきた知識と情報のメモ束。
「くよくよしてばかりもいられない。何しろ、飯を食って行かなきゃならないんだ。仕事をしなきゃな」
とりあえず、何の仕事でもそれなりにこなす自信はあった。
道化師というのは、機転が利いて器用でなければやっていけないのだ。
それに、王の最も近くにいたことで得たものもある。
様々な世界に住む人々の情報や声を知ることができたのだ。
芸を磨きながら、様々な技術にも手を付けている。
飽きっぽいキュータイ三世を満足させるためには、並大抵の芸では通用しない。
本物の技術……そしてスキルがなければな。
「せっかくだ。城下町でコツコツ働くよりは、自由な立場がいいな。これ以上、城に縛られるのもしゃくだ」
そう思った俺は、城下町の中央通り、その突き当りにやって来ていた。
そこは、希望の広場と言われる場所だ。
外の世界へと通じる門の目の前。
王都を訪れた人々は、希望を胸にこの広場を通る。
俺にとっても、この広場から希望が始まればいい。
そう思って、周囲を見回した。
目に飛び込んできたのは、賑わいのある建物だ。
太い建材で作られた、半開放式の建物は、でかでかと看板を掲げている。
『冒険者ギルド マールイ王国支部』
そう。
俺は冒険者になろうと思ったのである。
半開放式の建物だから、昼間から飲んでいる連中の騒ぎが聞こえてくる。
景気のいいことだ。
いや、冒険者は宵越しの金を持たないらしいから、パーッと使ってるのか。
どちらにせよ、景気がいい。
これは運が向いてきそうな気がする。
冒険者ギルドのカウンターに向かうと、受付のお姉さんがいた。
淡い茶色の髪に、メガネを掛けて、耳が尖ったお姉さんだ。
ハーフエルフだろう。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。仕事の依頼ですか?」
「いや、新規に登録しようと思ってね」
「ああ、はい。冒険者登録ですね。承りました。お名前は」
そこまで言って、ハーフエルフの受付嬢は黙った。
メガネの奥で、目が真ん丸になって俺を見ている。
「あの、もしかして、宮廷道化師のオーギュスト様?」
「今はクビになったので、ただのオーギュストだよ。どうかな? 俺も登録はできるのかな?」
俺の名前が告げられた時、声が届くところにいた冒険者たちが一斉に振り向いた。
「えっ、オーギュスト!?」
「王宮をクビになっただって?」
「やっぱ、道化師じゃ今の時代やってけねえのかな」
「厳しいねえ」
「だけどあの人、俺が物心ついたころにはもう宮廷道化師だっただろ」
「そんなベテランクビにするのかよ」
「おかしいだろ、王宮」
声が漏れ聞こえてくる。
受付嬢は引きつり笑いを浮かべた。
「て、手続きは簡単です。私たちには、クラスとスキルというものがありまして、これを明らかにし、ギルドに登録してもらいます」
「ああ、知っているよ。その人間の魂に刻み込まれた、能力の記録。これを明らかにしているからこそ、冒険者と冒険者ギルドは国境をまたいで存在できるんだ」
「よ、よくご存知で」
「広く浅く、知識を持つようにしているんだ。どれ……」
俺に差し出されたのは、水晶の玉。
かつて、冒険者の神アドベンジャーが人間に授けたというステータス・クリスタルだ。
俺が手をかざすと、そこにクラスとスキル……合わせて、ステータスと呼ばれる物が現れた。
「はい、オーギュスト様、クラスは道化師。天職だったんですねえ。スキルは……と。外交、演劇、文芸、武技知識、魔物知識、魔法知識、地質学、史学、神話学、伝承学、噂話、軽業、投擲……」
俺のスキルの数々を読み上げる受付嬢。
彼女の顔が、どんどん引きつっていく。
「ひょ、表示しきれません。次のページに続いてます」
ざわめくギルド。
「なんだそれ!?」
「表示しきれないってのがあるのか!?」
「普通、人間がそんなにスキル持ってるわけねえんだよ……!」
知識や技術を身に着け研鑽を重ねていくと、それはある時スキルと呼ばれるものに昇華される。
技能ではなく、異能という領域に至るのだ。
まあ、そうでもしなければキュータイ三世が満足する芸はできなかったというわけだが。
「それで、登録はできるかな?」
「はい、もちろん! 歓迎します、道化師オーギュスト!」
こうして俺は冒険者に再就職したのだった。
さて、冒険者たるもの、一人で行動するものではない。
人間が一人でできる事などたかが知れている。
そのために、異なるクラスの人間と、パーティを組むのだ。
※
やってやった。
見事に、あの目障りな道化師を追放してやったのだ。
大臣ガルフスは、我が世の春が来たと、湧き上がる笑みを抑えきれない。
ずっと昔から、宮廷で代々の王に仕えてきた道化師だ。
魔族との混血だかなんだか知らないが、いつまでも若いまま、王に直接意見を言える存在などいていいはずがない。
第一、このマールイ王国は平和な国なのだ。
百年前には戦乱の絶えない、貧しい国だったという。
だが、今は他国との関係も安定し、強い軍隊を持ち、農業も安定している。
こんな落ち着いた国に、あのような宮廷に巣食う寄生虫などいらない。
「むしろ、この私が自らの手で国を動かしていくには、あの男が邪魔だったのだ! 何度邪魔されたことか! 私が行おうとした政治に横から口を出してきおって。何が、それは失敗した前例がある、だ。何が、他国の面子を立てろ、だ。道化師風情が! あの愚かな王だからこそ、私の望む政治ができるというのに!」
思い出すだけで腹が立つ。
ガルフスは横合いの柱を蹴飛ばした。
「荒れておりますな、ガルフス殿」
騎士団長が声を掛けてくる。
外交官に侍従長も一緒だ。
ガルフスとこの彼らで策略を張り巡らせ、道化師オーギュストを失脚させたのだ。
「見苦しいところを見せたな。諸君、我々の時代が始まるぞ。マールイ王国を、我々が思うままに育てていこうではないか」
「ええ。あの道化師めが口出しや根回しをしてくるせいで、ちょっかいを出してくる隣国を殴りつけられないでいたのです。騎士団の本気を見せてやりましょうぞ!」
「マールイ王国は大国です。それが、周りの小国の顔色を伺うなどバカバカしい。本物の外交をやってやるとしますよ」
「これで城内のことも指図されずに済みますねえ。城の中はワタクシメのものですよ」
四人が角を突き合わせて、ぐふふふふ、と笑う。
誰もが、気づかないのだ。
百年前の戦乱に満ちた貧しい国が、どうして今豊かなのか。
この豊かさは、努力なしに維持されているのか。
今あるものを当然と思い、彼らは気づくことはない。
※
俺のスキルの数を見た冒険者たちが、パーティに誘ってきた。
だが、パーティメンバーのクラスやスキル的にバランスが取れているところだと、俺が参加しても余計だろう。
お誘いはありがたいが、吟味させてもらうことにした。
俺を誘ったパーティも、急ぎではないから、ゆっくり判断してくれ、と待ちの姿勢。
余裕がある。
俺はと言うと、財布の中身的に余裕がないので、さっさとパーティを決めたくもある。
さて、どうしたものか……。
そう考えていたところで、ふと、カウンターに突っ伏した女性を見かけた。
長い金髪で、鎧下を纏った女性だ。
傍らには飲み干された酒盃がある。
「彼女は昼間から飲んでるのかい?」
俺が尋ねると、冒険者の一人が顔をしかめた。
「ああ。あいつは死神だよ」
「死神?」
「あの女とパーティを組んだやつはみんな死ぬんだ。だから死神。今じゃ誰も、あいつと組まないよ」
端的な情報が来た。
なるほど、死神。
冒険者はジンクスを大事にするそうだ。
死神という評判が立ってしまえば、誰も一緒に冒険などするまい。
「君、君」
俺は彼女の方をゆさぶる。
「う……うーん、放っておいてくれ……。私は死神だ……。みんな、みんな死んでしまうんだ……」
「ふーむ」
私は彼女の身なりを観察する。
使い込まれた剣。そして槍。
どれも魔法の光を放っている。
詳しく調べれば、それらの武器の来歴も分かるかも知れない。
鎧下は、その上にプレートメイルを纏うタイプ。
女性でありながら、金属鎧で戦えるだけのパワーがあると見える。
彼女は、腕のいい戦士だ。
それが死神?
「解せない。優れた戦士である彼女が、どうして死神になるんだ?」
「それはなあ」
冒険者たちが、酒を飲みながら語ってくれる。
いわく、死神はパーティの仲間と高難易度のダンジョンに挑んだ。
盗賊のいないパーティだったため、丈夫な鎧を纏った彼女が前に出た。
果たして罠は発動し、彼女の後ろにいた仲間たちがそれにかかって全滅した。
いわく、死神は新たなパーティの仲間と護衛の任務についた。
晩餐にて、死神は怪しい人物を見つけて追跡。
撒かれた上に夕食にありつけなかった。
その夜、仲間たちは毒で全滅。
いわく、死神は三度新しいパーティと冒険に出た。
輸送を護衛する仕事だったが、崖に挟まれた道で、賊が崖崩れを起こした。
パーティは崖崩れに呑まれて全滅したが、死神と彼女が護衛していた荷馬車は生き残った。
「なるほど」
どれもこれも、彼女を残して仲間たちは死んでいる。
だが、面白いことに、全ての仕事は完全に達成されていた。
彼女は一人になっても、仕事をやり遂げたのである。
「な? 死神だろ。こいつと組むのはやめたほうがいいぜ、道化師さん」
「そうかな? 彼女は本当に死神だろうか? むしろ彼女のそれは、死を招き寄せるのではなく、死をかいくぐる幸運と言った方が近いんじゃないか?」
俺は、受付嬢にステータス・クリスタルを持ってきてくれるように頼む。
各個人の詳細なデータは、冒険者になる時点で登録される。
その後、パーティを組んだり、冒険者としてのランクが上がる場合に登録し直す。
彼女は三度、このクリスタルに触れていたはずだ。
そこに、今回の事件の手がかりがあるのではないだろうか?
俺が持つ数々のスキルが、知識を吐き出し、そこから俺は判断していく。
「幸運というものはね、得てして離れた他人にとっては不幸になるものだ」
受付嬢に呼び出してもらった、死神嬢のデータを見る。
「やはり」
思ったとおり。
死神嬢の名前はイングリド。
彼女の剣術、槍術、体術スキルなどなど続き、幸運スキルの名があった。
「イングリドは幸運だった。彼女と行動をともにしていれば、仲間たちは生き残っただろう。でもこれ、多分ユニークスキルのたぐいだよね?」
スキルに関する知識をざっと呼び出してみても、幸運なんてスキルは他にない。
「はい。幸運なんていうスキル、イングリドさんにしかないですからねえ」
受付嬢が首を傾げる。
「よし、決めた。俺の運命は、この幸運な女戦士さんに賭けることにしよう。何せ、早急にお金がいるんだ。生活費が尽きそうなんでね」
「ええっ!?」
冒険者たちは目をむいた。
「正気かよ!」
「死ぬぞ!」
「ああ、諸君のジンクスだとそうかも知れない! だが、彼女に関する情報から、俺が導き出した答えは全く別のもの。のるか、そるかだ。この賭けで勝って、彼女が死神でなくなれば、俺の名声だって上がるだろう?」
「そりゃあ、まあ」
「やれるもんなら」
冒険者たち、俺の話に目を白黒させている。
「何より、報酬は二人なら二等分だ。この賭けで勝てば、金はガッポリ彼女はニッコリ。なかなか笑えると思わないか?」
俺の言葉に、冒険者も受付嬢も、笑みを浮かべた。
「人生かけて、死神とパーティ組むのかよ!」
「なるほど、こいつは芸だ!」
酒の勢いか、その場の空気か。
冒険者ギルドがわっと盛り上がる。
「さあ、張った張った! この俺、道化師オーギュストは、死神イングリドとともに冒険して、果たして生き残れるのか! それとも死神イングリドが再び記録を伸ばすのか!」
不謹慎なジョークではある。
だが、これを乗り越えれば、彼女は死神ではなくなるだろう。
俺のジョークで、ギルドが爆笑した。
「よっしゃ、オーギュスト、お前に賭けるぜ!」
「俺も!」
「私も!」
「おいおい、なんだよ! これじゃあ賭けにならねえ!! みんなオーギュストが生き残る方じゃねえか!」
俺は彼らを見回すと、こう告げた。
「そりゃあそうさ! だってその方が面白いもんな!」
再び笑い出す、冒険者ギルドの面々。
かくしてこの俺、道化師オーギュストの冒険ライフが始まるのだった。
※
一方その頃。
なんだ!?
何だというのだ!
大切な友好国との会談を、国王がキャンセルするといい出した。
気分が乗らないらしい。
これまでもそんな駄々をこねた事が何度もあったが、ここまで致命的な状況になることはなかったのに。
「あの愚王め! かの国との仲が悪くなればどうなるか分かっているのか! くそっ! 私が政治を行うようになって早々、ケチが付くわけには行かないのに!!」
どうやってキュータイ三世をその気にさせる。
今まで、あの王に仕事をさせていたのは何だったのか?
「お、恐れながらガルフス大臣」
侍従長がビクビクしながら声を掛けてくる。
「陛下は、面白い芸を見ないと気持ちが晴れないと仰せで……。以前はオーギュスト殿がそれを一手に引き受けて下さっておりました」
「阿呆か!! 愚王め!! よりによってあの道化師絡みか!」
どうやってこの場を凌ぐ!?
ガルフスは必死に頭を働かせようとする。
だが、問題はそれだけではなかった。
「恐れながらガルフス閣下!!」
「今度は何だ!!」
飛び込んできたのは騎士である。
「はっ! 我が国と国境を接するガッテルト王国から、我が国に猛烈な抗議が……!」
「なんだと!?」
「そのう……試合をやったのですが、騎士団長が自ら、向こうの騎士団長の手足を折るほどの大怪我をさせまして……。面子を傷つけられたとガッテルト王国が……」
「なんだと!? 加減というものを知らんのか!!」
「いや、その、試合の作法や取り決めはオーギュスト殿が担当していたので……」
「またオーギュストか!! 追放したあいつが、なぜ何度も私の前に立ちふさがる!! おのれ、おのれーっ!!」
怒りのあまり、ガルフスの血管は今にも切れそうだった。
「なぜだ……! なぜこうなった!」
「恐れながらご報告申し上げます!! 我が国の外交官殿がやらかしを……」
「またかーっ!!」
かくして、マールイ王国の平和は終わりを告げる。
それは、安寧を保つために尽力し続けてきた一人の男の存在が失われたからであった。
連載にするかどうかの、お試し短編です。
お気にいられましたら、下にある☆マークからご評価いただけますと幸いです!
いわゆる、知識チート系主人公と国家転落ざまぁものであります。