第五話 少女の魔法に氷の精
「へぇ、じゃあ今までは御師匠さんにずっと付きっきりで教えて貰ってたのか?」
「ええ、だけど師匠が学園に行けって急に言い出してね」
「それはきっと私には教える事は何もない的な感じね」
「……そうね。あの人から学ぶ事は魔法面は無いわね」
「すごーい」
あの後、ミソラがジュンのクラスに入った。そして、その日の授業が終わり、ミソラは質問責めになっていた。ジュンは肘をついて二人のクラスメートに質問責めになっているミソラに目を向ける。ミソラは穏やかに微笑んでいる。その姿は幼い少女にしか見えないが確かにレイジィを圧倒していた。そして、彼女の言葉が正しいのなら自分にも可能性はある。
『一つを極めた強さ』
極めるという事がどういう事なのかは分からないが自分にもまだ可能性がある。それを知ってしまった以上は居ても立ってもいられなくなった。幸いにも今日の授業は終わっている。ジュンは静かに立ち上がると教室を後にした。
ミソラはジュンが教室から出て行くのに気がついた。この学園は本当に平和らしく、どの人も根っこから腐っている人はいない。しかし、ミソラの師がここに行けと行った以上は何かがあるのだろう。ミソラは自分を質問責めにしていた少女と少年を見て声をかける。
「少し、付き合わない?」
二人は多少、戸惑った様子を見せるもすぐに頷いた。
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使われていない倉庫の中でジュンは目の前の空間に向けて意識を集中する。組まれた魔法は即座にそこの温度を奪って氷の塊を2つ作る。そして、2つの氷の塊を互いにぶつけ合う。2つの氷の塊は互いにぶつかり合い幾つかの欠片に砕ける。それをさらに互いにぶつけ合っていく。当然、数が多くなるにつれてコントロールは難しくなっていく。次第に丸い汗がジュンの額にたまり始める。そして、数が五十を超えた辺りでジュンはコントロールを間違え互いに当たらないものが出てしまい、それを皮きりに全てのコントロールにズレが生じてしまう。やがて、ジュンは肩で息をしながら座り込む。
「大丈夫?」
いつの間にか入ってきていたミソラに声をかけられるがジュンは返事をすることもできない。
「わぁ、フランシアさんていつもこんな無茶してんの?」
ジュンにとっては見慣れたクラスメートの一人でミソラが連れてきた赤い短い髪の少女、マリアが座り込んだジュンの顔を覗きこむ。
「何でここにいるのよ」
しばらくしてようやく息を整えたジュンが入ってきた三人に声を睨みつける。
「俺はマリアと一緒にいたかっただけ」
両手を上げて言ったのはミソラが連れてきた茶髪のフリードという少年。ジュンのクラスメートでマリアの恋人である。ジュンはマリアに鋭い視線を向ける。
「あたしはミソラちゃんに着いてきただけ」
ジュンは最後にミソラを睨みつける。
「私は自分の訓練よ」
ミソラは手に持った細長い棒状の袋を持ち上げてみせる。
「なにそれ?」
興味津々のマリアにミソラは微笑を浮かべながら袋を取る。袋の中は黒塗りの鞘に収められた刀だった。見たことの無いものに女子二人は目を丸くするがフリードだけは感心したように息をつく。
「へぇ、刀か」
「何それ」
呟いたフリードにマリアがすぐさま反応する。
「俺達の剣は重量で叩ききるもんだけど、中には切り裂くことを追求した剣もある。それを刀というんだ。けど、特殊な作り方をするうえに人を二、三人も斬ると切れ味が鈍って斬れなくなるから使い手の少ない武器なんだよ」
フリードの説明を聞いた二人はミソラの持つ刀に再び目を向ける。薄く細いため簡単に折れてしまいそうに見えるうえ、見た目は小さな少女のミソラが持っているために頼りなくうつる。
「たしかに、あまり強そうには見えないわね」
ジュンはすぐに興味を失う。
「どうでもいいけど、出て行ってくれる。私は自分の訓練をしなくちゃいけないから」
「訓練ついでに教えてあげてもいいわよ」
何をとは聞かなくてもジュンにも分かる。しかし
「ありがたい話だけど……」
「よろしくお願いしまーす」
断ろうとしたジュンの言葉を遮ってマリアが手を上げる。
「ちょっとマリア」
「いいじゃない。どうせ、自分より年下の子に教えてもらうのは格好悪いとかの理由で断ろうとしたんでしょ」
図星だったのかジュンは言葉に詰まる。
「ミソラちゃんて、学校に行かないでずっと御師匠さんに習ってきたんだよ。だから、レイジィの奴にも勝てたし。class1の奴らを見返すチャンスだよ」
最終的に拳を握り力説するマリアにジュンの方が折れた。
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「まず、教えると言っても新しい魔法とかは教えられないわ。私に出来る魔法はこれだけ」
ミソラは転がっている石にゆっくりと刀を振り下ろす。すると刀は何の抵抗もなく石を真っ二つにする。
「私が出来るのは切断の魔法だけ。教えられるのは魔法を使いこなす方法だけ。一番簡単なのは何か魔法の媒介になる道具を持つことよ」
「なるほど、それで刀ってわけか」
ミソラがフリードに頷く。
「そう。私の場合は刀やナイフ。つまり刃物ね。そして、道具の中にも各があるわ。ナイフより刀の方が上みたいにね」
「あのー」
マリアが手を上げる。
「なに?」
「私は風なんですけど、例えば何があるの?」
「風なら鳥の羽とかかしら。火、水、風、地の四大元素ならその属性に属する動物とか魔獣の体の一部とかが普通ね」
ミソラは懐から何やら箱を取り出す。箱には厳重に金属製の鍵がかかっている。ミソラは鍵に刀を振り下ろす。ミソラは箱の中から緑色のかかった羽をマリアに手渡す。
「それを手に持って魔法を使ってみなさい」
マリアは言われた通りに旋風を吹かせる程度の魔法を発動する。
「わっ!!」
マリアの魔法はマリアの意思を離れて巨大な竜巻になろうとする。それをミソラが刀で斬って魔力を散らせる。
「……」
信じられないといった様子でマリアは自分の手を見つめる。手に収められた羽はぼんやりと光を放っている。
「凄い。凄いよコレっ!!」
我に返ったマリアはその場で飛び跳ねる。
「それはグリフォンの羽よ」
ミソラの言葉に全員が目を見張る。グリフォンとは聖獣に数えられる魔獣で発見されることも少ないため伝説とまで言われている。
「そんなの何処で手に入れたのよ?」
驚きより呆れたニュアンスを込めてジュンが尋ねる。
「師匠の部屋にあったのを勝手に持ってきたのよ」
「ちよっ、いいの?」
「いいんじゃない?床が見えないくらい汚れた部屋に落ちてたし、師匠も多分覚えてないわ」
世界中の魔法使いが咽から手が出るほど欲しがるもの扱いには思えない。何ら変わらない表情から本当に何とも思ってないようだ。
「……何よそれ」
「まぁ、それは置いといてマリアは地面の魔法って使える?」
脱力しているジュンをほったらかしにしてミソラはマリアに尋ねる。
「?多少なら使えるよ」
「じゃあ、そのまま使ってみて」
マリアは言われた通りに魔法を使おうと手に魔力をこめる。
「……あれ?」
マリアは首を傾げると更に魔力を強める。しかし、いくら待てど何も起こらない。
「何で使えないの〜」
「良いことだけの力なんて無い。そういう事だろ」
フリードの言葉にミソラは頷く。
「その通り。強力な媒介なほど干渉力が強くてその属性だと強い魔法が使えるようになるけど、逆に相克の関係にある魔法は使えなくなるの」
「なるほど。凡庸性にはかけるということか」
「ええ、それであなたもやってみる?」
フリードは首を横に振る。
「今の時点で可能性の幅を狭めたくはない。それに俺の場合は少々特殊でな」
「まあ、いいけど」
(何だろこれ)
フリードとミソラが話している間、ジュンはずっとミソラの持ってきた箱に気を取られていた。正確には中にある青い宝石にだ。青い宝石はジュンを誘うように点滅している。懐かしいような恐いような不思議な感覚。ジュンは無意識のうちに手を伸ばし宝石に触れた。
突然、何かが割れるような音にミソラはすぐ反応する。箱からは強大な魔力が溢れ出し、魔力は冷気になり氷になる。やがて、氷は少女の姿を取る。
迂闊だった。とミソラは唇を噛む。
箱を開けたままにしたのは失敗だったとミソラは唇を噛む。
ミソラは呆然と座り込むジュンを庇うために前に出る。
「アイス・フェアリー。大人しく封印されるつもりはある?」
「アイス・フェアリー?」
マリアが何それ?といった表情でミソラを見つめる。
「氷の上位精霊のことだ」
フリードはポケットから小さな金属の球を取り出す。フリードの手の上で金属の球は次第に形を変えていき、ナイフの形になる。
更にフリードは警戒した表情でアイス・フェアリーを睨みつける。
「昔、暴走してたのを私が昔捕まえたんだけど……。ジュンに共鳴でもした?」
アイス・フェアリーは口を開くがミソラには何も聞き取れない。
「そう、そっちがその気なら」
ミソラは刀を構える。ミソラの黒い魔力が刀に集中していく。
「待って」
今にも切りかかろうとしているミソラをジュンが押し止める。
「何よ」
「こっちに危害を与えるつもりは無いって」
「フランシアさんはこの精霊の言ってる事が分かるの?」
マリアの問いかけにジュンは頷く。
「何となくだけどね」
再び、アイス・フェアリーが口を開く。やはりミソラ達には何も聞こえない。
「えっと、私はあなた達に危害を加えるつもりは無い。だって」
ジュンがアイス・フェアリーの言葉を通訳する。
「もう、暴走はしてないみたいね」
「はい。呪われし姫?よ。あなたに封印されて五年がたちました。私を侵していた狂気は抜け血族?との接触で封印もとけました」
ジュンはアイス・フェアリーの言葉を忠実に再現する。額にシワを寄せて血族とミソラは口の中で小さく呟く。
「では、あなたはこれからどうするのですか?」
「私は血族を保護する義務があります。危険が迫っている以上、私はここに留まります」
アイス・フェアリーはゆっくりとジュンに手を差し伸べる。ジュンは戸惑いながらも手を伸ばす。
指と指が触れた瞬間にアイス・フェアリーは魔力の光になってジュンの左腕に吸い込まれるように消えていく。光が収まった時、ジュンの腕には青い模様が刻まれていた。
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