第二話 戦う少女
「ここね」
月が綺麗に光る夜。ミソラは目的の場所にたどり着いていた。ミソラは地図を右手に巨大な門の前に立つ。王都の中にある王立魔法学園。それがこの場所の名前である。
夜も更けてきているため入り口には鍵がかかっているうえに教師が張ったのであろう結界によって入ることは出来ない。ミソラは少し考えると、右手をあげて指を鳴らした。不可視の刃によって音を立てて鎖が切断される。
続いて学園に張られている結界も破壊する。甲高い音と共に結界は砕かれた。
それから、待つこと十分。教師らしき黒い色の髪の毛をした女性教師が駆けつけてくる。
「遅かったわね」
ミソラは門に寄りかかり腕を組んで口には笑みを浮かべて言う。女性はミソラを警戒して身構え、少し距離を取ってミソラを余すところ無く観察する。
「君は誰?」
女性は用心深く尋ねてくる。見た目は端正な顔つきの幼い少女だが学園の結界を破るということは並の魔法使いでは出来ない。
「そういう時は自分から名乗るのが礼儀じゃなくって?」
ミソラは笑いながら軽やかに聞く。
「ヌエ・ヌル。この学園の教師。君は?」
真面目に応えたヌエに対してミソラは更に笑みを深める。
「あら?名乗られたからって応えるとは言ってないわよ」
からかう様にミソラは言った。その態度にヌエはミソラには気づかれないように背の後ろに回した右手で魔法を使う。
星に照らされたヌエの影が蠢く。
「へぇ、あなた影使いなんだ」
ミソラはあっさりとヌエの魔法を看破して声を上げる。そこにヌエの影が殺到する。影は檻のようにミソラを封じ込めた。
一片の光も通さない影の中にミソラは捉えられた。地面の感触も無いために異空間のような場所なんだろう。異空間を作り出す魔法は相当に高ランクの筈だ。
「さすがは魔法学園の教師ね」
しかし、ミソラは笑みを崩さない。むしろ楽しんでいるといった感じだ。ミソラは手を真上に伸ばし一直線に振り下ろした。
「捕獲完了」
ヌエは手を下ろした。目の前には人の大きさの黒い塊。影によって異空間に目標を閉じ込めるヌエの得意とする魔法の一つである。
異空間であるため触れることも出来ずヌエの意志によってのみ解放される。
しかし、拘束時間は長くない。なので、ヌエは次の魔法の準備に入る。ナイフで人差し指を少し切る。傷を下に手を差し出すと一滴の血が落ちる。
落ちた血は物理法則を無視した動きでいくつもの筋に分かれ魔法陣を描きながら広がっていく。
時間はかかるが絶対的な効果を示す魔法が完成しようとしていた。
「?」
しかし、完成を目前に少女を捉えていた影が揺らいだ。
効力が短いとはいえ暫くは拘束できる筈だ。頭では理解していたがヌエはとっさに完成前の魔法を解き放った。魔法陣の6つの角のうち五つから赤い血の色をした鎖が放たれる。影が縦に切断されミソラが姿を現す。いつの間にか振り下ろした手には短刀が握られている。ミソラは迫ってくる鎖を一瞥すると、短刀を横に振る。魔法陣には大きな斬撃の痕が残され、鎖は残さず砕かれる。ミソラの短刀はヌエの首筋へと向かい止まる。短刀は首に当たるか当たらないかのところで止まっている。
「そこまでじゃ」
低く威厳のある声が響いた。ミソラはあっさりと短刀を引く。
「学園長」
声の主である白い髭を蓄えた壮年の男性にヌエが声をかける。学園長はヌエに手で応えるとミソラに向きあう。
「君はミソラ・クランク・キルヒア君でいいのかな?」
「そういうあなたはダン・グルゴーニュ?」
お互い、分かりきったことを尋ね合う。元より答えを求めていなかったのかミソラは手紙を取り出して投げる。それを受け取り学園長は封を切る。
「君はここに書かれている事を知っているのかい?」
目を通して学園長がミソラに尋ねた。ミソラは首を横に振る。師匠は何も言わなかったし興味がなかったため盗み見ようともしなかった。
「なるほど、奴のやりそうな事だ」
ほれと学園長は手紙をヌエに渡す。それを見てヌエは驚きの表情を浮かべる。
「何よ」
ミソラは不機嫌になり手紙を奪い取る。そして、読んで肩を落とした。
「……勘弁してよ」
手紙にはミソラひ魔法学園に入学させる旨が書かれていた。
「反対。危険人物」
ヌエが手を上げて反対の意を表する。
「私も自分より弱い人に習うことは無いと思うけど師の言葉に従うわ」
嫌味をこめてミソラが言うとヌエがそれを睨む。
「あれは捕獲用の魔法。本気を出したら君になんかに負けない」
「やってみる?結果は変わらないと思うけど」
ミソラの挑発にヌエは影を槍のようにミソラに向け、それに対してミソラは短刀の切っ先を向ける。
「二人とも落ち着きなさい」
学園長が間に入って今にも殺し合いを始めそうな二人を宥める。
「ヌエ君。君は教師だろう。ミソラ君もヌエ君をからかうのはやめてくれ」
ため息を吐く学園長にヌエは影を収め、ミソラは肩をすくめてみせる。
「ともかく、我ら魔法学園は君の師に多大なる恩がある。君が良いなら入学を認めるが?」
ミソラはしゃがんで短刀を地面に刺す。そして、片膝をつき学園長の顔をしっかりと見る。
「我が名はミソラ・クランク・キルヒア。魔法使いザラの弟子にて剣の担い手。我は偉大なる学び屋への参入を希望する。許可してもらえるか?」
先程とは打って変わった真面目な表情で告げられたミソラの魔術師としての名乗りと誓約に学園長も応える。
「我が名はダン・グルゴーニュ。学園を守護する四色の魔法の使い手。我が名を持ってミソラ・クランク・キルヒアの入学を認めよう」
そして、学園長は生徒の印である四色に輝くバッチをミソラに手渡す。
「これで、君もうちの生徒だ。ようこそ、魔法学園へ」
学園長は微笑んでミソラに手を差し出し、ミソラもその手を握った。