プロローグ 仙界の会話
「華琳。今度という今度こそは本当に許しませんからね」
「そんなあ。ほんの少し息抜きにお酒をちょびっとだけ飲んだだけじゃない」
「そのほんのちょっとのことが、あなたはどうして止められないのですか?」
「それは……その……。でもでも、毎日お酒ばかり飲んでいる神仙の老師さんたちはたくさんいるでしょ?」
「あの方たちは皆ひと通りの厳しい修行を終えたからこそ、今の生活をなさっているのです。あなたのように何もしないで、楽することばかり考えている者とは、そもそもの志からして違います」
「だって……」
「だってじゃありません! とにかくあなたには少し反省してもらう必要があります」
「ちょっと、母さん、反省って――」
「母さんじゃありません。いつも言っているはずです。宮殿の中では西王母と呼びなさいと」
「分かりました。――それで、西王母様、いったい反省って何ですか?」
「壺公殿、こちらにいらして下さい」
「壺公殿って……。ひょっとして、それってまさか――」
「そうよ。壺公殿が創る壺の中の世界で、しばらくの間静かに反省しなさい。大丈夫よ。壺の中といっても、生活出来るだけの環境はしっかりと整っていますからね。もちろん、お酒は一滴も置いてありませんが」
「そんなあ、母さん……。反省ならいくらでもするから、壺の中だけは許してよ。あたし、狭い所は苦手なんだよ」
「倉庫の奥の狭い場所に隠してあったお酒を見付けたのは、どこの誰ですか?」
「うっ……」
「あなたにはこれまで何度も注意をしてきたはずです。それなのに今だにその飲酒癖が治らないのならば、もうこの手しかありません。私は女仙の長として、心を鬼にして、強行手段に出ることにしたのです。心配しなくとも、二、三百年したら出してあげますからね。それまで、壺の中の世界でゆっくりと反省をして、立派な神仙になる為の修行に励みなさい」
「二、三百年! そんなにっ! 母さんは可愛い我が子と、そんなに長い時間離れ離れになっても淋しくないの?」
「私の心配なら平気よ。娘ならばあなた以外にも、あと六人もいますからね。――それじゃ、華琳、反省と修行を頑張ってきなさい」
「ねえ、母さん、まだあたしの話は終わってないよ! ねえ、母さんってば」
「――それでは、壺公殿、あとはよろしくお願いします」
「横暴! 弾圧反対! 暴力絶対阻止!」
「あの、西王母様、娘様が声の限りに叫んでいるご様子ですが……」
「ああ、気になさらないで。娘は昔から元気だけが取り柄なものですから、おほほほ」
「あ、はあ……」
「壺公殿、娘が壺の中から自力で出てこられないように、しっかりと壺の栓は閉じておいて下さいね」
「分かりました」
「それから壺の中の空気が少しくらい減ってもいいですからね。娘も女仙の端くれですから、そのくらいはなんともないです」
「あ、あの、西王母様……」
「あら、壺公殿、そんな青い顔をしてどうなさったんですか? もう、冗談に決まっているじゃないですか」
「は、はい……そうですよね。いささか、お顔が怖いくらいに真剣でしたので……」
「壺公殿は気にしすぎですよ。ただ、娘がすぐに壺から逃げ出すようなことがあったら、そのときは壺公殿、あなたがどうなるか、分かっていらっしゃいますよね?」
「は、はい! もちろん、それは肝に銘じております!」
「華琳、二百年後にまた会いましょう。立派に成長した姿を母に見せてね」
「ちょっと待ってよ! 母さん、可愛い娘の最後のお願いだけでも聞いてよ――て言っても聞いていないし。ふんだ! 母さんがその気ならばあたしにもとっておきの考えがあるんだからね――て言ったところで何も考えはないし。こうなったら、五百年だろうと千年だろうと壺の中の世界に居続けるから――て言ったら許してくれるかなあなんて甘いことを思ってみたけど、やっぱり甘かったみたいね。何も反応が返ってこないし。――ふーっ。これは完全に諦めるしかないみたいね。しかたない。二百年後の外の世界のことを考えながら、ゆっくりと休もうっと。きっと二百年後に外に出られた時には、かっこいい男の人があたしの帰りを待っていてくれているはず――なわけはないか。崑崙には女しか住んでいないんだから。――はいはい、分かりました。もう完全にお手上げです。素直に壺の中の世界で反省してきます。じゃあね、母さん!」