だいよんわ。おいでませ、ここは地獄の一丁目
「で、ダンジョンってどこにあんの? どっかの洞窟とか?」
「んにゃ、床下」
「床下ァ?」
ブルーは親指で地を指した。サムズダウンだ。女神がやるジェスチャーじゃない。才悟朗は訝しげに首を傾げた。
「その床板めくってみ」
「床板を? ふーむ、あ、取っ手があるな。なるほどね。よっと。…………ワーオ、宇宙開拓史」
才悟朗は幼少期に祖母に連れられ観に行ったアニメ映画の記憶がフラッシュバックした。のぶ代ドラの方だ。
床板をめくると、見知らぬ天井が見えた。床ではない。天井だ。下がっているカンテラから、重力の方向を推察できる。つまり、床の穴を境にこちらとあちらで天地が逆転しているのだ。
「これ……?」
「それ。そっから見えてるダンジョン拠点は安全が確保されてるから、さっさと飛び込んじゃってー」
「なんか驚くのにも疲れてきたぞ……これも適応かしら」
「うだうだ言ってないで、さっさと行く!」
「うわぁ」
ブルーに背中を蹴っ飛ばされて、たたらを踏む間もなく才悟朗は穴に突き落とされた。15センチしかないくせになんて馬鹿力だ。そう思う間もなく天地がぐるんと反転して、才悟朗はダンジョン拠点の硬い石床に投げ出されていた。
「いてて……いやスーツのおかげで全然痛くないんだけど気持ち的にいてて……」
「いちいち説明的ねーラックは。誰に断ってんのよ」
「強いて言うなら自分かな……で、ここが」
「ダンジョン拠点よ!」
ブルーが空中で胸を張った。なんだかめちゃくちゃ得意げである。追求したらめんどくさそうなので、才悟朗はそれをスルーし立ち上がる。
鉄扉が一枚ある以外に窓の無い室内は、(便宜上)地上の小屋に比べ広々としている。目測4m×8mばかりの長方形で、扉のある側には流しが設置されているくらいのシンプルな一室だ。天井と壁は石を薄く割って磨いたようなパネルで仕上げられている。調度品としては、1m四方の黒い台が存在感を放っているが、そのくらいだ。一見したところでは、定盤のようでもある。
「あれなに? あの定盤みたいの」
「ああ、マルチワークベンチのことね。ラックにわかりやすく説明するなら、作業台よ」
「木材4つで作るやつ?」
「それそれ」
じっくり眺めていると、チェストについていたものと同じ制御盤が埋め込まれていた。手をかざすと、認証に後にユーザインタフェースが展開される。
「素材を台において、加工後の物品をメニューから選べば自動で加工してくれるスグレモノよーそれ。ま、Tier1だからその台に乗るサイズまでしか加工できないけどネ」
「最長でも1.4mくらいまでってことか。このレーザーブレード位までなら作れると」
「そーねー。とりま、初心者セットに入ってた装備なら一式作れるはずよ。作業台のいいとこは素材さえあればお金がかかんないトコね」
「ふーん。これでご飯とかは作れないの?」
「サクシャキみたいな栄養バーなら作れるけどそれ主食にする気? 私はやーよ」
「それは確かにやだな……」
才悟朗は作れるものリストをダーッとスクロールして、ひとまずコンソールを閉じた。
「心の準備できた?」
ブルーの問い掛けに、才悟朗は首肯で答える。HMDに表示されるバイタルは落ち着いていた。行けるだろう。
「なら行きましょっか。この拠点を出てしばらくは安全圏だけど、油断はしないよーに」
「おうさ」
意気込みも新たに、才悟朗は拠点の扉を開いた。
///
拠点を出てすぐ目に入ったのは、巨大な石扉である。幅20mばかりで、高さはゆうに30mを超えているだろう。寸法が大まかにわかるのは、形状把握スキルの恩恵だろうか。
ダンジョン拠点はその扉の脇に、管理棟か何かのように寄り添って建っている。外観は石造りで、石扉の景観にマッチしていた。
才悟朗が立つ空間は、半径100m程の広いドーム状をしている。壁から天井にかけて石で仕上げられており、天井からはか細い光がスポットライトのように点々と、規則的なパターンで降り注いで床を仄かに照らしていた。広大で閑散としている割に重厚感がある空間だ。
「ここが……」
「その扉の向こうからがダンジョンよ。ここはなんてゆーか、前室? 的な」
ブルーの声は、通信機越しに聞こえてきた。見ればブルーも装甲ヘルメットを被り、武装の確認をしている。あの長い髪をいつの間にヘルメットに納めていたのだろう。まさか髪パーツとヘルメットは差し替えなのではあるまいか。そんなことを考えていると、感づいたのかブルーは不機嫌そうな目を通信ウィンドウ越しによこしていた。
「FA:Gじゃないんだろ? わかってるって」
「メガミデバイスでもね。行くわよ」
少しばかりぶっきらぼうに言ったブルーの先導に、才悟朗は慌てて続いた。
///
てっきり門扉を開けて進むのかと思っていたら、拠点と反対側の脇に等身大の通用扉(とはいえW3m×h5mほどの巨大な扉だ)があったのでそれをくぐって門を超える。相当の重量であろう石扉も、スーツのパワーアシストによって大した苦労もなく開いた。
門をくぐった瞬間から感じたことだが、ダンジョンはひどく「寒い」。
スノーホワイトの耐環境性能は折り紙付きで、HMDに表示されるスーツ内温度は常に適温を指している。才悟朗が感じている「寒さ」は、つまり物理現象に起因するものではないということだろう。
「なんかめちゃくちゃ寒いんだけど」
「マイナスエネルギーに晒されてるからね。じきになれるよ」
「適応さまさまだな……それで、どっち行けばいいんだ? マッピングとかは」
「この階層のマッピングは済んでるから、データ送るわ。2層以降は私がマッピングやるから、ラックは探索と戦闘に集中してね」
「そりゃ心強い。てかやっぱり層とかあるんだな」
「そりゃあダンジョンだもん。じゃあまずは、門近辺の路地で弱いモンスターを狙おっか。間違っても大回廊に行っちゃだねだかんね」
「了解だ。強い敵がいるのか?」
「今のラックじゃ絶対に勝てない。9割9部9厘無理」
「うーんフラグ」
「バカ言ってないで行くわよ。このまま右の道に入っていくわ」
「了解」
ブルーから送信されてきたマップデータによると、ダンジョン1層は中央の大通り、幅30m高さ40mの巨大通路「大回廊」を挟んで路地が入り組んだ構造になっている。入り組んだ路地はまるで迷路で、しかし出口は大回廊の行き着く先に合流していた。「BOSS」のマーカと階段のアイコンがあり、あからさまにボス部屋だ。階段はその一箇所のみで、下層に降りるにはボス部屋を必ず通らねばならない作りになっている。
最短で下層に向かうには大回廊直進がベストなのだろうが、ブルーの言が正しいならそれは罠だ。
才悟朗はブルーのナビに従い、通用門からすぐ右の路地へと入った。路地と言ってもそれは大回廊に比しての話で、幅も高さも4m以上ある広い通路である。
「もっと暗くてジメジメした感じかと思ったんだが、結構明るいな。目立った光源もないのに」
「ああそれ、スノーホワイト側で光量補正してるだけで実際は真っ暗よ。間違ってもヘルメットは脱がないでよね」
「便利だな……探検してる感じは全然ないけど」
「この辺は既知エリアだからねー。そろそろモンスターも出始めるから、心構えはしっかりね」
「了解だ」
才悟朗はレーザーブレードをいつでも抜けるように柄に指をかけた。剣など生まれてこの方扱ったことのない才悟朗だが、その動作は堂に入っている。スキルの恩恵だ。
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四つ角をいくつかやり過ごし、L字のブラインドカーブを曲がったところで、「それ」と初遭遇を果たした。
「っ!」
「スケルトンね」
通路の先、凡そ100mばかり前方に、3つの影がある。薄灰褐色のボディーはヒトと同様の形状をとっているが、最大の差異は肉がないことだ。がらんどうの眼窩には淡い光が灯っており、ボロボロの鎧を纏って錆の浮いたカトラスを手にしている。
「こ、ここに来てど王道ファンタジールック!」
「アホ言ってないで突っ込め! イニシアチブがこっちにあるうちに片付けるよ!」
「おうさ!」
ブルーが支援火器を構え、なんちゃってハンドサインで才悟朗をけしかける。才悟朗は地を蹴って、敵の群れへと一気に肉薄した。参考までに、高校の時分で100m走の記録は18秒。本来の才悟郎はけして俊足とは言えない。しかしスキルによって体の動かし方を知り、パワーアシストがそれを何倍にも増幅する今の才悟朗は、弾より速く地を駆けた。
スケルトンは100m先から急速接近する敵に気づくことができない。才悟朗はレーザーブレードを抜刀して、すれ違いざまにスケルトンの一体に狙いを定めて胴を薙ぐ。一切の抵抗を許さず、一刀のもとに切り伏せて地に転がした。
そこでようやく、スケルトンが動く。カトラスを掲げて威嚇行動をとったが、しかし才悟朗はその懐に飛び込むや逆袈裟に切り上げる。レーザーの刃は容易くスケルトンの構成材を溶断し、スケルトンを一撃で絶命せしめた。
残る一体はその様子に怖気づいたのか、装備を投げ出して敗走を選択した。無防備に背を向けて走り去るスケルトンは隙の塊だったが、才悟朗はレーザーブレードを振る手を止めた。そのあまりの人間臭さに、二の足を踏んだのだ。
そして大慌てで逃げるスケルトンの背中を、レーザーの光弾が貫いて上半身を蒸発させた。
「なにやってんの!」
「ブルー……」
振り向けば、ブルーの持つ支援火器の銃口が赤熱化していた。下手人はまごうことなくブルーだ。
「あんまりにも人間的だったんだが」
「そりゃそうでしょ。モンスターだって生き物なんだから。世界にとっては害悪でしかないけど、彼らなりの生活系みたいのはあるわよ」
「うーん、気が重いな」
「モンスターはどれだけ愛嬌があったってその本質はマイナスエネルギーの集積体よ。放置すれば世界に対して様々な弊害をもたらすわ」
「その……弊害ってのは?」
「それ今ここで説明する? 言っとくけど、ここは敵地のど真ん中よ」
「……わかった。そのへんは棚上げするさ。それで、スケルトン3体でGPはどんだけ溜まったんだ?」
「300GPね。GPのレートは日本円と同じと思ってくれればいいわ。二人分の夕食なら2,000GPってとこかしら」
「結構贅沢するなあ。1食1,000円かよ」
「食は活力の源だもん。そんくらい稼ぐつもりで行くわよ」
「はいはい。了解だ」
才悟朗は少しばかり呆れたような声音で返すと、レーザーブレードを納刀して先を急いだ。
///
反応が間に合わずほとんど無抵抗なスケルトンを遭遇するたび刀の露にしていたら、一時間もすれば目標金額を達成していた。
マップを確認すれば、現在位置は迷宮1階層を1/3程度まで進んだあたりである。感覚的にはかなり歩いているのだが、こうも道が入り組んでいればそんなものだろう。
「そろそろ引き返すか? GPも2,400くらい溜まったし」
「そーねー。今日は慣らしみたいなもんだし、頃合かなー」
ふぅ、と額を拭うしぐさでブルーが答えた。それはヘルメットに遮られて意味をなさなかったが、気分的なものなのだろう。
「じゃ、神ネット開いて。そっから帰還用アイテム買えるから」
「歩いて戻るわけじゃないんだな。正直ありがたいや。どうやって開くんだ?」
「所持GPが表示されてるとこの下にアイコンがあるはずよ」
「アイコンね……あ、これか。「神」って……アイコンまで安直なのな。……ん?」
「どしたの?」
「いや、今なんか光った……よう、な」
乾いた破裂音。
才悟朗は瞳だけを動かして、その音の発生源を見やる。才悟朗の記憶が正しければ、そこにはミニサイズのスノーホワイトを纏ったブルーの姿があるはずだが、それが無かった。
「ブルー……?」
通信機に呼びかけたが、反応は無い。パーティ表示欄からもブルーの名が消えていた。正確には、「SignalLost」の文字。
「ブルーっ」
頭ごと振り向く。しかしブルーの姿はない。そこには、上半身の過半が千切れ飛んだスノーホワイトの残骸が漂うだけだった。やがてそれも浮力を失い、ダンジョンの冷たい石床にべシャリと落ちた。
「あ、え……?」
言葉を失う才悟朗をよそに、そのスノーホワイトの残骸は淡い明緑色の光となって消えていく。あとには、ブルーが得物にしていた支援火器だけが寂しく転がるのみだった。
「なにが……っ!」
何が起こったのかわからない。いや、実際はわかっていた。だが、あまりに唐突でそれを納得できない。しかし、才悟朗がそれを咀嚼するための時間は与えられなかった。
考えるより先に体が動いていた。目の端にあの光が映った瞬間、才悟朗は横っ飛びに転がっていた。スキルの恩恵だった。ブルーの助言がなければ、才悟朗もブルーと同じ末路を辿っていただろう。
すなわち、死だ。
光は才悟朗の頭があった位置を的確に通過して、石床に着弾し赤熱化させた。
ことここに至って、才悟朗は動転する心を捻じ伏せる。ようやく光の発射元へと目を向けると、スノーホワイトが視線の先をオートでズームアップした。
「こんなん慣れたかねぇぞ……!」
才悟朗はレーザーブレードを抜刀し、視界の端にスキル管理を開いて素早く一つのスキルを習得する。ブルーの惨状を見れば、スノーホワイトの装甲では力不足だ。
「ブルー……クソったれ、女神なんじゃなかったのかよ」
軽めの頭痛が才悟朗を襲う。それは前回のものと比べれば遥かに軽いものだったが、才悟朗は悪態をついてそれを誤魔化した。
その間も状況は刻一刻と動いている。視線の先、レーザーライフルを構えた黒いスケルトンが、その銃口を才悟朗に向けたのが見えた。