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お帰りと云ってくれる人

作者: 北風 嵐

単身赴任で来ていたサラリーマンの悲哀。

Kさんは名古屋から単身赴任で大阪に来ている。

Kさんとは僕の行きつけの居酒屋で知り合った。


カウンターが一杯だったので、僕の座っていたテーブルの向かいに「ここいいですか」と座った。男同士、向かい合って無言もなかろう。僕は話しかけた。


「ここでは、あまりお見受けしないお顔ですが…」

「はい、2回目です。この間来た時におでんが美味しかったので…」

「ああー、ここは年中やってますよ」

「夏もおでんですか?」

「本当の酒飲みは、夏に熱燗でおでんを食べるもんだと、ここの亭主は言っていますよ」

「古いんですか?」

「店ですか」

「いいえ、おたくさん」

「ええ、十年来来ています」


Kさんはおでんのネタを注文して、

「私は名古屋かから単身赴任で来ています」と言って名刺を出した。

コピー機の上場企業の会社の課長職であった。

「多村と言います。隣のビルで塾をやっています。オタクの製品うちにもありますよ」

「ありがとうございます。小学生ですか?」

「いいえ、中学生専門です」

「ウチにも、中学3年生の受験の娘がいます。母親は女子ばっかりのミッションがいいと言っていますが、授業料も半端でないし、私は共学の公立でいいと思っているんです。でもウチは母親の意見の方が強いから…」と、Kさんは苦笑いをしながら話した。

そんなことから、知り合い、Kさんの実直な性格に好感を持った。


***


「名古屋なら週末に帰れますね」

「なんか中途半端な距離ですね。いっそ、単身なら広島とか福岡の方がいいですね。

ちょくちょく帰ると、交通費も大変ですし、里心もついてしまいます」

「じゃ月に1回?」

「いいえ、我慢して季節に一回。その方が、単身赴任が解けた時に感動があるでしょう」


僕の塾は私鉄沿線の駅裏にあった。僕は授業が終われば、毎日のように駅裏にあるその居酒屋に行った。

Kさんは週末の金曜日と土曜日に来た。土曜は会社が休みなのだが、一日中部屋にいてもとやってきた。日曜は運動不足の解消を兼ねてゴルフと云うことだった。


Kさんは3年の約束で来ている。会社の寮があるのだが、帰ってまで同じ会社の人の顔を見るのもと、駅表から少し離れた単身マンションを借りている。駅の裏には来たことがなかったが、会社の同僚に連れられて来たのが初めてだということだった。

大阪に来てかれこれ2年になるという。単身赴任の侘しさをこのように語った。


帰るでしょう。「お帰り」と言ってくれる人がない。

家なら、例え仏頂面でも挨拶してくれます。だから、玄関の下駄箱の上にテレビのリモコンを置いておくのです。

ドアを開けるやテレビをつけます。するとビデオに撮っておいた大原麗子が「あなた、お帰りなさい」と言ってくれるのです。それで私は渡瀬恒彦の気分になって、帰った気持ちになるんです。


***


先に来ていたKさんが飲んでいる。表情がいい。

「何かいいことあったのですか?」

「いえね、3年が1年縮まって来春には帰れそうなんですよ」

「それは良かったですね。おめでとうございます」と乾杯をした。


年が明けてKさんがしょんぼり飲んでいる。

「どうしたんですか?」

「多村さん聞いてくれます。正月に帰ったとき1年短くなりそうだと言ったのです。

てっきり喜びの歓声を上げてくれると思っていたのです…」

「それは喜ばれたでしょう」

「妻と娘は驚いた顔をして『ええ~~!』と2度も言ったのです」


僕はなんだかKさんが可哀想になって、

「Kさん、今日は僕が奢りますから、もう一軒行きましょう。いいスナックがあるのです。スナックといってもピアノも置いてあるいい雰囲気のとこです。ママも美人なんです」と誘った。


「女に、男の気持ちなんかわかってたまるものか」と気炎を上げて、二人しこたま飲んだ。ママにピアノを弾かせて二人で歌った。『おかえり』の歌。


きょうもたのしくすみました 


なかよしこよしでかえりましょう


せんせいさよなら またまたあした


おりがみつみきもかたづけて 


おかえりのしたくできました


みなさんさよなら またまたあした。



Kさんから手紙が来た。娘も大学を卒業し、東京で就職。妻と二人になって、仲良く穏やかに暮らしていますと・・。

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