クマのぷー太郎さん
ボク、クマのプー太郎さん、仕事なんかしないんだ。
逆さ虹の森では今日もせっせせっせと大人たちは働いている。
学校を卒業する頃にはやりたいこと決めて仕事を始める。
だけどボクは仕事なんかしないんだ。
ボクが仕事しなくたって、この森の王国はお金をくれるし、お爺ちゃんが一生懸命働いて、お婆ちゃんが美味しいご飯を作ってくれる。
たまにお小遣いをお願いされるけど、そんなことぐらいなら平気。
ボクは仕事なんかしないんだ。
今日もボクはパソコンの画面に映るウサギのミミリンちゃんの歌に合わせて、ペンライトをぶんぶん振りまわす。
「うひょ~! レッツゴーミミリン♪ レッツゴーミミリン♪」
「コラ!! プー太郎! 夜も遅いのよ! 静かにして頂戴!」
「は~い」
ちえっ、これからフィナーレだっていうのに。
はぶてたボクはパソコンをスリープにしてベッドに潜り込んだ。
シャットダウン? そんなのしたことないよ。
パソコンの電源が切れてアニメとアイドルが観られなくなった時、それはこのボクが死ぬときだ。その覚悟はできている――
夢のなかでボクはある日の出来事を思いだしていた。
まだこの森の「オンボロ橋」が「オンボロ橋」でなかった頃の話だ。
ボクはまだ小さかった、そして今以上に臆病な少年だった。
ボクは高いところがすごく怖くて、なかなか進めずにいた。
そのとき、大きな鷲2匹がボクを連れ去ろうとした。
「プー太郎!?」
ボクの父さんは鷲2匹と揉み合った。
そして鷲2匹をやっつけた。
同時に谷底へ落ちてしまった……。
ボクは父さんが戦っている間に橋を渡り切っていた。
逃げたんだ。逃げるしかなかったんだ。
ボクはそれから学校に行かなくなった。外にでることもなくなった。ましてやあの橋を渡ることもなくなった。
あの橋の向こう側にボクの母さんがいるらしい。でも母さんは病気だった。
橋は今から3年前にあった台風で「オンボロ橋」と呼ばれるようになった。
母さんが亡くなったのは2年前。
あの渓谷を渡るには船に乗るしかないのだけど、船にのるには馬鹿高いお金を払わなくちゃいけないのだって。
ボクはただ唖然とするしかなかった。
棺桶のなかで安らかに眠っている母さんをただ眺めて――
「うわっ! はぁはぁ……」
ボクは目を覚ました。鷹2人が襲ってきたあの日のことを思いだして。
汗が止まらない。ボクはいつも戦っているのだ。
そうだ。ボクは仕事なんかしなくたっていいクマなのだ。
こんなにも辛い過去があって、毎晩うなされているのだから。
ボクは1階に降りて冷蔵庫を開けた。牛乳を飲みたくなったから。
「あら、プー太郎、今朝早いのね」
お婆ちゃんが起きていた。久しぶりに見るお婆ちゃんは腰が酷く曲がっていた。そして片手には新聞の束があった。
「うん、ちょっと嫌な夢をみちゃって」
「ごめんな。いい病院紹介できて、いい薬が貰えたらいいのにね」
「いいよ。ボクは今が幸せだよ。いつも美味しいご飯ありだとう」
「ふふっ、そんなこと言われたら、まだまだ頑張れそうだね」
「あのさ、お婆ちゃん」
「なんだい?」
「その新聞の束は何?」
「ああ、新聞配達の仕事を始めたのさ。お爺さんもしんどいって言い始めているからね。プー太郎の為だよ。こんなの楽勝さ」
そう言ってお婆ちゃんはお家を出ていった。
それでもボクは仕事なんかしない。
しなくたっていいのだ。
しなくたって……。
逆さ虹の森は「オンボロ橋」と言われている「希望の橋」の再建設に尽力を注いでいるらしい。パソコンの画面からそんなニュースが知らされた。
ただ何となくボーっとその画面を見ていたボクだったけど、そんなボクの耳へお婆ちゃんの金切り声が響き渡った。
お爺ちゃんが死んだ。死因は皮肉にもボクの父さんと同じものだった。
ボクはそこではじめて知った。お爺ちゃんの仕事を。
お爺ちゃんは「希望の橋」建設業に携わる土木作業員だった。そして、1度は定年退職を仮にもした立場であった。
ボクの父さんは見つからなかったけども、お爺ちゃんは幸いにも見つかった。棺桶の中にいるお爺ちゃんは包帯でグルグル巻きにされていた。お婆ちゃんは大泣きをしていた。ここ何年も顔を合わせることがなかったボクは涙もでなかった。
ただ唖然とした。
そしてひたすらに言い聞かせた。
ボクは仕事しなくてもいいのだと。
やがてボクのお婆ちゃんがおかしい事を言うようになった。ご飯ができてないのに「さっき作ったわよ」と言うこと、もういないはずのお爺ちゃんが仕事から帰ってこないと喚きだすなど。料理も作れなくなった。ボクが替わりになんとか料理をつくってみせたけど、遂に食べて数分もしないうちに「食べてないよ」と言うようにもなった。
まさか……そんなことがあるわけない……。
ボクは体を震わせながらも自分にそう言い聞かせた。
お婆ちゃんが真夜中に奇声をあげることも増えてった。
近所の動物さんたちから苦情がいっぱい寄せられた。
玄関先でボクはひたすらに謝った。謝るしかできることがなかった。
やがてお婆ちゃんはお家からいなくなった。
どこに行ったのだろうか?
そう思っていた矢先だった。お家にスーツを着た鷲の男がやってきた。
「どうも。こんにちは。逆さ虹の森市役所のドビーと申します。あなたがクマーノ・プータロウさんで宜しいのかな?」
「はい……そうですが……」
「じゃあ、ちょっとお話をさせていただけますか? プーヨさんのことで」
プーヨさんとはボクのお婆ちゃんのことだ。
なんだろう? 嫌な予感しかしなかった。でも気になったからお家に入れた。
コイツ、鷲だ。犯罪に手を染めやすい鷲だ。
何よりボクのなかにあるトラウマがコイツを認めるなと囁いて仕方がなかった。
「単刀直入に話すと、プーヨさんは重度認知症の疑い、そしてパニック障害をも併発している疑いがあります。今は緊急対応で、対応できる施設に入って貰っています。落ち着くまでにはまだ相当な時間がかかりそうかと」
「え?」
「まぁ、この件は私がここに来た事とは別件になります。問題はあなた自身の話となります。プータロウさん、あなたにこのお家から退居命令が地主のマードラさん、また逆さ虹の森市よりでました。この案件で相談に応じたく来たと言う話であります」
あたまが真っ白になった。
嘘だ。そんなことある筈がない。
ボクはふらっと台所に行って包丁をとりだした。そして吠えた。
「うるさい! 黙れ! ボクは知っているのだぞ! お前は詐欺師だな! お前たち鷲は悪い事ばかりをして世の中を狂わしているのだって!! ボクは知っているのだぞ!!」
「落ち着いてください……プータロウさん! 私は貴方がこれからも生活をしていけるよう、市の職員としてやってきたのです。私がこんな顔しているからって、それだけで判断しないでください! 見せて欲しいなら証明書も見せますよ!」
「黙れ! お前のような奴、殺してくれてやる!」
ドビーは首を横に振った。そして立ち上がると両手を広げてみせた。
「じゃあ、殺してみなさいよ! それで刑務所のなかに入りたいならば、それで刑務所のなかに入ればいい!! そして今まで支えてきてくれた家族を裏切ればいいじゃないですか!!」
ドビーは涙を流していた。その顔をみて、ボクは自分自身をこれまでになく情けなく感じてしまった。
「ウ、ウ、ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!」
ボクはそのまま包丁を床に落として、跪いて泣き喚いた――
ボクはそれから二畳一間の狭い部屋があるアパートのようなお家で住むようになった。パソコンはない。何もない。あるのはただ引き籠る自分自身だった。
ときどきドビーがやってきて、お婆ちゃんの様子を教え、職業訓練所もしくは求人案内などの紹介をしてきた。だけどボクの決まり文句はこうだ。
「仕事なんかしないよ。したくない。もう帰ってよ」
ご飯は近くの食堂ででる味噌汁とご飯だけ。ボクは日に日に痩せていった。お部屋に帰ってもすることはないし、ただミミリンの歌を歌ってみては、ブツブツ世の中へ文句を言う事ばかりだった。
ある日、ドビーと一緒に象とサイのお爺さんがやってきた。作業服を着ていた。
彼らはボクを見るなり、いきなし土下座をしてきた。そして後になって知った、お爺ちゃんと一緒に働いている土木作業員だったということに。
だけどボクが驚いたのはそこじゃなかった。
「プー太郎君、是非ワシらと一緒に希望の橋を建てないか? プーゴロウさんの無念を君なら、君なら晴らせれる! このとおりだ!」
「どうでしょう? 私のほうからも強く薦めましょう」
ドビーまで頭を下げていた。この人たち一体何を考えているのだろうか?? ボクがなんでこうなってしまっているのか理解しているのだろうか??
冗談じゃない。帰ってくれ。ボクはそう返事した。
それからも何度も何度もサイノスケさんとゾウタさんはボクのところへやってきた。そして仕事の参加を誘ってきた。覚えたくもない名前まで覚えてしまった。
ボクはある日から散歩を日課にするようにした。
いつも立ち寄る場所がある。逆さ虹の森で観光名所としても有名な「ドングリ池」だ。ここで願い事を言いながらどんぐりを池に投げると願いが叶うとか言い伝えられている。
「ボクは仕事なんかしないぞー!」
ボクは大声で勇気をだしてドングリを投げた。
周りにいる動物たちがボクのほうをパッとみてきた。
ざわつくドングリ池の一角。なかにはゲラゲラ笑う奴もいた。
ボクは自分が恥ずかしくなった。もうここに来ることはやめよう。
そう思って、ドングリ池に背をむけた時だった。
「プータロウさん! こんな所にいらしたのですね!」
爽やかな笑顔で手をふってきたのは鷲のドビーだった。彼は小さな鷲の女の子と手を繋いでいた。
近くのカフェでコーヒーを飲んだ。ボクは何も喋る気になれなかったけども、ドビーがベラベラ喋っていた。横に自分の娘がいるのだぞ?
「私もね、たまに『ドングリ投げ』をやるのですよ。色々願いたいことがあって」
「そうですか」
「ほら、こんな顔しているでしょ? 市の職員だなんて言っても、誰も最初は信じてくれないのです。だから『鷲でない顔にしてくれ』ってね」
「へぇ」
「でも最近はそんなこともやめました。やっていると情けなく感じちゃってね。あと、思いきし目立っちゃって。だから今は娘のテストの点が良くなるようにとやっていますね~」
「もうっ! やめてよ! パパったら!」
「はは、だけど最近点数悪いじゃないか」
微笑ましい親子の会話。それが羨ましく思ったのと同時に、ボクは何か不思議な感じを受けた。
新聞のニュースなどでよく聞く鷲は動物攫いや強盗を繰り返す鷲ばかりだった。だけど、いま目の前にいる鷲は違う。家族思いの役所で働く一人の男だ。
そんな彼もまた悩んでいる。それでも踏ん張っている。
その日の晩、ボクは狭い部屋で一人泣いた。ずっとずっと泣いていた。
翌日、ボクはお家にやってきたサイノスケさんに「やってみる」と即答した。
サイノスケさんは大喜びで握手をしてくれた。なんだか恥ずかしかったなぁ。でも、なんだか嬉しかった。
その翌日、ゾウタさんの車に乗って、ボクは十何年ぶりに「オンボロ橋」へとやってきた。自然と怖さはなくなっていた。だけどそれとは別の緊張があったな。
「ゾウタさん、横の若いコは何?」
「ああ、今日から入職のプータロウ君です。プーゴロウさんのお孫さんですよ」
「あーあのクマさんの。おい、お前、人に紹介させるな。自分の事ぐらい自分で話せや」
「はい……すいません……」
「あ? 声、ちっさいぞ? 大丈夫か? 仕事できなさそうな名前しているが?」
「マーシャルさん、お手柔らかにお願いしますよ。あの御方の孫なのだから」
アライグマのマーシャルという中年男性がこの現場のリーダーらしい。
大変そうだけど、もう頑張るしかない。
ボクの闘いが始まった。
ボクが入職してサイノスケさんとゾウタさんは間もなくやめた。
一緒に働くのは、マーシャルさんをはじめとした自分にも他人にも厳しい動物さんばかりだった。
何度も何度も怒鳴られた。高い所での仕事に慣れるのにも苦労した。
だけど踏ん張れた。諦めようなんて思うことがなかった。
3年目の寒い冬の夜、仕事がおわってボクが更衣室に行くと、マーシャルさんが待っていた。ホットコーヒーを投げ渡してきた。
「もうちょっとで『希望の橋』も完成するなぁ」
「はい、これまでと見違えるようになりました」
「お前もよくやっている。まず1つ大工として完成しそうじゃないか?」
「いや、ボクなんてまだまだ。勉強不足だし。これからです」
「俺さ、プーゴロウさんから遺言預かっていたのよ」
「え?」
「遺言って言ったって、口答のヤツだけどさ」
「何て言っていたのです?」
「お前が入職するようなことがあったら、絶対優しくはするなってよ」
「え!?」
「あのクマさんは本当厳しいクマさんだった。なのに、1番危ないトコは自分が率先してやっていた。こんなに危ない仕事を孫にさせたくないって思っていたのだろうな」
「お爺ちゃん……」
「なぁ、タロウよ」
「はい」
「俺の親父もこの大工の仕事で死んでしまった。俺は親父を追っかけていたけど、あのクマの爺さんは俺にとってはもう一人の親父だった。『希望の橋』ってヤツを絶対に建ててやろうな。な!」
「はい!」
マーシャルさんの涙は輝いていた。自然とボクも泣いちゃっていた。
この翌々日、マーシャルさんは皮肉にも現場の事故で亡くなった。
だけどボクたちの死闘は終わらなかった。
そして現場のリーダーにはボクが抜擢された。
もう逃げない。やるしかない。
ボクは腹を括った。
やがて再建設開始から25年の年月を経て通称「オンボロ橋」は「希望の橋」として再出発を果たした。
そしてボクはいま「根っこ広場」の近くに建立予定の大型ホテルの建設現場にいる。気がつけば結婚をして、2人の子宝に恵まれている。
ちょっと長くなったけども、これはボクの物語だ。そしてこの物語はまだまだ続いている。愛も自由も夢も希望も足元をみればきっと転がっているよ。ボクはそう信じて今日を生きている――
∀・)最後までの読了ありがとうございました!冬の童話祭の企画で気弱なクマがいると聞いて、1番に思いついた話であります(笑)最初から最後までシュールな方向性でいこうかと思っていましたが、プロットを構成している途中で方向性をガラッと変更しました。なんていうか、ボクなりのメッセージを書いていこうというかね。ドビーなんかは結構気に入っているキャラクターだったりします。本日はこのあと2作品の童話作品を発表する予定であります。併せて読んで貰えると嬉しく思います♪♪感想も気軽にどうぞ♪♪