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7話

 この人のどこからこんな声が出るのだろうか。そう思わざるを得ないデスボイスが2人にしては広い部屋に通されたカラオケルームに響き渡る。

 かれこれ2時間、音桐は瑛の歌を聴き続けていた。聞かされているだけでも大分疲れてきたのに、この人はよくもまあ2時間歌い続けられるなあと感心する。

 瑛はとりあえず満足したのか。深い息を吐くとソファーにどさりという音を立てて腰掛けた。

「おい、私は疲れたからしばらくお前歌ってろ」

 瑛はテーブルに上にあるカクテルを煽りながら言った。レッドアイと言っていただろうか。

「え、でも何を歌ったらいいのか」

 カラオケにはあまり行ったことがない。高校に入ったばかりのころ中学の友達と集まったときに1回行ったきりだろうか。

「別に歌なんてなんでもいいよ。それに大学でサークルなんて入ったら夜通しカラオケなんて日常茶飯事だぞ。今のうちにせいぜい歌い慣れとけ」

 結局は昨年流行ったドラマのテーマソングを歌うことにした。瑛は休息するかのように目を閉じて、時折音楽に合わせて身体を小刻みに動かしていた。

 音桐が歌い終わると、広告動画をぼーっと見つめる瑛がぽつりとつぶやいた。

「桜子の父親が作家だってのは知ってるんだったよな」

「はい。社会派のミステリ作家ですよね。書かれた本も何冊かは読んだことがあります」

 確かペンネームは星間有一朗。

「私は星間先生の教え子なんだ。私が大学生だったころ、私の母校で星間先生が創作論について講義をしてた。当時から小説家を目指していた私は当然その講義を受講したし、星間先生に顔を覚えてもらおうとよく質問した。その甲斐あってか、のちに再開したとき星間先生は私のことを覚えていたよ。

 再開したのは私が小説家になってからのことだった。当時私は小説家として食っていけてるとは言い難い状況だった。それは今も同じか」

 そう言って瑛は自嘲気味に口元を歪めた。

「当時私は正社員だった仕事をやめて、アルバイトとたまに入る原稿料で食いつないでいた。やめた理由は、小説にもっと集中したかったからだ。担当編集にはあれほど仕事はやめないでくださいと、言ったじゃないですかって怒られたよ」

 それだけ小説の売れない時代ということか。もっとも売れないのは小説だけではない。あらゆる本、あるいは音楽やアニメのDVD、多くの既存コンテンツに似たような不況が訪れているのかもしれない。

「正直言って辛い日々だった。節約のために1日食べないなんてこともしょっちゅうだった。星間先生に再開したときは、小説家としてデビューしたこととともにそんな近況を報告した。

 思えば、私は先生に甘えていたんだろう。そんな風に苦労をしてることを告白すれば、何か施しを受けられるのではないか、と期待していたように思う。

 先生はいくらか仕事を紹介してくれた。なかでも先生の下で秘書のようなことをやらせてもらえるようになったのは本当にありがたかったよ。定期収入になるし、何かの締め切り間際のときには多少融通も効かせてくれるし」

「じゃあ星合さんとは」

「ああ、そのころからの付き合いだ。先生の娘としてな。父親に見せるのは照れ臭いからと、文学賞に投稿する前の作品を読まされたこともある。そのとき血は争えないって思ったね。いや文章そのものの技巧だけなら先生より……」

 音桐はやはりそうなのかと思った。プロの作家の目から見ても桜子の文章はそれほどに優れたものなのか、と。

「私は才能のあるやつが嫌いだ。特に年下はな。だから桜子のしゃべったことを文字に起こすなんて私は絶対にやりたくない。だからお前を脅したんだよ」

「なんでそれを、今ここで僕に言ったんですか」

 決して気持ちのいい告白ではなかったはずだ。

「――言わないのはフェアじゃないと思った。お前もきっといずれ、あいつの才能が嫌になるだろうから。もっともそうなってからも続けさせるけどな」

「星合さんのこと大切に思ってるんですね」

「は?」

 瑛は怪訝そうな顔をしてこちらを見た。

「才能あるやつは嫌い。年下で才能あるやつはもっと嫌い。それでも星合さんのことは好き。そういうことでしょう。虎尾さんがやっていることは。僕も星合さんの才能に嫉妬するかもしれません。というか過去にもそういうことはありました。でも多分星合さんのこと嫌いにはなりませんよ。

 だから虎尾さんが申し訳なく思う必要なんてないです」

「違うな。これは星間有一朗への義理を果たしているだけだ。桜子には何の罪もないけど、私はあいつのこと苦手だよ。

 あと私は別にお前に申し訳ないなんて全く、これっぽちも思ってない」

「だから苦手だけど嫌いじゃないってことじゃないんですか?」

「言葉遊びのつもりか? 勝手にそう思っとけ」

「はい」

「ガキが。わかったようなこと言いやがって」

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